68話:点火
大鬼の元へ着地した戦鬼は立ち止まり、戦況を俯瞰した。
遠くの戦いを眺め、爆発音と閃光だけが届く戦場を見ながら従属する部下へと告げた。
「我から離れろ。戦いの邪魔だ。我を【御使い】との戦いに専念させよ。
この争いにてその命を散らすことを許す。死してなおその勅命を果たせ」
ホブゴブリンたちは躊躇無く左右へと跳躍し、距離を取り、俺へと向けて大盾を構えた。
「愚図は邪魔者の参戦を阻止せよ。
同じく、ここで滅び朽ちることを許す。身体砕けようとも役目を全うせよ」
背後で待機していた虚巨人と、それの上に乗る小鬼型は増援を防ぐために動いた。戦闘が終わった他の面々との合流を阻止する動きをしている。
王の命令は、その生命に何も価値を感じていない発言だった。
しかし、己の存在をも完全に軽視した発言に、ゴブリンの三名は一切の迷いなく従った。
その挙動に恐怖も迷いも無く、考えて行動している、と言わんばかりの言葉の少なさだ。
勅命に従うことそのものが己の存在意義と言わんばかりの士気。精鋭だ。
ゴブリンの中でも非常に貴重な戦力達だろう。
だが、王は、部下三名と虚巨人を完全に使い潰すことを即決した。
王は、俺ひとりに対し、それに見合うだけの価値があると判断されたらしい。
ゆらりと、俺を見た。
王からは何も感じない。
静寂だ。
殺意も、敵意も。戦場で存在するべき知的生命体の意思を感じない。
いや、違う。俺は見誤っていた。
激情だ。
溢れすぎている激情が、あまりに巨大すぎて静かにすら見えた。
身体が興奮で震える。口元が引きつったかのように笑みが止まらない。
集中しろ。今から一瞬でも気を抜いたら瞬時に殺される。
起きろ、起きてくれ【クロスガード】。戦いだ、切り合いだ、殺し合いだ。
神経を研ぎ澄ました俺は意識を循環液に透過し、操作権限のすべてを即座に奪いに行った。
おお! 乙女よ! どうやら決死の戦いのようだ! ならば私との一切の問答は不要だ、思う存分すべてを使ってくれ! 相変わらず芝居がかってるな、ありがとよ。
よし。【クロスガード・ブレイズ】の四肢を反射的に動かせるレベルに"接続"できた。
「さあ、【御使い】よ」
おう、ゴブリンの王よ。
──殺し合おうか──
*
鎖を引き寄せ、陥没した地面から大棍棒を宙に浮かばせた戦鬼はこちらへと地面を低く跳躍し、駆けてきた。極端な前傾姿勢だ。
右手のショットキャノンを王の挙動範囲を狭める想定で連射する。
長物武装であるこれは、近づかれた以降は使用出来ないだろう。
前方へと降り注ぐ強力な散弾の雨を横へと大幅に跳躍して回避。かすりもせずにその攻撃を躱していく。
外した散弾が荒野の地面を破砕し、砂埃を盛大に撒き散らしていく。
そして、回避動作を試みるたびに手元にある鎖を引き寄せ、大棍棒を振り回して来た。
まるで意思があるかのように踊る大棍棒は戦鬼の歩みと逆の方向から俺へと襲いかかってきた。真横! どんな操作技術だ!
