第100話 秋の味覚
「グレイさん、目薬を点すから、おめめを開けててミャ」
『え? 目を開けていないといけないのか? なんだか怖いぞ』
「目薬を点したら、おめめをパチパチしてなじませてミャ」
『あ、ああ、分かった。怖いけど、頑張る』
「目薬を点したら、すぐ痒みが収まるから我慢してミャ」
怯えるグレイさんに優しく言い聞かせながら、グレイさんの目にアロエの葉汁を点した。
アロエの葉汁には、痒みの原因のヒスタミンを抑える効果があるんだよ。
アロエの抗ヒスタミン作用は、塗ってすぐ効果が表れる。
殺菌作用と抗炎症作用もあるから、傷薬としてとっても優秀なんだ。
火を使うようになってから火傷を負うようになっちゃって、アロエには大変お世話になっている。
火傷にアロエの汁を塗れば、すぐにヒリヒリした痛みが引く。
猫の髭は精密なセンサーの役割をしているんだけど、熱を感じることは出来ない。
気が付いたら髭がチリチリになっていた、なんてことがある。
それに猫は全身を厚い毛で覆われていているから、肌で熱を感じにくい。
いつの間にか、毛が焦げて茶色くなっていたこともあった。
焚火の側にいると熱中症や脱水症状にもなりやすいから、水分補給も欠かせない。
火を使う時は水が入った葉っぱのお皿を近くに置いて、水をかぶって毛を濡らしたりいっぱい水を飲むようにして防火対策している。
どんなに気を付けていても火の側にいれば火の粉は舞うし、髭と毛は焦げる。
焦げてチリチリになった毛や髭は、生え代わるまで待つしかない。
ฅ^•ω•^ฅ
あれから毎日、グレイさんにはイチョウとイヌハッカのブレンドハーブティーを飲ませて、アロエの目薬を点している。
それでも、くしゃみと鼻水と鼻詰まりは収まらないみたい。
なんとかしてあげたいけど、花粉の時季が終わるまで花粉症は治らないからなぁ。
とても苦しそうで、可哀想だけど仕方がない。
せめてブラッシングをして、毛に付いた花粉を落としてあげよう。
花粉を落とせば、少しはマシになるかもしれない。
「グレイさん、毛づくろいしてあげるミャ」
『おおっ、本当か? ありがとう』
グレイさんは嬉しそうに、地面に寝転がる。
ぼくは松の葉のブラシで、グレイさんをブラッシングする。
ちょうど換毛期だから、毛がごっそり抜けた。
花粉症と換毛期は春と秋で、時季的にちょうど重なる。
春の換毛期にも、ブラッシングしてあげたっけ。
夏毛から冬毛に生え代わっているということは、そろそろ秋の終わりが近付いている。
濃い緑色の葉を付けていた森の木々も、少しずつ黄緑色へ変わりつつある。
急がなければ、もうすぐ冬がやって来る。
ぼくたちは、少し急ぎ足でイチモツの集落へ向かった。
他の集落に立ち寄ることなく、ひたすらイチモツの集落へ向かって走る。
と言っても、ずっと走り続けることは出来ない。
当たり前だけど、走り続けたら疲れてしまう。
ぼくたちは、1日平均14時間くらいは眠らなければならない。
特に仔猫のぼくは体力がないからすぐ疲れちゃうし、たくさん寝なければ体が持たない。
だから急いでも、1日に移動出来る距離は2kmくらい。
それに、秋は天気が変わりやすい。
さっきまで晴れていたのに、急に空が暗くなって雨が降り出すなんてこともよくある。
雨が降れば花粉が洗い流されて、グレイさんの花粉症の症状は軽くなるけど。
犬猫は低気圧に弱いから、頭痛と倦怠感で動けなくなる。
何日も雨が降り続くと、ずっと巣穴から出られない。
雨に濡れると、体を冷やして風邪を引く。
風邪を引いたら、ますます遅くなってしまう。
なかなか距離が縮まらなくて、もどかしい。
冬が来る前に集落へ帰れるだろうかと、不安でいっぱいだ。
早く帰らなくてはと、気ばかりが焦る。
焦っても、どうにもならないと分かっている。
巣穴の中から、雨を降らせる雨雲を見上げる。
どうか、早く雨が止みますように。
こんな時、てるてる坊主が作れたら良いのにな。
人間だった頃は雨が降って欲しくない日に、てるてる坊主を作って吊るしていたっけ。
逆に雨が降って欲しい時は、逆さまにして吊るしていた。
今は猫だから、てるてる坊主は作れないな。
作りたくても、材料がない。
てるてる坊主は、ティッシュペーパーと紐とペンがあれば出来る。
大きな葉っぱと細長い葉っぱを使えば、出来るかな?
