第16話 恐怖の巣食う森
みんなから「臭い臭い」言われるのは、やっぱりイヤだ。
川へ飛び込んで、体を洗ってみようかな。
水で洗ったくらいじゃ、臭いは落ちないと思うけど。
体に付いたドクダミの汁を洗い落とせば、少しはマシになるんじゃないかな。
今日は天気が良くて暖かいし風もあるから、日向ぼっこしていればそのうち乾くだろう。
お父さんとお母さんに「体を洗ってくる」とひとこと言って、川へ向かった。
すると、ふたりは慌ててぼくの後を付いてくる。
「シロちゃんが行くなら、私たちも行くニャ!」
「シロちゃんはちっちゃいから、流されたり溺れたりしたら大変ニャー!」
ここの川は川幅は広いけど、水の流れは速くない。
しかし川は急に深くなったり、水の流れに足を取られたりすることがある。
ぼくの体はちっちゃいし、ついて来てもらった方が安心か。
お父さんとお母さんは水が怖いらしく、河原でぼくの水浴びを見守っている。
集落の猫たちは川へ入って行くぼくを見て、「マジか、お前……」みたいな顔をしている。
猫は水を怖がるのが普通だけど、水が平気な猫もいる。
試しにお風呂へ入れてみたら、温かいお湯が気持ち良くてお風呂好きになる猫もいるらしい。
ぼくは元人間だからか、水を怖いとは思わないんだよね。
深いところへ行くのはさすがに怖いので、河原近くの浅いところまでにしておく。
ドクダミの汁が付いた手足や体の前面は、特に念入りに擦り洗い。
薬を作ることが多いから、緑の靴下を履いた靴下猫になりがちなんだよね。
草の汁があちこち飛んで、緑色のブチネコにもなっていることも多い。
靴下猫からシロネコに戻ったところで、もう一度臭いを嗅いでみる。
汁を洗い流したら、少しはマシになった気がする。
水浴びが終わったら川から上がり、河原で毛を乾かす。
全身の毛がべったりと肌に張り付いて、気持ちが悪い。
少しでも早く乾くように、全身についた水をペロペロ舐めて毛づくろいする。
「シロちゃん、大丈夫ニャー?」
「毛づくろいしてあげるニャ」
お父さんとお母さんが心配そうな顔で、毛づくろいを手伝ってくれた。
ふたりが毛づくろいしてくれたおかげで、早く乾きそうだ。
しばらく河原で日向ぼっこして、毛を乾かした。
ฅ^•ω•^ฅ
毛が乾いたところで河原から離れて集落へ戻ると、キジトラの姿が見えない。
そこらへんにいる猫たちに、話し掛ける。
「さっきの患者さんは、どうなりましたミャ?」
「キジトラさんなら、巣穴に運んで寝かせたニャオ」
「そうでしたか、それは良かったですミャ」
「それにしても、この臭いはどうにかならないニャ~ン? 臭くて、たまらないニャ~ン」
「すみませんミャ。ドクダミはとても良い薬なんですが、臭いがキツいですミャ。しばらくすれば、そのうち匂わなくなりますミャ」
猫たちは、ずっと「臭い臭い」と顔をしかめている。
別の猫が、ぼくに話し掛けてくる。
「君は本当に、お医者さんなのニャン? だったら、助けて欲しいニャン」
「ケガや病気で苦しんでいる猫がいるんですミャ?」
「狩りでケガをした猫が、いっぱいいるニャン」
「分かりましたミャ。ドクダミ以外の薬草を、今すぐ探してみますミャ」
ぼくは草むらへ向かって、『走査』してみる。
『対象:シソ科キランソウ属キランソウ」
『薬効:高血圧、咳止め、解熱、健胃、止血、鎮痛、火傷、切り傷、毒虫の刺傷、腫れ物、汗疹、打撲』
よし、ケガに効きそうな薬草を見つけたぞ。
キランソウを集めながら、その猫へ向かって言う。
「ぼくが治しますので、ケガをした猫を集めて下さいミャ」
「分かったニャン、ケガをしたみんなに声をかけてくるニャン」
声掛けをしてもらうと、猫たちがぼくの周りに集まってきた。
ケガの治療は傷を洗う必要がある為、河原へ移動してもらった。
「川で傷口を洗う」と言うと、水が苦手な猫たちはビビり散らかした。
「ケガを治す為だから」と言い聞かせれば、渋々ながら受け入れてくれた。
ケガをした猫がたくさんいるので、薬もたくさん作らなくてはならない。
薬の作り方は、いつも通り葉を石で叩いて潰すだけ。
ぼくひとりでは手が足りないので、お父さんとお母さんにも薬作りをお願いした。
