7話:限界
「カラスさん、このギア、駄目です。フレームに歪みが出ていて、ジェネレータも一部破損しています。最低でも全部解体してのオーバーホールが必要ですね」
帰還の途上、カーゴキャリアのハンガー内で、馴染みの整備士であるコテツに、そう告げられた。【オンボロ】の整備のためにわざわざ呼び出したこいつは、若いが無駄口を叩かないし腕はいい。その見立てに疑問を挟むことはなかった。
ハンガーは吹き抜け構造で、両側の格子床が上下二層に分かれていた。
中央には整備用リフトと旋回アーム、多数の修理作業用のライトフレームがあり、最大で鎧機とギアを合計五機の収容が可能だ。
通路には工具や弾薬が所狭しと積まれ、床下の格子にはジェネレータから伸びたエネルギーパイプが這うように通っていた。
照明は薄暗く、鉄骨構造の隙間から漏れる蒸気が熱気を孕み、空気を重く滞留させていた。
整備油の苦い香りと湿潤なぬるい淀んだ空気は、嫌が応にも塔の中の戦いを想起させる匂いをしていた。
あのドラゴンのテイルスイングが、おそらく致命傷だったのだろう。
思えば、あのとき弾き飛ばされた衝撃はそれほどでもなかったはずだが、【オンボロ】のブースターは沈黙し、操作系も応答しなかった。
ギアは頑丈だ。正確にはコアフィールドのおかげか、動作不能になるほどの損傷でも、辛うじて動き続けることができる。だが今回は難しいだろう。【オンボロ】はもはや限界だ。
突然機能停止してもおかしくない。
──ここまでか。
長い間、ボロボロの状態で本当によく頑張ってくれた。
*
医務室は狭く、必要最低限の設備に絞られていた。
壁際に並ぶ二基の治療ポッドには、循環液と神経調整装置が備えられていた。
これは筋反応を補助するためのもので、戦場での即時治療を前提にした構造だ。
医療設備は、塔の技術の中でもとくに高度な恩恵を受けている分野のひとつであり、いまだ不明点も多い。これも塔の内部に存在していたものを流用したのだろう。
半透明のカプセルには生命維持を示す赤い表示が点灯しており、タコ野郎は優雅にその中に浮かびながら揺蕩っていた。
室内には常駐の衛生士と、応急の義肢補助手術を担うオートメディックが一機。
野戦基地よりは遥かにマシだが、なかなか快適とはほど遠い空間だ。
今回回収したシャードクリスタルは、俺のものにした。
タコ野郎とは今回報酬のクレジットを折半せず、シャードクリスタルを譲ってもらう代わりに相応のクレジットを支払うという形で交渉が成立している。
機体を組み直す必要がある俺にとっては、シャードクリスタルの現物のほうが都合がいい。
機体を組み直すにはシャードクリスタルが必須だ。市場で探すと高くつくし、質も保証できない。手元に現物があるのは何より安心だ。
いまオンボロに組み込んであるシャードクリスタルはジェネレータの取り外しから始めなければならず、それよりかは今回の高品質なシャードクリスタルでジェネレータから作成した方が早い。
タコ野郎はケチで強欲だが、同僚には公正だ。
死線を共に越えた相手から、むしり取るようなことはしない。
お互いが納得できる金額──小数点まで詰めた計算を提示してきたのには流石に呆れたが、最終的には俺が譲歩する形で、きっちりと遺恨のない金額に落ち着かせてくれた。
治療ポッドの中でもタコ野郎は端末を操り、触手で帳簿を叩いていた。口元が妙にニヤついている。
「ふふふ、計算通りや!予想をちょびっと上回る利益やで!」
――あれだけの戦果とボーナスを得たのに、まだそんな反応か。
ドラゴンは、塔の外に出れば危険度が跳ね上がる。
可能な限り内部で討伐するのが原則であり、確認された場合その塔は最優先で討伐対象と見なされ、都市は採算度外視で部隊を投入する。
