35話:天使
今回は設定説明とハレーとの別れの回です。
――都市間同盟法。
貴族と騎士と傭兵と商人が全員やんちゃしすぎたせいで出来た都市間協定である。
厳密な適用範囲は覚えていないが、そもそも厳密な規定も罰則も無い。
ただ破った場合、各勢力からかなり遠慮なく敵対視される。
そのため傭兵たちの間でも慣習的に、しかし強固に守られている協定法である。
傭兵においてはシャードの保有個数が個人で五個くらいまでとされ、一般的な傭兵団の六人という単位は都市間同盟法の記載のなにかの項目にあった単位が由来になる。
なんだったかな、これ以上集まると武装集団として扱う、みたいな条文があったはずだ。
カーゴキャリアがある場合、一つにつき総保有数が30個とかだったかな。
確か商人用の牽制で使われている内容になるはずで、これがジェネレータとして使えるようになると騎士達を相手にした条文になるはずだ。
2割とか3割の保有数がどうのこうの――ちょっと厳密な数は俺達はよく知らない。
なぜなら、そんな条文を詳しく参照する傭兵なんか誰も居ないからである。
そもそも条文が多すぎる。タコ野郎でも把握出来てないだろう。
専門の法律家がやっと把握出来ているくらいのはずだ。
複雑怪奇な条文は各勢力が抜け穴を作ろうとして、破綻した結果だ。
それゆえ厳密な適用というのはほぼされない。
大きく逸脱したときはこれを大義名分にされるだろうが、輸送中だとか緊急事態の時にこれを持ち出してくるバカなんかいない。
しかし、都市間同盟法は非常に強く守られる”雰囲気”が存在する。
学の無い、荒くれ揃いの傭兵たちですらそうだ。
なんでこんな不思議な法が存在するかと言うと――
――傭兵団が街を占拠したり――
――傭兵を秘密裏に狩って貴族がシャードを独占したり――
――傭兵が居なくなったお陰で塔を放置して大損害出したり――
――騎士と傭兵が徒党を組んで大盗賊団になったり――
――それらを相手に商人たちが違法取引を繰り返したり――
と、あまりにも参照例が多すぎるアホどものやんちゃの歴史のお陰で成立している。
この法を破るなんて愚かな奴が居たら、別の勢力から白眼視されるのが目に見えている。
そしてそのまま無視をし続けた場合、信用をほぼ確実に失い強烈に敵対視されることになる。
都市間同盟法の範囲内の勢力において、信用というのは下手をすると命よりもデカイ存在だ。
誰からも受け入れられなくなり、個人だけでなく集団全部が荒野で孤立する羽目になりかねない。
貴族も騎士も商人も傭兵も、互いが互いを監視するために。
また街間で深刻なトラブルや戦争なんかを軽々しく起こさないために成立している法案なのだ。
扱いそのものは恐ろしくふわっとしながら、それでもずっと守られ続けている重要な法だ。
――まぁ、すべて欲張ったアホ達のせいである。
しかし厳密に適用するとかなり厳しい法である。
前述の通り、大きく逸脱しなければみんな黙っておくので、守っている奴もほとんど居ない。
法は盾になることもあれば殴る理由にもなる。
だから、みんなで楽しくグレーゾーン内でダンスしているのが都市間同盟法へのスタンスだ。
で、これがハレーが急いで街から離れなければならない理由になる。
ハレーは東の”大密林”と呼ばれる湿地帯出身の傭兵である。
そこは要塞街が属する地域とは離れた土地だ。
つまり、リザードマンはこの法の範囲に”含まれていない”存在だ。
ヘタをすると個人で武装勢力とすらみなされる状況すらありえる。
更に扱いを悪くするとスクラップと同じ扱いすら受ける可能性も否定は出来ない。
まぁ、知的生命体もそこまで愚かではない。
遠方から来た旅人は、他の地域がどうなっているかの情報を目当てにする面もあるが――
基本的には厚遇する傾向はあった。
だが、リザードマンは”人肉食”の信仰があった。
これが非常に事を”ややこしく”した。
