第114話 ストレス性疾患
カタバミの集落から出ると、グレイさんがそろりそろりと近付いてきた。
サバシロお兄さんから「急に出てくるな」と言われてから、こうして様子を伺いながら出てくるようになったんだよね。
サバシロお兄さんがいないことを確認して、ぼくに近付いてくる。
『シロちゃん、なんだか悲しそうな顔をしているが何かあったのか?』
「サバシロお兄さんはこの集落を気に入ったから、ここに棲むらしいミャ。サバシロお兄さんは、もう旅にはついて来ないミャ」
『そうか! だったら今まで通り、シロちゃんの側にいていいんだなっ!』
グレイさんは嬉しそうにぼくを抱き締めて、顔をめちゃくちゃ舐め始めた。
「もぉ~っ、グレイさん! ベタベタミャッ!」
『すまない。もう我慢しなくて良いと思ったら、嬉しくてな』
やっぱり、我慢していたんだ。
サバシロお兄さんがいた時は、グレイさんはぼくたちから距離を取っていた。
気を遣わせてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ぼくがサバシロお兄さんを連れてきたせいで、グレイさんにたくさん我慢させちゃってごめんなさいミャ」
『シロちゃんは、何も悪くないぞ。お兄さんは、自分の意志でシロちゃんについて来たんだろう?』
「そうだけどミャ」
『ここに残ると決めたのもお兄さんだったら、シロちゃんが謝ることは何もないぞ』
「ありがとうミャ、グレイさん」
『それにオレが怖がられるのは、いつものことだから気にするな。シロちゃんの方こそ、我慢しすぎだ』
「ぼくは、我慢なんてしてないミャ?」
『なんだ、気付いていなかったのか。お兄さんが仲間になってから、シロちゃんはちっとも笑っていなかったぞ』
笑っていなかった?
そうか、ぼくも知らないうちにストレスを溜めこんでいたんだな。
サバシロお兄さんが仲間になってから、ぼくたちはギクシャクしていた。
「どうしたら、サバシロお兄さんとみんなが仲良くなれるのか」と、ずっと考え続けていた。
結局、ぼくの努力は無駄に終わってしまったけれど。
お父さんとお母さんが喉を鳴らしながら、ぼくにスリスリしてくる。
「シロちゃんは、いつも頑張りすぎニャー」
「サバシロくんと一緒にいた時は、いつも辛そうな顔をしていたニャ」
「サバシロくんがいなくなったから、もう無理しなくていいニャー」
「シロちゃんがこんなに苦しむなら、仲間なんて増やさなくていいニャ。これからも、4匹で旅をしましょうニャ」
グレイさんも、優しく言い聞かせてくる。
『前にも言ったはずだぞ? 頑張りすぎるなと。シロちゃんがいつも無理をするから、オレは心配で仕方がないんだ』
「お父さん、お母さん、グレイさん、みんなありがとうミャ……」
ぼくはひとつのことに集中すると、周りが見えなくなる。
なんでもひとりで解決しようと、一生懸命頑張りすぎてしまう。
ぼくの悪い癖だ。
みんな心配して支えようとしてくれていたのに、何を必死になっていたんだ。
もっと周りに目を向けて、みんなに頼ることを覚えなきゃ。
病気やケガで苦しんでいる猫たちの治療をしている時は、「ぼくがやらなくちゃっ!」って気を張っている。
終わるとプツンと緊張の糸が切れて、一気に疲れが襲ってくる。
大きな仕事をやり遂げたあと、体調を崩すことってあるよね。
お兄さんが仲間になってから、ずっと気を張っていたから疲れちゃったみたいだ。
ぼくだけじゃなくて、お父さんもお母さんもグレイもストレス疲れしているはず。
こんな時は、あったかいハーブティーでも飲んでゆっくり寝よう。
ちょうどGerman chamomileの花が咲いているから、これでハーブティーを作ろう。
ジャーマンカモミールは、猫も安心して食べられる薬草。
抗炎症作用、抗菌作用、抗酸化作用、安眠作用、リラックス効果、ストレスからくる消化器官系の不調、風邪、口内炎などにも効果がある。
だけど、キク科アレルギーがある人や猫は飲んじゃダメだよ。
カモミールをハーブティーにする場合は、葉っぱじゃなくて花を使う。
カモミールの葉や茎は、ハーブティーにならないんだって。
