71話:幻想
難産回でした。
「農業協働連合の首都で開催されるパーティへ参加してください」
うわ。すごくいやだ。
「個人的には断っても良いかなと思ったんですが、今回の不始末分で強制参加にします。
そして扱いとしては、我々としてではなく、要塞街の人員としての参加ですね」
なんで? 確かに、うちのメンバーの構成員は要塞街出身者が中心だ。
だが、政治的な結びつきは強くないし、契約で縛られてるわけじゃないだろ。
「ヴァレリアン卿の名代として出てほしいそうですよ」
いや、良くないだろ。俺騎士サマの意向も何も判断出来ねぇよ。
というか騎士サマ俺を信用しすぎだろ! ヘマやらかしても何も責任取れねぇぞ!
外交なんか全く出来ないんだぞ? 正直、場違いだろうよ!
「別に良いそうですよ。外交官は別に居ます。
ヴァレリアン卿もエリシア嬢も忙しすぎて要塞街を離れられそうにとのことです。
そのため名代としての権威付与と、外交官の護衛を兼ねての出席です」
ふうん。喋る必要が無いならまあ、良いとしよう。
しかし、なんで女装?
「だってカラスさん、ドレスとか着たことないでしょ」
いや、あー。うーん。あるよ?
「「「あるの?」」」
お前ら俺を何だと思ってるんだ???
「すみません。偏見が過ぎましたね。謝罪します。
騎士衣装でも良いはずですが、先方からドレスを送られてきました。
無下にするわけにもいかないのでそれを着用するようにとの指示です」
なんで? 誰から送られて──
あ、いや。わかった。"外交官"か!
あー。しゃーない。着ます。
「納得頂けましたか」
散々、迷惑かけちゃったしね──
で他メンバーはどうするんだ?
「ワイは【八本脚運輸】代表として出席するやで。呼ばれてるんや」
タコ野郎がそこそこ楽しそうに呟いた。お前そういうの好きだもんな。
「あとは外征騎士である僕が出席させてもらう。侍従二人をお付として借りるぞ」
セドリックはアルマとヒルダを見ながら言った。
「僕はやる気がないので留守番です。機体整備でもしていますよ」
コテツは興味なさそうに言った。俺もそっちがいいな。
「あとグラハム卿はいろんな意味で出れませんし、出せません。大人しくしていてください」
コテツにそう言われたグラハムは無言で凄まじく不機嫌な顔をしていた。
腕を組みながら椅子の背もたれに身体を預け、納得がいっていないオーラをひしひしと伝えてくる。
いやうん。グラハムのバカは外交の場に出れないよな。
外征騎士としての資格が得られない理由は反乱だけでないらしい。
人格面において選民思想ゆえに差別意識が強いと判断されているとのことだ。
残当。
しかし、首都か。あまり行きたくないな。
あそこ、出入りのチェックが厳しくて面倒なんだよな。
「そもそも入ったことがあるというのが驚きなんだが、傭兵が入る理由は無いだろ」
セドリックが俺の発言に対して疑問を呟いた。
まぁ、なんというか、観光に?
コテツは俺のつぶやきを無視して、話を続けた。
「セドリック卿は外征騎士なので【エスクワイア】を持ち出しますが、他機は待機とします。
どうせ戦えないですしね。なのでちょうどいいタイミングですし各機整備しますね」
あんなところで戦うのはそもそも正気じゃないからな。
半分くらい休暇のつもりで行きますか~。
*
俺達は【バスティオン・キャリア】を首都へ向かわせた。
農業協働連合の移動農場群は首都を中心に円環状に配置されている。
時折、季節や災害に応じてその配置の変動はあるが、形状や範囲に変わりはない。
そこには切実かつ単純な理由があった。
──水。
荒野で農業を営む上で、何よりも代えがたい資源。
かつて水源である一つの湖を中心に人々は集い、過酷な荒野を生き延びるため協働の道を選んだ。それこそが農業協働連合の始まりである。
農場の大湖。
都市同盟圏内に存在する淡水の五割を占めるらしいと言われるほどの巨大な水塊。
動かすことのできぬこの湖を水源とし、その水を各地へ輸送することで農業は成立している。
そして幾度もの塔の落下、盗賊の襲撃、都市同盟間戦争、自然災害を経て──
首都は、最も防衛に適した形へと変貌した。
果てが見えないほどの広大な大湖、そしてそこに"浮かぶ"巨大な都市。
要塞街程の大きさでは無いとはいえ、その巨大さは圧巻とも言える姿をしていた。
湖上都市ヴァルノール。
