4話:門番
ジャンクタワーを統括する頭脳である中枢核の前には、門──ギアがそのまま通過できるほどの巨大な扉が設置されている。
これは通常の火器では破壊できず、専用の工作機か、塔に設定された解除プロトコルを用いなければ開くことはない。
そして、そうした門の前には必ずといっていいほど、門番と呼ばれる大型機が陣取っている。
今回も例外ではなかった。
ずしん。一歩、その足を動かすだけで塔が揺れる。ぱらぱらと、塔の結合部から塵が舞う。
塔が襲撃されているのは理解しているらしい。警戒心を強めているそのスクラップは、門の前の広間を忙しなく歩き回っていた。
門前に存在したそれは、一機の巨体。俺たちのギアの二倍──いや、三倍近いサイズを持つ二足歩行の爬虫類の形状をした大型スクラップであった。
長い尾を振り、機動性に優れた挙動を見せながら、全身に複数の大型火砲を抱えたその姿──
傭兵たちの間ではドラゴンと呼ばれている個体だ。
巨躯から繰り出される純粋な質量攻撃と複数箇所から放たれる高火力の砲撃。全てを薙ぎ払う一撃必殺の超火力。堅牢な防御力。サイズに見合わぬ俊敏性を兼ね備え、どれを取っても、一対一ではまず勝ち目のない相手だ。
複数機での連携が前提となる強敵──それがドラゴン。
本来このレベルのスクラップが製造されるのは“十年以上放置された”老朽化したジャンクタワーに限られる。
今回の塔は、落下してからまだ二週間しか経っていないはずだ。
ドラゴンは二週間程度で存在するべき個体ではない。
それなのに、このタイミングでドラゴンが門番を張っているとは――
状況を考察する内容として、下層で集められていた残骸や中層のいくつかの箇所に、既に稼働を終えたであろうスクラップの残骸があった。それが偶然収集できたのかは定かでないが、ある程度周囲の情報を手に入れている可能性もある。知能の獲得が早い理由は一応それで説明出来る。
中枢核が高性能な個体で、かつ情報収集の時間を短縮出来たとしても、短期間で大型機の構築までやってのけた。
小型機を量産しての活動開始よりも優先してドラゴンを製造した可能性がある。
やはりジャンクタワーの中枢核の知性が高い。
これまで能力の高い中枢核を抱えるジャンクタワーを放置して撤退すれば、次は強化された門と、さらに増えたスクラップどもが待っている。
さらに攻略に失敗したまま中枢核が製造を続けた場合、このドラゴンを量産される可能性がある。
その結果、増えた先にあるのは、要塞街の壊滅だ。
しかし、観察したところ、このドラゴンもおそらく急造だろう。
ドラゴンの状態は完璧では無い。
少なくとも特徴的な背面ユニットは確実に接続されていない。
つまり、外部に出す装備は整えられていないことが確認できた。
同時に、エネルギーも循環液に保有しているものだけだろう。
ならば、充分に付け入る要素はあるようだ。
こちらの増援は居ない。
すぐに動かせるギアはカーゴキャリアを守るために後方支援に回っている一機のみ。
しかし彼は立場の問題で塔の攻略への参加は難しいだろう。
現地戦力は俺とタコ野郎の二機だけであり、放置するには中枢核の危険度が高く、早急に処理する必要がある。
──どう転んでも、ここで叩くしかない。ハードな戦いになるな。
逃げる選択肢は、存在しない。
後退は、中枢核に時間を与えるだけだ。
あいつが製造を続ければ、次に来るのはこの何倍もの地獄だ。
都市が割れる。人が焼かれる。
いつか見たその光景を、決して再現してはならない。
成すべきことを成せ。俺はこの状況の前にして、戦うという選択をする。
だが、それにはタコ野郎の協力が必須となる。
俺はタコ野郎に声をかけようとした──が。
「ドラゴンを狩ればクレジットもたんまりやな! 腕が鳴るでぇ!」
呑気な声が通信に割り込んできた。凄いな。その貪欲さにはもはや尊敬すら覚える。
タコ野郎の火力が必要なのは間違いない。
あいつの【キャタピラ脚】に搭載された主砲は、このドラゴンにも確実に通じる。
そしてタコ野郎は俺がここで撤退を選ぶような腰抜けとは全く思っていないらしい。
その期待に応えなければなるまい。
――俺は【オンボロ】を戦闘モードへと切り替え、合図を送った。
*
【キャタピラ脚】のグレネードランチャーが咆哮を上げた瞬間を合図とした。
