第140話 セイホクカンゾウ
アグチ先生の老後の心配もなくなったし、この集落でやれることは全部やったと思う。
大好きなアグチ先生とお別れするのは、めちゃくちゃ悲しいけれど。
イチモツの集落へ帰らなくてはならない。
旅立つ前に、アグチ先生にお別れの挨拶をする。
「アグチ先生、今まで大変お世話になりましたミャ。そろそろぼくは、自分の集落へ帰りますミャ」
「シロちゃん、もう帰っちゃうにゃ~? 寂しくなるにゃ~」
アグチ先生は優しく笑うと、ぼくを抱き寄せて頭を撫でてくれた。
「ぼくも、アグチ先生とお別れするのはとっても悲しいですミャ。ですが、ぼくの集落はここからとても遠くて、冬が来る前に帰らなくてはなりませんミャ」
「それなら、早く帰ったほうがいいにゃ~。くれぐれも、気を付けて帰ってにゃ~」
「アグチ先生も、どうかお元気でミャ」
「はいこれ、お土産に持って行ってにゃ~」
アグチ先生は、編んだばかりの大きな籠をくれた。
籠の中には、乾燥キノコがたくさん入っていた。
去年は、アグチ先生からもらった乾燥キノコのおかげで助かった。
もしあの時、乾燥キノコがなかったら死んでいたかもしれない。
今回も、ありがたくちょうだいすることにした。
「ありがとうございますミャ」
そういえば、この集落の名前を聞いていなかった。
ずっと「アグチ先生の集落」って呼んでいたけど、ここを訪れるのはこれで最後になるから名前を知っておきたい。
「この集落の名前は、なんというんですミャ?」
「カノコソウにゃ~。ほら、そこに咲いている白くて可愛いお花にゃ~」
また、聞いたことない名前が出てきたぞ。
カノコソウってどんな植物? 『走査』
『対象:オミナエシ科カノコソウ属西洋鹿の子草』
『概要:別名、Valerian。人間には悪臭だが、猫にとってはマタタビと同じような効果がある』
『薬効:鎮静作用、鎮痛作用、不眠症、疲労回復、鬱、頭痛、月経症候群、更年期障害、肩こり、腰痛、ストレス性過敏性腸症候群』
見れば、カノコソウの近くで猫たちがゴロニャンになっている。
猫にとっては良い匂いでも、人間にとっては悪臭ってこともあるのか。
あれ? 良く見たら、セイヨウカノコソウには防虫効果がない。
猫は基本的に、防虫効果のある植物を好むんじゃなかったっけ?
猫が好きな植物といえば、イヌハッカ、キャットタイム、セロリ、マタタビ、レモングラス、ヨモギなど。
これらには全部、防虫効果がある。
てっきり、猫は防虫効果のある植物が好きなのかと思っていたけど。
猫が好きな匂いにも、例外があるってことなのかな?
アグチ先生や集落の猫たちに見送られて、カノコソウの集落から旅立った。
ฅ^•ω•^ฅ
さっき、イチモツの集落の周辺には生えていないセイヨウカノコソウという薬草を見つけた。
とても優秀な薬草みたいだから、セイヨウカノコソウもたくさん採っておこう。
このあたりには、他にも役に立つ薬草があるかもしれないから探してみるか。
お願い、薬草を探して『走査』
『対象:キク科オオアザミ属大薊』
『概要:別名、マリアアザミ。全草可食部位。薬効成分の「silymarin」は、種子に多く含まれる』
『薬効:慢性肝炎、肝硬変、肝機能改善、老化予防、高血圧、高コレステロール、二日酔い、脂肪燃焼効果、生活習慣病予防』
『対象:マメ科カンゾウ属西北甘草』
『概要:別名はliquoriceだが、ヒガンバナ属とは別物。根から、砂糖の50~80倍の甘みのある甘味料が摂れる』
『薬効:鎮痛作用、鎮痙作用、鎮咳、解毒、抗炎症作用、抗ウイルス作用、下痢、腹痛、食欲不振、消化器の潰瘍改善』
おおっ、なんかスゴそうな薬草が見つかったぞ。
アザミ属の植物は全体がトゲトゲしていて、触るとケガしちゃうからとっても危険。
猫は肝臓が弱いから、ぜひとも欲しいところだけど。
それでケガをするのは、違うよね。
オオアザミに毒はなくても、傷口から菌やウィルスが入る可能性が高い。
残念だけど、オオアザミは諦めよう。
セイホクカンゾウは使えそうだから、たくさん採っていこう。
砂糖の50~80倍の甘さって、どんな味なんだろう?