カモミールには「ローマン」っていう種類もあるんだけど、香りと苦味が強すぎてお茶には向かない。
多めに摘んで、背負い籠に入れて自然乾燥させておこう。
ほとんどの薬草は、乾燥させた方が効果が高くなる。
カモミールはχαμαίμήλονという意味があって、青リンゴみたいな甘酸っぱい匂いと味がするんだよ。
「とっても良い匂いで、美味しいニャー」
「なんだか、体がぽかぽかしてきたニャ」
『おおっ、このお茶は甘くてとっても美味しいなっ!』
みんなも、喜んで飲んでくれて良かった。
今までいろんな種類のハーブティーを飲んできたけど、ジャーマンカモミールのフレッシュハーブティーが一番好きかも。
フレッシュハーブティーは、採れたての新鮮なハーブを使うから爽やかな味がするんだよね。
ハーブティーを飲んだら、体があったくなってだんだん眠くなってきた。
ぼくがあくびをするとみんなにもうつって、みんなで大あくび。
「お茶を飲んだら、眠くなったニャ」
「それじゃあ、みんなでお昼寝しましょうニャ」
「おやすみなさいミャ」
ぼくたちは顔を見合わせて笑うと、ねこねこだんごになってお昼寝タイム。
グレイさんも幸せそうにぼくを抱きかかえて、寝始めた。
こんなに穏やかな気持ちでお昼寝をするのは、いつ振りだろう。
ぐっすり眠って元気になったら、また旅を続けようね。
ฅ^•ω•^ฅ
カモミールティーを飲んでたっぷり寝たら、スッキリした。
猫になってから、睡眠の大切さがよく分かるようになった。
良く寝ないと頭が働かないし、体もだるくて動けなくなる。
やっぱり、たっぷり眠るって大事なんだね。
元気になったところで、病気の猫と次の集落を探そう。
次の集落へ案内して、『走査』
病気の猫がいたら、優先でお願い。
『対象:食肉目ネコ科ネコ属リビアヤマネコ』
『病名:猫挫瘡』
『原因:ストレスによる免疫力の低下』
『処置:患部を過酸化ベンゾイル配合シャンプーで洗浄後、殺菌剤を塗布。抗生物質を投与』
『位置情報:0m』
0mってことは、ぼくたちが病気に罹っているってことだ。
猫挫瘡って、どんな病気?
『猫の顎下に出来るニキビ』
なるほど、猫のニキビか。
過酸化ベンゾイルは?
『酸化剤の一種で、抗菌作用、皮膚の角質の堆積を改善する作用がある』
しかし、そんなものはないのである。
『清潔なコットンやガーゼをぬるま湯で濡らし、患部を拭く』
ぬるま湯で、拭くだけでも良いんだ?
清潔なコットンやガーゼもないけどね。
コットンの代わりになりそうなものは、自分たちの毛くらいかな。
ブラシで抜け毛を集めれば、コットンに使えるかも。
「お父さん、ちょっと顎の下を見せてミャ」
「顎ニャー?」
お父さんは不思議そうな顔をしながらも、上を向いて顎の下を見せてくれた。
良く見ると、顎の下に黒いブツブツがある。
汚れにしか見えないけど、これが猫のニキビか。
人間のニキビとは、全然違うな。
試しに軽くこすってみるけど、ブツブツは落ちない。
こすっても落ちないってことは、汚れじゃないという証拠だ。
お母さんにも、顎の下にニキビがあった。
ぼくの顎の下は自分では見えないので、お母さんに見てもらった。
「どうミャ? 顎の下に、黒いブツブツはないかミャ?」
「あるニャ。これが病気なのニャ?」
「そうミャ」
『走査』によると、ニキビを放っておくと炎症を起こして痒くなっちゃうらしい。
痒くて掻きむしっちゃうと、皮膚炎になってしまう。
そうなる前に、早めに処置しないと。
まずは火を起こして、ぬるま湯を作る。
ぼくの手を綺麗に洗った後、ぬるま湯で浸して手の甲で顎の下を拭く。
わざわざ抜け毛を集めなくても、猫のおててがふわふわモフモフだからね。
強く拭くと、ニキビを刺激しちゃうから優しく。
拭き終わったら、アロエの葉汁を塗る。
仕上げに、ヨモギとムラサキバレンギクのフレッシュハーブティーを飲む。
これをくり返せば、そのうちニキビは治るだろう。
グレイさんには、ニキビは出来ていないの?
『イヌ科のニキビは、膿皮症と呼ばれる。グレイに疾患はなし』
グレイさんにニキビは出来ていなかったのか、良かった。




