第135話 人間だけの特権
グレイさんを信じて、巣穴の中で寝ながら待った。
しばらくすると、グレイさんに鼻先でつつかれて起こされる。
『シロちゃん、ただいま』
「おかえりなさいミャ」
『ほら、薬草を採ってきたぞ』
そう言ってグレイさんが差し出してきたのは、ムラサキバレンギクの花だった。
ムラサキバレンギクの花は特徴が分かりやすく、見分けるのも簡単。
確かにムラサキバレンギクは、ぼくが抗生物質としてよく使っていた薬草だ。
抗生物質は、細菌感染症の治療によく使われる。
ムラサキバレンギクは、ウィルス性の感染症にも効く。
また、ムラサキバレンギクは免疫力を高める効果がある。
この為、天然の風邪薬とも呼ばれる。
ぼくが欲しかった薬草とは違ったけど、これはこれでアリか。
「ありがとうミャ」
ムラサキバレンギクは、ラテン名の「Echinacea」と呼ばれるのが一般的らしい。
ハーブティーにする場合は、花と葉と茎を使う。
さっそく、火を起こしてフレッシュハーブティーにしよう。
でもこの雨じゃ、火を起こす枯れ葉や枯れ木が手に入らない。
仕方ないので、花をそのまま食べることにした。
そういえば、マダニ感染症に罹った時もムラサキバレンギクをそのまま食べたっけ。
ムラサキバレンギクをそのままムシャムシャ食べるぼくを見て、グレイさんが首を傾げる。
『ハーブティーは、作らないのか?』
「今は具合が悪くて、火を起こす余裕がないミャ……」
『だったら、オレに火の起こし方を教えてくれ』
「病気が治ったら、教えるミャ……」
『“治ったら”か。その病気を治すのに、ハーブティーを飲まなくてはならないのにな』
グレイさんは残念そうに、しょんぼりと耳としっぽを垂らす。
しかしすぐに気を取り直して、笑顔を浮かべる。
『そうだ! 肉を食べれば元気になる! 待っていろっ!』
「いってらっしゃいミャ……」
グレイさんは濡れるのも構わず、再び雨の中へ飛び出して行った。
ぼくは巣穴の中で、寒さに震えながら丸くなって眠る。
ひとりぼっちだと寒くて心細いから、早く帰って来て。
グレイさんだって、濡れたままだと風邪引いちゃうよ。
せめて、火を起こせれば毛を乾かせるのに。
仕方がない、グレイさんの為に焚火をしよう。
熱があって体が重いけど、どうにか起き上がってふらふらと巣穴から出た。
雨に打たれながらも、なんとか濡れていない枯れ木や枯れ草を集めることが出来た。
冷え切った体をガタガタ震わせながら、火を起こす。
上手く力が入らなくて、いつもより時間はかかったけど火を起こせた。
焚火の暖かさに、ホッとする。
これで、濡れた体を乾かそう。
焚火で温まっていると、獲物を咥えたグレイさんが帰ってきた。
グレイさんは帰ってくるなり、ぼくを叱りつける。
『シロちゃん! 寝ていろと言ったはずだぞっ! なんで、オレがいない間に火を起こしているんだっ?』
「ごめんなさいミャ。だけどグレイさんに、濡れた毛を乾かして欲しいと思ってミャ……」
『シロちゃんの優しさは、とても嬉しい。だけど、シロちゃんも濡れているじゃないか』
グレイさんはぼくを抱き寄せて、雨で濡れた毛を舐めてくれた。
嬉しいけれど、グレイさんもびしょ濡れだったのでまた濡れてしまった。
ぼくとグレイさんは、濡れた体を乾かしながらお肉を食べた。
残ったお肉は、いつものように集落の猫たちにおすそ分けしたかったんだけど。
風邪を引いているぼくが行ったら、みんなに風邪をうつしてしまう。
グレイさんに頼めば、お肉を集落まで運んでもらうことは出来る。
だけど、グレイさんは集落の中に入ることが出来ない。
お父さんとお母さんに取りに来てもらうことも考えたけど、ふたりと連絡を取る手段がない。
それにぼくは今、風邪を引いている。
感染者が触ったものに触れてしまうと、感染してしまう。
ぼくが触ったお肉には、猫マイコプラズマが付いている。
健康な状態なら感染しないけど、集落の猫たちも長雨で弱っているはず。
感染症に罹ったら、感染を広げないことが大切。
風邪が治ったら、集落の様子を見に行きたい。
みんなも、風邪を引いていなければいいけれど……。
