22話:凶報
戦闘が終わり、各機体がそこらに散らばっているスクラップの破片やらをかき集め修理と補給を始めた。腕を失ったりした機体も居たが、四肢程度の損壊しかなく、あの不利な戦場で全機健在か。全機優秀だな。
お、補修用の独立ユニットまで持ってきてるじゃん。ならキメラの残骸から色々組み立てられるな。
ある程度落ち着いた後にセドリックが話を切り出してきた。
「まずは状況の共有から始めたい。まずはカラスさんたちはどうしてここに?」
そうだな。まずはそこからだ。
ただ、俺も何も伝えられずここに投入されたから、悪いが大した情報はないぞ。
少なくとも街では戦争で負けたくらいの話しか伝わってないからな。
「クソッ!やっぱり伝えてないじゃないか!どこまで腐ってるんだ!」
それだけでセドリックは何かを結論づけたように憤った。なんなんだ。
一拍置いて、セドリックは言葉を探すように息を吸った。
「僕が持っている情報は、悪いニュースと、さらに悪いニュースと、もはやゴミみたいなニュースがある」
うわ、全部聞きたくねぇ。
「カラスさん。どれから聞きたい?いや、全部聞いてもらわなきゃならないから順番に話すよ。戦場に指揮官が現れた。ドラゴンの完全体を10機引き連れてだ」
俺の回答を聞く前にセドリックは勝手に話し始めた。
想定の数倍悪い状況だ。ドラゴン、しかも完全体を配下にして戦場へと連れてきたのか。
最悪級のこれが悪いニュースだって??
「なぜ悪いニュース程度に収まっているかというと、指揮官は多大な犠牲と共に撃破できたんだ。騎士も傭兵もまとめて10機程が栄光へと散ったが、価値がある散り様だった」
セドリックは天を仰ぐように勇者たちを称賛し語った。
どうやら一部始終を見ていたらしい。騎士どもも腰抜けばかりではなかったようだ。
「そして時系列は逆だけど、次の悪いニュースは後方に位置していたカーゴキャリアを突き刺すように塔が投下したんだ。指揮官級が居たから本当に偶然かは分からないが、これにより挟み撃ちを仕掛けられた形になった」
最悪じゃねぇか。事実上の強襲か。むしろその状況で指揮官をよく打ち取れたな。
被害は騎士団一つと傭兵団四つ、カーゴキャリア三隻が犠牲になったんだったか。
どうやらボロボロに負けたようだが、指揮官級が率いるドラゴンの群れとスクラップの集団。それにゴブリンの軍勢を相手にして、むしろ凄まじい奮戦をした結果なんじゃないだろうか。
「で、これがなぜ悪いニュースかというとだ、この塔に撃破した指揮官の残骸がかき集められてスクラップ達に持ち込まれている――つまり再生される可能性がある。ついでにドラゴンも格納されている。迎撃には成功したからドラゴンたちも相当消耗しているからね」
マジかよ。残骸の回収には失敗したのか。
この集団が強行軍みたいな攻撃を仕掛けていた理由が判明した。
早期にこの塔を攻略しなければ、指揮官級復活という悪夢が訪れるということか。
話はわかった。なら確かに戦力はいくらでも欲しい状況――いや、待て。
おかしい。絶対におかしい。
塔の攻略へ参加している機体数が少なすぎる。
「最後にゴミみたいなニュースだ。我らが尊き血筋の歴々は、ゴブリンを追って戦場から離れた。塔の攻略など傭兵に任せておけばいいだとさ」
は?
ちょっと待った。
本気で理解できない。
指揮官級の残骸が回収されているという情報と、大量のドラゴンが格納されている情報が存在している状態でそれを放置しているだって?
