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8話:準備

いやだ! この話はなしだ! 他を当たれ!!!


俺は子どものようにジタバタと嫌がった。

【キャタピラ脚】の正式名称を叫びながら出撃する? 冗談じゃない。

悪いが、この話は本当になしにしてくれ。

タコ野郎とは長い付き合いだったが、どうやらこれまでのようだ。

ヴァレリアン卿にはすまないが、一人で出撃してもらう――!


「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんなに嫌なのかい?」


嫌だ!


困惑するヴァレリアン卿をよそに、タコ野郎が煽ってくる。


「もうレンタル代もらってるんやで! なんやカラスはん、慣れない機体を動かすことに恐れをなしたんか!?」


何を言っているんだ。

俺なら多脚だろうが多腕だろうが脚無しだろうが無限軌道だろうが、軽く動かして見せる!

だがこれとそれとは話が違う!

ただ、お前の【キャタピラ脚】のふざけた名前を呼びたくないだけだ! 本当にそれだけなんだ!


「毎度毎度なんやねんその【キャタピラ脚】なんてフザけた渾名! ワイの機体には、ちゃーんとスンバラしくチャーミングな名称があるんやで!?」


だ、か、ら! それを言いたくないんだぁ―――!


「――おかしい、これが最精鋭傭兵たちの姿なのか」


ヴァレリアン卿は天を仰いだ。







押し切られた。



カーゴキャリアの防衛を拒否することは傭兵としての不文律を犯すとすら言われてしまえば俺も立場が悪い。

しかもゴミみたいな名前とともにモーションまで指定させられた。

なんとこれが出来ないとギアの巡航モードのロックすら外れないらしい。

――覚えていろよタコ野郎!


騎士サマの【ハルバード】は起動状態に入った。

【ハルバード】はあと数分でゴブリンの集団と接敵するため、カーゴキャリアのハンガーの後部ハッチへ向かっている。


傭兵のギアには一機しかシャードジェネレータを搭載できない。

それは都市間協定で定められているが、都市戦力である騎士はその条件を緩和されており、シャードジェネレータの作りからして違っている。


【ハルバード】には合計三機ものジェネレータが搭載されており、三機が連動したシャードジェネレータの出力はギアのものとは比べ物にならない。

生半可な攻撃ではコアフィールドを貫くことすら出来ず、小型のスクラップの攻撃では完全に無効化するほどの出力を誇っている。

機体から繰り出されるパワーも大きく、その左手のブーストランサーは【ハルバード】と同等の大きさの筒のような形状をした槍であり、【ハルバード】の出力で振り回すだけでスクラップをなぎ倒せる。