森の掃除屋さんたちに残りのお肉を食べてもらおうにも、彼らも雨が降っている時はあまり出歩かない。
森の掃除屋さんたちも今頃、どこか雨風がしのげる場所で雨宿りしていると思う。
せっかくの美味しいお肉を、腐らせたらもったいない。
残ったお肉は適当な大きさに切って、焼いて保存することにした。
『走査』によれば、猫マイコプラズマ菌は熱と乾燥に弱いから焼けば殺菌出来るらしい。
食中毒で有名なSalmonella菌も病原大腸菌も、じっくりと時間をかけて焼けば殺菌出来るんだって。
全ての菌が、殺菌出来る訳じゃないけどね。
「グレイさん、クマザサの葉を採ってきて欲しいミャ」
『分かった。特徴を教えてくれれば、採ってこよう』
グレイさんにクマザサの特徴を伝えて、採ってきてもらったクマザサの葉で焼いた肉を包む。
『シロちゃん、オレにもお手伝いさせてくれ。やり方さえ分かれば、あとはオレがやる』
「じゃあ、ぼくがやるのを見て覚えてミャ。これをこうして――」
『なるほど、やってみないと分からないものだな』
グレイさんも見よう見まねで、包む作業を手伝ってくれた。
おかげで、クマザサ包みが出来た。
これで、少なくとも明日までは大丈夫なはずだ。
念の為、食べる前にもう一度火を通した方がいいかもね。
グレイさんの毛が乾いたところで、抱っこしてもらって一緒に眠った。
グレイさんに抱っこしてもらうと、気持ち良く眠れる。
猫毛のような柔らかさはないけど、あったかくてもふもふしている。
グレイさんが、トマークトゥスで良かった。
猫風邪は猫にしかうつらないから、安心して看病してもらえる。
ぼくの風邪がうつっちゃったら、申し訳ないからね。
早く元気になって、グレイさんを安心させてあげたい。
病気を治すには、安静第一。
治るまで、ひたすら寝るに限る。
ぼくの風邪が治る頃には、雨季も終わっていたら良いな。
ฅ^•ω•^ฅ
ずっと寝込んでいたから、何日経ったかは分からない。
ダルさと頭痛はまだ治らないけど、熱は下がったような気がする。
気象病もダルさと頭痛の症状があるから、紛らわしいんだよね。
グレイさんも気象病で、寝込んでいる。
気象病を少しでも和らげる為に、ハーブティを作ってあげたい。
だけど、グレイさんにギュッと強く抱き締められていて動けない。
グレイさんが起きるまで、このまましばらく大人しく待とう。
巣穴の外は相変わらず雨で、ずっと雨音が聞こえている。
雨は苦手だけど、雨音は結構好き。
さすがに嵐は怖いけど、サァーって小雨の音は聞いていて心地良い。
雨音が好きっていう猫は、たぶんぼくくらいだろうな。
猫に生まれ変わってから、自然の音しか聞いていない。
風の音、雨音、風に揺れる草木のざわめき、生き物たちの鳴き声。
音楽を創ったり歌を唄ったりすることは、人間だけの特権だったんだと今さら思う。
どんなに美しい音楽も、猫に生まれ変わった今となっては何の意味もない。
虫や鳥も唄うけれど、あれはオスがメスに対して行なう求愛行動だから音楽とは違う。
もしぼくが芸術家や製作者だったら、誰にも理解されない苦しみで死にたくなったかもしれない。
芸能人とかアイドルとかを推している人だったら、推しがいない世界で気が狂っていたかもしれない。
この世界には、テレビもゲームもインターネットもない。
美味しい料理もお菓子もない。
そういうのが好きな人だったら、絶望するかもね。
ぼくは、愛猫家で良かったな。
とりあえず、可愛い猫がいれば幸せ。
逆に猫が1匹もいない世界だったら、血眼になって猫を探していたかもしれないな。
【気象病に効くハーブとは?】
「公益社団法人日本アロマ環境協会(Aroma |Environment |Association of Japan=AEAJ)」がオススメする、気象病に有効なアロマTOP5は――
・ラベンダー
・ゼラニウム
・スイートオレンジ
・ペーパーミント
・ベルガモット
これらのハーブは、ハーブティーにしたりアロマエッセンスを嗅いだりすると症状が軽くなると言われている。
ただし、上記のハーブは猫には全部毒。
アロマテラピーは、人間だけの特権。