残念ながら、猫は甘味を感じることが出来ない。
グレイさんはイヌ科の動物だから、甘味を感じることが出来る。
セイホクカンゾウを煮出して、グレイさんに味見してもらおうかな?
苦いお茶に入れたら、甘くなって飲みやすくなるかもしれないね。
セイホクカンゾウは根っこが薬になるらしいので、掘り出してみよう。
掘ってみると、ゴボウみたいな太い根っこが下へ向かって伸びている。
掘っても掘っても、終わりが見えない。
いったい、どこまで続いているんだ?
ぼくが必死になって掘っていると、グレイさんが話し掛けてくる。
『シロちゃん、何を掘っているんだ?』
「この根っこが、お薬になるミャ。良かったら、グレイさんも手伝って欲しいミャ」
『それなら、早く言ってくれ。オレに任せろ、穴掘りなら得意だ』
そう言って、グレイさんが張り切って掘り始めた。
ぼくが掘るよりも、何倍も速かった。
グレイさんはセイホクカンゾウの根っこを掘り出すと、土だらけの顔で得意げに笑う。
『ほら、取れたぞ。これでいいのか?』
「グレイさん、ありがとうミャ!」
セイホクカンゾウの根はとても長く、1mくらいありそうだ。
これだけあれば、しばらくはセイホクカンゾウに困らないぞ。
そのままでは持ち運ぶのに不便なので、石斧で適当な長さに叩き伐った。
川で洗って土を落としてみると、まるで太いゴボウみたいだ。
水気を切ったら、自然乾燥させておく。
乾燥したら、甘草という生薬になるんだって。
『走査』によれば、甘草は漢方の世界では欠かせない存在らしい。
あらゆる漢方薬に使われているそうだ。
甘草には、個性の強い生薬同士を上手にまとめる調和作用。
生薬たちの副作用を和らげる、緩和作用。
生薬たちの効果を最大限に引き出す、サポート作用がある。
もちろん、甘草が使われていない漢方薬もあるけどね。
漢方薬の作り方なんて全然知らないけど、乾燥したら『走査』に使い方を教えてもらおう。
甘草茶というハーブティーも作れるらしい。
甘草単品よりも、ブレンドハーブティーがオススメらしい。
他のハーブの渋味や苦味を抑えて、飲みやすくしてくれるそうだ。
秋の花粉症に効くイチョウ茶は苦味が強いお茶だから、甘草を入れてブレンドハーブティーにしてみようかな。
【西洋鹿の子とは?】
5~7月頃、主に水辺、林、荒れ地、草原などで、白に近い薄ピンク色の小さな花をたくさん咲かせる野草。
花の蕾が鹿の子模様に見えることが、名前の由来。
根は吉草根、または纈草根という生薬。
薬草の中では、一番強い入眠効果がある。
古代ギリシャ時代から薬草として使われていて、中世の修道院でも栽培されていた。
マタタビ科に含まれる「Actinidin」という誘導体が、猫をゴロニャンにさせる。
天然の脂肪酸である「イソ吉草酸」が含まれ、人間はかなり不快臭に感じる。
例えるなら、汗を掻いた足の臭いや加齢臭のような悪臭がする。
【西北甘草とは?】
7~9月頃に、紫色の花を咲かせる植物。
漢方では、最も多く配合される生薬といわれている。
乾燥させた根を、煮出したり粉末にしたりして使う。
フィンランドの伝統的なキャンディー「サルミアッキ」の材料として有名。
【salmiakkiとは?】
世界一クソマズい飴として超有名。
塩化アンモニアの強い塩味とアンモニア臭、セイホクカンゾウの薬っぽい独特の甘さが特徴。
車のタイヤに、塩と砂糖をまぶしたみたいな味がする。
日本でも売っているが、好奇心や罰ゲームで食べられることが多い。
その一方で、この独特な味を好む人もいる。
フィンランドでは、サルミアッキ味の蒸留酒、アイスクリーム、チョコレート、コーラ、コーヒーなど、さまざまな食品が売られている。
「サルミアッキを定期的に食べないと、禁断症状が起きる」と言う、サルミアッキ中毒のヤバいフィンランド人もいる。
もともとは寒さと飢えを耐えしのぎ、生き延びる為の医薬品として作られた。