右手の重ヘビーショットガンとは別に、右腕ハードポイントの補助腕に大型の盾を接合しており、機体の重厚な装甲を含めて総合的な防御力が極めて高い。


マジで【ハルバード】だけで良いんじゃないかな――

俺はそう思いつつ。【キャタピラ脚】を操縦し、ハンガーのハッチへ移動し始めた。

ゴリゴリと無限軌道脚部の振動がコックピット越しに身体を揺らす。妙に粉モノとソースの匂いがするコックピットだ。

【キャタピラ脚】の操縦系統は、タコ野郎の8つある触腕を使うことを前提とした調整であり、普通ならば使うことは出来ない。なぜなら物理的に腕が足りないからである。



――俺は例外だ――



俺の意識が【キャタピラ脚】の循環液を伝い、”神経”に染み込んでいく。

操縦系統が俺の感覚に接続され、それらを掌握していくのが分かる。よう、邪魔するぜ。

多腕を前提とした【キャタピラ脚】だが、手元と足元の操作だけで動かすように―――"今から調整"する。あいよ、今日の注文は?なんかタコ野郎に似てるなお前。

内装ダメージがかなりあるとタコ野郎は言っており、確かに少し違和感を感じる。ちょっと痛いか?すまんな。しゃーないな許したる。

長距離(ロングレンジ)戦は難しいだろう。そのため俺が操作している途中は【キャタピラ脚】を中距離(ミドルレンジ)戦に合わせて修正し複数武装を連動させた。

今の武装はオートキャノンを中心としており、タコ野郎が使用している武器はグレネードランチャーが残るのみだ。

よし、調整終わり。


さて。


――やだなぁ――


「カラス君。では先に出撃するよ。【ハルバード】出撃する!」


爽やかな声色で騎士サマが飛び立った。重量のある【ハルバード】を浮かばせる力強いブースターの音がハンガーに響いた。


――はぁ――


ため息が漏れるが、仕方がない。腹を括れ。俺にはやるべきことがある。

こんなところで立ち止まるわけには行かない。


――行くぞ!――




――【美焼女戦士《もえもえ★シグナリア》~絶対正義☆灼熱革命~】――出撃!――




俺はハートマークを指先で作って叫んだ。

やたら凝ったアニメイション映像がモニターに流れ、何かしらのキャラクターが画面を所狭しと舞った。


「美焼女戦士《もえもえ★シグナリア》の音声認証が完了しました御主人様。どうぞ素敵な戦いを☆」


なんかやったら甘ったるい音声がコックピット全体に響き、機体が巡航モードから戦闘モードへ移行したことを俺に告げてきた。




クソが。






それはそうと、【キャタピラ脚】の無限軌道脚部はかなり気に入っている。

【オンボロ】には無い重量感。動きの向きを変えるときの慣性――重装甲機体も悪くないな。

ゴブリンとの接敵まであと数分もないが、なんとか操作の慣熟は間に合いそうだ。


「セッティング、間に合っていたのか?」

騎士サマは、俺の動かし方を見て、【キャタピラ脚】の操縦系統の整備が完了しているものと思ったようだ。

実際のところは、俺にしかできない裏技で動かしているだけだ。操縦系も、メイン操作をレバーに割り振り、有効レンジを調整した程度の最低限の整備しかしていない。


この状態なので、【キャタピラ脚】の戦力評価はタコ野郎が使う時の半分程度の戦闘力という見積もりで作戦を立てていた。


――操縦系はともかく武装の同時使用は無理だ。特にグレネードランチャーは初手の数発しか使えないと思ってくれ。


「了解した。半分任せて良さそうだ」


何を思ってそう判断したんだか。

元々の予定通り、半分程度の戦力として見てくれ。

この戦場の主役は騎士サマだ。


今回は、荒野の谷間で迎撃する作戦としている。

カーゴキャリアを、直接ゴブリンの攻撃に晒すつもりはない。


野盗としてのゴブリンには知性が乏しく、まるでスクラップのような挙動を見せる。

だが、荒野のゴブリンたちには強烈な略奪欲がある。

カーゴキャリアを奪おうと、一直線に近いルートを通るはずで、誘い込むのは容易だった。


大部分は俺とヴァレリアン卿の二機で対処し、あぶれた数機はカーゴキャリアの砲台に任せることにしている。


俺の【オンボロ】も、ヴァレリアン卿が予備として持ってきたスナイパーキャノンを装備させてある。


「乗せてください。以前からカラスさんに相談してた傭兵への転向の話、本気なんで。一機でも戦力必要ですよね?」


今回整備士として連れてきたコテツが、そういって俺に直談判したため【オンボロ】に載せて、カーゴキャリアの上で防衛にあたってもらっている。

突然動作が停止したとしても、カーゴキャリアの近くなら回収も容易だ。


コテツは整備士は【オンボロ】を何度も触っていて、操作系を熟知している。

元々、整備しながら資金を貯めて、ギアを買う算段を立てており、その件で【オンボロ】の仕様に関してかなり細かく調べさせることを許可したこともある。

ついでに傭兵に転向した暁には、同僚として一度くらいは塔の攻略に付き合ってやるという約束もしていた。

初陣にしてはしょっぱい仕事かもしれないが、【キャタピラ脚】と【ハルバード】がいる戦場なら、安心して戦場の空気を味わえるだろう。


まぁ、死なせはしない。勝ってくる。



迎撃地点として選ばれたのは、両側に内傾した断崖を抱える細い谷間だった。

谷は両側が切り立った岩壁に囲まれ、頭上の空は狭い。足元は無数の岩塊が転がり、視界も射線も岩影に阻まれる。ここで跳び回られたら、遠距離の利はすぐに削られるだろう。

しかし崖面にはほとんど足場がなく、上からの跳躍攻撃は困難。

つまりゴブリンの常套手段である“高所取り”を完全に封じる、理想的な地形だ。

谷底には大小の岩が無造作に転がり、踏み外せば即座に転倒するような不安定な足場だ。

敵味方ともに動きは制限されるが、こちらとしてはそれはむしろ有利になる条件だ。

なにせ重装甲重武装の【ハルバード】と無限軌道脚部による圧倒的な安定性を持つ【キャタピラ脚】だ。地の利はこちらにある。

さらにゴブリンが一斉に突撃すれば自滅しかねず、自然と散らばることとなる。


そして、この谷を迂回するには数日かかる急峻な尾根を越えねばならず、別働隊がそこを通るとは考えにくい。

要するに、敵は“ここ”を通るしかないということだ。


分岐する複数のルートには瓦礫と爆薬を仕掛け、あえてこの狭い一筋だけを“安全な通り道”に見せかけてある。作為を感じさせぬ程度に、自然に“選ばされた道”へと誘導した。


