第一話 生まれ変わったら仔猫でした
気が付くと、真っ白な場所にいた。
「気が付いたか、少年」
えっ? なにこれこわいっ!
脳内に直接、文章が流れ込んでくるんだけど!
「申し訳ないが、お前は死んだ」
死んだ? なんでっ?
「仔猫を助けただろう?」
そうだ、ぼくは木から降りられなくなった仔猫を助けようとした。
だけど、その後の記憶がない。
「少年は木から落ちて、首の骨を折って死んだ」
マジでっ?
「疑うなら、死ぬ決定的瞬間の動画もあるが観るか?」
イヤだ、自分が死ぬ動画なんて見たくない。
まさか、仔猫を助けようとして自分が死ぬなんて。
思わず頭を抱えたくなったが、体がなかった。
「して、どうする? 少年」
どうするって、何が?
「仔猫を助けてくれた礼に、新しい命を授けてやろう」
え? 生き返れるの?
「生き返るのではなく、生まれ変わるのだ」
ということは、あなたは神様?
「神には違いないが、私は猫を司る神だ。猫の神なので、人を生き返らせることは出来ない。代わりに、猫の命を授けよう」
猫に生まれ変われるのですかっ? やったーっ!
「猫に生まれ変わることに、抵抗はないのか? 少年」
ありません!
猫が大好きなんで、猫になりたかったんです。
「そうか。ならばこれからは、猫として生きるが良い」
ありがとうございます、猫の神様っ!
「では次は、くれぐれも死なないように気を付けて生きるのだぞ、少年」
その言葉を最後に、意識がなくなった。
ฅ^•ω•^ฅ
「気が付いたかにゃ?」
「ミャ?」
「仔猫がイチモツの木に挑むなんて、早すぎるにゃ。もう、登っちゃダメにゃよ?」
目が覚めると、いきなり巨大なミケネコにお説教された。
どういうこと?
「ミャー」
声を出したつもりが、ぼくの口から出たのは仔猫の鳴き声だった。
え? なんで?
目の前にいる巨大ミケネコも、ニャーニャーと鳴いている。
だけど、何を喋っているかは理解出来た。
ってか、何? その卑猥な名前の木?
見上げると、緑色の葉が生い茂る大きな木がそびえ立っていた。
これが、イチモツの木か。
確かに大きくて立派な……、いや、皆まで言うまい。
ミケネコの話によると、ぼくはこの木に登ろうとして落ちたらしい。
混乱しながら、周りを見回す。
見たところ、森の中にある集落といった感じ。
人の姿はなく、代わりに二足歩行している猫がたくさんいた。
この世界の猫は、二足歩行するのか。
え? ってことは?
ここで初めて、自分の体を確認した。
ぼくの体は、真っ白な毛で覆われていた。
ほっぺたを触ると、猫の長いヒゲが生えている。
頭の上には、ネコミミがあった。
クリームパンのようなふわふわおててに、まんまる肉球がついていた。
人として生まれたからには絶対にあるはずのない、ぼくの手のひらに肉球がっ!
思わず顔を触ると、肉球がプニプニして気持ちが良かった。
ついでに匂いも嗅ぐと、香ばしいポップコーンみたいな匂いがした。
これだよ! ぼくの求めていた幸せの肉球はこれだよっ!
猫の神様が言っていた通り、本当に猫に生まれ変わったらしい。
幸せいっぱい、猫いっぱい。
神様! ありがとうございますっ!
自分の体を確認していると、ひときわ大きな猫の鳴き声が聞こえて来た。
「シロちゃん! 木から落ちたんだってニャッ? 大丈夫だったかニャッ?」
大きなシロブチネコがぼくに向かって突進してきて、ぎゅっと抱き締められた。
白い腹毛がふわふわ柔らかくて、めちゃくちゃ気持ちいい。
これ、絶好の猫吸いチャンスじゃんっ!
憧れの猫吸い、ずっとやってみたかったんだよね。
せっかくだから、思いっきり堪能しておこう。
スーハースーハー……、ああ幸せ。
そこで、また別の猫の鳴き声が聞こえてくる。
シロブチネコの腹から顔を覗かせると、サバトラネコがミケネコと話をしていた。
「ミケさん、うちのシロちゃんがご迷惑をお掛けしましたニャー」
「これくらい、なんのなんのにゃ。でも、もう目を離しちゃダメなのにゃ」
「すみませんニャー、これから気を付けますニャー」
シロってのが、ぼくの名前だろう。
話を聞いた感じ、シロブチとサバトラがぼくの親猫みたいだ。
なお、シロブチが母猫で、サバトラが父猫。
ミケと話を終えたサバトラが、ぼくに優しく声を掛けてくる。
「シロちゃんが木から落ちたと聞いた時には、それはそれはもう心配したニャー」
サバトラは、ぼくを背中から抱き締めてくれた。
親猫たちにサンドイッチされたぼくは、「ミャー!」と喜びの声を上げた。
人間だった頃は、猫アレルギーで触れなかったんだよね。
猫に生まれ変わった今なら、大好きな猫に触り放題だ。
ぼくの望む世界は、ここにあったんだっ!