だが、いくら戦鬼の膂力が馬鹿みたいに強かろうと、遠心力が乗ってない一撃ならば【クロスガード・ブレイズ】の巨腕で容易く受け止められる。
大棍棒の重い一撃を手のひらで掴み、そのまま膂力勝負と言わんばかりにこちらも引き寄せながら射撃する。
機体重量も純粋出力もこちらのほうが圧倒的だ。
体勢を崩せたならば、そこに散弾をぶち込んで終いにしてやる。
しかし、戦鬼は鎖をたわませて、俺との綱引き合戦には応じなかった。
ショットキャノンの射撃間隔の隙間を縫うかのように、鎖を操作しながら距離を詰めてきた。
中距離射撃戦ではどちらも一切の有効打が無い。
あちらには射撃武器と投擲武器は無い。こちらの攻撃は命中しない。
だから、撃ち続けることで、少しでも消耗させるしか手は無い。
戦鬼は極めて単純な機体であり、そこまで防御力に優れた機体ではない。
耐久力は高いが、ショットキャノンの散弾一発でも重いダメージに直結する。
そして内臓武装も存在せず、武装の質からこちらのほうが明らかに有利な状況だ。
だが、その柔軟な四肢と、出力任せの脚力、俊敏な緩急のある動きで、そのすべてを回避してくる。
なんて反射神経だ。この砲撃の雨をすべて見きっているかのようなその挙動が、ゴブリンの王の前情報が真実であることを示していた。
通常、ゴブリンどもは理性がまるで存在しない。
全ての行動を本能だけで決定しており、恐ろしい野生の嗅覚だけで知的生命体を脅かしている。
しかし、ゴブリンの王だけは例外であり、失われた理性を再び獲得したのだと言われている。
そう、"理性を失わなかった"のではなく、"再び獲得した"のだ。
「滾るぞ」
戦鬼の目が嗤う。
強烈な野生の本能が、冷徹な理性と融合し、両立し運用されている。
中型サイズの戦鬼に対して、面攻撃をしているはずのショットキャノンの散弾は一撃も命中することはなく、近接の距離へと移行しようとしていた。
やはり射撃戦は無意味だったか。そもそも王に射撃攻撃が当たると誰も思っていない。
以前の戦争も、百機を超えるギアの飽和攻撃が前提だった。
塔の落下により戦列は崩れ、その戦術が取られることはなかったらしいが、王を狩るのはその領域の戦術が要求される。共連れだった大鬼が盾のみを構えていたのも、飽和攻撃を防ぐためだけに用意されていたのだろう。
王は"何か"が見えている。
そう思わせるだけの、異常な反射神経を目の当たりにしていた。
距離が近い。接近戦の邪魔になるショットキャノンを後方へと投げ捨てる。
大きく手を振りかぶった。【クロスガード・ブレイズ】の巨腕は、バイク形態の胴体部にあたり、【クロスガード】の半分ほどを覆うほどの大きさである。
俺の近接能力をもとに振りかぶられるそれを回避するのは困難だ。
大棍棒から手を離した。このタイミングならば回収する暇は無い!
ホイールを機動。こちらから接近してやるよ!
地面を砕き二筋の轍を記しながら、戦鬼へ急接近した。
接近の瞬間旋回し、遠心力のすべてを載せて、戦鬼を横に薙ぎ払う──!
距離もタイミングも完璧。回避は不可能──戦鬼のその姿を視認し直撃──
──衝撃がない──避けられた──!?
戦鬼は陽炎のように突如喪失した。
跳躍? いや、そのような挙動は見えなかった。
地面に伏せた? だが、目の前の地面には何もいない。
「愚鈍だな──」
【クロスガード・ブレイズ】の重心がブレた。機体負荷のアラートが鳴り響く。
振り抜いた巨腕へと負荷が掛かっていた。後ろ──!?
──嘘だろ──!?
片手で逆立ちするように戦鬼が”巨腕に乗っている”姿が見えた。
呆然としてしまったその隙を見逃さず、王はそのまま【クロスガード・ブレイズ】の腕を掴みながら、ひっくり返って地面へと重心を移動させた。
戦鬼が地面に着地すると同時に、【クロスガード・ブレイズ】の体勢が大きく崩れ、腕を中心に引き寄せられる。
そして重心移動と柔軟さ、そしてご自慢の膂力を載せて──【クロスガード・ブレイズ】をぶん投げた──
マジ──かよ──!
