第17話 安息の地を求めて
調査の結果、集落の周りには毒虫がいっぱいいることが分かった。
集落へ戻り、猫たちに話を聞いてみる。
「皆さんは、毒虫に刺されたことがありますミャ?」
ぼくが訊ねると、猫たちは「よくぞ聞いてくれた」とばかりに、口々に話し始める。
「よく刺されるニャニャ」
「気が付いたら刺されてて、痒くて痛くて仕方ないニャオ」
「これじゃ、狩りも出来ないニャ~ン。なんとかならないニャ~ン?」
集落の猫は全員、毒虫の被害に遭っているようだ。
今のところ、毒虫に刺されて死んだ猫はいないみたいだけど。
ずっとここにい続けたら、いつか毒虫の毒で死んでしまうかもしれない。
続いて、集落の長に話しかけてみる。
「集落の猫たちが、毒虫に刺されて大変な思いをしていますミャ。この集落は、昔から毒虫の被害があったのですミャ?」
「実は最近、ここに来たばかりなのナォ」
「最近ですミャ?」
「前に棲んでいた集落が、トマークトゥスの群れに襲われてみんなでここまで逃げてきたナォ」
トマークトゥス?
また、知らない名前が出てきた。
集落を捨てて逃げ出すほどとは、どれほど危険な生き物なんだろう?
ティタノボア(全長15mの巨大ヘビ)みたいな、ヤバイヤツかもしれない。
「集落を捨てて生き延びたのに、ここにいたら毒虫に殺されかねませんミャ。この場所に思い入れがないなら、すぐに別の場所へ移動するべきですミャ」
そう助言すると、集落の長は深々とため息を吐き出して大きく頷く。
「みんなの命には、代えられないナォ」
ぼくの説得により、猫たちは別の土地へお引っ越しすることになった。
小さな集落なので、11匹しかいない。
猫だから荷物などはなく、思い立ったらすぐ旅立てる。
ケガや毒虫の毒で動けない猫は、みんなで交代して運ぶ。
新しい土地が見つかるまで、ぼくたち家族も一緒に旅をすることになった。
トマークトゥスの群れに襲われた集落は、ここより川上にあったらしい。
なので、川下へ向かうことにした。
毒虫が好む植物が生えている森を避けて、河原を歩いて行く。
喉が乾いたら、川の水を飲んで休憩する。
おなかが空いたら、川の水を飲みに来た草食動物を狩る。
草食動物が水辺へ近付いたら、猫たちが一斉に飛びかかって仕留める。
水を飲みに来た草食動物も、猫が11匹もいるとは思わなかったに違いない。
たくさんの猫に襲われた草食動物にとっては、恐怖しかなかっただろう。
可哀想だけど、これが弱肉強食。
仕留めた草食動物は、みんなで分け合って美味しく食べた。
ケガした猫も多いので、移動速度はとても遅い。
急ぐ旅でもないし、時間ならいくらでもある。
眠くなったら、日向ぼっこしながらお昼寝をする。
雨が降ったら、雨風がしのげる場所を探してみんなで身を寄せ合って温め合う。
まるで、移動民族みたいだ。
新しい集落の土地探しは、意外と難しい。
猫たちが安心して暮らせる環境じゃないと、集落を構えることは出来ない。
イチモツの集落を作った猫たちは、何を基準にあの場所を選んだのかな?