それを、俺とタコ野郎の二機で仕留めた。報酬も破格になるはずだが―――。
それでもこのテンション。いったい、どこにクレジットを溶かしてるんだか。
*
治療後、暇を持て余した俺はハンガーに籠もっていた。溶接の火花が時折閃き、鉄と油の匂い、そして循環液が蒸発する空気で、空間を満たしていた。ギアたちは、まだ戦場の匂いを纏っている。
骨折なんぞ放っておいても一週間ほどで治るが、治療ポッドに一日浸かったおかげで身体は完璧だ。
髪を結ってタンクトップと少しダボついた作業ズボン。
ベルトに使い古した工具入れポーチと作業用手袋を着用した以外は、普段とあまり変わらない服だ。
このハンガーのクソ暑い環境で着込むつもりはないし、整備員たちに混じっていれば自然と作業の流れに加われる。これ作業員枠で給料発生しないかな。
もう駄目になった【オンボロ】に手を当てて少し静かに目を瞑る。
【オンボロ】とは思えば長い付き合いだ。すぐに乗り換えるつもりが長い間寄り添う事となっていた。
外装は兎も角、内装の充実ぶりを考えれば【オンボロ】という名前は似つかわしくない。
それでも、傭兵だった親父から受け継いだ名前だったため惰性で使い続けていただけだった。
もはやあのときに使用していたパーツは一割もないだろう。壊れるたびに修理してきた。
愛着というものはあるが、それに拘る理由も最早無い。
各種ボルトを外したとき【オンボロ】は静かに軋んだ声を放った。
しかし不快な金属音は一度も響かなかった。
【オンボロ】からは重力制御ユニットとレーザーチェーンソー、そして脚部展開式ローラーを再度使用するため取り外すと決めた。
レーザーチェーンソーは、あのテイルスイングの直撃時にも起動状態だったため斥力が発生していたのか破損はほぼ無い。
適当な整備だけで再使用可能と判明している。相変わらず、異様なまでの堅牢さを誇る武器だ。
俺が光熱剣ではなく、このレーザーチェーンソーを愛用している理由も、まさにこの蛮用に耐える頑丈さにある。
一通りの武装取り外しが終わり、あとは内部の重力制御ユニットだけになったあたりでコテツに声をかけられた。
「カラスさん、ライトフレーム動かしてこっちをちょっと手伝ってください。あとで【オンボロ】の方も見ますんで」
コテツの気に入ってるところは性格が几帳面で穏やかなのに、俺の扱いが適度に雑なところだ。仕方がねぇな。工具も寄越せ。おい、投げんな危ねぇだろ。
「慣れてるもんで。あと、こんなものカラスさんに当たるわけ無いでしょ」
こちらを一切見ずに平然と言いのけた。親方の悪い影響が出てるな、ちょっと矯正せんとな。そりゃ銃弾くらいの速度なら撃たれてからでも簡単に避けれるけどな、工具はもう少し丁寧に扱え。
整備班は現在、防衛戦力の補填として整備用のライトフレームを俺含めて総動員して【キャタピラ脚】の修理をしていた。
無限軌道の履帯と、焼失した腕部の取り付け作業、肩の装備の取り付けが進められている。
今回の腕部は、ドラゴンから取り外した部品を流用していた。
ギアはスクラップの装備を大部分流用できる。
戦闘中だろうと破損した箇所をスクラップの部品で補填できるとすら言われるほど互換性があるらしい。流石にそこまでのことはやったことは無いが、落ちていた武器を拾って使用したことはあるし、循環液の”輸血”なんかは頻繁に行っている。
つぎはぎ的な処置ではあるが、ドラゴンの腕部はギアに載せられる限界に近い寸法で、なんとか形になっている。
【ハルバード】の整備を行う予定だったため、戦鎧用の大型肩用ジョイントが存在していたのが功を奏したのだろう。
確かに騎士の機体の中にはドラゴンを模した機体も多く存在する。