重量差を全く感じさせない投げによる急激な浮遊感。
赤い月の空が見える。
その直後に地面に激しく叩きつけられ、その衝撃がコックピットに伝わった。
がはっ──肺から空気が抜け、息が出来なくなる。頭が揺れ一瞬何も見えなくなった。
空白。
乙女よ! 逃げよ!
【クロスガード】が叫び、その声で俺の指が勝手に動いた。
鈍色の線が流星を連れてきた──
投げと同時に大棍棒を上空に持ち上げた追撃──!
脚部ホイールを全開!
凄まじい振動と共に大地を削り、機体を激しく擦らせながらその場から強引に離れた。
直後、俺達が居た地点に大棍棒が着弾。その衝撃でまたも爆発的に地面が割れ、石礫が装甲を叩いた。
「無様だな【御使い】──終いにしよう」
着弾とともに真上へと跳躍。
先程と同じように逆立ちするかのように大棍棒へと着地。掴み、跳ねるように回転。
膂力だけではなく、位置エネルギーと遠心力を最大限に載せて大棍棒を振りおろしてきた。
それは空気を引き裂く閃光のような一撃だった。
──この体勢での回避は不可能。右半身を捨てる、いや──殴り返せ!
右半身を捨てる覚悟をしたが、どうせ捨てるならばその巨腕で殴り返す。
増設シャードジェネレータの過剰エネルギーをそのまま右手に付与!
相変わらず原理は教えてもらってないが──ビームシールドを纏うような状況になるらしい。
不安定な機構で馬鹿みたいにエネルギーを使うために普段遣いはしないが、この状況ではその機構を思う存分使わせてもらう!
"燃えろ"【クロスガード・ブレイズ】!
──"点火"──
右巨腕は燃え盛る炎のようなエネルギーの奔流を纏った。
シャードブースターを起動。爆発的な瞬間推力によりせめて拳を振りかぶる隙間を得る。
そして襲いかかる大棍棒へ合わせて、殴りつけた。
衝撃波が爆発した。
その衝撃波により、互いが激しく弾き飛ばされ、距離を離すことに成功した。
戦鬼の大棍棒の一撃で、右巨腕は肘部分まで完全に砕けた。
それどころか、内部の【クロスガード】まで届き、流れ出る赤い循環液が止まらないほどの深刻なダメージを受けている。
だが、今の一撃はどうやら無駄ではなかったらしい。
大棍棒そのものは無事らしいが、戦鬼の所々の装甲に破損が見られる。
出血に至っていないため、まだ戦闘能力に陰りは見えないだろうが、それでも一方的に殴られるよりは遥かにマシな状況だ。
そもそも操作速度が上がってなければ出来ない反撃だった。ありがとう【クロスガード】。
「ふん。機構による反撃とは興ざめよな。その程度か【御使い】」
埃を払いながら、大棍棒を背負い直し、王はこちらを一瞥した。
──さっきから【御使い】だのうるせえな。人違いだって言ってんだろうがよ。
「我が間違うはずは無い。いや──そういうことか──」
──いや、うん? 勝手に納得しないでいただけますかね。
「我は貴様を殺さねばならぬ。弱いまま、理解せぬまま朽ちよ」
王はそう言い切り、会話を断ち切った。
何か喋るならまともに対話してくんねぇかな。
ま、いい。互いに相容れぬ存在なんだ。
状況は最悪だが、まだやれる手はある。
あとはどれだけ勝ち筋を引き寄せられるかに掛かっている、な。
遅くなりました。
最近本当に投稿ペースが落ちてますが、3~4日間程度で投稿するつもりではあります。お付き合いください。
トロールが強いのではなくて、王が馬鹿みたいに強いのが戦力評価の理由。
この強さの理由は具体的に言うと阿頼耶識と超兵が偶然合わさっちゃった何かっぽいものです。
こんな化け物の数が少ない理由は大半は理性がなくなるのと、途中で死にまくるのと、すぐ寿命が尽きるからです。