単純に、「イチモツの木が森の中でも目立つ巨木だったから」かもしれないけど。
集落の周辺に、危険生物は少なかった気がする。
毒を持つ動植物もいなかったと思う。
猫たちを守るように大きな岩壁があって、そこに猫の巣穴があった。
集落内には、水飲み場となる綺麗な小川が流れていた。
万能薬のヨモギがいっぱい生えていて、茶トラ先生もいた。
イヌノフグリの集落にも、今連れている猫たちの中にも、お医者さんはいない。
もしかしたら、お医者さんがいる集落の方が珍しいのかもしれない。
イチモツの集落には、猫たちが安心して暮らせる環境が整っていた。
今更ながら、イチモツの集落はかなり恵まれていたんじゃないかと思う。
イチモツの集落くらい、好条件の土地を探すのは難しいかもしれない。
集落の条件としては、いつでも新鮮な水が飲める綺麗な川があること。
猫は特に、腎臓や胃腸系の病気にかかりやすいと言われている。
毎日新鮮な水をたっぷり飲むことで、病気を予防出来るそうだ。
次に、危険生物や毒虫などの縄張りを避けること。
ここにいる猫たちはトマークトゥスや毒虫に襲われたから、その恐怖は良く知っているはずだ。
危険生物の縄張りかどうかは、実際に森の中に入って調べるしかない。
ぼくが「森に入る」といえば、成猫たちが心配してついて来てくれる。
「シロちゃん、森に入るなら、一緒に行くニャー!」
「仔猫のお医者さんは、ボクたちが守るニャ~ン」
周辺調査で森に入る時は、みんなから守ってもらっている。
ぼくは年齢的には立派な成猫なんだけど、見た目は生後3ヶ月くらいの小さな仔猫。
子供扱いは、もう慣れた。
調査中に狩れそうな動物がいれば狩り、河原で待っている猫たちへのお土産にする。
いつまでも移動し続ける生活は、ケガをしている猫にはキツいだろう。
猫たちが落ち着いて暮らせる土地が、早く見つかれば良いな。
ぼくと13匹の猫は周辺調査をしながら、何日も移動生活を送った。
そしてついに、集落を構える条件が揃った新天地(新しく活動する場所)が見つかった。
しかし、本当に安心して暮らせる土地かどうかは暮らしてみるまで分からない。
暮らしているうちに、後から問題点が見つかることも十分考えられる。
「仮決定」として、ここで暮らしてみようということになった。
本格的に集落を構えるのは、安全が確認されてからってことで。
猫たちは「やっと新しい集落へ辿り着けた」と、喜んでいる。
「これでもう、ケガした猫を運ばなくて済むニャニャ」
「いつでも、安心してお昼寝出来るニャ~ン」
「毎日、移動する生活とも、おさらばニャオ」
移動型民族生活は、猫たちにとってかなりのストレスだったようだ。
もともと猫は、環境の変化に弱い動物らしい。
昔から、「犬は人に付き、猫は家に付く」と言われている。
犬は飼い主を愛し、飼い主との関係を大切にする
猫は特定の場所を愛し、自分が安心出来る環境を大切にする。
猫は縄張り意識が強く、環境に変化があると落ち着かなくなり、強いストレスや不安を感じるという。
猫が安心出来る暗くて狭い場所を確保出来ないと、ストレスで睡眠不足になる。
実際に睡眠不足が原因で、体調を崩す猫が何匹もいた。
この新しい集落でたっぷり眠って、移動生活で疲れ果てた心と体を癒して欲しい。
新しい環境に慣れるまで、少し時間がかかるかもしれない。
ここが猫たちにとって、安心して暮らせる場所になれば良いな。
集落の長からは、めちゃくちゃ感謝された。
「仔猫のお医者さん、我々をここまで連れて来てくれて本当に感謝しかないナォ。これでようやく、新しい集落を作れるナォ」
「どういたしましてミャ」
「仔猫のお医者さんも、疲れたナォ?」
「確かに、ぼくも疲れがたまっていますミャ。お言葉に甘えてしばらく、のんびりさせてもらいますミャ」
「どうぞどうぞ、いくらでもゆっくりしてナォ」
集落の長はぼくをねぎらって、にっこりと笑った。
こうしてぼくたち家族はしばらくの間、新しい集落で一緒に暮らすことになった。
【Tomarctusとは?】
今から2300万年~1600万年前に生息していたといわれている、オオカミの祖先。
推定体長約150cm
推定体高約90cm
推定体重約50kg
【Romaとは?】
牧畜以外を生業(仕事)とする、移動型民族のこと。
昔は「Gypsy」と呼ばれていたけど、現代では「差別用語」「放送禁止用語」となっている。
放送業界では、「ジプシー」→「ロマ」と言い換えられる。




