第138話 猫の認知症
去年、葛の集落を旅立ったあとは、アグチ先生の集落へ寄ったっけ。
アグチ先生はおばあちゃんの猫で、キノコが薬になることを教えてくれた。
キノコは生では食べられないと知り、それがきっかけで火を起こそうと思ったんだよね。
火が使えるようになったら、いろんなことが出来るようになった。
フレッシュハーブティーを淹れられるようになったし、料理も作れるようになった。
焚火で、あったかく冬を越せるようになった。
人間だった頃は、火を使う生活が当たり前だったけど。
暮らしを豊かにしてくれるありがたいものだと、改めて知った。
アグチ先生は、今もお元気だろうか。
お年寄りの猫は体が弱っているから、特に病気に罹りやすい。
イチモツの集落のミケさんも、亡くなる前はたくさんの病気を抱えていた。
それに野生の猫の寿命は、とても短い。
会えなくてもいいから、アグチ先生の集落へ行ってみよう。
葛の集落からアグチ先生の集落まで、3kmくらい。
頑張れば1日で着ける距離だけど、急ぐ必要はない。
暑い日に激しい運動をさせて、熱中症になって欲しくないからね。
ฅ^•ω•^ฅ
それから2日後、アグチ先生の集落へ辿り着いた。
木陰で涼みながら、猫会議をしている猫たちに声を掛ける。
「こんにちはミャ。長のウシさんは、いらっしゃいますミャ?」
「おや、シロちゃんナァ。お久し振りナァ。また会えて、嬉しいナァ」
牛みたいな白毛に黒いブチ模様のある猫が、笑顔で近付いてきた。
このクロブチネコが、集落の長のウシさんだ。
「ウシさん、お元気ですミャ?」
「アグチ先生のおかげで、みんな元気ですナァ」
「アグチ先生は、どちらにいらっしゃるんですミャ?」
「ほら、そこの木の根元で寝ているナァ」
長がニコニコと笑いながら答えたので、そちらを見ると1匹のサビネコが寝そべっていた。
もしかしたら亡くなっているかもしれないと、心配していたけれど。
生きているうちに、もう一度会えて良かった。
「アグチ先生っ!」
「あらあらはいはい、初めましてこんにちはにゃ~。どこの仔猫ちゃんにゃ~?」
「初めましてじゃないですミャ。ぼくですミャ、シロですミャ」
「シロ? はて? どちらさまだったにゃ~? え~っと……あぁ、はいはい、思い出したにゃ~。お医者さんのシロちゃんにゃ~」
おばあちゃん猫だから、ちょっとボケてしまっているのかもしれない。
思い出すのに少し時間が掛かったみたいだけど、思い出してくれて良かった。
「シロちゃん、よく来たにゃ~。また会えて、嬉しいにゃ~」
「ぼくもまたお会い出来て、とっても嬉しいですミャ!」
嬉しくて抱き着くと、アグチ先生はよしよしと頭を撫でてくれた。
感動の再会を果たしたぼくは、そのままアグチ先生とお話しを続ける。
「アグチ先生、お元気ですミャ?」
「あんまり元気ではないし、物忘れも多くなってきたにゃ~。歳は取りたくないにゃ~」
そう言って、アグチ先生は苦笑いをした。
どうやら、自分でも体の衰えを感じ取っているようだ。
見れば、毛がパサついて艶もなくなっている。
爪も伸びっぱなしで、長く伸びた親指の爪が巻き爪になって肉球に刺さっていた。
猫は毛づくろいをして毛並みを保ち、爪とぎをして爪を整える。
だけど年を取って体力が落ちてくると、毛づくろいや爪とぎをしなくなる。
猫が毛づくろいや爪とぎをしなくなったら、老化のサイン。
「アグチ先生、ちゃんと毛づくろいと爪とぎをしていますミャ?」
「そういえば、あまりしてないにゃ~」
「じゃあ、ぼくが毛づくろいをしてあげますミャ。あと、爪とぎも探してきますミャ」
「ありがとうにゃ~」
ぼくは集落から飛び出して、爪とぎが出来そうなものを探した。
猫の爪とぎには、スギやヒノキの木が最適らしい。
とはいえ、そんなに都合よくスギやヒノキの倒木は転がっていない。
近くに転がっていたマツの倒木から、木の皮を剥がす。
