第131話 ヴァスーキ・インディカス
ぼくたちは草むらの中で息をひそめて、ヴァスーキ・インディカス(巨大ヘビ)が立ち去るのを待つしかなかった。
ヴァスーキは、ズルリズルリとゆっくりと蛇行しながら進んでいく。
細長い舌を、チロチロと出し入れしている。
『走査』によると、ヘビは周囲の臭いを舌で集めているらしい。
集めた臭いを、口の中にある嗅覚器官へ入れる。
嗅覚器官で臭いを分析して、獲物や天敵の居場所が分かるんだって。
あんなデッカいヘビに見つかったら、ぼくたちなんて丸呑みされる。
グレイさんですら、敵わない。
ぼくたちは身を寄せ合って、グレイさんの下に潜り込む。
ぼくにとって、グレイさんの側が一番安全な場所に思えた。
グレイさんもクゥンと小さく鼻を鳴らし、ぼくを隠してくれた。
しばらくすると、ヴァスーキが鎌首をもたげた。
(睨みつけるような動きで、首を持ち上げた)
ヴァスーキのまんまるい目が、こちらを見る。
マズい! 見つかったっ!
見つかったと気付いた直後、グレイさんはぼくの首根っこを咥えて逃げ出した。
お父さんとお母さんも、大急ぎでついてくる。
今まで何度も運んでもらったことがあったけど、ここまでの速さは初めてだ。
物凄い速さで景色が横へ流れていき、風を感じた。
振り落とされそうな勢いで怖かったけど、グレイさんがぼくを落とすはずはない。
グレイさんを信じて、耐えるしかなかった。
いったい、どれだけ逃げたのだろう。
お父さんとお母さんが少しずつ速度を落としていき、それに合わせてグレイさんも速度を緩めた。
グレイさんは足を止めると、そっと地面に下ろしてくれた。
ぼくとは違い、全力で走り続けていた3匹はゼーハーと息を荒げている。
ぼくはみんなが心配で、声を掛ける。
「みんな、大丈夫ミャ?」
「全然大丈夫じゃないニャー……」
「たぶん、逃げ切れたと思うニャ……」
『シロちゃんも、怖かっただろう? 大丈夫だったか?』
「ぼくは、グレイさんが守ってくれたから大丈夫ミャ。ありがとうミャ」
『そうか、良かった。お父さんとお母さんも、無事で何よりだ』
グレイさんは疲れた顔をしていたけれど、安心したようにぼくを舐めてくれた。
ちゃんと逃げ切れたかどうか教えて、『走査』
『対象:マッツォイア科ヴァスーキ属ヴァスーキ・インテカス』
『位置情報:東方向600m』
ヴァスーキから、だいぶ離れられたようでひと安心。
恐怖で口の中がカラカラになっちゃったし、みんなも走り疲れているから、川へ水を飲みに行った。
川の水を飲んでいたら、シカが現れた。
どうやら、シカも水を飲みに来たらしい。
そのシカの角はめちゃくちゃ大きくて、巨大な鳥が翼を開いたような形をしている。
ぼくの隣で水を飲んでいたお父さんが、小さな声で話し掛けてくる。
「あれは、エウクラドケロスニャー。狩るなら、今ニャー」
『シロちゃん、おなかが空いていないか? アイツを狩るか?』
グレイさんは姿勢を低くし、エウクラドケロスに向かって鼻を突き出した。
「お父さんが合図をしたら、襲い掛かるニャー」
「分かったニャ」
『よし、オレに任せろ。すぐに仕留めて、シロちゃんに美味しいお肉を食べさせてやるからな』
「ミャ」
ぼくが頷くと、3匹も頷き合う。
ぼくたちは姿勢を低くして、お尻を左右に振りながら飛びかかるタイミングを見計らう。
エウクラドケロスはまだぼくたちに気付いていないのか、のんびりと水を飲んでいる。
狩るなら、今がチャンスだ。
「今ニャーッ!」
ぼくたちが飛び出すと、エウクラドケロスが驚いて慌てて逃げ出そうとする。
逃げられないように4匹で囲い込み、追い詰めて仕留めた。
ぼくたちはずっと一緒に狩りをしているから、連携を取るのも慣れている。
「さぁ、みんなで食べるニャー」
「いただきますニャ」
『シロちゃん、これでまた美味しいものを作ってくれ』
「ミャ」
ぼくたちはエウクラドケロスの肉を食いちぎって、解体しながら美味しく食べた。
エウクラドケロスは、見た目通りシカって感じの味で美味しかった。
満足するまで食べたら、残りは保存用にする。
肉を適当な大きさに叩き切って、セージとバジルの粉をまぶしてクマザサの葉で包む。
