第15話 ドクダミ
ぼくたちの前に現れたのは、1匹の猫だった。
具合が悪いのか、フラフラしている。
「た、助けてにゃ……」
弱々しい声で助けを求めてきたかと思うと、パタリと倒れた。
ぼくは慌てて駆け寄って、「走査」する。
『対象:食肉目ネコ科ネコ属リビアヤマネコ』
『病名:毒虫による虫刺症、および細菌感染』
『処置:傷口洗浄後、ステロイド外用剤を塗布。抗生物質を投与』
どうやら、毒虫に刺されてしまったらしい。
まずは、綺麗な水で傷口を洗い流さなければ!
お父さんとお母さんに、この近くに川か泉がないか探すようにお願いした。
ふたりが水を探している間に、ぼくはヨモギを探し始めた。
ないないないないない!
どうしよう! この辺りにはヨモギが生えていないっ!
こうなったら、ヨモギの代わりになる別の薬草を探さなければ。
どこかに、虫刺されに効く薬草はないかな?
草が生えているところに向かって、手当たり次第に「走査」してみると――
『対象:ドクダミ科ドクダミ属ドクダミ』
『薬効:胃腸病、食あたり、便秘、利尿、腫れもの、吹き出もの、皮膚病、高血圧、動脈硬化、抗炎作用、駆虫(寄生虫を出す)、水虫、痔、虫刺され、解熱、解毒、鎮痛、殺菌、消毒』
これだーっ!
ヨモギ並みの万能薬を見つけた。
しかも、ヨモギにはない解熱や解毒作用まであるじゃないか。
薬効を比べてみるとヨモギは体を温めるタイプで、ドクダミは体を冷やすタイプの薬草みたいだ。
今、一番必要な薬草じゃないかっ!
こんな便利な薬草があったなんて。
茶トラ先生にも、教えてあげたい。
でも、なんだかめちゃくちゃ臭いな。
近付いただけで、ものすご~くイヤな臭いがプンプンする。
猫の本能が、「近付くな」と言っている気がする。
この薬草を使うしかないけど、臭くて近寄りたくない。
どうしようかと悩んでいると、お父さんとお母さんが戻って来た。
「シロちゃん、この先に川があったニャー」
「その猫さんを、川まで運ぶニャ」
「じゃあ、患者さんを川まで運んでミャ」
お父さんとお母さんにお願いして、患者さんを運んでもらった。
お父さんとお母さんの後をついて行くと、大きな川が流れていた。
見た感じ、川幅が10m以上ありそう。
傷口を洗わなきゃいけないので、患者さんの毛をかき分けて虫に刺された場所を探す。
人間だったら、刺された部分が赤く腫れるからすぐ分かるのに。
猫は全身が毛に覆われているから、どこにケガをしているか分かりずらい。
患者さんに直接、刺された場所を聞いてみる。
「どこを刺されたんですミャ?」
「こ、この辺りにゃ……」
患者さんはぐったりとしたまま、小さなかすれた声で答えた。
どうやら、右前足を刺されたらしい。
頭やおなかじゃなくて、良かった。
猫は、本能的に水を怖がる動物。
その理由は、猫の毛は水に弱く乾きにくいから。
毛が乾かないと、体が冷える。
体が冷えると免疫力が下がり、病気にかかりやすくなる。
野生の猫が体を冷やすことは、死へ直結するんだ。
「怖いかもしれませんが、傷口を水で洗いますミャ」
「イヤニャア~! 水はイヤニャァアアアアァ~ッ!」
患者さんはビビり散らかしていたけど、「刺されたところだけだから」と何度も言い聞かせて、どうにか傷口を洗わせてもらった。
患者さんは、毒虫の毒と細菌感染で熱が出ていた。
傷口洗浄の時に暴れたせいで、さらに熱が上がってしまったようだ。
高熱で患者さんは苦しそうに浅い息をしながら、ぐったりとしている。
早く、ドクダミの薬を作ってあげないと。
だけどドクダミは初めて使う薬草だから、用法と用量が分からないんだよね。
う~む……「走査」って、便利なようで不便。
病気の説明が現代医学で、医学を学んでいないぼくには難しすぎる。
薬の名前を出されても知らないし、手に入らない。
薬草も薬効しか分からず、使い方の説明もない。
ぼくの能力なんだから、ぼくに分かるように説明してくれればいいのに。
「走査」に文句を言っても、状況は何も変わらない。
とにかく、目の前にいる患者さんを助けなきゃ。
ドクダミって、どうやって使えば良いんだ?
ヨモギと同じように、すり潰せばいいのかな?
