第137話 気管支敗血症
風邪と気象病が治ったから、やっと猫たちに会える。
ぼくは足取り軽く、葛の集落へ向かった。
雨が止んだから、猫たちは巣穴から出てきている。
みんな直射日光が当たる日向を避けて、木陰で涼んでいる。
ぼくが集落へ入っていくと、みんながこちらを向く。
「シロちゃん、おかえりにゃあ。ちょうどいいところに、帰ってきたにゃあ」
「さっき、お兄ちゃんたちが狩ってきたニャウ。シロちゃんも、食べてニャウ」
「ミャ」
集落の真ん中には、サビーとタビーが狩ってきたという獲物が置いてあった。
久し振りの狩りを成功させて、サビーもタビーも満足げな顔をしている。
この集落では、主にこのふたりが狩りをしている。
お肉には猫たちが群がって、美味しそうに食べている。
ぼくはグレイさんと一緒に狩りをして、食べたばかりだからおなかは空いていない。
だけどせっかく誘ってくれたのに、断るのも悪いからちょっとだけ食べた。
「サビーさん、タビーさん、いつも美味しいお肉をごちそうさまですミャ」
「こちらこそ、ありがとうにゃあ」
「お兄ちゃんたちが病気で狩りに行けない間、狩りをしてくれて助かったニャウ」
ふたりにお礼を言ったら、逆に感謝されてしまった。
集落の猫たちには、お父さんとお母さんとぼくが代わりに狩りへ行ったということにしている。
お父さんとお母さんにも、そのように話を合わせてもらっている。
ぼくひとりで、大きな獲物を狩ることなんて出来ないからね。
お父さんとお母さんは、「グレイさんの手柄を横取りしているようで、心苦しい」としょんぼりしていた。
そうは言っても、 グレイさんのことを猫たちに話す訳にはいかない。
トマークトゥスが近くに潜んでいるなんて知られたら、猫たちが怯えてしまう。
グレイさんだって、自分が猫たちに怖がられることは十分に理解している。
グレイさんには、ぼくたち3匹でお礼を言えばいい。
集落内を見回してみると、猫の数が少ないような気がする。
アオキ先生もハチミケさんもいない。
もしかして、まだ風邪を引いているのかな? 『走査』
『病名:気管支敗血症』
『概要:Bordetella |bronchiseptica菌が原因となる、感染性気管支炎。風邪に似た症状から、重症化すると肺炎に至る』
『処置:抗菌薬、抗生剤、鎮咳薬、去痰薬の投与 』
ただの風邪じゃなかった!
急いで、ハーブティーを作らないとっ!
「気管支敗血症」は、どのくらいで治るの? 『走査』
『治療期間:約2週間』
2週間か、結構長いな。
だけどぼくが重傷を負った時、完治するまでこの集落でお世話になったからお礼に看病しよう。
抗生物質、免疫力強化、風邪、結核、喉頭炎なら、ムラサキバレンギク。
抗菌作用、抗ウィルス作用、鎮静作用、解熱、不眠症、風邪なら、イヌハッカ。
さっそくフレンドハーブティーを淹れて、巣穴の中で苦しんでいる猫たちに配った。
猫たちは喉が渇いていたのか、ハーブティーを飲んでくれた。
水分補給したら、栄養も摂らせないとね。
サビーとトビーが狩ってきたお肉で、薬膳スープを作って食べさせた。
あとは、ゆっくり寝れば治るはずだ。
ฅ^•ω•^ฅ
それから2週間、気管支敗血症が完治するまで猫たちの看病をした。
すっかり元気になったアオキ先生が、お礼を言ってくる。
「シロちゃん、ボクの代わりにみんなの病気を治してくれてありがとうにゃお」
「ぼくもアオキお父さんに看病してもらったから、恩返ししただけミャ」
「それでも、ありがとうと言わせて欲しいにゃお。そういえば前にシロちゃんは、お医者さんになるって言っていたにゃお。シロちゃんはもう、ボクより立派なお医者さんにゃお」
アオキ先生は嬉しそうに笑いながら、ぼくの頭を撫でてくれた。
それから、アオキ先生や集落の猫たちに蚊遣火の焚き方やノミブラシの作り方、虫除け首輪の作り方を教えた。
これから夏になると、蚊やノミやダニが増える。
だから蚊遣火を焚いて、ノミブラシでブラッシングをして、虫除け首輪を着ける。
虫は、いろんな病原体や寄生虫を持っている。
しかし咬まれなければ、どうということはない。
本当は予防接種が出来れば、病気に罹らなくて済むんだけど。
