6話:帰投
「赤字には! 赤字にはならん計算や!!」
俺たちは多少の出血と骨折、火傷もあるが、死に至るほどには負傷していなかった。
コアフィールドがなければ、タコ野郎など消し炭になっていたとしてもおかしくない。
ギアの防御力に感謝しつつ、これから行動するために最低でも移動可能なまでには応急修理を済ませた。
俺達の通信装置ではジャンクタワー内で、外部との通信を行うことはできない。
最低でもどちらかのギアは動ける状態にしておかなければ、脱出すらままならないこととなる。
タコ野郎は、自身の治療や修理すらせず金勘定に夢中だ。
あの金への情熱は、一体どこから来てどこへ向かうのか。
その行く先を俺は見ることができるだろうか――
少し哲学的な気分になりかけていたが、門番であるドラゴンを撃破したことで、ジャンクタワーの最奥へ続く“門”が、ゆっくりと開き始めた。
この先にある中枢ユニットのシャードクリスタルを回収すれば、このジャンクタワーの稼働は止まるはずだ。応急処置でどうにかなっている今の状況でも、下層から小型スクラップが湧いてくる可能性が否定できない。長居する理由はない。さっさと回収して終わらせるのが得策だ。
俺とタコ野郎は、門の向こう──廃棄塔制御室へと踏み込んだ。
そこは静寂に包まれていた。
制御室の奥にはシャードクリスタル以外何もなかった。
傷一つない床と壁、稼働の止まった操作盤、壁を這うケーブルも脈動を止めている。
あれほどまでに騒がしかった戦闘の余韻も感じさせないほどに、空間は沈黙し、冷たく乾いた空気が満ちていた。
まるで生きていた塔が、心臓を止められるのを待っているようだった。
暗がりの先には──脈動するように微かに光を放つシャードクリスタルが、ゆっくりと浮かび漂いながら存在を主張していた。
大きく、美しい。間違いなく最上品のシャードクリスタルだろう。
俺は確信した。
――ハズレか――
ここまでの知性を持ち、短期間でドラゴンを製造したこのジャンクタワー。
そのコアは、もしかしたら、と思ったが――
俺は、一度も見たことも無いものを探している。
それはジャンクタワーの中枢施設に存在すると聞いたが、いままでシャードクリスタル以外のものを見たことは無い。
傭兵の噂話ですら聞かないものだ、そう簡単に見つかることはないだろう。
気持ちを切り替える。成すべきことを成せ。
透明の核のシャードクリスタルは脈打つように青い光を帯びていた。
シャードクリスタルを回収すればジャンクタワーの機能は停止する。
【オンボロ】に残された左腕でシャードクリスタルを慎重につかむ。
シャードクリスタルの鼓動が止まり、光が収束した。
廃棄塔全体が微かに震え、その機能を停止した。
*
ジャンクタワーの外は静まり返っていた。
塔の中枢を担っていたシャードクリスタルが失われたことで、統制を失ったスクラップどもは制御を断たれ、知性のないまま荒野に散っていった。
タコ野郎は塔内では負傷具合を隠していた。
なんと、触手の腕が二本ほど千切れているほどであり、かなりの重傷だった。
放っておけば再生するとは言っていたが、なるべく早くカーゴキャリアの治療ポッドに叩き込みたいところだ。しかしタコ野郎を問い詰めねばなるまい。
――なぜ負傷を隠していた。俺はそう問いただした。
するとタコ野郎は平然とほざいた。
「だって治療キット消耗するやん???これから治療ポッド乗れるのに無駄やん???」
あまりにも気合が入りすぎた"ケチ"さに俺は愕然とした。
思えばこいつは【キャタピラ脚】が動くからという理由で修理すら怠っている――!
――俺は【キャタピラ脚】からタコ野郎を引きずり出し実力行使で治療をした。
――タコ野郎は無力だった。
――タコ野郎の慟哭が荒野に虚しく響いたが、治療は無事完了した。
*
【キャタピラ脚】の通信装置を用いカーゴキャリアと連絡を取った。
レーダーを喪失した【キャタピラ脚】だがそれでも【オンボロ】より通信能力が優秀だった。
そもそも【オンボロ】は短距離向けの特化調整をしている。
大抵の機体は【オンボロ】より優秀だろう。
塔の外壁にギアの背を預けながら、俺は【オンボロ】の傷を確かめ、タコ野郎は横になってぶつぶつと文句をいいながら再生中の触手を観察していた。
たっぷりと半日以上も時間を掛け、カーゴキャリアの巨影がその姿を現した。
地平線の向こうから迫る鉄塊は、大地を抉りながら滑る巨大な箱のようだった。
十数基の無限軌道脚に支えられ、その背に積まれたモジュール群は、まるでひとつの小さな街を内包しているかのように見える。
その城壁のような装甲は、中の人々を守ると同時に、荒野をさ迷う頼りなさすら漂わせ、 荘厳な威圧感と独特の寂寥感を同時に放っていた。
――カーゴキャリア。
荒野や砂漠を難なく走破する、大型移動拠点である。
鋼鉄の直線的な構造の上には、広い観測台、対空電磁砲塔、格納式アンテナが設けられており、
常に誰かに監視されているような視線の圧を感じさせた。
航行中は、地熱を利用した排気蒸気が背面の通風孔から絶え間なく噴き上がり、
機体全体が熱気と音に包まれる。
