第159話 猫として生きる
「そういえばキャリコさんにお世話をお任せしておいた、オリーブの挿し木はどうなりましたミャ?」
「それが、その……。見てもらった方が、早いですにゃう」
キャリコは気まずそうに、オリーブの挿し木を見せてくれた。
挿し木は全部植木鉢から引っこ抜かれ、枝も葉っぱも齧られてぐちゃぐちゃになっていた。
あまりにも無残な姿に、呆然と立ち尽くした。
そんなぼくに向かって、キャリコが懸命に謝る。
「シロ先生、すみませんにゃう。みんな、『美味しい美味しい』と齧ってしまって。気が付いたら、こんなことに……」
「キャリコさんは、悪くないですミャ。こうなることは、予想は出来ましたミャ」
とはいえオリーブの成長を楽しみにしていただけに、めちゃくちゃガッカリ。
猫たちは、悪くない。
猫のイタズラを予測出来なかった、ぼくが悪い。
猫の手が届くところに猫の好物を置いておいたら、イタズラされちゃうよね。
猫にイタズラされたくなかったら、猫の目が届かない場所に置くしかない。
オリーブの挿し木を作れる時季は、5~6月。
今年が最後のチャンスだったから、挿し木はもう手に入らない。
あとは、種が発芽してくれることを祈るしかない。
ひとつも発芽しなかったら、もう諦めるしかない。
イチモツの集落へ帰って来たからといって、すぐにはのんびり出来ない。
本格的に冬が来る前に、冬支度をしなきゃ。
寒くなったら動けなくなっちゃうから、動けるうちにやるべきことをやっておかないと。
薬草とキノコを出来るだけたくさん採って、乾燥させて保存しておく。
薬草集めはキャリコに任せて、ぼくはキノコ狩りをした。
お次は、焚火の薪集め。
あったかく冬を越す為には、焚火は必要不可欠。
枯れ枝を拾い集めたり、倒木を使いやすい大きさに石斧で叩き伐ったりする。
薪集めは、集落の猫たちも手伝ってくれた。
去年は、嵐による大洪水で流れてきた流木を乾かして薪にしたっけ。
今年は逆に雨の量が少なくて、ちょっと水不足気味。
自然災害ばかりは、ぼくたち猫にはどうすることも出来ない。
ฅ^•ω•^ฅ
1ヶ月後、たくさん蒔いたオリーブの種はどうにか3つだけ芽が出た。
これで、イチモツの集落にもオリーブの木が生えるぞ。
今度こそ猫たちにイタズラされないように、ちゃんとしっかり見張っておかなくちゃ。
一方のバジルとセージは成長が早く、1ヶ月であっという間に大きくなった。
花も咲き、冬が来る前に種も回収出来た。
これで来年の春には、種が蒔ける。
冬支度を済ませれば、ようやくゆっくり出来る。
今年の冬も、あったかく過ごせそうだ。
ฅ^•ω•^ฅ
冬の冷え込みが厳しくなってきた、ある日。
茶トラ先生が、亡くなった。
つい最近まで元気そうだったのに、冬の寒さに耐えられなかったようだ。
茶トラ先生は6歳だから、野良猫としては長生きした方なんだけど。
もっともっと、元気で長生きして欲しかった。
今までお世話になった分、恩返しがしたかったのに。
何も恩返し出来なかったことが、悔しくてたまらない。
茶トラ先生は集落の長としてもお医者さんとしても、みんなから愛されていた。
みんなから惜しまれながら亡くなった、幸せな猫だった。
集落の猫たちは茶トラ先生の死を嘆きながら、お墓を作った。
茶トラ先生のご遺体に花を供えると、集落の猫たちもぼくに倣って花を供えた。
しかし、いつまでも悲しんでばかりもいられない。
集落の長が亡くなったら、出来るだけ早く次の長を決めなければならない。
みんなで猫会議をして、新しい長を決める話し合いが始まった。
「新しい長は、シロ先生がいいと思いますにゃう」
「シロちゃんなら、立派な長になれるニャー」
「私もシロちゃんが、適任だと思うニャ」
「シロちゃん以外、考えられないニャア。シロちゃんが長になってくれれば、みんな安心ニャア」
全員の期待の眼差しが、ぼくに集まった。
みんなから推薦されて、オロオロする。
「ぼ、ぼくですミャ?」
「シロ先生はとても優しくて、ずっとみんなのことを考えてくれましたにゃう」
「イヌノフグリの集落を救ってくれたのは、あなたですニィ」
「お医者さんは、ワタシたちを何度も助けてくれましたニャン」
産まれた頃からぼくを知っているイチモツの集落の先住猫たちは、ぼくを推してきた。
イヌノフグリの集落からお引っ越ししてきた新入り猫たちも、ぼくに長になって欲しいと推してくる。
みんなからこんなにも期待されているなら、長になるしかない。
「じゃあ、今日からぼくがイチモツの集落の長になりますミャ」
そう言うと、みんな喜んでくれた。
お父さんとお母さんは寄り添って、誇らしげに笑っている。
茶トラ先生に恩返し出来なかった分、お父さんとお母さんにたくさん親孝行しよう。
ぼくはもう、旅へ出ることはない。
この集落の長になったのだから。
長になったぼくは、茶トラ先生のお墓に手を合わせる。
「これからはぼくが、イチモツの集落を守っていきますミャ。ですから、どうか安らかに眠ってくださいミャ」
ぼくは手を合わせたまま視線を上げ、高い空に向かって祈る。
「猫の神様、ぼくはとても幸せですミャ。猫として精いっぱい生きていきますから、これからもずっと見守っていてくださいミャ」
心の中で唱えると、『走査』が発動した。
『ああ、もちろんだとも少年』
【おしまい】




