第14話 イヌノフグリ
ほとんどの猫たちの病気が治り、薬の作り方も教えた。
これで心置きなく、旅立つことが出来る……と思いきや。
今度は、ぼくたち家族が倒れてしまった。
ずっとぼくはひとりで集落の猫全員の治療をしていたから、疲れてしまったんだ。
毎日、15匹×1日3回分の薬を作るのは、とても大変だった。
薬を作っては1匹ずつ飲ませ、なくなったら作るのくり返し。
思い返せば1日中休まず、薬を作り続けていたような気がする。
ずっと薬を触っていたせいで、真っ白だったぼくの毛はあちこち緑色に染まっている。
寝る間も惜しんで看病し続けていたから、睡眠もろくに摂っていなかった。
お父さんとお母さんは集落のみんなを食べさせなきゃいけないから、1日に何度も狩りへ行ってくれた。
いくらお父さんが狩り好きとはいえ、体力には限界がある。
「みんなを助けたい」という気持ちが強すぎるあまり、頑張りすぎてしまったんだ。
疲れ果てたぼくたちを見て、集落の猫たちは申し訳なさそうに話し合っている。
「我々を助けたら、今度はお医者さんたちが倒れてしまったにゃあ……」
「仔猫のお医者さんはひとりで、みんなの病気を治してくれたからニャン」
「こんなに小さな仔猫なのに、とっても優しい子ニィ」
「今度は私たちが、お医者さんを助ける番にゃー」
集落の猫たちは「助けてくれたお礼」と言って、ぼくたちのお世話をしてくれることになった。
穴掘りが得意な猫は、ぼくたちの巣穴を作ってくれた。
狩りが得意な猫は狩りへ行って、お土産を持って帰ってきてくれた。
「少しでも早く元気になるように」と、作り方を覚えたばかりの薬を作って飲ませてくれた。
みんなのおかげで久し振りに、お父さんとお母さんと一緒に、ゆっくりのんびり出来た。
みんなの優しさに触れて、イチモツの集落を思い出した。
長老のミケさん、茶トラ先生、サビさん……。
仲が良かった猫たちの顔が、次々と思い浮かぶ。
集落を守るかのように大きく葉を広げたイチモツの木が、とても懐かしい。
イチモツの集落が、恋しくてたまらない。
「ずっと待っているから、いつでも戻っておいで」という言葉を思い出し、切なくなってお母さんの胸の中で泣いた。
ぼくたち家族は、疲れが取れるまでゆっくりと寝て過ごした。
だけどいつまでも余所者のぼくたちが、お世話になりっぱなしってのも申し訳ない。
体力も充分回復したし、そろそろ旅立つとしよう。
集落の長であるクロブチさんに別れを伝えると、別れを惜しんでくれた。
「もう、行っちゃうのにゃあ? 君たちは命の恩人なんだから、もっといてもいいのににゃあ。寂しくなるにゃあ……」
ぼくたちが旅立つと聞いて、集落の猫たちもお見送りに集まってきてくれた。
「仔猫のお医者さん、助けに来てくれて本当にありがとニャン」
「薬の作り方を教えてくれて、ありがとニィ。仔猫のお医者さんのことは、ずっと忘れないニィ」
「また来てにゃー、いつでも歓迎するにゃー」
2週間ほどですっかり仲良くなった猫たちは、改めて感謝の言葉をかけてくれた。
お見送りが嬉しくて悲しくて、また泣いてしまった。
別れって、どうしてこんなに悲しいんだろう。
そういえば、この集落に名前はあるのだろうか?
立ち寄った集落の名前は、全部憶えておきたい。
「この集落の名前は、なんというのですミャ?」
クロブチさんに問うと、ニコニコ笑いながら答えてくれる。
「イヌノフグリにゃあ」
は? なんて?
その言葉で、涙が止まった。
「ほら、そこにたくさん咲いているにゃあ?」
言われてみれば集落の周りには、ちっちゃくて可愛い薄いピンク色の花がたくさん咲いていた。
ここは、群生地(たくさん生えている場所)なんだろう。
「だから、イヌノフグリっていうにゃあ」
試しに、イヌノフグリを『走査』してみる。
『対象:オオバコ科クワガタソウ属イヌノフグリ』
『薬効:なし』
薬には使えない、ただの雑草らしい。
なんでよりにもよって、そんな名前にしたんだよっ?
こんなに可愛い花なんだから、他にもいくらでも付けようがあっただろ!