「潰されたカーゴキャリアの補填をしなきゃならないから略奪し返すんだとさ。笑えてくるだろ?指揮官級討伐に成功した勇者たちの努力を無駄にする所業だ」
セドリックの声が怒りに震えている。
「2機かつ偵察に来ただけということは、街に正確な情報が伝わってないのは確実だ」
騎士サマも半信半疑だったからな。だがやはり奇妙な状況だ。
先入観を与えないようにと俺に語っていたが、あれはむしろ――
考えている俺にセドリックは言葉を続けた。
「多分これ以上の増援は望めない。だけど僕たちで攻略しなきゃならない。指揮官級とドラゴンの復活はなんとしてでも阻止しなければ要塞街そのものが危ない。だから」
一拍。少し息を吸ってセドリックは、俺に告げた。
「カラスさん。――逃さねぇぞ」
セドリックが最後だけ若い声でドスを聞かせて言葉を俺に投げかけてきた。
いいじゃん、貴族の末席として腹が据わってきたな。
はは。教育係として手伝った甲斐もあったらしい。
いい目をするようになったじゃねぇか。
はぁ。
――帰りてぇ。
俺は思わずため息をついた。
でもこれらの情報を聞いた上で逃げるわけにはいかないんだよな。
やるしかねぇか――
*
“指揮官”
スクラップたちを統率し、頭脳となる個体である。
その支配下に入った機体群は、死を恐れぬ”群れ”へと変貌する。
コマンダーの性能は千差万別だが、最低でも一般的な人型種族と同レベル以上の思考能力とスクラップへの命令能力、そして人型種族への悪意を持っている。
思想が共有され、戦術を理解した存在がその行動を考え、個々のスクラップどもはその命令を遅滞なく受け取り行動する。
悪夢そのものの存在と言えるだろう。
――あいつらは、まるで生命を憎んでいるかのようにも思える。そんな冷たい熱を感じる。
どうやら要塞街のお偉方たちは、ゴブリンの王率いる愚かな軍勢が、実際にはコマンダーによる統率を受けているものだとは全く思っていなかったらしい。
まぁ、そんな情報は確かにどこにも届いていなかった。徹底的に隠蔽されていたのだろう。
ゴブリンの王も享楽的なゴブリンどもに叡智を与える存在ではあるが、コマンダーはその危険度を遥かに上回る存在となるだろう。
どのようにしてゴブリンとコマンダーの共同戦線が実現したのかはわからないが、事実としてゴブリンを囮として要塞街の軍勢を引き寄せ手痛い一撃を食らわせることに成功していた。
指揮官の悪意の通りに、だ。
*
話はまとまったらしい
「いまあそこで修理を受けている傭兵達の機体は戦い続けていて内装周りの損傷がかなり激しいらしい。だから塔の攻略の大部分を受け持って、僕達四機を無傷に近い状態で上層まで連れて行く方針としたい。どうせ塔の内部で五機以上が機動するのは難しいしね」
妥当なところだ。
塔は巨大な建造物であるという事実だとしても、一部屋がそこまで大きい作りになっている訳では無い。ギアが自由に機動して戦うにはどうしても数の制限が存在する。
だいたい4~5機が限界とされていて、それ以上の機体が同時に攻め込むと被弾が逆に多くなる傾向が強く傭兵たちの間では忌避されている。
よって、塔の攻略と鍵穴の解放までは傭兵達の四機が担当。全員重装備重装甲の中型機が集まっていた。
【飲んだくれ傭兵団】とかいうふざけた名前のチームだが、腕は確かなドワーフのベテランたちだ。実力を見せてもらおう。
そこから先――門番の破壊、指揮官の排除、補給中のドラゴンの撃破――は、俺達の仕事になった。
ドラゴンも全体的に破損しており、狭い塔の中で数が多い所為で充分に破壊できる算段をつけられる。はっきり言って塔の外で戦うより遥かに勝機がある。
腕が破壊されたり、脚部が破壊されている機体も居るが、先程補修ユニットでの生産が終わり、歪だが全機四肢と武装は整えられた。一部の変態を除けばどのような武器、部品でも戦えるのが優秀な傭兵の証拠だ。
そう、今回は補修ユニットや装備を生産してくれるトランクが俺達に随行してくれている。
歩行型万能生産ユニット。
正式名称は【ミーミル】というらしいが、誰もその名で呼ぶことはない。ノームだとかトランクだとかドンキーだとか色々呼び名がある。俺はトランク派。【飲んだくれ】の荒くれどもはノームと呼んでいるな。
