第134話 風邪に特効薬はない
それからしばらくの間、葛の集落でお世話になることになった。
というのも、雨がずっと止まないから。
雨が苦手な猫たちはみんな、巣穴に籠もっている。
ぼくたち家族も、集落内に巣穴を掘ってもらった。
巣穴の中で丸くなって、じっと雨が止むのを待っている。
晴れ間が覗くこともあるけど、長続きせずに黒い雲に覆われる。
いつもは猫の鳴き声で溢れている集落も、今は雨が降る音しか聞こえない。
巣穴から出て、集落内を見回しても誰もいない。
アオキ先生も、この雨ではハーブティーを作れない。
雨が降ると、薬草を干せない。
乾燥させた茶葉も、雨に濡れると腐ってしまう。
アオキ先生も、雨季には茶葉作りをしないそうだ。
葛花も葛葉も乾きそうにないから、残念ながら諦めるしかなかった。
『走査』によると、あと一週間くらい雨季は続くらしい。
ぼくたちは、巣穴の中から恨めしく思いながら雨雲を見上げる。
雨が降り続けると、気温が下がって一気に寒くなる。
「寒い寒い」と、巣穴の中で身を寄せ合ってあっため合う。
誰もが、太陽を待っている。
寒い雨季が終われば、暑い夏が始まる。
夏といえば、日射病と熱中症だよね。
日射病は、直射日光を長時間浴び続けていると脱水症状や倦怠感などの症状が現れる病気。
森の中は日陰が多く、日射病になることはない。
森の外よりは涼しいとはいえ、やっぱり暑いもの暑い。
猫は人間よりも、熱中症になりやすい。
年がら年中、毛皮を着ているようなものだからね。
それに猫は水をあまり飲まないから、脱水症状にもなりやすい。
猫は人間のように汗を掻いて、体温調節することが出来ない。
猫が夏に毛づくろいをするのは、毛を湿らせて気化熱で体温を下げているから。
冬の毛づくろいは、毛に空気を含ませて熱を逃がさないようにしている。
季節に限らず、猫はいつでも毛づくろいをするけどね。
ぼくは毎日グレイさんに会いに行くから、臭いを消す為にこまめに毛づくろいをしている。
臭いを消さないと、天敵の臭いに敏感な猫たちが怯えちゃうからね。
グレイさんも今頃、気象病で苦しんでいるだろう。
猫たちは気象病で巣穴から出てこないし、寝る以外することもない。
今のうちに、グレイさんの様子を見に行くか。
「お父さん、お母さん、グレイさんのところへ行って来るミャ」
ふたりにそう言い残して、巣穴を飛び出した。
グレイさんも、集落の近くに巣穴を掘って寝ているはず。
『走査』にお願いして、グレイさんの巣穴まで案内してもらった。
「グレイさん、大丈夫ミャ? お見舞いに来たミャ」
『シロちゃん、来てくれてありがとう。ひとりぼっちで、寂しかったんだ。ずっとシロちゃんに会いたくて、仕方がなかった』
「ぼくも、グレイさんと会いたかったミャ」
『そうか、オレの愛が伝わっていたんだな。ああ、すっかり冷え切っているじゃないか。ほら、早くオレの側へおいで。温めてあげよう』
「雨が止むまで、ずっとここにいるミャ」
『じゃあ、止まなければずっと一緒にいられるな』
「晴れてくれないと、困るミャ」
『ふふっ、照れるな照れるな。冗談だ』
グレイさんは気象病で辛そうな顔をしながらも、優しく笑ってぼくをあっためてくれた。
雨が止むまで、ずっとグレイさんと一緒に過ごしていた。
気象病で食欲がなくても、食べないと体が弱ってしまう。
それに運動量の多い犬科の動物は、毎日の運動が欠かせない。
雨の日もお散歩をして、運動不足やストレスを発散させてあげないと。
「グレイさん、おなかが空いたから狩りに行こうミャ」
『確かに寝てばかりいると、気が滅入ってしまうな』
「狩りをしたら、グレイさんの為にお料理するミャ」
『そうか、それは楽しみだ! 集落の猫たちも、おなかを空かせていることだろう。みんなの為にも、美味しい肉を食べさせてあげなくてはな』
料理をすると言えば、食いしん坊のグレイさんが急にやる気を出した。
ぼくとグレイさんは巣穴を出ると、濡れるのも構わずに森の中をお散歩する。
ぼくは水が平気な猫だから、雨の中でも出歩ける。
とはいえ、濡れた毛が肌に張り付いて気持ち悪いし体が冷えて寒い。
早く狩りをして、火を起こして体を乾かそう。
しばらくお散歩していると、ヒツジくらいの大きさの動物の群れが草を食べていた。