俺は【オンボロ】の背面ブースターを最大出力に切り替え、足裏に搭載された補助ローラーを駆動。地面を滑るようにして一気にドラゴンへと肉薄する。
ドラゴンはグレネードランチャーの直撃にも怯まず、接近してくる【オンボロ】に対して容赦なく砲撃を開始した。
一般的なドラゴンの火器構成は、両腕・両肩の計四門の多連装機関砲ーーオートキャノンと呼ばれているーー、加えて口内の光熱砲を加えた合計五門。
この重装備の火力を正面から受け止められるギアなど存在しないだろう。
両腕両肩のオートキャノンがその砲身を回転させ、低い唸り声をあげながら一斉に火を吹き上げた。その重い弾幕は、直撃を許せばコアフィールドを容易く貫通し、一瞬で装甲ごとギアを蜂の巣にしてしまう。
コアフィールドの防御には複数段階あり、シャードジェネレータに近いほど防御力が増す。装甲に被弾する前、被弾した後、コックピットまで貫通した後と段階的に攻撃を防御して、その威力を減衰してくれる。また、誘爆を抑えてくれたり機体の負荷も軽減してくれる万能さを有している。
しかし、この威力の元では表面の防御など容易く貫通し、コックピットまで簡単に届いてしまうだろう。直撃をもらうわけには行かない。
──だが、この攻撃は俺にとっては想定済みの挙動だ。
この初動の数秒間、俺の役割は「囮」だ。タコ野郎と打ち合わせしたことはない。
しかし火力担当と機動担当の役割分担は自明だった。
俺は即座に脚部の展開式ローラーとブースターを駆使し、オートキャノンの砲火を掻い潜りながらドラゴンの周囲を弧を描くように左旋回する。
頑丈な塔の内壁すら容易く穴だらけにする砲弾の雨が、数発ほど機体を掠める。
しかし短時間なら、コアフィールドによる緩衝が機能する。
装甲の一部が破砕する音と衝撃が響いたが、脚部は無傷。
被弾したのはショットガンを持つ右腕部の装甲だけで、戦闘には支障はない。
一方で、タコ野郎の【キャタピラ脚】が通路の死角を巧みに使いながら、グレネードランチャーとハンドグレネードを的確に撃ち込んでいく。グレネードランチャーの威力は過剰すぎて小型には向かないが、あの爆発と延焼効果は、巨体のドラゴン相手には効果的だ。炎上する巨体──直接の損傷は軽微だが、継続的な延焼は確実に装甲を溶かし、循環液を蒸発させ、内装へのダメージとして"体力"を削る。
【オンボロ】のショットガンは牽制に近い。
回避を優先しているため、精密な射撃は不可能だ。
精密な射撃を優先するのならば脚を止めてでも狙って撃ちたい。
しかし現状では一瞬でも直撃を受け続ければ、容易く戦闘不能になりえる。
この瞬間にそのような大きなリスクを背負ってでも、防御を無視した攻撃をしなければならない理由はない。
だが、大きく被弾した場合、最低でも右腕が使えなくなり射撃を失うだろう。
どのように戦況が変わるか分からない現状では、正確でなくとも有効な射撃であるショットガンの攻撃をばら撒き続けることで、ドラゴンの装甲を削り循環液の”出血”を狙う。
それで十分だ。
切り札はあくまで左腕のレーザーチェーンソー。
それを最大限に活かすため、俺は旋回方向を意図的に左周りを選択し、常にドラゴンの右側面に対して機体を向け続ける。
──正面に立ってはならない。そして、背後には絶対に回ってはいけない。
ドラゴンの背部攻撃──あの“尾”を喰らったら、それは死を意味する。
ドラゴンは右肩・右腕のオートキャノンを俺の【オンボロ】へ、左肩・左腕のオートキャノンを【キャタピラ脚】に向けて展開。双方に弾幕を撒きながら、その口を【キャタピラ脚】の通路に向けて大きく開いた。
──まずい。もう撃つのか。
ドラゴンにとってもあの口内の火砲は切り札のはずだ。
あれを使用した後は出力が大きく低下する。そのため早々に使うとは考えもしなかった。
けたたましいチャージ音──キュイイイン、と甲高く響く音と共に、ドラゴンの口に光が集束していく。
──狙いは俺じゃない。妨害、間に合うか。
チャージのため弾幕の狙いはわずかに薄くなったとはいえ、それでも直撃すれば致命的。
俺は咄嗟に散弾砲を撃ち込むが、火砲の壁に遮られ、まともに頭部を狙うことは叶わない。
そして。光が収束し、次の瞬間、塔内を貫く閃光が放たれた。
──竜型光熱砲。
塔内の壁面すら貫き抉りながら、極太のレーザーが【キャタピラ脚】を薙ぎ払った。




