第130話 好きな匂い嫌いな臭い
耳疥癬は、どのくらいで治るの? 『走査』
『耳疥癬の治療期間:3週間~1ヶ月。完治後も、3ヶ月は経過観察が必要』
そんなにかかるの?
猫たちに治療法を教えて、あとは自分たちで治してもらうしかないな。
ひと通り処置が終わったところで、集落の長を探す。
痒みが収まって、お昼寝している猫たちに訊ねる。
「この集落の長は、どこにいらっしゃいますミャ?」
「長なら、そこにいるニィ」
キジ三毛猫が愛想良く笑いながら、ぼくに話しかけてくる。
「どうもどうも、ワシがこの集落の長のキジミケニャゴ。仔猫のお医者さん、病気を治してくれてありがとうニャゴ」
「どういたしましてミャ。ですがまだ、病気は治っていませんミャ。定期的に耳掃除をして、お薬を飲まないと治りませんミャ」
「ニャンと? まだ治っていないニャゴ?」
「ですから、皆さんにお薬の作り方をお教えしますミャ」
「それは、とっても助かるニャゴ。さっそく、みんなを呼ぶニャゴ。お~い、みんな~! 集まるニャゴ~ッ! お医者さんがお薬を教えてくれるニャゴ~ッ!」
キジミケが呼び掛けると、猫たちが集まってくれた。
食中毒の病状が重くて動けない猫たちは、引き続き安静にしてもらった。
元気そうな猫たちに、ノミブラシや虫除け首輪の作り方、薬草の見分け方、ハーブティーの淹れ方、耳掃除のやり方などを教えた。
レモングラスは、猫によって好き嫌いが分かれた。
猫は基本的に、柑橘系の匂いが苦手。
だけど、レモングラスの匂いだけは好きという猫は結構いる。
レモングラスの匂いが苦手な猫には、イヌハッカとキャットタイムで首輪を作ったらとても喜ばれた。
ゴロニャンになるかどうかは別として、イヌハッカが嫌いな猫は今まで見たことがない。
一般的に猫はイネ科やマタタビ科の植物を好み、シソ科やキク科の植物を嫌うと言われている。
だけど、シソ科やキク科の植物を好んで食べる猫もたくさんいる。
レモングラスは、イネ科。
サルナシは、マタタビ科。
イヌハッカは、シソ科。
ヨモギは、キク科。
猫は肉食動物だから植物を食べる必要はないのに、匂いや味が好きという理由で植物を食べる。
人それぞれ好きな匂いと嫌いな臭いがあるように、猫にも個体差がある。
ฅ^•ω•^ฅ
1週間ほどすれば、猫たちの食中毒と掻きむしったことによる皮膚炎と外耳炎は治った。
すっかり元気になって喜んでいる猫たちに、説明する。
「耳疥癬だけは、気長に治療するしかありませんミャ」
「耳疥癬とは、なんニャゴ?」
「お耳の中に、虫が棲みついちゃう病気ですミャ」
「ボクの耳の中に、虫がいるニィッ?」
「イヤニャゴ! 怖いニャゴッ!」
自分たちの耳の中に虫がいると聞いて、猫たちはとても怖がった。
「そんなに怖がらなくても、大丈夫ですミャ。ちゃんと耳掃除をして、お薬を飲めば治りますミャ」
「本当ニィ? 良かったニィ」
「絶対治りますニャゴ? だったら、耳掃除をやってお薬を飲みますニャゴ」
「首輪が乾燥したら、新しい物と取り替えてくださいミャ。乾燥した首輪は石で叩いて粉にすると、駆虫薬になりますミャ」
「分かったニィ」
「駆虫薬を振りかけてブラッシングすると、ノミやダニが取れますミャ」
「なるほどニャゴ」
これからの時季は蚊も増えてくるから、蚊遣火も教えておいた。
これで、虫対策はバッチリだ。
ひと通り教えたところで、旅立つことにした。
「それでは皆さん、これからも頑張って病気を治してくださいミャ」
「もう行っちゃうニィ? もっとたくさんいて欲しかったニィ」
「こらこら、お医者さんは忙しいニャゴ。ワガママを言って、引き留めちゃダメニャゴ」
名残惜しそうにすがる猫たちを、長のキジミケが収めてくれた。
「仔猫のお医者さん、もし良かったらまた来てニャゴ。ワシらはいつでも、お医者さんを歓迎するニャゴ」
「ありがとうございますミャ。そうだ、集落の名前を教えていただけませんミャ? この集落のことを、覚えておきたいのでミャ」
「メグサハッカニャゴ」
言われて見れば、まっすぐに伸びた緑色の茎に白い花が花火みたいに咲いている。
ハッカという名前がついている通り、ミントの良い匂いがする。
これ、どんな草? 『走査』
『対象:シソ科ハッカ属目草薄荷』
『概要:別名、ペニーロイヤルミント。猫が好むハーブのひとつ』
『薬効:防虫効果』
『警告:中毒物質Pulegoneが含まれる為、食べられない』
好きなのに、毒ってどういうこと?