ドラゴンのパーツを流用するのは”騎士の誇り”とも言うべきか。
それでもかなり大型のパーツであることには変わりなく、重量的に積載量に余裕がある【キャタピラ脚】だから搭載できたと見るべきだ。
【オンボロ】では重すぎて確実に機動性が低下するだろう。
少し無理な装備ではあるかもしれないが、仮装備としては十分だ。
タコ野郎も「タダならなんでもええで!」と上機嫌だったし、特に腕部にこだわりはないらしい。
コテツが食事を持ってきてくれたのでそれを食べながら整備を続ける。
カーゴキャリアの食堂へと赴く気はあまりない。
傭兵があんなところに居ても邪魔なだけだろう。
油まみれの手と顔をタオルで拭って、パンと様々な具材を挟んだ食事を食べる。
今日の具材は豆類のペーストや、卵や蛇肉、ロブリャの肉、あまり新鮮さの無い葉野菜を調味料で整えたものになる。
ところで単純な料理だが”パンと具材を挟んだもの”の正式名称は無いらしい。
何か貴族の間で恐ろしい権利上の戦いがあったらしく名前がすごくふわっとしている。
似たようなもので、タコ野郎がベイクドなんとかという料理名の派閥争いで戦争が起きた話をしたな。タコ野郎は強固な主張をしていたが正直忘れた。
料理の名前なんてどうでもいいだろうに。みんな暇なんだな。
さて、武装は、ドラゴンが使用していたオートキャノンがそのまま装備された。
反動の強い武器だが、【キャタピラ脚】の無限軌道式脚部ならば、問題なく扱えるはずだ。
あのケチなタコ野郎が、実弾兵器にこだわる理由は未だに不明だ。
シャードジェネレータのエネルギーで賄えるレーザー兵器の方が、弾薬費もかからず理にかなっているはずだが――
もしかすると、過去に何か痛い目にでも遭ったのか、それともただの主義なのか。
タコ野郎が好んで使う戦術からすると、フレイムスローワーを筆頭に範囲攻撃を重視しているような節がある。タコ野郎は近接戦の小型相手が苦手なのかもしれない。
となると肩武装は兎も角、手持ちのレーザー兵器は搭載する理由が薄いと感じた。
いや、待て。あいつは鉄板料理が好きだったな。――真相はもっと単純かもしれない――
いずれにせよ、タコ野郎がカーゴキャリアの治療ポッドから出てくるまでの間に襲撃が来ないことを祈ろう。
*
「小鬼種族の集団の接近を検知した。カラス君にも出て貰いたい」
祈りは届かなかった。
俺はヴァレリアン卿と医療ポッドに沈んでいるタコ野郎を挟んで状況の説明を聞いていた。
ヴァレリアン卿からの報告によると、戦争中のゴブリンの一派が孤立しているカーゴキャリアを狙っているらしい。
ゴブリンは要塞街にも住んでいる人型種族である。
あいつらの特徴は、やたら多産で、寿命が短く、そしてひたすら考えなしというところだ。
要塞街に住んでいるようなゴブリンは手先の器用さで安い技術屋として重宝されており、洒落が利いた気の良い奴らであるが、荒野で暮らしているような阿呆共はだいたい盗賊として生活をしている。
ジャンクタワーに住み着いたり、カーゴキャリアを襲撃し略奪したそれに乗って暮らしている。
やつらは凶暴で、数が多く、そして死を恐れない。
いや、自分が死ぬことなど考えもしないだろう。
現在戦争中のやつらはギア未満の機体群であるライトフレームを使用して襲いかかってくる。
―――ライトフレーム。
俺としては一番馴染みがある言葉がこれなのだが、傭兵たちからは「ブリキ」だとか「フットマン」だとか言われる機体たちだ。
シャードジェネレータが搭載されていないギアに近いものが大体これに当てはまる。今ハンガーで動かしている修理用の機材や回収班が使用している機体も半分ほどはライトフレームに分類されるだろう。
