第18話 無名集落
新しい集落での生活が始まった。
ほとんどの猫たちが、のんびりとお昼寝をしている。
移動疲れを、癒しているのかもしれない。
ぼくも移動中、13匹の猫の健康管理で気を張り詰めていて疲れた。
とにかく、ゆっくりと眠りたい。
可愛い猫と一緒に、身を寄せ合って眠る幸せ。
幸せそうに眠る猫の寝顔って、天使だよね。
可愛すぎて、ずっと見ていられる。
でもたまに、寝顔がめちゃくちゃ怖い猫もいる。
白目剥いて、口が半開きで舌をダラリと出して寝ている。
真夜中に見たら、泣いて逃げるレベル。
いくら猫好きでも、あの寝顔はちょっと引く。
たっぷり寝て体力が回復したところで、周辺調査を兼ねて狩りへ行く。
知らない土地で危険生物と出会うかもしれないから、狩りが得意な猫たちに声をかける。
「良かったら、一緒に狩りへ行きませんミャ?」
「シロちゃん、一緒に狩りに行くニャー」
「ちっちゃい仔猫一匹で、行かせられないニャニャ」
「仔猫のお医者さんが行くなら、ボクも行くニャオ」
「みんなの為に、いっぱい狩るニャ~ン」
狩りが大好きなお父さんと、3匹の猫がついて来てくれることになった。
ぼくたち5匹は周辺調査をしながら、狩れそうな草食動物を探す。
この近くには毒虫はいないし、毒草も生えていないようだ。
今のところ、危険生物とも出会っていない。
ここが猫にとって安全な場所であると確信が持てるまで、しっかり調べないと。
出来れば、薬草も見つかれば良いんだけど。
しばらく歩いていると、クマみたいな大きな動物がいた。
思わず逃げそうになると、お父さんが声をひそめて教えてくれる。
「シロちゃん、良く見るニャー。あれは、ディプロトドンニャー。おっきいけど、狩れるニャー」
良く見れば、クマとは違う。
クマサイズのウォンバットだ。
他の猫たちは、いつでも飛び出せるように狩りの体勢になっている。
「みんな、行くニャーッ!」
お父さんのかけ声を合図に、5匹の猫がディプロトドンへ飛び掛かった。
ディプロトドンは必死に暴れるけど、ぼくたちは噛みついて離れない。
ディプロトドンは大きいので苦戦したが、時間をかければ仕留められた。
「やったやった」と喜び合い、ディプロトドンを集落へお持ち帰りした。
ฅ^•ω•^ฅ
1週間くらい集落の周辺調査を行なった結果、安全が確認された。
ケガや解毒に効果がある、キランソウもたくさん生えていた。
集落の猫を集めて、キランソウの見分け方と薬の作り方を教えた。
ぼくに出来ることは全部やったところで、集落の長に話しかける。
「集落の周りを調べて、安全が確認出来ましたミャ。ここなら、みんな安心して暮らしていけるでしょうミャ」
「本当に何から何まで、ありがとナォ。感謝してもしきれないナォ」
ぼくの報告を聞いて、集落の長は満足げにニコニコ笑った。
「あとは、集落の皆さんにお任せして、ぼくたちは旅立ちますミャ」
「そんな! 君がいなくなったら、この集落の猫は生きていけないナォ! 出て行くなんて、絶対許さないナォッ!」
集落の長は、ぼくが旅立つと聞いて慌てふためいた。
ぼくに抱き付いて、どうにか引き止めようとしてくる。
「ミャ~ッ! そんなこと言われたって、困りますミャ! 離して下さいミャッ!」
「毒虫に囲まれた集落から出る決断をして、ここまで導いたのは君ナォ! ここで見捨てるなんて、無責任ナォッ!」
集落の長とぼくのやりとりを見て、猫たちが集まってくる。
「長、仔猫のお医者さんは我々の為にたくさん頑張ってくれたニャニャ」
「たくさんお世話になったのに、これ以上迷惑を掛けちゃダメニャオ」
「仔猫のお医者さんが、可哀想ニャ~ン。早く離すニャ~ン」
困っているぼくを見て、猫たちが長を説得し始めた。
それでも離さない長から、お母さんがぼくを取り上げた。
「シロちゃんは、うちの大事な子ですニャッ!」
「シロちゃんをイジメるヤツは、誰であろうと許さないニャーッ!」
お父さんとお母さんが、長に怒り狂っている。
ぼくの為に本気で怒っているふたりを見て、「愛されているなぁ」と嬉しくなる。
しばらくすると、長は残念そうに深いため息を吐く。
「みんながそこまで言うなら、仕方ないナォ……」
長は諦めきれない様子だったけど、集落の猫たちは笑顔で見送ってくれた。