ただの「陰嚢」じゃなくて、「イヌノ」って付けたところに悪意を感じる。
この集落の名前は、一生忘れないだろう。
頑張った甲斐あって、イヌノフグリの集落の猫たちはみんな元気になった。
幸いなことに、ぼくが看病している間に亡くなった猫は1匹もいなかった。
ぼくとしては、可愛い猫たちが苦しんでいるのを見るのが耐えられないだけなんだけど。
自分の努力が報われると、やっぱり嬉しい。
喜ぶ猫を見るのは、嬉しい。
感謝されれば、もっと嬉しい。
「シロちゃん、大活躍だったニャー」
「みんなからシロちゃんが感謝されると、私たちも嬉しいニャ」
褒められると、もっともっと嬉しい。
これからも頑張って、たくさんの猫を救えたらいいな。
ฅ^•ω•^ฅ
次の集落を探して歩いていると、少し遠くに黒っぽい動物が動いているのが見えた。
ある日森の中、くまさんに出会った。
たぶん、大きさは3m以上。
ちょうど獲物を仕留めたところらしく、ガツガツと肉に食らいついている。
「くまさん」なんて、可愛い生き物じゃない。
お父さんもお母さんも警戒して、ぼくを抱えて木の陰に隠れる。
お父さんはひそひそ声で、ぼくとお母さんに話しかけてくる。
「あれは、アルクトテリウムニャー。とっても危ない動物だから、気付かれないうちに逃げるニャー」
「今はお食事中だから、きっと安全に逃げられるニャ」
「ミャ」
ぼくたちは音を立てないように、すたこらさっさっさーのさーっと逃げ出した。
アルクトテリウムが完全に見えなくなったところで、ぼくたちはひそめていた息を大きく吐き出した。
「気付かれなくて、助かったニャー……」
「無事に逃げられて、良かったニャ。シロちゃんも、そろそろおなかが空いたかニャ?」
「空いたミャ」
「じゃあ、私たちでも狩れそうな獲物を探しましょうニャ」
「シロちゃんの為に、美味しいお肉を狩るニャー」
お父さんの狩り好きは、相変わらずだ。
イヌノフグリの集落では1日に何度も狩りに行って、毎日クタクタになっていたのに。
ここ1週間くらいは寝っぱなしだったから、久々に狩りがしたくて仕方ないようだ。
ぼくだって看病で忙しかったから、狩りに出るのは2週間ぶり。
よ~し! ぼくも頑張って狩るぞっ!
しばらく森の中を歩いていると、ウマの顔をしたイヌみたいな動物が、木の葉をモシャモシャ食べているのを見つけた。
確か、ヒラコテリウムとかいう草食動物。
草食動物なら、狩れる。
イチモツの集落にいた頃、お父さんとお母さんと一緒に何度か狩ったことがある。
お父さんは声をひそめて、ぼくとお母さんに言う。
「ちょうどいいところに、ヒラコテリウムがいるニャー。よし、みんなで狩るニャー」
「分かったニャ」
「ミャ」
お父さんの合図でぼくたちは一斉に、ヒラコテリウムへ飛び掛かった。
ヒラコテリウムは噛みついたぼくたちを振り払おうと、めちゃくちゃに暴れながら森の中を走り回る。
ぼくは振り落とされまいと、必死に爪と歯を立てる。
最後にはお父さんが急所である顎の下を噛みちぎって、仕留めた。
やっぱり、お父さんは狩りが上手い。
正確に獲物の急所を狙って、噛みつく。
ぼくもいつかお父さんのように、狩りが上手くなりたいな。
ヒラコテリウムの赤身部分は、新鮮で魚臭くないマグロの赤身みたいな味がした。
脂身部分は、マグロの大トロみたいで美味しかった。
「うみゃいうみゃい」と言いながら、ぼくたちがヒラコテリウムを食べていると。
ゆっくりと、何かが近付いてくる音がした。
ヒラコテリウムの血の匂いに誘われて、別の動物が来たのかも。
ぼくたちは食べるのをやめて、警戒する。
もし危険生物だったら、いつでも逃げられるように身構えた。
【犬の陰嚢とは?】
春になると、3~5mmの薄ピンク色の花を咲かせる雑草。
7~10mmの青い花が咲く方は、帰化植物の大犬の陰嚢。
毒にも薬にもならないし、食べても美味しくない。
「実の形が、犬のキ〇タマブクロに似ているから」が、名前の由来。
誰が名付け親か知らないけれど、ネーミングセンスがひどい。
【|Arctotherium・|angustidensとは?】
今から200万年前くらいに生息していたといわれている、史上最大のクマさん。
推定体長約3~4m
推定体重約1600~1750㎏
生息当時は、最大にして最強の陸生肉食哺乳類だったらしい。
【|Hyracotheriumとは?】
今から5600万年前くらいに生息していたといわれている、ウマの祖先。
全然ウマらしくない見た目で、どちらかというとウマっぽい顔をしたイヌ。
推定体長と推定体重は不明。