騎士サマ――ヴァレリアン卿の卓越した作戦立案能力と、随行する熟練工兵たちの手際があってこそ実現できた布陣だ。


【ハルバード】と【キャタピラ脚】が待ち構えるには、これ以上ない舞台だった。



谷間の地形に沿って、まばらに黒点のような影が見え始めた。

【キャタピラ脚】の索敵性能はやはり高い。この位置からでも接近しているゴブリン達の位置を充分把握できている。

望遠モニターに切り替えると、ゴブリンの操るいびつなライトフレーム群の姿を視認できる。


盗賊ゴブリンどもに、整った隊列という発想は存在しない。

各機体は勝手気ままに進み、走り、跳ねる。野獣のように統制を欠いた動きだ。

サイズは標準的なギアの半分程度。小型スクラップと大差ない――いや、元々スクラップだったものを再構築したものなのだから当然と言えるだろう。


今回の集団が主に使っているのは、小鬼型(グレムリン)と呼ばれる機体だ。

人型であるが腕がやたら長く、曲がった膝も長い。大きさはギアの半分程度と表現したが、その手足を伸ばした場合は、ギアと同等の長さになるだろう。

曲がった膝からは歩行ではなく、跳躍を重視している機体とされ、飛び跳ねながらの移動を前提としていた。

そして、この機体には頭部が存在しない。センサーらしいものが存在しないため、ゴブリンたちは俺達を直接見ているのだろう。


小鬼型(グレムリン)はライトフレームの中でも”脆い”機体であり、スクラップを中心とした廃材を寄せ集め、過剰な出力調整を施された危険な代物だ。

かつては猿型(モンキー)と呼ばれており主星における霊長類――猿を模した挙動で、跳躍・旋回・登攀など、常識外れの運動性を発揮する。やつらはそれを十全に使いこなし、時にギアを凌駕する運動能力を持つほどだ。

しかし現在では、都市連合での軍事識別により小鬼型(グレムリン)と改訂されたらしい。


この運動性能にはからくりがある。

ゴブリンたちは、このライトフレームに脊髄直結型操縦を採用しているのだ。

反応速度だけを追い求めた結果、搭乗者の命は完全に度外視された構造になっており、外すだけで神経に支障をきたし、立ち上がることさえできなくなるやつもいる。

そもそもコアフィールドが存在しない機体で、あのような急加速や旋回をするだけで身体に凄まじい負担がかかるはずだ。


――奴らに命を守るという意思は無い。


中には、コックピットを、装甲すら施さずに剥き出しにした機体もいる。

死を恐れぬのではなく、死という概念自体が抜け落ちている――そんな運用思想だ。


武装は雑多だ。

鉄骨のような――いや、あれは鉄骨そのものだなーー大型の鈍器、解体作業用のライトフレームが使う大型ハンマーやレンチのようなものも握っている機体が確認できる。

まともな銃火器を装備している個体は少数だが、対人機砲(バズーカキャノン)やハンドグレネードなどを所持していることが多い。

全体的に威力を重視した粗雑な兵装が多く、整備状態は悪い。たまに手元で暴発することさえある。

それでも、ギアどころか鎧機(アームズ)にも確実な有効打を与えることを前提に選ばれている。


それもそのはずだ。

奴らが戦う相手は、要塞街やカーゴキャリアを守るギアたち。

コアフィールドを貫くには、的に当たればいい程度の射撃では話にならない。

当てる、ではなく、一発ぶち込んで沈める。

それが奴らの戦術――いや、狂気的な本能だ。


ゴブリンどもが接近する前に、こちらは遠距離武装による先制攻撃を開始した。

長射程な射程を持つ【キャタピラ脚】のグレネードランチャーと【ハルバード】のレールランチャーによる射程外(アウトレンジ)攻撃だ。

両方とも肩装着式の武装であり、普段は機動の邪魔をせず、破損を防ぐ為にコアフィールドに近づけるよう折りたたまれている。

使用時にはギアの重心位置が変わる程の長さの砲身が前面に展開する。

この機構により、長距離砲撃でも安定した弾道を維持できるが、反面即時使用は不可能となる。

特にグレネードランチャーは展開と装填には時間がかかる上に、発射後は冷却と保護を兼ねて砲撃後に一度折りたたまれる仕様だ。機動戦及び乱戦において使用が難しい武装と言えるだろう。

タコ野郎はこの仕様を熟知しており、この隙を一切感じさせない運用をしていた。

今回は武装操作を簡略化するために、先程調整を終えたばかりで、乱戦に入る前の先制攻撃となる今しか使えない。


今回は前衛を【ハルバード】に任せるため、俺は騎士サマの左後方に位置を調整し、射撃と援護に専念させて貰う段取りをしている。そのため一撃でも多く、グレネードランチャーをぶち込み、一機でも数を減らしたい。照準を敵機ではなく、岩場そのものに調整した。

有効射程を少し短縮したため、遠距離のターゲッティングには時間がかかると思ったが、【キャタピラ脚】の優秀なセンサー群は想像以上の速さで照準を合わせた。

タコ野郎がかき集めて選別したであろう各種パーツが良質な仕事をしてくれている。

狙いは少しでも複数機を巻き込める地点だ。指先でタイミングを合わせ、発射した。


轟音。


ゴブリン迎撃戦の開始を告げる音が荒野の谷間に響いた。

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