「仔猫のお医者さん、新しい集落まで連れて来てくれてありがとニャニャ」
「これからは、みんなで力を合わせて生きていくニャオ」
「仔猫のお医者さんも、どうかお元気でニャ~ン」
ぼくたちは猫たちに見送られて、名もない集落を旅立った。
長だけがいつまでも、恨めしそうな目でぼくをずっと見つめ続けていたのが、とても怖かった。
ฅ^•ω•^ฅ
集落を出たぼくたちは、またお父さんとお母さんの3人旅へ戻った。
ここしばらくの間、11匹の猫と暮らしていたので、少し寂しい。
一方、長と離れられた解放感が嬉しい。
長は集落の猫たちを助けたあたりから、ぼくに頼りっきりになっちゃってさ。
狩りへ行く時以外は、ずっとぼくの後ろをついてくるんだよ。
可愛い猫が、ついて来てくれるのは嬉しいけどね。
何かを期待する眼差しで、じ~っと見つめてくるのが怖かった。
いくら可愛い猫でも、ずっと見つめられていると居心地が悪い。
きっとぼくが集落の問題を全部解決してあげちゃったから、何か勘違いしちゃったんだろうね。
でも、期待されても困る。
ぼくだって、出来ないことがたくさんある。
知らないことだって、たくさんある。
これからぼくがいなくても、猫たちと協力して困難を乗り越えて欲しい。
そんなことを考えながら歩いていると、お父さんが前方を指差す。
「そろそろ、森を出るニャー」
「ついに、森の外が見られるミャ?」
早く森の外が見たくて、外に向かって駆け出す。
木々の間を駆け抜けて、森を出た。
森の外は、見渡す限りの広い草原だった。
緑色の草が風に吹かれて、同じ方向に揺れていた。
遮るものが何もない、広い大空。
人間だった頃は、高い建物が建っているのが当たり前だった。
猫に生まれ変わった後も森の中は木々が生えていて、緑の葉が空を覆い隠していた。
こんなにも広い青空は、初めて見た。
空って、こんなに真っ青で綺麗だったんだ。
ずっと見つめていると、青空に吸い込まれそうな気持になる。
綿菓子のようにふんわりとした真っ白な雲が、青空に浮かんでいる。
美しい世界に感動しているぼくをよそに、お父さんとお母さんは草原に生えている猫じゃらしにじゃれていた。
楽しそうにニャーニャー鳴きながら、猫じゃらしにじゃれている猫は可愛い。
猫じゃらしの何が、猫をそんなに夢中にさせるのかな?
なんとなく気になって、猫じゃらしを『走査』してみる。
『対象:イネ科エノコログサ属エノコログサ』
『薬効:胃腸虚弱(胃腸がとても弱っている状態)』
猫じゃらしって、エノコログサって名前だったんだ。
猫じゃらしにしか使えないと思っていたけど、胃腸薬としても使えるらしい。
ふわふわと柔らかく、しなやかにゆらゆらと揺れる猫じゃらしを見ていると、なんだかそわそわする。
「ミャー!」
ガマン出来なくなって、ぼくも猫じゃらしに飛び付いた。
猫じゃらしにじゃれるのって、なんでこんなに楽しいんだろう?
そういえば、人間だった頃も猫じゃらしで遊んだっけ。
穂の手触りが気持ち良くて、触りまくってた。
穂の部分で毛虫もどきを作って、軽く握った手の中に入れてニギニギすると少しずつ出てくる遊びを良くやったなぁ。
【Diprotodonとは?】
今から160万年前くらいに生息していたといわれている、ウォンバットの祖先。
推定体長約4m
推定体重約2800~3400kg
【Vombatusとは?】
主に、オーストラリアに生息している有袋類(コアラの仲間)。
コアラみたいな顔をしていて、植物の葉や根を食べる。
動物園で飼育されているウォンバットは、甘えんぼでとっても寂しがり屋さん。
新型コロナウイルス感染症が蔓延して動物園にお客さんが来なくなったら、寂しさから鬱病になった。
人間に甘えることで寿命が延びる、不思議な生き物。
体長約90~115cm
体重約22~39kg
【狗尾草とは?】
夏~秋頃に緑色の穂が出てくる、世界中どこにでも生える雑草。
穂が、犬のしっぽに似ているから「いぬっころ草」→「エノコログサ」になったと、言われている。
猫が夢中になってじゃれるので、別名「猫じゃらし」
花言葉は、「遊び」「愛嬌」
その辺に生えている雑草は、ばっちぃから絶対に食べちゃダメだよっ!