主動力源は中型のシャードジェネレータ。砲塔や防壁、センサー群に至るまですべてがこのジェネレータによって稼働している。
本来は交易・物資輸送を目的に開発されたもので、都市間の長距離航行にも対応している。だが構造自体が分厚い遮蔽装甲を備え、内部には複数のギアを搭載可能なハンガーを有するため、いざという時にはスクラップや他勢力への“移動型前線基地”としても運用可能だ。
今回は一番小型のものを運用しているということだが、それでもギアの五機は運用できるだろう。
現在、要塞街は戦争をしている。
散発的な小鬼種族との戦いは継続しており、ギアの大半はそちらに割かれていた。
その中で唯一、カーゴキャリアを護衛するために残された一機――騎士の戦鎧が、未だ傷一つない鋼の躯体を保ったままカーゴキャリアの上に鎮座していた。
その機体──【ハルバード】は、二脚式としては最重量級の大型機である。
中量級の【オンボロ】と比べると二回りほどサイズが大きく、重厚な装甲と各所の大型ブースターにより立っているだけでも威圧感と偉容を感じるほどだ。
主武装にブーストランサーと重ヘビーショットガン、さらに肩部にレールランチャーとデュアルグレネードを装備し、出力は高品質なシャードジェネレータを三機も内蔵している。
胴体部にジェネレータを三機も搭載しているせいで、胸から背面にかけて大型化しているが、それに応じて脚部や腕部を含めて全てを大型のパーツで構成している。
その装甲は滑らかな曲線を描いた鎧のようで、堅牢さを形に現したようだ。
攻防・遠近すべてにおいて高水準を誇り、まさに“騎士に相応しい”とされるギア――いいや戦鎧だ。
正直、こいつが攻略に参加してくれていれば、ドラゴンとの戦いは遥かに楽だっただろう。
――まあ、騎士サマがここまで出張ってくれただけかなりマシだ。
「ご苦労! 貴卿らの活躍は通信で耳にしている!」
【ハルバード】の機体の肩部に立っている、白い軍服を着込んだ騎士が高らかに声を張る。
肩までかかる髪を整え、やたらと堂々とした立ち振る舞いだ。だが不思議と嫌味はなく、傭兵の俺たちにも対等な目線を向けている。
――ヴァレリアン卿、要塞街の騎士の一人だ。
騎士──それは国家や要塞街といった権力構造に属する、正規軍のギア乗りたちを指す呼称だ。
彼らは“騎士”らしく、ギアを戦鎧と呼ぶ。
俺たちのような傭兵が「ギア」だの「AG」だのと呼ぶのは、無粋だというわけだ。
今回カーゴキャリアの運用を許し、俺たちを支援してくれた。
要塞街の騎士の中でもかなり“まともな”騎士のひとりだった。
戦争中でクレジットを出し渋る要塞街との交渉を一人でまとめあげ、今回の調査費用を出してくれた事実上の雇い主にもなる。
「卿らのジャンクタワー攻略およびドラゴン撃破の功績は大きい。
我々はそれを高く評価している。よって特別報酬が発生した!額を期待してゆっくり休んでくれたまえ!」
「うおおおおおおおおぉぉ!!」
タコ野郎が、まるで臓物を捻られたかのような奇声を上げて跳ねた。喜び方の音圧がすごい。
騎士サマ――俺はヴァレリアン卿のことを勝手に騎士サマと呼んでいる――は作業員たちに指示を出し、停止したジャンクタワーの解体を指示し始めた。
カーゴキャリアには解体作業をする作業員が数十人の規模で乗っており、作業用のライトフレームも搭載されていた。
騎士サマは塔内に残っている可能性があるスクラップに対処すべく【ハルバード】に搭乗し、現場で解体指揮をした。
荒くれが多い作業員達は傭兵達に近い立場であり明確には配下ではなく、騎士サマに正式な指揮権はない。
騎士サマがやる仕事かと言われると少し疑問に思うが、ここまで同行してくれた騎士サマに従わないものは居ない。
ヴァレリアン卿は傭兵達の間でも信用がおけると人気がある騎士だ。
決断力に優れ勇猛さや"高貴な"振る舞いも、そしてその強さも充分なものだ。
しかし何故今回の戦争に参加していないのか、それを考えると――やめておこう――
俺は考えを打ち切り、作業員の声を聞きながらジャンクタワーを見上げ直した。
ジャンクタワーは、中枢ユニットのシャードクリスタルを失えば著しく脆くなる。
学者達の説ではシャードクリスタルが塔全体にコアフィールドを展開し、施設そのものの自己修復や強度維持を担っていたのだろう。
つまり、今の塔はただの抜け殻だ。
要塞街はこれを資源として再利用するため、重要部品の回収に乗り出してきた。というわけだ。
これ以上は騎士サマに全部任せればいい。
踵を返し、俺とタコ野郎は任務の引き継ぎを終えた。
重傷のタコ野郎は担架で運ばれ治療ポッドへ強制搬送された。当然だろう。
肋骨あたりが折れていると感じている俺も後に続く。
俺からすれば1週間も放置していれば治るが、治療ポッドが使えるのならばそれに越したことはない。
コックピットから【オンボロ】の残された左腕を伝い、ジャンクタワーの中枢ユニットであったシャードクリスタルを撫でながら降りる。
ほんの少し痛む身体を伸ばしながら、俺は無言で治療用ポッドへと足を運ぶ。
──これにてミッションは完了。当分の間は寝るとしよう。