マツの木から葉を採り、束ねてノミブラシを作った。
そうだ、老化予防効果のあるハーブティーも淹れよう。
老化予防効果のある薬草といえば、葛、イチョウ、オリーブ、バジル、ヒマワリ、ヒメジョオン。
オリーブの木とヒメジョオンは、このあたりには生えていない。
イチョウとバジルは、ハーブティー向きじゃない。
葛とヒマワリの花弁で、ハーブティーを作ってみるか。
巻き爪で傷付いた肉球も、手当しなくちゃ。
傷が出来ると、そこから菌が入って病気になってしまう。
ぼくが出来ることは、全部やろう。
アグチ先生には、元気で長生きしてもらいたいからね。
必要なものを集めて背負い籠に入れると、アグチ先生の元へ戻った。
「アグチ先生、お待たせしましたミャ。これで、爪とぎしてくださいミャ」
アグチ先生の足元に、マツの木の皮を置いた。
最初はちょっと怠そうな顔をしていたけど、やり始めたら楽しくなってきたようだ。
アグチ先生はご機嫌で、バリバリと爪を研いでいる。
猫の爪は玉ねぎみたいになっていて、爪を研ぐと外側の古い爪が剥がれ落ちて下から新しい爪が出てくる。
アグチ先生が爪を研いでいる間に、ヨモギを叩いて傷薬を作る。
爪とぎが終わったら、傷にヨモギペーストを塗った。
アグチ先生といえば、キクラゲ。
キクラゲの収穫時期は、5~10月と長い。
アグチ先生は、干しキクラゲを万能薬として使っている。
中国では昔から、「不老長寿の妙薬」として知られているらしい。
アグチ先生の長生きの秘訣は、キクラゲかな?
爪の問題は解決したので、次はブラッシングだ。
「アグチ先生、これで毛づくろいしますミャ」
「それは何にゃ~?」
「これでブラッシングをすると、抜け毛とノミとダニが取れますミャ」
前にこの集落を訪れた時、ノミブラシの作り方を教えなかった。
ブラッシングすると、アグチ先生はうっとりした顔で地面に横たわる。
「ふにゃ~ん、とっても気持ちが良いにゃ~」
アグチ先生は毛づくろいをしていなかったから、抜け毛がごっそりと取れた。
お年寄りの猫は毛づくろい不足になりやすいから、こまめにブラッシングしてあげると良い。
毛づくろいをしないと熱がこもって、熱中症になるからね。
それにお年寄りの猫は、水分補給がとても大切。
足腰が弱ってくると、水場まで行くのが面倒臭くなって水を飲まなくなる。
水を飲まないと、尿石症や膀胱炎や腎不全になってしまう。
そうそう、猫が脱水症状を起こしていないかを簡単に調べる方法があるんだよ。
猫の首の後ろの皮がたるんでいるあたりを、上へ向かってグイッとつまみ上げる。
猫が痛がらないように、力加減には気を付けてね。
パッと手を離すと、つまんだ皮がテントみたいに三角に立つ。
このテントが、すぐ戻るなら水分は足りている。
10秒以上かかる場合は、脱水症状を起こしている。
この方法は、「テントテスト」とか「ツルゴール反応」っていうらしい。
「turgor」は、「皮膚の張りや弾力性」って意味の医療用語なんだって。
もちろん、犬や人間でも出来るよ。
人間でやる場合は、手の甲や鎖骨の皮でやるそうだ。
さぁ、画面の前のみんなもやってみよう。
2秒以内に戻ったら、大丈夫。
それ以上かかったら、脱水症状を起こしている証拠。
「アグチ先生、ちょっと失礼しますミャ」
アグチ先生で試してみると、5秒くらいかかった。
ちょっと脱水症状を起こしかけているから、たくさん水を飲ませなきゃ。
【猫の認知症とは?】
人間と同じように、犬猫も年を取ると認知症になる。
飼い猫は10歳くらいになると、ボケ始めると言われている。
認知症になると、ごはんを食べたことを忘れたり、夜鳴きしたり、意味もなくフラフラ歩き回ったり、寝たきりになったりする。
お年寄りの猫は病気に罹りやすいから、「何かおかしいな?」と思ったら病院へ連れて行ってあげてね。