確か、猫にハッカ系はダメなんだよね。
基本的に猫は、酸っぱい香りや刺激の強い香りが苦手。
ハッカに含まれるmentholは人間にとっては良い匂いでも、猫にとっては不快な臭いに感じるらしい。
でも、メグサハッカの匂いは好きなのかな?
とりあえず、メグサハッカは食べられない薬草として覚えておこう。
ฅ^•ω•^ฅ
ぼくたちは猫たちに見送られて、メグサハッカの集落を後にした。
グレイさんは、いつものように集落の外で待っていてくれた。
ぼくは駆け寄っていって、グレイさんに抱き着く。
「グレイさん、お待たせミャ!」
『シロちゃん、待っていたぞ。また一緒に旅が出来るのが、嬉しいな』
グレイさんはぼくを抱き締めると、しっぽを振って喜んでくれた。
グレイさんは出来ることなら、ずっとぼくの側にいたいらしい。
旅をしている間は、ぼくと一緒にいられるから嬉しいそうだ。
ぼくが猫たちを救う為に集落へ入っちゃうと、寂しいと言う。
集落にいる間も毎晩会いに行って、お散歩したり寝たりしているんだけどね。
グレイさんがどんなに猫を愛していても、猫にとってトマークトゥスは天敵でしかない。
グレイさんを番犬として認めているイチモツの集落だって、猫たちが怯えるからという理由で入れないし。
お父さんとお母さんのように、イチモツの集落の猫たちもグレイさんと仲良くなってくれたらいいんだけど。
最初は、ふたりもグレイさんにビビり散らかしていた。
ぼくが間に入って、少しずつ会う時間を増やして慣らしていった。
今じゃ、一緒にねこねこだんごになって眠れるくらい仲良しになった。
犬猫が仲良くしていると、めちゃくちゃ可愛いよね。
犬猫の仲良し動画を観たことがあるけど、あんな感じでぼくたちも一緒に暮らせないかな?
『犬と猫の共存は可能。捕食者と被食者(喰う者と喰われる者)の共存は不可能』
ですよね~……。
ぼくも、グレイさん以外のトマークトゥスは怖いからなぁ。
やっぱり今まで通り、集落の外で会うしかないのか。
ฅ^•ω•^ฅ
ぼくたち4匹は、仲良く旅を続けた。
トマークトゥスのグレイさんがいるおかげで、ほとんど天敵に襲われる心配がない。
グレイさんがいてくれるだけで、安心安全。
――そう思っていた。
どこかからズルリズルリと、大きくて重たいものを引きずっているような音が聞こえてきた。
いや、引きずっているんじゃない。
あれは、巨大なヘビが地面を這っている音だ。
ぼくたちは大急ぎで出来るだけ離れて、草むらに隠れた。
お父さんが、小さな声で教えてくれる。
「あれは、ヴァスーキ・インディカスニャー。じっとして、立ち去るのを待つニャー」
『な、何があろうとも、シロちゃんだけはオレが守るからな……』
ぼくたちを抱きかかえるグレイさんも、ブルブルと震えて怯えている。
トマークトゥスにも、天敵がいたんだね。
【目草薄荷とは?】
ペニーロイヤルミントは、人間も食べられない毒草。
猫も匂いが好きなだけで、食べない。
誤って食べると、嘔吐、発熱、頭痛、麻痺などの中毒症状が起こる。
良い匂いがするので、アロマや匂い袋として楽しむ。
防虫効果があるので、猫用の虫除けとして使われる。
【Vasuki Indicusとは?】
今から約4700万年くらい前に、生息していたと考えられている巨大ヘビ。
推定全長10.9~15.2m
推定体重約730~1135kg
2005年にインド西部グジャラート州カッチ県の地層から、化石が発掘された。
発見時はワニかと思われていたが、2024年に新種のヘビであることが判明。
Titanoboaが史上最大のヘビと考えられていたが、記録が塗り替えられることとなった。