街でのリザードマンによる”トラブル”で大混乱が起きた話は枚挙に遑がない。
腕が喰われた。子供が攫われた。戦場で味方殺しをした。
――そんなことは噂に過ぎないということは、ハレーを見れば分かるのだが――
結局、100年単位で、紆余曲折はあったらしい。
少なくとも以下の二つの条項はあったはずだ。
――同じ街に一週間は居続けてはならない――
――積極的にスクラップと戦闘を行い、力を示さなければならない――
専門家の意見が欲しい。流石にリザードマン相手の適用内容なんか覚えて無い。
ジェネレータ制限が無いのは、この前ハレーから聞いた。
しかし、それがリザードマン限定の条項なのか旅人に適用されているかすら不明な状況だ。
そのような理由を前提にした上で、【オクタライン・ロジスティクス】としての立場を考える。
リザードマンを保有し続けることは、法の”外側”と見なされることになり兼ねない。
今回の戦いの最大の功労者であるハレーには残念だが、街に帰る前に放逐しなければならない。
そんな寂しい結論に至っているそうだ。
「是非も無い。我が同胞の責を理由に、船を巻き込む訳にはいかぬのでな」
ハレーは何も動じなかった。
それが当然であり、道理であり、彼らの日常だからだ。
「この船の帰還の際、要塞街の外にて離脱する。
足は不要だ。修繕と補給に感謝を述べたい」
淡々と、この船から離れる算段を話している。
その眼は澄んでいて、何も思うところが無いようにも思えたが、次の言葉は違った。
「戦友達へ挨拶をしたい。しかし、騎士殿と針子殿は先に帰られたのだな。無念だ」
戦友、ハレーはそう言った。
この短い戦いの中で共に戦った俺たちのことを”友”と呼んだのだ。
――少し、むず痒いな。
*
【バスティオン・キャリア】は塔での必要な物資回収を一旦終了とした。
カーゴキャリアの人員が来たため、交代して要塞街へと進路を向けた。
交代人員への作業引き継ぎが終わり、塔から得た略奪品を街へと運ぶのだそうだ。
廃棄塔は、たとえ一人で攻略出来たとしても、資材の利益独占は許されていない。
というか、たぶん現実的には無理だ。
純粋にデカイ構造物だと言うのもあるが、経済的な事情があるらしい。
塔一つを解体するだけで、街全体で対処する案件になる。
この解体作業があるおかげで、街を潤す仕事を大量に発生させることが出来る。
解体と分解、輸送と売却、資材加工と食料調達。
これらの作業により、出稼ぎ作業員たちの仕事と利益を提供する役割を持つ。
そのため、傭兵が貰える額はそこまで大きいわけではない。
だいたい全体を10とした場合――
傭兵:2/街:5/貴族と商人:3
――といった割合になり資材の分割が行われる。
傭兵の取り分が少ない気がするが、シャードの売却権は確実に手に入るから稼ぎは最も高い。
実際に戦い、最も危険な立場なのだから妥当というか当然なんだが。
そのため、塔の解体は一業者だけでなく、複数業者が実行する一大事業となる。
人員と資材を運びながら、高い防御力を備えたカーゴキャリアの重要性がよく分かる話だ。
ただデカい塔を分解するだけで容量は簡単に限界を迎えるので、3~4台体制で動くだろう。
そのため、要塞街への帰還をする結論になり、すでに移動をし始めていった。
俺は、あの激戦の地から離れることになった。今までも有数の酷い戦いだった。
離れていく朽ちた塔をぼーっと眺めながら、指揮官の末路を思い出し、少し寂しく感じた。
*
経営関連の仕事をちょっと触ってすぐ飽きた俺は、仕事をメイド達にぶん投げて逃げ出した。
食堂で提供されていたいつもの疑似肉団子入りのスープを持ってきて、たっぷり堪能しながら、ハンガーに入り浸っていた。
疑似肉は大豆を元にしたもので、ポピュラーなタンパク質の塊だ。
味を後から注入しているし、味付けそのものはスープ中心だから問題ない。
提供された缶を食堂へと返せばどこへ持っていっても問題はない。
