第13話 猫の手も借りたい
しばらく歩いていくと、獣道(野生生物が通る道)を見つけた。
獣道をたどって歩いて行くと、森が開けた(広い場所に出た)。
そこは小さな集落らしく、ざっと数えて10匹以上の猫がいた。
どの猫も、ぐったりと地面に横たわっている。
寝ているのではなく、明らかに病気で苦しんでいるのが見ただけで分かった。
やはり集落内で、集団感染したようだ。
ぼくの悪い予想が、当たってしまった。
まずは、近くで倒れている灰色猫に話し掛ける。
「大丈夫ですミャ?」
「え? 仔猫……? ダメニャン! 近付いちゃダメニャン! 近付いたら、病気になっちゃうニャンッ!」
灰色猫は目を開くと、驚いた顔をして追い払うように大きな声を上げた。
ぼくは灰色猫を落ち着かせる為に、優しい声で言い聞かせる。
「安心して下さいミャ、ぼくはお医者さんですミャ。皆さんの病気を治す為に、来ましたミャ」
「仔猫のお医者さんニャン? 信じられないニャン……」
「信じる信じないは、自由ですけどミャ。すぐにお薬を作りますから、ちょっと待ってて下さいミャ」
優しく言い聞かせると、灰色猫は涙を流してぼくにすがる。
「仔猫のお医者さん、来てくれてありがとうニャン。集落のみんなも、病気でいっぱい苦しんでいるニャン。出来れば、みんなも助けて欲しいニャン……」
「もちろん、みんな助けますミャ」
ぼくは平たい石と手のひらサイズの石を拾って、ヨモギをすり潰し始めた。
倒れている猫は10匹以上いるから、ぼくひとりでは手が足りない。
リアル「猫の手も借りたい」状態。
そこでお父さんとお母さんにも、薬作りをお願いすることにした。
薬の作り方は、とても簡単。
平べったい石の上に、ヨモギの葉っぱを乗せる。
あとは、握りやすい大きさの石で叩き潰すだけ。
「お父さんとお母さんも、お手伝いして欲しいミャ」
「そういえば、茶トラ先生もこうやってお薬を作っていたニャー」
「茶トラ先生、今頃どうしているかニャ?」
ぼくがやって見せると、ふたりは見よう見まねで薬を作り始める。
薬作りはふたりに任せて、ぼくは倒れた猫を1匹ずつ『走査(スキャン)』する。
集落の猫が、みんな同じ「ネコカリシウイルス感染症」に感染しているとは限らないからだ。
中には病気自体は治りかけているのに、体力を消耗しすぎて動けない猫もいた。
病気の猫には、ヨモギをすり潰した薬を水と共に飲ませる。
猫にヨモギをたくさん食べさせると、アレルギー症状を起こしたりおなかをこわしたりするから注意。
病気と一緒に、ケガを悪化させてしまった猫もいた。
ケガの場合は傷口を綺麗な水で洗った後、薬を塗る。
これらの治療法は、茶トラ先生から教わった。
クロブチ模様の猫に薬を飲ませると、弱々しい声で訴えてくる。
「おなかが空いて、死にそうにゃあ……」
狩りが出来なければ、野生の猫は何も食べられない。
どの猫も「おなかが空いた」と、ニャーニャーと鳴いている。
おなかが空いていたら、治るものも治らない。
治療がひと通り終わったところで、お父さんとお母さんにお願いする。
「みんな、おなかを空かせているみたいミャ。次から次へと頼んじゃって申し訳ないんだけど、何か狩ってきてもらえって良いミャ?」
ぼくの頼みを聞いて、お父さんが急にハリキリ始める。
「分かったニャー! みんなの為に、美味しいお肉をたくさん狩ってくるニャーッ!」
お父さんは、狩りが好きだからなぁ。
狩りがしたくて、ウズウズしているようだ。
「おなかが空いていたら、元気になれないニャ。シロちゃんは、みんなのお世話をお願いニャ」
お母さんは優しく笑って、ぼくの頭を撫でてくれた。
「いってらっしゃいミャ」
お父さんとお母さんは元気に、集落を飛び出して行った。
しばらくすると、ふたりはガストルニス(太ったダチョウ)を持って帰ってきた。
おなかを空かせていた猫たちは、大喜びで肉に飛び付いた。
病気で体が弱っているのに、肉なんか食べて大丈夫なのかな?
