第115話 オリーブは猫のおやつ
それから5日ほど旅を続けると、ふんわりと甘い花の香りが漂ってきた。
嗅いでいると心が安らぐ、爽やかな匂い。
金木犀に似ているけど、あそこまで強くない。
その匂いを嗅ぐと、急にお父さんとお母さんがゴロニャンになってしまった。
「ふにゃぁ~ん、良い匂いニャー……」
「なんだか、とっても気持ちがいいニャ……」
ゴロニャンになったふたりを見て、グレイさんが驚いている。
『なんだ? どうしたんだ?』
これ、何の匂い? 『走査』
『対象:モクセイ科オリーブ属阿利襪』
『薬効:血圧降下、血糖値低下、コレステロール降下、殺菌作用、抗酸作用、抗炎症作用、老化防止、抗ガン作用、美肌効果、便秘、心臓病、利尿、骨粗鬆症、抗バクテリア作用、抗ウイルス作用、毛球症』
『概要:マタタビと同じ効果がある。地中海地方では、オリーブの実は猫のおやつ』
オリーブにマタタビと同じ効果があるのは、知らなかったな。
「どうやらこの匂いを嗅ぐと、猫はゴロニャンになっちゃうみたいミャ」
『シロちゃんは、ゴロニャンにはならないのか?』
「ぼくはこういうのは効かないから、ゴロニャンにならないミャ」
『なんだ、ならないのか。ゴロニャンになったシロちゃんを、見たかったのに……』
グレイさんは残念そうに、耳としっぽを下げてションボリした。
ぼくだってなれるものなら、ゴロニャンになってみたかったよ。
集落の前でグレイさんと別れて、匂いを辿っていった。
濃い緑色の細長い葉っぱがたくさんついた木に、白い小さな花がいっぱい咲いていた。
オリーブの木の周りには、たくさんの猫たちがゴロニャンになっていた。
猫たちはオリーブの木を舐めたり、オリーブの葉っぱを食べたりしている。
みんなうっとりとした表情でゴロニャンしていて、とても幸せそうだ。
オリーブはマタタビの効果もあるし、天然の抗生物質だから猫の体にも良い。
幸せいっぱい、猫いっぱい。
まさにここは、ねこねこ天国じゃないか。
そう思って猫たちを眺めていると、『走査』が発動した。
『対象:食肉目ネコ科ネコ属リビアヤマネコ』
『病名:肥満症、および下痢』
『原因:オリーブの過食』
『処置:食事療法、運動療法、行動療法、薬物療法、外科療法、水分補給』
『薬物療法:肥満治療薬、食欲抑制剤、GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)受容体作動薬、防風通聖散などの投与。止瀉薬の投与』
確かにオリーブの木の周りにいる猫は、デブニャンが多い。
たぶん、オリーブの実の食べすぎで太っちゃったんだ。
オリーブの実はほとんど脂質だから、カロリーが高い。
いくら体に良いからって、食べすぎは良くない。
でも、猫に「体に悪いから食べちゃダメッ!」って言ったって分からないよね。
飼い猫だったら、ごはんをダイエットフードに替えるとか、たくさん遊んで運動させるとかいろいろやりようがあるけど。
野生の猫は、そうもいかないからなぁ。
肥満治療薬って、どんなもの?
『膵臓のβ細胞上に存在するGLP-1受容体を選択的に結合し、ATP(アデノシン三リン酸)からcAMP(環状アデノシン一リン酸)の産生を促進する薬』
『あるいは、増加したcAMPを介してinsulinの分泌を促すとともに、glucagon分泌を抑制する薬』
『これらを総称して、肥満治療薬と呼ばれる』
いや、全然分からなかったんだけど。
もっと、分かりやすく説明してもらえる?
『血糖値が上がるのを抑える』
『または、胃に入った食べ物を腸に送る時間を遅らせる』
『あるいは、脳の満腹中枢に働きかけて、過食を抑えるなどの効果がある』
そんな便利な薬があるなんて、現代医療って本当にスゴい。
しかし、そんなものは手に入らないのである。
防風通聖散は、名前からして漢方薬だよね?