返し忘れると食堂のおばさんゴブリン達に酷い剣幕でドヤされるので絶対返さなきゃならんが。
ハンガーは塔から調達した資材でパンパンに詰められている。
まともに歩くのも難しい程にごちゃごちゃとしていた。誰か怪我するぞ。
たまに作業用ライトフレームを動かしたり、資材分解や整備を下っ端の立場で手伝ったり、仕事に没頭していたらいつの間にか時間が経っている。俺はこーいう作業のほうが好きだ。
カーゴキャリアを有する運輸業を営むものは、半分くらいは自前の解体業者を確保している。
塔から資源を調達して、それを運ぶだけで利益になるからだ。
こちらはコテツが集めた人員ではなく、タコ野郎直々に交渉したメンバーである。
前の塔の解体でも居たメンツだな。仕事が効率的な中堅連中を集めたなもんだな。
この手の解体作業者などへのコネクションを、タコ野郎は強く確保していた。
【キャタピラ脚】で駆け巡ってた傭兵の時から、こういう手配は早かったからな。
――タコ野郎。あいつ、もう傭兵辞めるのかな。
ハンガーに【キャタピラ脚】は搭載されていたが、今回の戦いでは動かさなかった。
タコ野郎は【バスティオン・キャリア】を購入した。つまり、この船長ということになる。
そして、【オクタライン・ロジスティクス】の社長となり、ギアになんか乗らなくても一生稼いでいける立場になった。
論理的に考えれば、もうギアに乗ってドンパチする傭兵なんぞやる理由はない。
――あいつと戦場を駆けることは、もう無さそうだなぁ――
「あ、やっぱりカラスさんここに居たんですか。探しましたよ」
どうした整備主任殿。
お前も大変だなコテツよ。色々駆り出されてるだろ。要件はなんだ?
「作業報告です。【トライヘッド】でしたっけ。ハレーさんの機体の修理終わりましたよ。
後は循環液充填すれば終わりです。内装も万全なんでいつでも出せますよ」
おお、ありがとなコテツ。
あいつには世話になったらなぁ。
出来うる限り万全の状態で、旅立たせてやりたいんだ。
しかしハレーのあの異常な強さの秘密はついぞ聞けそうにないな。
いつかまた会ったら聞くとするか。
*
「ではここまでだ。見送り感謝するぞ戦士カラスよ」
【トライヘッド】を外へと運び、ここから荒野に出るハレーを俺は見送ることにした。
既に【バスティオン・キャリア】は要塞街へと移動しており、そろそろ入港するところだ。
中型のヴィーグルを借りて、いくつかの物資を詰め込み、機体のサブスロット部分への接続も手伝った。
不足は無いだろう。乾燥ものですまんが、ロブリャもいっぱい搭載しておいたぞ。よし。
――じゃあここでお別れだ。ドワーフどもとは昨日話しておいたんだろ?じゃあな。達者でやれよ。
そう俺が【トライヘッド】を見上げながら別れを告げると、ハレーから声を掛けてきた。
「戦士カラスよ、話がある」
ハレーは【トライヘッド】から出て地上に降りた。
なんだ、また”味見”するとか御免だぞ。
「何、大した話ではない。確認だけだ」
なんだよ、お前にしては勿体ぶった言い回しだな。
確認程度なら問題ないぜ、何が聞きたいんだ?
俺は無警戒に、ハレーの元へと歩み、その話を聞きにいった。
ハレーは言葉を発した。
「戦士カラス、いや――
――【天使】カラスよ。
――貴様の正体はそれで相違無いな」
淡々と。
俺へと真実を突きつけてきた。
一瞬、思考が停止し、震える喉で空気を吸い。吐いた。
はは。マジか。
――マジか。
俺は空を見上げた。三つの月が俺を見下ろしていた。
この光からは、逃げられそうにもなかった。
――ハレー。ちょっと頼みがあるんだが。
「聞こう」
――ここで死んでくれ。
俺は懐から銃を取り出し、ハレーへと連射した。
乾いた音が連続で響き、それはハレーの頭部、胸元、腹部へと――
全弾。
確実に命中した。
わぁー悲劇!
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