ねこねこパラダイス最高っ!
そんなことを考えていると、親猫たちが心配そうな顔で話し掛けてくる。
「シロちゃん、お医者さんに診てもらいましょうニャ」
「ちゃんと調べないと、心配ニャー」
普通、仔猫が高い木から落ちたら動物病院へ連れて行くよね。
特に痛いところはないけど、どこかケガをしているかもしれない。
念の為、診てもらった方が良いと思う。
この世界のお医者さんって、どんな感じなんだろう。
やっぱり、お医者さんも猫なのかな?
お医者さんのところへ行く途中で、たくさんの猫を見かけた。
毛づくろいしたり、日向ぼっこしたり、お昼寝したり、猫会議をしていたり。
みんなあちこちで思い思いに過ごしていて、とても長閑だ。
猫会議ってのは、猫が集まって輪になって座っていること。
人通りが少ない住宅街の路地や空き地なんかで、たまに見られる。
猫は狭いところが好きなのに、猫会議の時は見通しが良い開けた場所に集まる。
「猫会議で猫は何をしているのか?」は、多くの猫研究家によって長年議論されている。
同じ縄張りに住む、野良猫の交流の場なのか。
情報交換をしているのか。
ハーレムなのか。
特に理由はなく、仲間で集まっているだけなのか。
これらは全部、人間が勝手に考えた仮説に過ぎない。
猫が猫会議をする理由は、今も明らかになっていない。
猫会議は、人間にとって永遠の謎。
人が通りかかると、一斉にこっちを向いて「何見てんだよ」みたいな目で見られる。
猫会議を見かけたら、猫たちを刺激しないようにそっと立ち去るのがマナー。
愛猫家の夢は、猫会議に参加すること!
猫になった今なら、猫会議に参加出来るっ!
猫会議に参加しようとしたら、親猫たちに首根っこを掴まれた。
「シロちゃん、どこ行くニャ? もう、ひとりでどこにも行かせないニャ」
「大丈夫ニャー、お医者さんは怖くないニャー」
「ミャ~……」
猫会議は気になるけど、お医者さんにケガを診てもらうのが先だ。
ฅ^・ω・^ฅ
「茶トラ先生、お忙しいところをすみませんニャー」
「おや、サバトラさんとシロブチさんとシロちゃんじゃないですニャ~」
集落の外れで、横たわったサビネコを治療している茶トラネコがいた。
茶トラが、この集落のお医者さんらしい。
病院というものはなくて、お医者さんがいるだけなんだろう。
「もうすぐ、サビさんの手当が終わりますニャ~。ちょっと待ってて下さいニャ~」
茶トラは、サビネコの肉球に緑色の液体を塗っていた。
「サビさん、お薬が乾くまでこのままじっとしてて下さいニャ~」
「分かりましたニャア、乾くまで寝ますニャア」
サビネコは、そのままスヤスヤとお昼寝を始めた。
サビネコが寝たのを見届けると、茶トラはこちらへ向かってくる。
「お待たせしましたニャ~。ご家族お揃いで、どうしたんですニャ~?」
「うちのシロちゃんが、木から落ちてしまったのですニャー」
サバトラが説明すると、茶トラがぼくに近付いて来る。
「こんなちっちゃいのに、もう木登りですニャ~?」
「ちょっと目を離した隙に、いなくなりましてニャー」
「仔猫は、好奇心旺盛ですからニャ~。目を離さないように、気を付けて下さいニャ~」
「すみませんニャ。シロちゃんがケガしていないか、診て頂けますニャ?」
「分かりましたニャ~。シロちゃん、ちょっと診せてニャ~」
シロブチがぼくの頭を撫でながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
茶トラはぼくの足を曲げ伸ばしして、骨が折れていないか確認している。
あちこち触りながら、ぼくに聞いてくる。
「シロちゃん、どこか痛いところはないかニャ~?」
「ないミャ」
茶トラはぼくの頭を撫でて、優しい笑みを浮かべた。
「それなら良かったニャ~。具合が悪くなったら、またおいでニャ~」
「茶トラ先生、ありがとうございましたミャ」
「どういたしましてニャ~」
ぼくの親猫たちも、揃って茶トラにお礼を言った。
運が良かったのか、上手く着地出来たのか。
なんにせよ、ケガがなくて良かった。