頭の中身は、枯れ草を詰めてみよう。
顔は、爪で描いてみるか。
雨が降っている間は暇だし、試しに作ってみようかな?
しばらく待っていると、雨が止んだ。
一時的に止んだだけみたいで、またすぐ降り出しそうな空だ。
今のうちに、てるてる坊主の材料を探してみよう。
大きな葉っぱを探していると、ピンク色のコスモスの花が咲いていた。
どうやらこの辺りは、コスモスの群生地みたいだ。
てるてる坊主の頭の下にコスモスの花を逆さまにして付けたらスカートみたいになって、きっと可愛いぞ。
そういえば、コスモスは薬草じゃないの?
『対象:キク目キク科秋桜』
『薬効:キク科の中で、フラボノイドの含有量が最も高く、抗酸化効果に秀でている。解熱、解毒、高脂血症、むくみ』
『警告:フラボノイドは猫が経口摂取すると、下痢や嘔吐などの症状が起きる。皮膚接触の場合、皮膚炎を起こす』
猫は、食べられない薬草なのか……残念。
雨が止んでいる間に巣穴を出て、てるてる坊主の材料になりそうなものを探す。
見れば、ムラサキバレンギクの花が咲いていた。
頭状花が丸く盛り上がっていて、花弁は頭状花の下に下がっている。
そのままで、てるてる坊主みたいな形をしている。
てるてる坊主代わりに、吊るしてみようかな。
ムラサキバレンギクは、マダニ感染症の時に抗生物質として使った。
あの時は急いでいたから、手っ取り早く花弁をそのまま食べたんだよね。
確かムラサキバレンギクの花は、ハーブティーになるはず。
ちょうど良いからたくさん摘んで、茶葉を作り置きしておこう。
どんな味がするのか、楽しみだ。
そうだ、ついでにキノコも採っていこう。
秋は、美味しいキノコがたくさん採れるからね。
探してみると、木の根元にオレンジ色のキノコがいっぱい付いていた。
表面がツヤツヤしていて、触るとヌルっとしている。
これは、食べられるキノコなのかな? 『走査』
『対象:モエギタケ科スギタケ属滑子』
『薬効:免疫力強化、抗ウイルス作用、抗癌作用、大腸癌、腸内環境正常化、便秘、脂肪燃焼、高血圧、むくみ、二日酔い、老化予防、糖尿病、生活習慣病』
『概要:ゼリー状のぬめりと独特の風味があり、味噌汁や鍋物に最適』
ナメコは、お味噌汁に入っていたから食べたことがあるぞ。
これで、ナメコ汁を作ってみようかな。
猫にとって塩分は毒だから、味噌や醤油は使えないけど。
そもそも、味噌も醤油も手に入らないし。
近くに、シメジみたいな形の茶色いキノコも生えている。
これは、食べられるのかな?
触ろうとしたら、『走査』が発動した。
『対象:ハラタケ目モエギタケ科クリタケ』
『概要:薬効成分は、ナメコに似る。加熱すると良い旨味が出る。有毒物質のネマトリンが、微量に含まれる。人間は食べられるが、猫は食べられない』
またしても、猫は食べられないキノコか。
仕方ないので、諦めよう。
探してみたら、マイタケとヒラタケとシイタケも見つかった。
秋の味覚と言われるだけあって、キノコがたくさん採れた。
これだけ採れれば、干しキノコもいっぱい作り置き出来そう。
だんだん肌寒くなってきたから、あったかいものが欲しくなる。
焼きキノコも美味しいけど、キノコ汁も食べてみたい。
いろんなキノコが混ざったら、良い出汁が出て美味しいはず。
そんなことを考えながら歩いていると、ポツポツと雨が降り出した。
濡れないうちに、急いで巣穴へ戻った。
【秋桜とは?】
7~8月に咲くコスモスは、夏咲き。
9月に咲くコスモスは、早咲き。
10~11月に咲くコスモスは、秋咲き。
赤と白とピンクの花が、一般的。
南米産の「ヤサイコスモス」(Ulam Raja)以外のコスモスは、食べられない。
「ウラム」がサラダ、「ラジャ」が王様で、「王様のサラダ」という意味。
癖や苦味が少なく、サラダとして生で食べられる。




