第123話 あわてるような時間じゃない
ぼくは集落に入ると、猫たちに大声で呼び掛ける。
「皆さん、大きなシンテトケラスが狩れましたから、運ぶのを手伝って下さいミャッ!」
「シロちゃん、グレイさんと狩りに行っていたのニャ?」
「狩りだったら、お父さんも誘って欲しかったニャー」
お父さんとお母さんを始めとして、猫たちが集まってきた。
しかし猫たちは集落の中へ運ばずに、その場で食べ始めてしまった。
みんなおなかが空いていて、待ちきれなかったみたいだ。
セージを振りかけて焼いてから、食べさせようと思っていたんだけど。
猫たちが美味しく食べてくれれば、それで良いか。
焼く手間が省けた分、グレイさんを待たせる時間も減ったと思おう。
そもそも、猫に「待て」を教えるのは難しい。
種類や性格にもよるけど、猫は基本的に自分がやりたいことしかやらない。
芸を教えようと思っても、猫にその気がなければ覚えてくれない。
根気よく教え続ければ、覚えてくれる猫もいるけどね。
先住犬を飼っていてあとから仔猫を飼うと、犬の影響を受けて犬みたいに芸を覚える猫もいるらしいよ。
ぼくは正直、猫が芸を覚える必要はないと思っている。
芸なんて出来なくても、猫は生きているだけで存在価値があるから。
ぼくが長い時間戻らなかったら心配するから、お父さんとお母さんにはちゃんと伝えておかなきゃ。
「ぼくはこれからしばらく、グレイさんとふたりっきりでいたいミャ。その間、集落をお願いしても良いミャ?」
「集落の猫たちは、お父さんとお母さんに任せるニャー」
「シロちゃんは、いつも働きすぎニャ。たまには、ゆっくり休んでニャ。グレイさんに、よろしくニャ」
「ありがとうミャ」
お父さんとお母さんから許しがもらえたので、安心してグレイさんのもとへ戻った。
ฅ^•ω•^ฅ
「グレイさ~ん、ただいまミャ~」
グレイさんに駆け寄って抱き着くと、グレイさんは嬉しそうにしっぽを振ってペロペロと舐める。
『シロちゃん、おかえり。思っていたよりも、ずっと早かったな。そんなに、オレが恋しかったのか? オレもシロちゃんが恋しかったから、嬉しいぞ』
早く戻ってこれた理由は違うけど、グレイさんが喜んでいるからよしとした。
『シロちゃん、またあの美味しい焼肉を作ってくれないか?』
「分かったミャ」
背負い籠は集落に置いて来てしまったから、セージはない。
近場で、代わりになるハーブを『走査』に探してもらおう。
このあたりに、肉にかけると美味しいハーブってある?
『対象:シソ科メボウキ属目箒』
『概要:一般的には、英語名でBasilと呼ばれる。世界中で愛される食用ハーブで、特にイタリアと南フランスでは重要な香辛料野菜として用いられる。熱に弱い為、生で用いる』
『薬効:鎮静効果、食欲増進作用、消化促進作用、鎮痛作用、殺菌作用、抗菌作用、防虫効果、抗酸化作用、新陳代謝活性化、夜盲症、白内障、整腸作用、老化予防、心臓病、癌予防』
バジルは、人間だった頃に食べたことがあるぞ。
シソ科の植物は、犬猫も食べられる。
熱に弱いなら、焼いた肉にソースにしてみたらどうだろう?
そんなことを考えながら、シンテトケラスを食べやすい大きさに切る。
肉を削ぎ取ったあとの大きな角や骨は、グレイさんにあげる。
「グレイさん、これあげるミャ」
『おおっ、これは噛み応えがありそうな骨とだ。ありがたくいただこう』
グレイさんはしっぽをブンブン振りながら、骨に齧り付いた。
そういえば、初めてグレイさんにプレゼントしたのもシンテトケラスの骨と角だったな。
あの時は、虫歯を治す為だったっけ。
硬いものを噛むと、歯にこびりついた汚れや歯垢が取れて歯が健康になるんだよ。
人間も適度に硬いものを食べないと、顎が弱る。
子どもの頃から柔らかいものばかり食べていると、歯並びや噛み合わせが悪くなっちゃうぞ。
今回は細い骨に肉を刺して、串焼きにしてみよう。
肉を焼いている間に、バジルの葉っぱを石で叩いてバジルソースを作ってみた。
焼けたら少し冷まして、バジルソースをかけて出来上がり。
「はい、どうぞ召し上がれミャ」
『おおっ、これは美味しいな! 肉にかかっている緑の汁はとっても良い香りがするし、ほんのり甘い。この前のも美味しかったが、これも美味しいぞっ!』
グレイさんは、美味しそうにバクバク食べてくれた。
だけど、口の周りがバジルソースで緑色になっちゃっている。
食べ終わったら、顔を洗わないといけないな。
ぼくも、焼肉のバジルソースがけを食べてみる。
うん、美味しいっ!
