第142話 松の潜在能力
それから1週間ほど、メグサハッカの集落で猫たちの看病を続けた。
症状が軽かった猫たちは、すっかり元気になった。
あとは、ハーブティーを飲ませてゆっくり休ませればいい。
元気になった猫たちには、ハーブティーを教える。
「今も病気で苦しんでいる猫たちには、このハーブティーを1日3回飲ませ続けてくださいミャ」
「分かったニャゴ。仔猫のお医者さん、一度ならず二度までも助けに来てくれてありがとうニャゴ」
「どういたしましてミャ」
集落の長のキジミケが、ニコニコ笑いながらお礼を言った。
近くで話を聞いていたクロブチネコが、ぼくにすり寄って来る。
「ボクたちが困ったら、また助けに来てくれるニィ?」
「すみませんミャ。ぼくがここに来られるのは、これが最後ですミャ」
「どうしてニィッ? そんなこと言わずに、また助けてニィッ!」
「ぼくにも、帰る集落がありますミャ。ぼくの帰りを待っている猫たちがいますミャ」
「帰らないで、ずっとここにいてニィ! この集落には、きみのような優秀なお医者さんが必要ニィッ!」
「そんなこと言われましても、困りますミャ」
ぼくが困っていると、お父さんとお母さんが静かに近付いてきた。
ふたりの耳はイカ耳になり、瞳孔(目の黒い部分)も大きく開き、ヒゲも横に広がっている。
マズいな、ふたりともめちゃくちゃ怒っている。
お医者さんがいる集落は、とても少ない。
ちょっとした病気でも、命を落としてしまう猫がいっぱいいる。
けれど、お医者さんがいれば救われる命がたくさんある。
だから、どの集落もお医者さんを欲しがっているんだ。
お医者さんがいない集落には、薬草の使い方を教えている。
誰もが薬草を使えるようになれば、お医者さんがいなくても治療が出来るはずだから。
そんなぼくの願いに反して、手っ取り早くぼくを欲しがる猫たちが多いんだよね。
そんな時は必ず、ぼくの代わりにお父さんとお母さんが怒ってくれる。
ぼくは、猫相手には怒れない。
だって愛猫家は、可愛い猫に何されても許せちゃうから。
お父さんとお母さんが何かを言う前に、長がクロブチに言い聞かせる。
「こらこら、お医者さんを困らせてはダメニャゴ」
「長、一緒に引き留めて下さいニィ。お医者さんをこのまま逃してしまうのは、惜しいですニィ」
「お医者さんはきっと、今までたくさんの猫たちを救ってきたはずニャゴ。ワシら以外にも、お医者さんを必要としている猫がいっぱいいるニャゴ。だから、引き留めてはダメニャゴ」
ぼくにすがりつくクロブチを、キジミケが優しくなだめてくれた。
クロブチは納得がいかない顔をしているけど、引き下がってくれた。
さすがは、集落の長だ。
そんなキジミケを見て、お父さんとお母さんも怒りを収めてくれた。
ここでふたりにブチキレられて、ケンカ別れはしたくない。
ぼくはキジミケに、お礼を言う。
「キジミケさん、ありがとうございますミャ」
「いやいや、こちらこそありがとうニャゴ。ワシらの集落は、ワシらでなんとかするニャゴ」
「どうかこれからも、皆さんで助け合って生きてくださいミャ」
「お医者さんから教えてもらったことは、これからもずっとみんなに伝えていくニャゴ。だから安心して、自分の集落へ帰ってニャゴ」
「はい、皆さんもお元気で」
こうしてぼくたちは、メグサハッカの集落の猫たちに見送られて旅立った。
ฅ^•ω•^ฅ
せっかくメグサハッカの集落に立ち寄ったので、メグサハッカで虫除け首輪を作ろう。
メグサハッカは猫が好きな匂いがする草で、防虫効果がある。
メグサハッカは毒があって食べられないので、首輪が乾燥したら燃やして蚊遣火にしている。
蚊のメスが産卵期を迎える夏は、蚊遣火を焚かないと安心して眠れない。
プ~ンという蚊の羽音が聞こえると、嫌な気持ちになる。
いつの間にか咬まれていて、痒くなるのもイライラする。
しかも、病気までうつされる。
蚊って、なんであんなに不快なんだろうね?
