第148話 空気感染
ぼくとお父さんとお母さんも、猫カリシウイルス感染症にやられてしまった。
熱が出て悪寒がして、関節が痛む。
涙や目脂、咳、鼻水、くしゃみが止まらない。
地面にうずくまって、はぁはぁと口呼吸をくり返す。
ちゃんと息をしているのに、苦しくて苦しくて仕方ない。
これは明らかに、風邪の症状だ。
喉が痛い、動きたくても体が重くて動けない。
ぼくだけじゃなく、この集落の猫たちも同じ苦しみを味わっているんだ。
こうなってしまうと、どうすることも出来ない。
治るまで、ひたすら寝ているしかない。
うずくまっていると、集落の猫たちが心配そうにぼくの顔を覗き込んでくる。
「大丈夫かナァー? 仔猫のお医者さんも、病気になるんだナァー」
「さっき教えてもらった、ハーブウォーターニィ。これを飲んで、早く元気になってニィ」
「……ミャ」
お医者さんだって、ただの猫なんだから病気になるよ。
差し出されたハーブウォーターを、ありがたくいただいた。
鼻が詰まっているし口内炎も出来ていて、味も香りも分からない。
風邪の時こそ脱水症状になりやすいから、水分補給が大事。
看病するはずが、看病される側になってしまった。
みんなに迷惑をかけてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
何よりも、グレイさんに会えないことが悲しい。
ぼくが行かないと、グレイさんはずっとひとりぼっちなんだ。
会いに行かなかったら、きっと寂しがる。
かといって、ぼくの病気を伝えることも出来ない。
他の猫に、伝言を頼むことも出来ない。
トマークトゥスと話が出来る猫なんて、ぼくしかいないからね。
どうにかして、グレイさんに伝える手はないだろうか。
猫カリシウイルスは感染力が強いウイルスで、猫同士だと高確率で感染する。
しかし猫にしか感染しないウイルスだから、ぼくがグレイさんに直接会いに行っても感染しない。
グレイさんに会うことさえ出来れば、ぼくが病気に罹っていることを伝えることが出来る。
だったら夜までに、グレイさんの元へ行けるようになろう。
そうと決まれば夜までゆっくりと寝て、体力を回復させないと。
病気を治すには、とにかくたくさん寝なきゃ。
苦しくて寝れそうにないけど、無理にでも眠ろうと目を閉じた。
風邪で体力がなくなっていたからか、目を閉じてしばらくすると眠ってしまった。
ฅ^•ω•^ฅ
目を開けると、真っ暗になっていた。
しまった、寝過ごしたっ!
いったい、何時間くらい眠ったのかな?
気が付くと、お父さんとお母さんと一緒に巣穴で寝ていた。
お父さんとお母さんが、運んでくれたのかな?
親切な誰かが、ぼくたちを巣穴まで運んでくれたのかも。
あとで、お礼を言わなくちゃ。
ぐっすり眠ったからか、少し体が楽になっていた。
熱が下がったのか、それとも体力が回復したのか。
これなら、グレイさんに会いに行けそうだ。
お父さんとお母さんに「グレイさんのところへ行って来るミャ」と伝えて、巣穴から這い出した。
ふたりとも目をつぶったまま、耳としっぽで返事をした。
集落は、寝静まっている。
空を見上げて、月の位置でだいたいの時間を予想する。
月が空の真上にあるから、日が沈んでから約6時間くらいか。
8月の日没時間は、だいたい18時30分らしい。
そこから計算すると、0時30分といったところか。
日時計と同じ方法で月時計も作れるけど、満月じゃないと計れないんだよね。
今日の月は新月が近いのか、月の形がとても細くて暗い。
これじゃ、月時計は無理そうだ。
正確な時間は『走査』に聞けば、教えてくれるけどね。
一応、答え合わせで聞いておこう。
今、何時? 『走査』
『23時21分』
まぁ、外れるよね。
起き上がって大きく伸びをして、毛づくろいをする。
寝起きで顔がベタベタしているのが気になるから、ついでに顔も洗う。