バジルを叩いている時から思っていたけど、スパイシーな香りがする。
ちょっとバジル特有の癖があるけど、それが焼いた肉に良く合う!
食べ終わる頃には、ぼくもバジルソースでベタベタになってしまった。
ソースはとても美味しいけど、汚れちゃうのが問題だね。
ソースが付いた手や口の周りを舐めていると、グレイさんが笑いながらぼくの顔を舐める。
『シロちゃんの白くて綺麗な毛が、緑色になっているぞ』
「グレイさんだって、ベタベタミャ」
ぼくも笑いながら、緑色に染まったグレイさんの毛をペロペロと舐め返した。
ぼくたちはソースの味がしなくなるまで、お互いの顔を舐め合い続けた。
ฅ^•ω•^ฅ
それから2日間、ぼくはグレイさんとふたりっきりで過ごした。
と言っても、特別なことは何もしていない。
グレイさんとふたりでじゃれ合ったり、追いかけっこをしたりして遊ぶ。
おなかが空いたら狩りをして、料理をして食べて寝るだけの日々。
こんなにのんびりと過ごすのは、いつ振りだろう。
思い返せば、いつも何かに追われるように旅をしていたような気がする。
急ぐ旅でもないのに、ぼくは何をそんなに焦っていたのだろう。
ああ、そうか。
「今年が旅の最後になる」と、思い詰めすぎていた。
イチモツの森にある集落を、全部回りたい。
出来るだけたくさんの集落を回って、苦しんでいる猫を1匹でも救いたい。
けれど、お医者さんが倒れてしまったら誰も救えない。
お医者さんも、たまには休まなければならない。
グレイさんと過ごす穏やかな日々で、当たり前のことを思い出した。
冬が来る前に、イチモツの集落へ帰らなくてはならない。
けれど、まだ慌てるような時間じゃない。
「最後の旅なら、もっと楽しんでもいいんじゃないか」と、考えを改めた。
ぼくはグレイさんに向かって、にっこりと笑い掛ける。
「グレイさん、ありがとうミャ」
『ん? 何の“ありがとう”だ?』
「グレイさんが、ぼくに大切なことを気付かせてくれたミャ」
『何のことだか分からないが、大好きなシロちゃんが嬉しいとオレも嬉しい』
「ぼくも、グレイさんが大好きミャ」
ぼくたちは笑顔で抱き合って、体をスリスリした。
犬猫が体をスリスリするのは、大好きの愛情表現。
ぼくにとってグレイさんは、とっても大切な親友だ。
ฅ^•ω•^ฅ
ゆっくり休んだおかげで、すっかり元気になった。
これで、また旅が出来る。
ぼくはお父さんとお母さんを迎えに行く為、集落へ戻った。
「お父さん、お母さん、みんな元気ミャ?」
「シロちゃん、おかえりニャー」
「そんなに心配しなくても、みんな元気ニャ」
「ぼくがいない間、ふたりともありがとうミャ」
お父さんとお母さんにお礼を言った後、猫たちの経過観察をする。
皮膚炎で真っ赤になっていた傷は、乾いてかさぶたになっていた。
傷が治れば、かさぶたは自然に剥がれ落ちる。
かさぶたは引っ搔いて剥がしたくなるけど、我慢しようね。
診察が終わったところで、集落の長に別れの挨拶をする。
「今まで、お世話になりましたミャ。ぼくたちはこれで、旅立ちますミャ。どうかお元気でミャ」
「お医者さんがた、ありがとうございましたナァー。そちらこそ、お元気でナァー」
「最後に、この集落の名前を教えてくださいミャ」
「ホタルブクロナァー」
ホタルブクロって何?
『対象:キキョウ科ホタルブクロ属蛍袋』
『薬効:駆風(おなかに溜まったガスを出す)、強壮』
言われて見れば、緑色の草に5cmくらいの釣り鐘型の白い花が垂れ下がっている。
へぇ、これホタルブクロっていう薬草なんだね。
猫たちに見送られて、ホタルブクロの集落を旅立った。