漢方薬は、薬草やキノコなどを乾燥させて混ぜ合わせた薬のはず。
薬草やキノコの種類が分かれば、漢方薬が作れるかもしれない。
防風通聖散には、どんな薬草が使われているのか教えて。
『防風通聖散の成分:防風、荊芥、麻黄、生姜、連翹、薄荷、黄芩、大黄、芒硝、石膏、白朮、川芎、当帰、甘草』
『これらの成分は体を温め、エネルギー消費を高め、脂肪の分解や燃焼を促進する効果がある』
……うん、無理。
「漢方薬を作れるかも」なんて生意気なことを言ってしまって、すみませんでした。
見たことも聞いたこともない薬草(?)ばっかりで、とても作れそうにない。
漢方薬が、こんなに複雑なものだったなんて知らなかった。
漢方薬剤師さんは、よっぽど頭が良い人しかなれないんだろうな。
そもそも簡単に痩せられるなら、誰もダイエットに苦労なんてしない。
数日で急に痩せたとしたら、間違いなく病気だ。
肥満治療っていうくらいだから、めちゃくちゃ効くんだろうけど。
作れないものは、どうしようもない。
仮に作れたとしても、何ヶ月も飲ませ続けなければならない。
この集落に、そんなに長い間いるつもりもない。
それに調合が難しい薬を教えても、猫たちが覚えられるとは思えない。
何か、別の方法を考えるべきだ。
そういえば、ダイエット効果のある薬草があったはず。
猫のダイエットフードに入っている薬草といえば、オオバコ。
オオバコには、整腸作用、止瀉作用、抗炎症作用、ダイエット効果がある。
猫草としても食べられるし、ハーブティーにも出来る。
葉っぱは食べると苦味があるけど、ハーブティーにすると緑茶のような爽やかな味がする。
オオバコは雑草だからどこにでも生えているし、暖かい場所なら一年中生えている。
さっそく、オオバコのフレッシュハーブティーを作ろう。
今日は肌寒いから、あったかいハーブティーを飲むにはちょうどいい。
おなかを壊している時は水分補給が大切だし、おなかもあっためないとね。
猫たちが大好きなオリーブの葉も一緒に入れて、ブレンドハーブティーにしよう。
『走査』によると、オリーブの花芽を使った花芽茶というお茶もあるらしい。
花芽というのは花の第1段階で、花芽→蕾→花になる。
今はもう、花が咲いてしまったから無理だけどね。
フレッシュハーブティーを淹れていると、匂いに釣られて猫たちが集まってくる。
「なんだか、とっても良い匂いがするニャオ。それは、なんニャオ?」
「これは、オオバコとオリーブのお茶ですミャ。どうぞ、飲んでみてくださいミャ」
ハーブティーを差し出すと、猫たちは大喜びで飲み始めた。
これでおなかも治るしダイエットも出来て、一石二鳥だね。
オリーブには、食べすぎなければ体に良いんだよ。
オリーブの実も欲しかったけど、今はまだ花の時季だ。
オリーブは、いつになったら実が成るの?
『オリーブの実の収穫時期は、9月から2月頃』
じゃあ、秋になったらまた来よう。
せっかくだから、オリーブの葉っぱをたくさん摘んでいこう。
ฅ^•ω•^ฅ
ぼくたちが来た次の日に、オリーブの花はあっという間に散ってしまった。
『走査』によると、オリーブの花の命はとても短いらしい。
それからぼくたちはオリーブの木がたくさん生えている集落で、しばらくお世話になることなった。
というのも、お父さんとお母さんがオリーブの木をすっかり気に入ってしまったからだ。
マタタビもオリーブも、中毒性はないとされているけど。
ふたりが、ここから離れられなくなっちゃったら困るなぁ。
とりあえず、この集落の猫たちの健康診断を行なった。
オリーブの葉っぱをよく食べているからか、肥満とおなかを壊している以外は健康そのもの。
やっぱり、オリーブの食べすぎによる肥満が原因なんだよね。
【オリーブの葉は食べられるの?】
猫はオリーブの葉を食べるけど、人間は苦味と渋味が強くて食べられない。
人間がオリーブの葉を摂るなら、ハーブティーやサプリメントに加工されたものを飲むと良い。
【漢方薬と民間薬の違いとは?】
漢方薬は漢方医学に基づいて、生薬の産地・製法・用法・用量などが細かく決まっている。
漢方薬を調合したり販売したりするには、薬剤師免許が必要。
民間薬は誰でも作れるし決まりごともないけど、何があっても自己責任。