「この葉っぱも、いつもみたいに叩けば良いんニャー?」
「薬作りも、慣れてきたニャ」
お父さんとお母さんには、大量の薬作りを頼んでしまって申し訳ない。
猫たちは薬と聞いて「あの臭いヤツか?」と、警戒している。
キランソウは草特有の青臭さはあるけれど、ドクダミと比べれば臭いはずっと少ない。
ドクダミの臭いがしなかったので、猫たちは安心したようだった。
どんなに効く薬であっても、あの強烈な臭いには耐えられないもんな。
猫を1匹ずつ『走査』して、症状に合った治療をしていく。
幸いなことに、重傷の猫はいなかった。
薬を塗ったら、自然治癒力で寝ていれば治る。
全員治療が終わったところで、集落の長(リーダー)だと言う猫に話を聞いてみる。
「なんでこんなにたくさん、ケガした猫がいるのですミャ?」
「この辺りには、毒を持つ虫がいっぱいおってナォ。狩りをしていると、刺されるナォ」
治療していた時に気付いたけど、毒虫に刺された猫が多かった。
痛みと共に痒みもあるらしく、多くの猫が傷口を掻いて傷を悪化させていた。
「虫に刺されて痛がったり掻いたりしているうちに、獲物に逃げられるナォ」
なるほど、そういうことか。
たぶん、この近くに毒虫が好む植物が生えているんだ。
今までも、毒虫に刺された猫がたくさんいたに違いない。
治療しただけじゃ、根本的な解決にはならない。
ฅ^•ω•^ฅ
毒虫が出てきますので、苦手な人は閲覧注意。
心の準備は、よろしいですか?
↓
↓
↓
ぼくは毒虫を調べる為に、集落周辺を歩いてみることにした。
「シロちゃん、お散歩するのかニャー?」
「ひとりじゃ危ないから、一緒に行くニャ」
森の調査には、お父さんとお母さんも付いてくることになった。
適当に|集落の近くに生えている木を、『走査』
『対象:ツバキ科ツバキ属ツバキ』
『薬効:軟膏の原料。切り傷、腫れ物、止血、湿疹、養毛、脱毛症、滋養、便秘』
ツバキは、養毛に効果があるらしい。
そういえば、ツバキ油を使ったシャンプーって、良く聞くもんな。
そんなことを考えながら、緑色の葉を良く見ると――
「ミャーッ!」
思わず悲鳴を上げて、飛び退いた。
白い毛に覆われた茶色と黒の模様の小さな毛虫が、何匹もビッシリと並んでいた。
見た直後、全身の毛が逆立つほどの恐怖を覚えた。
触らなくて良かった。
もしかして、毛虫も『走査』出来るのかな?
毛虫に触らないように気を付けながら、『走査』してみる。
『対象:チョウ目ドクガ科チャドクガ』
『生態:卵、幼虫、蛹、成虫と、どれも全身に非常に細い毒針毛を持つ。全身を覆う細かい毒針毛には、プロテアーゼ、エステラーゼ、ヒスタミンなどが含まれる。毒針毛は抜けやすく、飛散しやすい』
『症状:毒を注入されると痒みが生じ、掻くと炎症が広がり、赤くかぶれる。放置すると全身に神経毒が回り、痛痒感による不眠、発熱、めまいなどを併発する』
『処置:毒針毛を除去後、ステロイド外用薬、抗ヒスタミン薬軟膏を塗布』
他にも調べてみたら、チャドクガ以外にも色んな毒虫がいた。
噛みついて吸血しながら、さまざまな病原菌をうつしてくるマダニ。
皮膚を噛みちぎって吸血しながら、毒を注入してくるブヨ。
噛みついて、毒を注入してくるムカデなどなど。
集落の長が言った通り、この周辺には恐ろしい毒虫がいっぱいいるらしい。
毒虫を駆除しようと思ったら、殺虫剤を撒くのが一番効果的なんだろうけど。
殺虫剤なんて、便利なものはない。
ここの猫たちはなんで、こんなに毒虫がいっぱいいる場所に集落を作っちゃったんだろう?
場所にこだわりがないなら、別の場所に新しく集落を作った方が良いと思うんだけど。
猫たちに、詳しく話を聞いてみよう。
【靴下猫とは?】
足毛の模様が、靴下を履いているように見える猫のこと。
指先タイプ、ショートソックスタイプ、ソックスタイプ、ハイソックスタイプの4種類がある。
【金瘡小草とは?】
3~5月頃に、5~10mmの濃い紫色の花を咲かせる雑草。
「金瘡」は「刀傷」のことで、キランソウの葉を潰して傷口に塗ると早く治る。
さまざまな薬効がある薬草なので「病気を治して地獄の釜に蓋をする」という意味から、「地獄の釜の蓋」という別名がある。