河原に落ちていた石を使って、ドクダミを潰し始める。
潰したら、さらに臭いが強くなった。
ぼくの体にも臭いが付いちゃって、ヤダなぁ……。
この臭い、どっかで嗅いだことがあるような気がする。
あ、分かった!
いつだったかおばあちゃんに飲まされた、正露丸の臭いだっ!
そんなことを思い出しながら、すり潰したドクダミの汁を患者さんに飲ませる。
たくさん飲ませるとおなかを壊すかもしれないから、ひとくちだけ。
「臭いですけど、毒消しの薬ですから頑張って飲んで下さいミャ」
「臭いにゃ、苦いにゃ……」
薬を飲んだ患者さんは大きく顔をゆがませて、口直しに川の水をがぶがぶ飲んでいた。
薬の臭いと味は、我慢してもらうしかない。
汁を絞った後のドクダミのペーストは、傷口に塗った。
これで、良し。
とりあえず、出来ることはやったと思う。
だけど、患者さんをこのまま、放っておく訳にはいかない。
弱っている猫を放っておいたら、天敵に襲われる可能性が高い。
患者さんの集落が近くにあるなら、そこまで送り届けてあげたい。
「あなたの集落は、どこですミャ?」
「集落なら、この川に沿って上っていけばあるにゃ……」
「君の集落は、この近くニャー?」
「だったら、運んであげるニャ」
優しいお父さんとお母さんが、患者さんを集落まで運んでくれることになった。
ฅ^•ω•^ฅ
川上に向かって、患者さんを運んだ。
しばらく川辺を歩いていると、何匹も猫がいる場所に着いた。
ドクダミの臭いをプンプンさせているぼくたちを見て、猫たちが「うわっ臭っ!」と顔をしかめた。
猫の嗅覚は、人間の数万倍だと言われている。
嗅覚が鋭いから、強い臭いを嫌う。
ぼくだって、自分がドクダミ臭いのはヤダよ。
でも解毒にドクダミが必要だったんだから、しょうがないだろ。
集落の猫たちは、ドクダミ臭い余所猫のぼくたちを不審がっている。
しかし患者さんを見ると、慌てて駆け寄ってくる。
「あっ、キジトラさんニャニャ!」
「キジトラさん、何があったニャ~ンッ?」
「キジトラさん、めっちゃ臭いニャオッ!」
集落の猫たちは、患者さんを囲んで取り乱している。
ぼくはみんなを落ち着かせる為に、少し大きめの声で話し始める。
「皆さん、聞いて下さいミャ! ぼくはお医者さんですミャッ! キジトラさんは毒虫に刺されて、森の中で倒れていましたミャ! この臭いは、毒虫の毒を解毒するお薬の臭いですミャ!」
ぼくの説明を聞いて、集落の猫たちは驚きの表情になる。
「仔猫の君が、お医者さんニャニャ?」
「毒虫に刺されたニャオッ? キジトラさんは、大丈夫かニャオ?」
「この臭いは、お薬の臭いニャ~ン?」
みんなの問いかけに、ぼくは大きく頷く。
「ぼくに出来ることは、全部やりましたミャ。解毒にはしばらく時間がかかると思いますが、きっとキジトラさんは元気になりますミャ」
ぼくの説明を聞いて、やっと集落の猫たちが納得した顔になる。
「キジトラさんを助けてくれて、ありがとニャニャ」
「仔猫なのにお医者さんだなんて、スゴイニャオ! ありがとニャオッ!」
「キジトラさんを集落の中に運びますから、お医者さんたちも来て下さいニャオ」
集落の猫たちはキジトラさんを助けたお礼として、ぼくたちを集落へ迎え入れてくれた。
数匹の猫によって、キジトラさんは集落へ運び込まれた。
集落内にいた猫たちも、ドクダミの臭いに顔をしかめている。
「助けてくれたのは嬉しいけど、やっぱり、臭いニャ~ン……」
それを皮切りに、口々に「臭い臭い」と騒ぎ出した。
ドクダミの薬効は優秀なんだけど、強烈な臭いが最大の欠点だよね。
【蕺草とは?】
暗くて湿った場所を好み、5~8月頃に♡型の葉っぱに白い花を咲かせる雑草。
日本三大民間薬として、有名。
中国では、「魚腥草(魚が腐ったみたいな臭い草)」という名前の漢方薬。
食べられるし健康にも良いけど、臭いので日本人はあまり食べない。
タイやベトナムでは、パクチーと同じ香草として食べる。
正露丸に似た臭いがするけど、正露丸には入っていない。
正露丸のあの独特な臭いの正体は、主成分の「木クレオソート」
木クレオソートは、下痢を治す効果がある。




