第143話 マンソン裂頭条虫感染症
翌日、ぼくの祈りが通じたのかバケツをひっくり返したような雨が降った。
確かに、雨が降って欲しいと願ったけどさ。
今まで雨が降らなかったのに、急にどしゃ降りの雨が降るのは極端なんだよ。
とりあえずこれだけ降れば、水不足も解消されるだろう。
洪水になるまで、降らなければいいけど。
昨日までのうだるような暑さから一転して、肌寒くなった。
てるてる坊主代わりのムラサキバレンギクが乾燥したから、これでハーブティーを淹れよう。
ムラサキバレンギクは、気象病にも効くからね。
みんなで掘った巣穴に籠もって、雨が止むのを待っている。
イチモツの森の中にある集落はひと通り全部回ったから、もう新しい集落を探す必要はない。
今まで訪れた集落に立ち寄りながら、帰るだけで良いんだ。
ฅ^•ω•^ฅ
バケツをひっくり返したような雨は1日で止み、次の日には晴れた。
たった1日のことなのに、川の水量が増えて激しく流れている。
溢れるほどではないけれど、茶色く濁っていて流れも速いから水は飲めそうにないな。
あちこちに水たまりが出来ているけど、水たまりには怖い菌やウィルスがいることが多いから飲んじゃダメ。
葉っぱに溜まっている雨粒を舐めて、渇きを癒す。
そういえば『走査』が、サルナシは水を吸う力が強くて太い蔓を切ると大量の樹液が出るって言っていたっけ。
山や森で遭難して、飲み水がなくなった時に便利なんだって。
サルナシの木を探して、石斧で蔓を切ってみると本当に切り口からポタポタと水が出てきた。
うわわっ、スゴイ!
慌てて葉っぱでお皿を作って、水を溜めてみんなで飲んだ。
サルナシは葉っぱも食べられるけど、春の柔らかい若葉だけ。
しまった、また食べられる時期を逃してしまった。
だけど、サルナシの小さな実が成り始めている。
サルナシの実の収穫時期は、8月下旬~10月。
あともうちょっとしたら、サルナシの実が食べられるぞ。
サルナシの実には、食欲増進、冷え症、不眠症、低血圧、疲労回復などの効果がある。
効果も大事だけど、美味しいものが食べたいよね。
そんなことを考えていたら、お父さんとお母さんが何かを捕まえて食べていた。
「シロちゃん、|Palaeobatrachusがいたニャー」
「シロちゃんも、食べるニャ?」
パラエオバトラクス? また知らない名前が出てきたぞ。
お父さんが差し出してきたそれは、10cmくらいの大きなカエルだった。
「ミャッ!」
ぼくはめちゃくちゃ驚いて、思わず跳び上がってしまった。
たくさん雨が降ったから、カエルも出てきたようだ。
お父さんとお母さんは、美味しそうにそのままムシャムシャと食べている。
そうか、猫はカエルも食べるのか……。
日本人はあまりカエルを食べないけど、海外ではよく食べられているらしい。
日本にも、食用のウシガエルを食べられるお店があるという。
ぼくは食べたことがないけど、鶏肉みたいな味がするとかなんとか。
う~ん……、カエルかぁ。
良く見ると可愛い顔をしているけど、ちょっと気持ち悪いかな。
元人間のぼくは、さすがにカエルを生で食べる勇気はない。
だって、生のカエルを食べたいと思う? 無理じゃない?
少なくとも、ぼくは無理。
せめて、焼いて食べたい。
火を起こして焼いてみると、焼いた皮がパリパリとして美味しい。
脂が少ない鶏のささみみたいで、さっぱりとして美味しかった。
『シロちゃんだけ、またひとりで美味しいものを食べてズルいぞ』
「ぼくは、生では食べる勇気がなかったから焼いただけミャ。みんなにも、焼いたのをあげるミャ」
みんなにも焼いたパラエオバトラクスをあげると、「うみゃいうみゃい」と喜んで食べてくれた。
ฅ^•ω•^ฅ
豪雨から数日後、ハルジオンの集落へ着いた。
グレイさんと別れようとしたら、『走査』が発動した。
『対象:食肉目イヌ科イヌ属トマークトゥス、および、食肉目ネコ科ネコ属リビアヤマネコ』
『病名:マンソン裂頭条虫感染症』
『概要:|plerocercoid擬尾虫を保有したカエルを捕食したことにより、小腸内に寄生』
『処置:内部寄生虫駆除薬の投与』
先日食べた、パラエオバトラクスが原因か。
でも、お父さんもお母さんもグレイさんも症状は見られずケロッとしている。
おなかの中に棲み付く寄生虫は、症状が現れないことが多い。
無症状だからって放置していると、貧血や栄養失調になる。
仔猫が寄生されちゃうと、栄養が足りなくなって成長が遅くなる。
以前、ぼくのおなかの中にも寄生虫がいたことがあった。
あれ以来、寄生虫予防にニガヨモギを2週間に1回は飲むようにしている。
それなのになんで、寄生されちゃったんだろう?