ちなみに、猫が顔を洗う順番は決まっている。
まずは、口の周りを舐めて綺麗にする。
次に利き手で、ヒゲをこすって汚れを落とす
同じように、利き手で顔全体の汚れをこすり落とす。
仕上げに、利き手を舐めて綺麗にしたらおしまい。
オス猫は左利きが多く、メス猫は右利きが多い。
猫の利き手を調べる方法は、とても簡単。
ねこじゃらしに伸ばす手がどちらかで、すぐ分かるよ。
猫を飼っている人は、観察してみたら面白い発見があるかもね。
ฅ^•ω•^ฅ
まだ猫カリシウイルス感染症が治っていないから、咳と涙と鼻水とくしゃみが止まらない。
いつもより遅い時間になっちゃったから、きっと待ちかねているはず。
グレイさん待っててね、今行くから。
早く行きたいのに、体が思うように動かない。
ちょっと歩いただけで、息が上がってしまう。
熱がぶり返してきたのか、体が熱くなってきた気がする。
グレイさんがいるところまで、そんなに遠くないのになかなか辿り着けない。
行かなかったら、グレイさんが心配しちゃう。
休み休み歩いて、少しずつグレイさんに近付いていく。
ああ、やっと見つけた。
グレイさんの毛の色は灰色だから、闇夜だとちょっと見えにくいな。
風邪で鼻が詰まっているから、グレイさんの臭いも辿れない。
『走査』があって、助かったな。
グレイさんを見つけると、「ミャ~」と鳴いて呼んだ。
その声も小さくかすれていて、嗄れていた。
ぼくの声に気付いたグレイさんが、こちらを向いた。
飼い主を見つけた時みたいに、嬉しそうな笑顔でしっぽを振った。
かと思うと、すぐに驚きの表情に変わってこちらへ駆け寄ってくる。
『シロちゃん! ずいぶんと具合が悪そうだが、大丈夫かっ?』
「グレイさ~ん……、ぼくもうダメミャ~……」
力尽きて倒れると、グレイさんが抱き起こしてくれた。
『シロちゃん、なんでこんなに弱っているのに集落から出てきたんだっ?』
「グレイさんに会いたくてミャ……。だってぼくがいなかったら、グレイさんひとりぼっちになっちゃうミャ……。グレイさん、寂しがり屋さんだからミャ……」
『そんなに、オレに会いたかったのかっ! これが愛の力か……っ! いや、もちろんその気持ちはとても嬉しいが、無理をしたらまた死んでしまうぞっ!』
「死んだら、また猫の神様に怒られちゃうミャ……」
『ダメだ! 絶対に死んじゃダメだぞっ! 早く、オレたちの愛の巣へ戻ろう。治るまで、ずっと側にいてやる。オレ以外に、何か欲しいものはあるか?』
「お水が飲みたいミャ……」
『よし、水だな。すぐに、川へ連れて行ってやる』
グレイさんは心配そうな顔でぼくにスリスリした後、首根っこを咥えて歩き出す。
首根っこを咥えられると、首の皮が引っ張られて痛くて苦しかった。
いつもならそんなこと全然思わないんだけど、今は具合が悪いからかな。
激しく咳き込むと、グレイさんは急いで川まで運んでくれた。
河原で降ろしてもらって、川の水を飲んだ。
冷たい水が、火照った体に気持ち良い。
喉が酷く渇いている。
さらに身を乗り出したら、ふらついて足を滑らせた。
「あ」と思った時にはもう遅く、ポチャンと水の中に落ちていた。
『シロちゃんっ!』
グレイさんが、すぐに引き上げてくれたおかげで助かった。
「ありがとミャ~……」
『まったく、危なっかしくて目が離せないな。やっぱり、オレが守らないとダメだな。まぁ、そんなところも可愛いんだが』
「グレイさん、お願いがあるミャ……。今は首根っこを掴まれると痛いから、今日だけは背中に乗せて欲しいミャ……」
『そうか。気付かなくて、すまなかった。出来るだけゆっくり歩くけど、落ちないようにしっかり捕まっておくんだぞ?』
「分かったミャ……」
グレイさんはその場に伏せをして、背中に乗せてくれた。
イヌの背中に乗るって、憧れるよね。
なんかちょっと、得した気分。
巣穴着くと、グレイさんに抱き締めてもらって一緒に眠った。