農場の大湖の水面に浮かび、なお移動し続ける浮体リング型都市。
それは国土の大半を移動農場で賄う農業協働連合において──
最古にして最新、そして唯一の都市である。
*
僕こと騎士セドリックは、騎士の正装を纏って準備をしていた。
最近は戦闘服か【八本脚運輸】共用の作業ジャケットを着用していたから袖を通すのも久しぶりだ。
ここから先は【バスティオン・キャリア】を係留地に停止させ、船舶を借りてなければならない。
外征騎士である僕は鎧機を持っていくことが認められている。
最優先で整備させてもらった【エスクワイア】は万全だ。無様な姿を晒すことは無いだろう。
要塞街の騎士として、その勇姿を示すことは僕達にとっては義務とも言える。
主要メンバー不在の指揮や執務はグラハム兄さんが取ってくれている。問題は無いだろう。
不当な扱いをされているが優秀な騎士だ。兄さんに任せておけば何も心配することは無いだろう。
コテツさんの力を借りる必要は無い。
コテツさんは優秀な人材だ。
だが、権威で人を操るのには慣れていないし、あまり興味がなさそうだ。
彼は、僕より少し年上くらいの風貌だが、あの若さで出来ることが多すぎる。
機体整備、装備研究、経営、指揮、指導、作戦立案、そして戦闘。
ギアの操縦も十全に熟しており、僕の見立てでは上級傭兵級の実力を持っていると感じていた。
あの扱いづらい【グラスホッパー】で見事な空中制動をする姿に敗北感すら覚えた。
そしてかのタカメ女史に匹敵する圧倒的な狙撃能力。誰も外すと思っていないほどだ。
知識の幅も手広く深く、洞察力にも優れ行動も早い。
特に鎧機の整備を手早く終わらせたその手腕には、熟練の整備員の風格すら感じた。
装備やパーツの研究を片手間で行っているし、あの改良型竜型光熱砲は僕達ですら驚く完成度だ。これを空いた時間だけで作り上げているのは称賛に値するだろう。
これらの多芸さから、出来うる限りコテツさんに時間を作らせる風潮が出来ていた。
僕もコテツさんの時間を指揮に取らせるのが勿体ないと感じているほどの優秀さだ。
だから彼を自由にしておくほうが僕達としては一番利益になることなのだろう。
正直、嫉妬している。
男として負けてはならない。そのような余分なプライドが無性に騒ぐ。
余計なことを考えるな。
そう思えば思うほど、僕の閉じた思考はぐるぐると巡っていく。
彼は僕の事をなんとも思っていないだろう。好きでも嫌いでも無い雰囲気をしている。
コテツさんからしたら僕はただの同僚に過ぎない。
一年前の騒動でカラスの要望に答え、助けて貰っただけの関係である。
作戦の立案も彼がやってくれたらしい。僕からしたら感謝しなければならない人物の一人だ。
それを聞き、理由不明の悔しさと敗北感が僕を支配する。
今回はコテツさんが興味の無い舞台だ。
活躍しなければ。置いてかれる──いや。
"持っていかれる"。
僕は一度口出してしまった言葉に、ずっと支配され続けていた。
*
僕の準備はとっくに終わり、借り受けた船で湖上都市へ向かう時間だ。
カラスの準備が手間取っているらしい。非常に"らしく"ない。
苛立ったまま、僕はバカカラスが待っている部屋へと突撃していった。
「遅い! 早くしろバカガラス!」
僕は苛立ちを覚えたまま、扉をぶち開けた。
メイド二人が慌てて僕の前を塞ごうとしたが、僕はその姿を見た。
そこに、美しい令嬢が目の前に居た。
黒を基調とした美しいドレスを纏い、儚さの概念が現実に出現したかのような風貌をしていた。
金の髪を靡かせ、窓から差す月の光を浴びたその深窓の令嬢は幻想的とすら言える。
その小さく可愛らしい紅を引いた口が、ゆっくりと開き──
*
あ”? 呆けてどうしたセドリック。すまーん準備に手間取ったわ! 遅れてメンゴ☆
アルマとヒルダがやる気出しちゃってさぁ~。
いやー凄いだろ。さすが本職のメイド二人!
セッティングバッチシだぜ! この髪もカツラなんだけどさ──
──セドリック。何してんの? 柱に頭をガンガンと打ち付けて。どしたん話聞こか?
「僕は! 今! 自分の趣味の悪さに絶望しているところだ──! 邪魔しないでくれ──!」
お、おう。そうか。なんか大変そうだな。
置いておこう。
あー。ドレスも久々だな! よっしゃ行くかー!
農業協働連合のパーティは飯が美味いんだ!!!
拗れてる!