これは四脚の足が生えたギアよりデカいトランクバッグような形をしているユニットだ。
変な形だが、本当にバッグのように胴体が開いて様々な生産ユニットを展開できるすぐれものだ。
いまもバタバタと足を動かしながら修理ドローンを展開して【飲んだくれ】たちの機体を修復している。
超高級品だが、これが存在するだけで塔の内部でも簡易的な部品や弾薬の生産、修理ドローンの生成による機体補修、さらにあんまり美味くないが食料まで作り出せるため、これが存在する場所がそのまま拠点に早変わりする程の性能を持っている。
さらに機動性も高く、戦闘が始まると自動的に邪魔にならない位置へと勝手に逃げ出してくれる。足も早い。
とにかく高いが、これ一機随伴してくれればギアと何処へでも歩いていけるだろう。
ただし、めちゃくちゃ高価だ。
難点は何度も言うが、本当に高価だ。
たしかギア3~4機くらいの値段がする。
価値的に考えれば下手な傭兵団より重宝されるせいで、時には人命なんかより平然と優先される。
金の亡者のタコ野郎からは神の如く崇められる存在だ。
盾としても優秀だが、誰もそんなことをしないらしい。だいたい都市に所属しているため、これを壊したら恐ろしい損害を吹っ掛けられることになるからだ。
さ、傭兵たちの補修も終わり、突入の準備が整った。
後方からヴァレリアン卿の部下達も個人用ビーグルでたどり着き、輸送キャリアを通して連絡しているらしい。俺の【ガトリングクラブ】の消耗した弾薬も補給し終わり、万全の状態だ。
指揮官再撃破の攻撃チームは以下の四名だ。
騎士セドリックを筆頭に、スナイパーネキ、ハレー、俺だ。
俺を除けば妥当な人選だろう。【オンボロ】のときなら自信満々に言えたんだがちょっと【ガトリングクラブ】の愉快さには不安が残る。
セドリックが騎乗する【エクスワイア】はヴァレリアン卿の乗る【ハルバード】のスペックを一回り弱くしたような戦鎧だが、肩部電磁障壁を装備した防御力に秀でた機体だ。他武装も多段式誘導弾、重リニアライフル、レーザーブレードと騎士の標準武装と言える。出力が低いのはシャードジェネレータが二基構成なのだから仕方がない。そもそも三基構成は要塞街でも少数だ。だが一基構成の普通の傭兵に比べたら圧倒的な出力を誇る強力な機体である。
リザードマンであるハレーはこの撃破チームに当然加わる人材と言えるだろう。
戦闘種族である彼らが、しかも三基構成という圧倒的な出力を持ってやってきたのだ。
増援としては一騎当千とも言える強力な組み合わせだと言えるだろう。
あとはスナイパーネキか。まぁ実力からして当然だろう。
スナイパーネキは愛称であり、本名タカメという名を名乗っている歴戦の傭兵だ。
外見こそおっとりとしたメガネの常識人の皮を被ったタカメ女史であるが、騎乗している【ニードルワーカー】は狂気の機体だ。
フレームこそ小型で高機動なパーツを採用していて、かつ各種パーツは吟味して高性能だが特徴が薄く、地味である。頭部もなんというか特徴の無いバイザータイプを採用している。
全体的に性能は良好で使い回しが良いパーツだけを選んでいると言えるような機体だ。
しかしその武装は極めて特徴的であり、俺は絶対に真似をしたくないし、できない。
武装構成を以下に示す。
右手にスナイパーライフル。
右腕ハードポイント、左腕ハードポイント、右肩、左肩全てに増設弾倉。
以上だ。狂ってる。
武装破損などしませんがなにか?と言わんばかりの構成だ。結構武器をぶっ壊す俺には絶対に出来ない。
スナイパーライフルが破損したらどうするんだろう。
疑問には思うが何度聞いてもはぐらかされる。
予備も無いし戦闘中の修理は不可能だろうに。
――何も考えてない説が有力だ。
しかし、この馬鹿げた構成で活躍しており、その実力は要塞街で活躍している最上位傭兵の一人であることは間違いない。
さあ、このイカれたメンバーで楽しい塔の攻略に出撃しようじゃないか。
【飲んだくれ傭兵団】を前衛として、砂埃が舞い影を落とす塔へと、合計八機の機体が出撃した。