ほぼ全ての性能においてギアに劣る機体達であるが、性能が限定したものしか要求されない事柄において専用に調整されたものが多用されていた。
騎士団としても街の防衛に砲撃専門のライトフレームを用い、スクラップや戦争に対抗する手段として利用していて、弾数を水増ししていたりもする。
カーゴキャリアでもライトフレームは各所の防衛用砲撃機体として搭載されていて、歩行に関してはギアに全く及ばないが命中精度に関しては近接機体が遠距離砲撃をする程度の命中精度を持っている。つまり戦力としてはだいぶ心もとない機体だ。
ゴブリンたちはこのライトフレーム――ゴブリン達の言葉だと「ロバ」だったか――それを大量に動員して戦争を繰り広げている。
一機ごとの性能はお粗末なものであるが、数だけは非常に多いゴブリンだ。充分驚異になる。
ライトフレームにはシャードジェネレータが搭載されていないため、当然コアフィールドはなく、まともな攻撃が当たれば搭乗員ごと爆散する危険極まりない代物であり、防衛戦で使うのでなければ正気を失っているゴブリンくらいしかこのような運用はしないだろう。
さて、俺の【オンボロ】はすでに動かせない。
動かすことそのものはできるが、重力制御ユニットとレーザーチェーンソー、ついでに展開式ローラーも取り外し終わった状況だ。まともな戦闘力を期待してはならない。
修理班としても【キャタピラ脚】を優先しているのは自明だった、【オンボロ】の状況はすでに騎士サマにも共有されている。
機体はどうするんだ、と問いたところで、タコ野郎から【キャタピラ脚】を使用する許可を貰えているらしい。
タコ野郎は想定より重症だ。出撃はできない。
実は内蔵あたりまで負傷していたらしいが、その状態で医療キットの消耗を嫌い治療をしなかったとは、やはりあいつは頭のネジが数本飛んでいる。
しかし、傭兵にとっての商売道具であるギアを軽々と貸し出すとは早々あるものではない。
貸してくれという騎士サマもそうだが、貸し出したタコ野郎も中々剛毅な判断をしたものだ。
――傷つけてオシャカにしてしまっても弁償はできんぞ。
一瞬の沈黙のあと、タコ野郎はごく自然な声で言った。
「カラスはんなら上手く使うやろ」
その淡々とした信頼に、少しだけ言葉が詰まり身体が止まった。
「ま、ワイの方は寝てるだけでクレジットが貰える!カラスはんも戦ってクレジットが貰える!一石二鳥やん?」
──なるほど、レンタルという名の商売か。
しかも、レンタル代はヴァレリアン卿からきっちりせしめたらしい。
寝ていたとしても稼ぐ気があるらしい。凄まじい金銭欲だ。見習いたくはない。
ここはタコ野郎の信頼に答えよう。出撃の依頼を喜んで承諾することにした。
騎士サマは破顔した。
「依頼承諾感謝する。【ハルバード】一機だけでは心許なくてね」
――数十機程度、【ハルバード】だけで殲滅出来るだろう。
しかし、おそらく数は30機を超えると言う。
ライトフレームといえどそれだけの機体がカーゴキャリアを一直線に目指してくるなら護りきれない可能性も考慮しなければならない。
ゴブリンはカーゴキャリアが大好きだ。果てしない荒野で繁殖しながら動き回るには最適の”脚”だからなのだろう。
今回の戦争においてゴブリンは10隻近くのカーゴキャリアを運用していると聞く。もう一台、奪おうとしても一切疑問に思うことは無い。
俺はそう思いつつ、作戦の打ち合わせをしようと話を進めようとした。
しかしタコ野郎が医療ポッドから頼み事をしてきた。
「ただ、カラスはん。1つだけ条件があるんやけどええか?」
俺に出来ることならなんでも言ってくれ。今なら聞ける。
「機体名呼んで出撃して欲しいんや!」
――よし。この話は、無かったことにしてくれ。




