9話:迎撃
―――外した!
初撃は僅かにズレ、小鬼型の一機が爆発に巻き込まれるだけの結果に終わった。
調整時に感じていた違和感を、試射無しで修正しきることは不可能だった。
カーゴキャリアの整備では、これが限界だったのだろう。
小鬼型は今の一撃で急激に興奮し始め、狙いを絞らせまいと、その機体を飛び跳ね回らせた。
奴らは理性は無いが強烈な本能があり、戦場での嗅覚は並外れている。
【ハルバード】の一撃も直撃には至らず、機動力を削いだがまだ動作している。
そもそも大型機を狙うような武装構成をしているし、【ハルバード】は完全に中距離の制圧に特化した機体だ。命中すれば儲けもの程度の先制攻撃で、見事に命中させたヴァレリアン卿を賞賛すべきだろう。
まだ先制攻撃は続く。
岩陰から飛び出すグレムリンの影は、四肢をばらばらに振り回し、縦横無尽に岩場を跳ね回りながら不規則に迫ってくる。谷間を戦場に選択したのは間違えたか?
無数の岩場は足枷になる想定だったが、跳躍して進むグレムリンどもにはあまり効果的ではなさそうだ。
むしろ視界が遮られ遠距離での戦いに不都合が生じてしまった。
だが、まだ相対距離と冷却の間隔、後退しながらの射撃、これら全てを総合してあと三発は行ける――と算段を付けていたが、グレネードランチャーがうんともすんとも言わない――まさか――
――嘘だろ、排莢と再展開をフルマニュアルにしてやがる――!どこだ!あった!排莢用レバーは膝あたりに存在していた。これを横に捻りながら引かなければ排莢が出来ない!ええいこっちはタコ野郎の柔腕じゃないんだ!角度が最悪過ぎる!
クッソ――機体操作に神経を集中させていたせいで、グレネードランチャーの調整に回せなかったツケがきた――!
タコ野郎の多い手を前提に調整されていた、グレネードランチャーの衝撃の仕様に、先制攻撃の一手分を失った。先に教えておけタコ野郎――!!
「ははは不調かね?ならば私の戦果でも眺めてると良い!」
戸惑っている俺を横に、前衛として出ている【ハルバード】は着実に攻撃を続行していた。
レールランチャーの、電気を帯びた重い快音が谷に響く。
速射性が高いレールランチャーはグレネードランチャーほどの破壊力は無いが、貫通力、弾速、発射間隔全てに優れた強力な武器だ。ただし相応のジェネレータ出力が求められ、鎧機でなければ搭載は難しい。
人機で搭載しようと思えば、機体をそれに特化させない限りは起動させることすらできないだろう。
騎士に相応しい武器の一つとされ、ある時期には騎士の機体の七割程が搭載していたこともあるらしい。
【ハルバード】は断続的な射撃を繰り返し、谷に電光が走るたびに小鬼型を裂き、砕き、貫き、その勇姿を野蛮な賊に知らしめた。
「来たまえ蛮族ども!この【ハルバード】は貴様らなどには臆しはしない!」
騎士サマが見栄を張り、【ハルバード】の姿をゴブリンどもに見せつけた。どうやら調子が優れない俺に時間を与えるため標的になる気らしい。いや、もしかすると戦場を舞台か何かだと思っているのか――?
だが、そこまで下手だと思われるのも癪だ。
騎士サマが仕事をしている間に、グレネードランチャーの装填を終わらせた。
二射目に入るが、以降は中距離戦に移行する。
後退しすぎた場合、ゴブリンどもが自分たちを無視してカーゴキャリアに到達してしまう可能性もある。遠距離射撃のみを戦術に組み込むわけにはいかない。
面倒すぎるこの砲は、戦闘が激化すれば使う余地などない。
飛び回る小鬼型を正確に捉えるのは難しい。だが、所詮は小型のライトフレーム。空中で急制動をかけるブースターの搭載は無い。ならば、着地点を狙えばいい。先程のズレを含み照準を調整する。
フルマニュアルらしく、タイミングのすべてを操縦者に委ねたグレネードランチャーは、俺の狙いどおりの地点に砲弾を叩き込んでくれた。
――燃えろ。
射線上の一機を貫通した砲弾は、そのまま着弾点にいた数機を巻き込み、まとめて吹き飛ばした。
排莢。
もうグレネードランチャーのことは忘れろ。意識を攻撃から防御機動に振り分け直した。
「見事!カラス君、来るぞ構えろ!」
騎士サマの警告と同時に、手持ち火器を構えたゴブリンどもが、弾けるように跳躍。上空から射撃を仕掛けてきた。
小鬼型は空中でバランスを取れず、射撃の反動で地面に叩きつけられるが、その代償に見合った火力が俺たちに迫る。