クマザサの包みは、グレイさんの背中の巻き付けて運んでもらうことにした。
大きな角と骨も、運びやすい長さに叩き割ってグレイさんのおやつとして持っていく。
さすがに全部は運びきれないから、あとは森の掃除屋さんたちに食べてもらおう。
これでしばらくは、お肉に困らないぞ。
ฅ^•ω•^ฅ
Vasuki(巨大ヘビ)と出会ったあたりから、どうも調子が悪い。
急にトイレが近くなったし、おなかも壊している。
これ絶対病気でしょ、『走査』
『病名:特発性膀胱炎、急性胃腸障害、下痢』
『概要:ストレス性疾患』
『処置:ストレス要因の除去。鎮痛剤、抗炎症薬、抗鬱薬、胃腸薬、止瀉薬の投与』
やっぱり、ストレスか。
この世界に転生してまもなく、Titanoboa(巨大ヘビ)を見た恐怖でおなかを壊した。
あの頃は、本当に何も知らない未熟な仔猫だった。
あれから色んな経験をして、少しは強くなったと思うんだけど。
今もストレスがたまると、ときどきおなかを壊しちゃうんだよね。
特発性膀胱炎と急性胃腸障害は、安静にしていれば自然治癒力で治る。
ねこねこだんごになって眠れば、すぐに治るさ。
――と思っていたんだけど。
特発性膀胱炎と急性胃腸障害になっていたのは、ぼくだけじゃなかった。
みんなもヴァスーキを見た恐怖とストレスで、おなかを壊していた。
辛そうにぐったりとして、苦しそうに口呼吸している。
おなかを壊している時は食欲もなくなるから、無理して食べる必要はない。
むしろ、何も食べずに胃腸を休ませた方が良い。
だけど下痢で脱水症状を起こしやすくなっているから、温かい飲み物を飲むと良い。
こんな時こそ、ハーブティーの出番だ。
胃炎、下痢、抗酸化作用、抗菌作用、抗炎症作用、肝臓保護作用といえば、ウスベニアオイ。
今回はシンプルに、ウスベニアオイだけで淹れてみよう。
夏が近付いて暑くなってきたけど、今日は雨が降っているから肌寒い。
背負い籠の中で、自然乾燥させておいたウスベニアオイの花を取り出す。
よしよし、良い感じに乾燥してドライフラワーみたいになっている。
お湯を沸かして乾燥した花を入れれば、ふわりと香る花の甘い匂い。
淹れたてのウスベニアオイのハーブティーは、海のように青くてとっても綺麗。
良い匂いがするから、リラックス効果もあるんだよね。
「みんな、ハーブティーが出来たから飲んでミャ。これを飲んで寝れば、元気になるミャ」
「ありがとうニャー」
「良い匂いで、美味しいニャ」
『シロちゃん、ありがとう。シロちゃんの作るものは、どれも美味いな』
グレイさんはハーブティーを飲み終わると、しょんぼりした顔で話し出す。
『あれほど、恐ろしいヘビを見たのは初めてだった。怖くて、逃げることしか出来なかった。オレとしたことが、情けない……』
トマークトゥスが、本能的に恐怖を感じる天敵は少ない。
初めて会った天敵が、よっぽど怖かったんだね。
ぼくはグレイさんに抱き着いて、スリスリして慰める。
「あんなおっきなヘビは、誰だって怖いミャ。それでもグレイさんは、ちゃんとぼくを守ってくれたミャ。ありがとうミャ」
『ありがとう、シロちゃん』
グレイさんは力なく笑って、スリスリくれた。
【Vasuki ・ Indicusについて補足】
ヴァスーキ・インディカスは、食物連鎖の最上位だった。
天敵がいなかったので、食べられることなく巨大化した。
巨大化したせいで、体が大きく重くなりすぎて動きが遅くなった。
泳いだり木に登ったりは、ほとんど出来なかったと考えられている。
狩りをする時は待ち伏せして獲物に巻き付いて締め殺した後、丸呑みしていたと思われる。
【|Eucladocerosとは?】
今から約500万年くらい前に、生息していたシカの祖先。
推定肩高約180cm
推定体重300~350kg
見た目は、シカらしいシカ。
最大の特徴は、鳥が翼を広げたように何本も枝分かれした大きな角。
左右の横幅は、最大1.7mに達する。
ちなみに、奈良にいるニホンジカは肩高60~130cm、体重25~200kg
ニホンジカの角の大きさは、30~80cm