メグサハッカを集めていると、松ぼっくりが落ちていた。
松ぼっくりも、蚊遣火の燃料になる。
松ぼっくりの収穫時期は、秋~冬。
だけど、風が強い日は季節に関係なく1年中落ちてくる。
松ぼっくりには松脂という脂が含まれていて、火がつきやすいから「天然の着火剤」と言われている。
ぼくも『走査』に教えてもらうまで知らなかったんだけど、松ぼっくりは食べられるんだって。
ロシアでは若い緑色の実を砂糖で甘く煮てジャムにしたり、ハチミツ漬けにしたりして食べるらしい。
アルコールに漬け込んで、薬用酒にすることもあるそうだ。
茶色くなった松ぼっくりの中にある「胚乳」という部分が、松の実と呼ばれる。
日本に生えている赤松や黒松は、実が小さすぎて食べられない。
海外のイタリアカサマツやシベリアマツなどは、松の実が大きいから食べられるんだって。
松の実は揚げたり炒ったりすると、美味しく食べられる。
松の実とバジルをペーストにして、オリーブオイルを混ぜるとpesto alla genoveseというソースが出来るらしいよ。
今まで松の葉は、ノミブラシや蚊遣火くらいしか使ったことがなかったけどハーブティーも作れる。
効能は、抗酸化作用、免疫力強化、血流改善、疲労回復、抗炎症作用、解毒作用、鎮静作用、鎮痛効果、抗ウィルス効果、動脈硬化、高血圧、低血圧、老化予防、コレステロール低下、骨粗鬆症、育毛促進、関節痛、湿疹、打撲、むくみ、冷え性、不眠症、食欲不振、便秘、膀胱炎、糖尿病、リウマチ、抗アレルギー作用、ニコチン排出作用などなど。
松の葉のハーブティーは、2~3分くらい煮出した方がいいらしい。
ハーブティーを飲んでみると、ほんのりと松の木の香りがしてさっぱりとしていて美味しい。
松のハーブティーを試飲していると、お父さんとお母さんとグレイさんが匂いに釣られて集まってきた。
「またシロちゃんが、美味しそうなものを作っているニャー」
「わたしたちにも、飲ませてニャ」
『これは、知らないハーブティーだな。ひとりじめしないで、オレにも飲ませてくれ』
「みんなもどうぞミャ」
3匹にもハーブティーを振る舞うと、みんなも「美味しい」と喜んで飲んでくれた。
今後は松も、ハーブティーとして使っていこう。
ฅ^•ω•^ฅ
夏になってから、ずっと晴れ間が続いている。
晴れること自体は、いいことだ。
雨が降ると、気象病になるし体が濡れると風邪を引きやすくなる。
川が濁って水が飲めなくなるし、焚火の燃料も手に入りにくくなる。
去年は大きな嵐が来て、大洪水が起こった。
多くの動物たちが洪水に流されて、命を落とした。
今までぼくが訪れた集落の猫たちも、亡くなった。
かといって、全然降らないのも問題だ。
日照り続きで植物が弱って、ところどころ枯れてしまっている。
地面も乾き切って、ひび割れている。
水不足で、川の水位も下がっている。
あまりの暑さに、ぼくも熱中症になりそうだ。
うだるような暑さが続いているから、みんなも夏バテを起こしかけている。
川の新鮮な水をたっぷり飲んで、日陰を選んでゆっくりと休む。
自然災害の前に、ぼくたちはどうすることも出来ない。
そういえば、「雨は神様からの贈り物であり、それが途絶えるのは神様の罰なんだよ」と、おばあちゃんが言っていた。
いったい何をしてしまったら、神様から罰を受けるんだろう?
何をしたら許されるのだろう?
昔から旱魃(雨不足)の時には、「雨乞いの儀式」を行うという話を聞いたことがある。
雨乞いの儀式をして神様に許しを乞い、雨を降らせてもらうんだって。
だけどぼくは、雨乞いの儀式なんて知らない。
ぼくが知っている雨を降らせるおまじないは、てるてる坊主を逆さまに吊ることくらい。
前に雨が止んで欲しい時に、ムラサキバレンギクをてるてる坊主代わりに吊るしたっけ。
ムラサキバレンギクのてるてる坊主を吊るしたら、次の日に雨が止んだ。
だったら今回は、逆さまにして吊るしてみるか。
あとはただひたすら、天に向かって「雨が降りますように」と祈るだけだ。