狙いは荒い。
だが、その中にひとつ、どうしても避けきれない一発があった。
俺は瞬時に選別し、使わないと見限ったグレネードランチャー側の左装甲でそれを受け止める。
鈍い衝撃と爆発。さすがの【キャタピラ脚】も揺らぐが、堅牢な装甲はまだまだ健在だ。武装にも異常はない。
幸いにもコアフィールド内では、未使用武装の誘爆リスクは極端に低下する。理屈は知らん。
雑な扱いにタコ野郎は顔を真っ赤にして怒鳴るだろうが、この折りたたまれた使わない砲は、当分の間は盾として使わせてもらう。
【ハルバード】は右腕ハードポイントに接合してある盾を構え砲撃を受け止めた。そのまま前進しながら反撃を開始する。
「無様!愚かさの代償を受け取れ!」
地面に転倒した射撃機に向けて、デュアルグレネードを叩き込んだ。
グレネードランチャーに比べ遥かに小型で射程も短いが、威力と命中精度のバランスがとれた優秀な装備である。
直撃。粉々に弾け飛んだ小鬼型の姿は、着弾点に破片すら残らなかった。
通常であればこのあたりで戦意を喪失しそうなものだが、ゴブリンどもは恐怖の感情が欠けているのだろう。前進し距離を詰めてきた【ハルバード】に小鬼型たちが殺到する。
だが、騎士サマはそのような挙動は織り込み済みだった。
「軽率!短慮!思い知れ!」
左手に持つブーストランサーを勢いよく横薙ぎに振るい、接近してきた数機をまとめて吹き飛ばす。巨大な筒のような武器に弾かれた小鬼型は岩場に激突し、地面に叩きつけられた。中には、装甲を廃していた機体もあり、剥き出しのコックピットには赤い染みが広がっていた。
――やはり【ハルバード】だけで良かったんじゃないかな。
戦力評価は正しかった。あんなセリフを言う必要はなかった――!
そもそも鎧機がいるのならば戦場の主役は間違いなく騎士のものになるのだ。同列に扱うことそのものがおかしい。
と、一瞬だけ戦場で別のことを考え呆けてしまった。だが、小鬼型が接近する姿をモニター越しに視認し、指と脚が勝手に動く。
【キャタピラ脚】の無限軌道脚部が軋むような音を立てて回転し、ぎゃりぎゃりと地面を砕きながら、小鬼型との距離を調整した。
現在使い物にならない左肩の重荷を除いて、【キャタピラ脚】の残る武装はオートキャノンのみとなる。
ただしそれは、右手、左手、右肩と合計三門もの砲塔が存在している。
【キャタピラ脚】の正面に小鬼型を捉え、三門全てを向けて攻撃用の操作スイッチを叩いた。
低く唸りあげるような回転音と共に、全ての砲塔から銃弾が雨のように垂れ流された。
明らかな過剰火力が小鬼型に襲いかかり、命中した小鬼型が一瞬踊った。そしてすぐにボロボロの"ゴミ"と化した。その姿を見て、流石にあまりにもやりすぎな"処刑"になってしまったと感じた。
左肩の用済み長物以外の三門を全て連動させていたのは、どうあがいてもタコ野郎と同数の手が用意できないという事実のための苦肉の策であった。
だが過剰火力だ。非効率的すぎる。
そして、このまま一機ずつを相手にした場合確実に弾切れになる。
まだ総数の半分以上も小鬼型が残っている。最初の想定より数が多い。
半分は【ハルバード】が受け持つとしても残り十機程度はこちらで対処せねばならない。
電光が岩場に光る。
この火力に一時の間であっても耐えることが出来るギアの防御力に内心感謝しながら、それでも恐れを抱かない小鬼型が飛び込んでくるのを見て回避機動を試みた。
咄嗟の回避で小鬼型が鈍器を地面に殴りつけることになった。
しかし二機、三機と次々に【キャタピラ脚】に襲いかかってくる。
後退を余儀なくされたが回避行動だけしていては、【ハルバード】と距離が離されてしまい援護が出来なくなる。
奴らは理性は無いが、本能は極めて鋭敏だ。
ゴブリンは考えずとも戦術をその嗅覚で選び抜く。
自然と俺と騎士サマの間に入り、誤射を誘うように飛び跳ね動き回りながら、お互いが援護できないよう射線を塞ぎ、分断に成功していた。
そして、ここまで完全に優勢に状況を運べたのは、こちらが有利な距離を一方的に選択出来たことが大きい。
これからは乱戦となる。
距離の優位はもう無い。【オンボロ】ならばここからが本領発揮というべき射程だが、【キャタピラ脚】でどこまで粘れるか。
正念場というところだ。