自然界にワクチンなんてものはないから、出来る限り虫に咬まれないように予防対策をすることが大事。
ぼくが予防対策について説明すると、アオキ先生は感心した様子で何度も頷いた。
「病気は罹ってから治すものだと、ずっと思っていたにゃお。病気に罹る前に予防するなんて、初めて知ったにゃお」
誰だって、元気な時には病院へ行かない。
なんらかの症状が出てから、病院へ行くのが普通だよね。
だけど予防すれば、病気に罹らずに済む。
罹っても、軽く済む。
病気に罹ると、寿命も縮むからね。
猫たちには、出来るだけ元気で長生き欲しい。
出来ることは全部やったので、葛の集落から旅立つことにした。
お世話になった猫たちに、お礼と別れを告げる。
「皆さん、ありがとうございましたミャ」
「シロちゃん、もう行っちゃうにゃあ?」
「また来てニャウ。お兄ちゃんたちは、いつでも待っているニャウ」
「シロちゃん、いろんなことを教えてくれてありがとうにゃお。ボクたちはシロちゃんがまた来てくれるのを、いつまでも待っているにゃお」
「シロちゃん、またいつでもおいでナォン。また会いたいナォン」
サビー、トビー、アオキ先生、ハチミケさん、たくさんの猫たち。
みんな優しくて良い猫ばかりで、別れを惜しんでくれた。
「また会いたい」「また来て欲しい」と、何度も言われた。
その気持ちはとても嬉しいし、ぼくだってまた会いたい。
だけど、今回が最後の旅なんだ。
「また」は、もうない。
もう二度と来られないのに、約束は出来ない。
お別れするのは悲しいけれど、ぼくにはやるべきことがたくさんある。
ずっとここに、とどまっている訳にもいかない。
だってぼくは、この集落の猫じゃないから。
長くいればいるほど、別れが辛くなる。
最後の旅で、もう一度ここに立ち寄れて良かった。
「さようなら、どうか皆さんお元気でミャ」
みんなと笑顔でお別れのハグをすると、集落から旅立った。
みんないつまでもいつまでも、名残惜しそうにぼくたちを見送ってくれた。
ぼくもみんなと離れがたくて、何度も何度も振り返った。
みんなの姿が見えなくなると、我慢出来なくなってお母さんに抱き着いた。
「本当は、みんなとお別れしたくなかったミャ……」
「ちゃんとお別れ出来て、えらかったニャー」
「もう会えなくても、みんなずっとシロちゃんのことを覚えているニャ」
お父さんとお母さんはぼくを抱き締めて、よしよしと撫でて慰めてくれた。
しばらくそうしていると、何も知らないグレイさんがしっぽを振りながら駆け寄って来る。
『シロちゃん、待っていたぞ。今日からまた、シロちゃんと一緒に旅が出来て嬉しいな』
ぼくと旅が出来ると喜ぶグレイさんを見ていたら、なんだか気持ちが軽くなった。
そうだ、いつまでも悲しんでいる場合じゃない。
イチモツの集落から葛の集落まで、直線距離で32km
ここまで来るのに、だいたい3ヶ月くらいかかっている。
旅の途中で、何があるか分からない。
むしろ、何もないことの方が少ない。
病気に罹って寝込んだり、嵐で足止めされることもある。
Argentavis(巨大な鷹)に、連れ去られたこともあった。
トマークトゥスの群れに襲われて、お父さんとお母さんと離れ離れになったこともあった。
そう考えるとこのあたりで折り返して、イチモツの集落へ帰り始めた方がいいかもしれない。
ぼくは3匹に向かって、宣言する。
「みんな、イチモツの集落へ帰るミャ!」
「やったニャー!」
「やっと帰れるニャ」
『そうか、もう帰っちゃうのか……』
イチモツの集落へ帰ると聞いてお父さんとお母さんは喜び、グレイさんはガッカリしてしっぽを垂れた。
とはいってもイチモツの集落までだいぶ離れているから、すぐには辿り着けないけどね。
【気管支敗血症とは?】
猫、犬、兎などの小動物が感染する病気。
風邪に似た症状が現れるので、非常に紛らわしい。
ボルデテラ・ブロンキセプティカ菌は、人間には感染しない。
ただし、人間しか感染しない近縁種の百日咳菌(Bordetella pertussis菌)がある。
※2025年4月から蔓延し始めた百日咳の感染者数は減ってはいるものの、まだ多い状況が続いています。
手洗いやうがい、睡眠や栄養をしっかり摂るように心掛けてくださいね。