『マンソン裂頭条虫は寄生力が強く、完全な駆除は困難。通常の約5倍の駆除薬を投与する必要がある』
5倍っ?
『高用量の駆虫薬の投与は、副作用も大きくなる傾向がある』
『駆虫薬の副作用:頭痛、倦怠感、眠気、疲労感、腹痛、吐き気、下痢、発汗、発熱、血便、不整脈など』
それって、ニガヨモギをたくさん食べた時の中毒症状じゃないか。
ニガヨモギを駆虫薬として使う時には、量に注意している。
いつもの5倍もニガヨモギを飲んだら、猫も死んでしまう。
毒を以て毒を制すってこと?
猫の体に安全な、駆虫効果のある薬草はないの?
『対象:キク科ヨモギ属壬生蓬』
『概要:別名、Artemisia・maritima。回虫や蟯虫などの駆除に有効なsantoninを全草に含む。サントニンを大量に摂取すると、肝臓にダメージを与えるので要注意』
『薬効:内部寄生虫駆除』
『対象:キク科ヨモギ属蓬』
『概要:昔から、生薬や料理に用いられる。体を温める作用がある為、ほてり、のぼせなどには禁忌』
『薬効:抗菌作用、止血、痛み止め、歯痛、喉の痛み、扁桃炎、咳止め、風邪、肺炎、健胃、整腸作用、肌荒れ、あせも、虫刺され、虫下し、肩こり、腰痛、神経痛、リウマチ、冷え症、貧血、血圧降下、免疫力強化、抗ガン作用、造血作用、浄血作用』
『対象:キク科ヨモギ属大蓬』
『概要:ヨモギの約2倍大きい。ヨモギと同じように利用出来る』
ヨモギは、猫が猫草として食べることもある薬草のひとつ。
もちろんヨモギも、食べすぎたら良くないけどね。
とりあえず、ミブヨモギを少しずつ食べて様子を見るか。
マンソン裂頭条虫は、集団感染するの?
『マンソン裂頭条虫の感染経路:寄生されている中間宿主の生食や、生水を飲水することによって感染する。また、感染動物の排泄物に混入した卵や幼虫を誤食することによって感染する。空気感染や接触感染はしない』
伝染病でなければ、集落に入っても大丈夫か。
感染してもほとんど無症状で、命にかかわることはないらしい。
野生動物は獲物を生で食べるし、生水を飲むのも当たり前。
カエルは水の中に棲んでいるから、寄生虫を持っていることが多いそうだ。
寄生虫を予防するのは、難しいのかもしれないね。
【|Palaeobatrachusとは?】
約56万8000万年前くらいに生息していたと言われているカエルの祖先。
パラエオバトラクスは、ギリシャ語で「古代のカエル」という意味。
推定全長8~10cm
推定体重44~500g
【マンソン裂頭条虫感染症とは?】
マンソン裂頭条虫は、3形態まで変身する。
procercoid前擬尾虫(第0形態)が、寄生しているミジンコが入った生水を飲むと感染する。
プレロセルコイド擬尾虫(第1形態)が寄生しているスッポン、カエル、ヘビ、ニワトリなどを生で食べても感染する。
ネコ、イヌ、タヌキ、キツネの小腸に寄生すると、最終形態の成虫になる。
人間に感染する場合は「マンソン孤虫症」と呼ばれ、幼虫が皮膚の下や臓器などに寄生すると腫瘍が出来る。
脳、肝臓、心臓、肺などの重要な臓器に寄生されると、死に至る可能性が高い。