あの動物は何? 『走査』
『対象:顆節目フェナコドゥス属Phenacodus』
『概要:主に草食だが、時により肉や昆虫も食べる雑食』
草食動物だったら、猫も食べられる。
「グレイさん、あれを狩るミャ」
『よし、分かった。オレに任せろ』
フェナコドゥスたちは、まだぼくたちに気付いていない。
今がチャンスだ。
グレイさんが飛び出すと、フェナコドゥスたちは慌てて逃げ出す。
グレイさんは逃げ遅れた1匹を追い掛けて、仕留めてくれた。
『ほら、狩れたぞ。これで、美味しい料理を作ってくれ』
「じゃあ、解体のお手伝いをしてミャ」
『もちろんだ』
グレイさんはフェナコドゥスを、集落の近くまで運んでくれた。
ぼくとグレイさんが食べる分だけ取り分けたら、あとは集落の猫たちにお裾分けすることにした。
解体したお肉を、集落の真ん中に置いて猫たちに声を掛ける。
「お肉を狩って来ましたミャ。ここに置いておきますから、食べてくださいミャ」
「ありがとうナォン」
「おなかが空いていたから、助かるにゃお」
みんな気象病で具合が悪そうだけど、食べれば少しは元気になるはず。
肉を置くと、ぼくはグレイさんが待つ巣穴へ戻った。
ฅ^•ω•^ฅ
それから長雨が続き、雨の中をお散歩したり狩りをすることが多かった。
体を冷やしたせいで、どうやら風邪を引いてしまったようだ。
咳とクシャミと鼻水と涙が止まらないし、寒気がしてダルい。
猫風邪も、ウィルスによって症状が違うんだよね。
これは、何のウィルスが原因なの? 『走査』
『病名:猫マイコプラズマ感染症』
『概要:常在菌(もともと体内に存在している細菌)のひとつである、Mycoplasmaが原因』
『処置:macrolide、|tetracycline、|doxycycline系の抗菌薬の投与』
ウィルスじゃなくて、細菌だった。
マクロライド? テトラサイクリン? ドキシサイクリン?
そんなものは知らないし、手に入らない。
抗菌作用がある薬草って、何があったっけ?
熱もあるのか、頭がぼ~っとして思い出せない。
『イヌハッカ、ウスベニアオイ、オニフスベ、クマザサ、シソ、ジャーマンカモミール、ドクダミ、バジル、ムラサキツメクサ、レモングラス、ヨモギ』
そんなにあったんだ。
その中で、一番近くに生えている薬草ならなんでも良いや。
薬草を採りに行こうとすると、ぼくを看病してくれていたグレイさんに止められる。
『そんな体で、どこへ行くつもりだ? 頼むから、寝ていてくれ』
「ちょっとそこまで、薬草を採りに行くだけミャ」
『薬草がないと、治らないのか?』
「薬草がなくても治るけど、薬草を飲んだら症状を軽くすることが出来るミャ」
風邪に、特効薬はない。
もし風邪の特効薬が開発出来れば、ノーベル賞が獲れると言われている。
風邪は治療しなくても、自然治癒力でも治る。
対処療法で症状を和らげて、自分の免疫力を高めて治す。
栄養と水分を摂って、安静にすることが最大の治療。
『だったら、オレが代わりに採ってきてやろう』
「え? グレイさん、薬草を見分けられるミャ?」
『ずっと、見ていたからな。シロちゃんが良く使う薬草くらいなら、オレにも分かるぞ』
「本当ミャ? じゃあ、薬草を採ってきて欲しいミャ」
『分かった。すぐ採ってくるから、待っていてくれ』
そう言い残して、グレイさんは巣穴から出て行った。
グレイさんって薬草を見分けられたのか……、知らなかったな。
【Phenacodusとは?】
約5780~5200万年くらい前に生息していたといわれている、ウマやヒツジなどの祖先。
推定体長約1.2~1.7m
推定体重約45~160kg
だいたいヒツジくらいの大きさで、森林で暮らしていたと考えられている。
【猫マイコプラズマ感染症とは?】
猫マイコプラズマは、普段から猫の体の中に棲んでいる日和見菌という細菌のひとつ。
細菌の中では、最も小さい。
細胞壁を持たない為、乾燥、日光、消毒に弱い。
健康な時は何もしないけど、寒暖差が激しい季節の変わり目に免疫力が落ちてくると、急に牙を剥いてくる。
猫Mycoplasmaは感染する宿主を選り好みする性格(宿主特異性)なので、猫以外には感染しない。