でも、他に食べさせられるものもないしな。
みんな美味しそうに、「うみゃいうみゃい」と言いながら食べているからいいか。
ฅ^•ω•^ฅ
それからぼくたち家族は、病気の猫たちのお世話をすることになった。
ぼくは病気の猫たちに、1日3回薬を作って飲ませる。
お父さんとお母さんは、猫たちの代わりに狩りへ行ってくれている。
お世話をしているぼくたちも、感染予防に薬を飲んだ。
ヨモギには免疫力強化と、抗菌化物質の作用がある。
そのおかげか、感染せずに元気に過ごせている。
お父さんなんか元気すぎて、狩りが楽しくて仕方ないらしい。
ぼくたちが看病し続けたおかげで、みんな少しずつ回復していった。
一週間もすれば、ほとんどの猫が元気を取り戻した。
集落の長(代表)だというクロブチネコが、ぼくに喜びと感謝を伝えてくる。
「仔猫のお医者さん! 君は我々にとって、救世主にゃあっ!」
「救世主だなんて、そんな大げさミャ」
「大げさじゃないにゃあ。君たちが来てくれなかったら、みんな助からなかったにゃあ」
「みんな助かって、良かったですミャ」
「君たちには、本当に感謝しかないにゃあ。出来れば、ずっとこの集落にいて欲しいにゃあ」
「ぼくたちはケガや病気で苦しんでいる猫を救う為に、旅をしているのですミャ。すみませんが、ずっとここにいることは出来ませんミャ」
丁寧にお断りすると、分かりやすくガッカリする。
「君たちが、ずっとここにいてくれれば、とっても助かるのににゃあ……」
「みんなの病気が治ったら、ぼくたちは旅立ちますミャ。ところで、この集落に、お医者さんはいないんですミャ?」
「お医者さんがいたら、こんなことにはなっていないにゃあ」
そりゃそうだ。
イチモツの集落には、茶トラ先生がいたけど。
この集落には、お医者さんがいない。
ケガをしても病気になっても、寝て治すことしか出来ない。
そう思うとイチモツの集落は、恵まれていたんだな。
イチモツの集落はこの集落の倍以上広いし、猫の数もずっと多かった。
驚いたことに、この集落には仔猫が1匹もいなかった。
体が弱い仔猫は、感染症で死んでしまったのだろう。
過去にも治療を受けられずに、苦しんで死んでいった猫がたくさんいたに違いない。
お医者さんがいれば、救えた命があったはずなのに……。
ぼくが旅立ったら、この集落の猫たちはまたケガや病気に怯える日々に戻ってしまう。
お医者さんがいないのは、可哀想だと思う。
だからといって、ぼくがずっとここにいることは出来ない。
この集落に、お医者さんになってくれる猫がいれば良いんだけど。
お医者さんがいなくても、せめて薬だけでもあれば……。
そうか、この集落のみんなに薬の作り方を教えればいいんだ。
薬を作れるようになれば、もうケガや病気を恐れることはない。
「薬の作り方を教えるので、集落の猫たちを集めて頂けませんミャ?」
「本当にゃあっ? それは、助かるにゃあっ!」
長は大喜びで、声を張り上げる。
「みんな~! 集まるにゃあ~っ! お医者さんが、薬の作り方を教えてくれるにゃあ~っ!」
これを聞いた猫たちが、一斉に集まって来た。
みんな薬のおかげで病気が治ったから、期待に満ちた目でぼくを見つめている。
みんなやる気満々なので、さっそく作り方を教えることにした。
作るだけなら、誰でも出来る。
難しいのは、「ヨモギの見分け方」だ。
まずは、一番重要な「ヨモギの見分け方」を教えなければ。
ポイントは、3つ。
その① 葉の形。
その② 葉の香り。
その③ 葉の付け根。
ヨモギは形が似た毒草があるから、間違えると大変なことになる。
葉を裏返すと、白い毛が生えているから分かりやすい。
次に、匂いを嗅ぐ。
軽く揉むとヨモギの匂いがするから、嗅げばすぐ分かる。
最後に、葉の付け根に注目。
ヨモギの葉の付け根には、ちっちゃい蝶ネクタイみたいな葉がついている。
これはヨモギにしか付いてないから、大事なポイント。
正しくヨモギを見分けることが出来れば、ペースト状になるまで石で潰すだけ。
あと、大事なのは、使い方。
病気には、1日3回ひとくちずつ飲む。
ケガには、傷口にヨモギの搾り汁を塗って乾かす。
たくさん飲めば早く治るってもんじゃないから、量は守ること。
薬の作り方と使い方を教えたら、みんなからめちゃくちゃ感謝された。
【ヨモギに似た草とは?】
・ニガヨモギ
葉と枝は乾燥させると、防虫剤や胃薬など効果がある。
食品添加物として、香り付けに使われる。
・ブタクサ
秋の花粉症の原因植物として、有名な雑草。
食べられないし、薬にもならない。
繁殖力だけはムダに強い、みんなの嫌われもの。
・トリカブト
日本三大有毒植物のひとつとして、超有名な猛毒の毒草。
今のところ、解毒方法はない。
漢方薬としては、強心作用(心臓を強くする)、鎮痛作用、血液循環の改善(血液の流れを良くする)、新型コロナウイルス感染症の治療薬としても効果がある。




