20話:悪寒
輸送キャリアの振動は心地悪い。
塔から採取された樹脂を使用したタイヤでゴリゴリと地面を削りながら、乾いた荒野を走る輸送キャリアは街道に沿って移動していた。実際の戦場へは遠回りになるらしいが、”航路”が確保されているほうが良いという判断らしい。好きにしてくれ。
シャードジェネレータが積まれていないせいで、輸送キャリアでの移動は衝撃も揺れも直接的な振動に直結する。
整備されていない道は当然ガタガタとしており、その地面を走ることになるため石や段差を通る度に酷い揺れを感じた。
それでもカーゴキャリアが頻繁に通るルートを選択しているため、大岩などは少なくこれでも振動が抑えめなほうらしい。
輸送キャリアは装甲はそこそこ堅牢で、安上がりで便利に扱える機体だが、無理に使えばすぐさまジャンクへと変貌してしまうために、慎重に扱わなければならない。
まぁ「無理」というのは、ギアで蹴飛ばしたり盾にしたりする蛮用のことを指す。
傭兵の使い方が荒すぎるという話だ。しかし、みんなコアフィールドありきで戦闘行為を敢行するものだから忘れがちな事実だが、機械はぶん殴ると凹んで故障するし、火薬は爆発する。凄いぞコアフィールド。いつもありがとう。
第三セクターから出た二両のキャリアには、それぞれに親方から強奪した【ガトリングクラブ】とハレーのドラグーンが外にくくりつけられていた。キャリアは人が入っている”部屋”以外の部分は吹きさらしの"板"でしかなく、機体を固定するためのベルトしか無い。まさに輸送に特化している状態で、これによる戦闘は考えていない。
ただ、即座に出撃できるという利点もあるため、スクラップとの戦闘を全てギアによる対処をすることが前提ならば、充分と考えている傭兵も居る。
まぁギアは街から街まで歩くことも頻繁にある。前回の塔の攻略の行きはそうだったし、輸送キャリアを使用できるだけでもかなり快適な旅だ。
移動と索敵、連絡、食事の用意などの雑事はヴァレリアン卿の部下達に全部任せている。
すごく楽だ。しかも調査自体が必要になった場合でも、騎士サマの優秀な部下達がそれを実行してくれる予定だ。
俺とハレーは“荒事要員”であり、襲いかかるトラブルをぶち壊す役割しか与えられていない。つまり、何も起きなければ穏便にクレジットもらって帰るだけの平和なお仕事であるといえる。
まぁ、そんな幸運はまず無いのだが。
そもそもの話、これだけ時間が立っているのにまだ出撃した騎士たちが帰還していないのがおかしい。殲滅されたという話も聞かない。犠牲者が増えているという情報は降りてきていないからだ。
まだ事実上、戦闘は続いていると考えたほうが良い。
要塞街を含めた主要な都市では、カーゴキャリアの移動経路に補給拠点を用意している。
補給物資を一時的に溜め込んでおいたり、放置型食料生産プラントを設置していた、簡易的な防護施設としてスクラップの攻撃を食い止めるために利用する施設だ。
度々場所が物理的に変わったりするため、確実なことは言えないが、大体の目安としてカーゴキャリアの移動速度で一日ごとの位置に、構築されていることが多い。
これらの拠点を使用することで、要塞街へ帰還しなくとも各種物資を補給したり戦闘を継続することは可能だ。
傭兵も利用可能なため、度々お世話になる便利な拠点だが、スクラップの襲撃により"足が生えて"移動することもあるため、正確な位置情報を掴まないと荒野を彷徨う羽目になり大変なことになる。
俺の知ってるやつだと多数の機械足がにょっきり生えてかさかさ動く。動作が気持ち悪いんだよな、意外と早いし。
赤い月が一つだけ登っている。月が一つだけの時は世界は暗い。
主星における昼と夜は、惑星ノスにおいては月の登り方によって判断しているが、一日という時間という概念は主星とほぼ同じらしく、そのまま使用していることになる。
今は夜の時刻に該当する。輸送キャリアを止めて食事を取る時間となる。今は要塞街を出撃し、二日経過したくらいの位置だ。道中は驚くほど静かだった。
普通なら残党のゴブリンや撤退兵とすれ違うもんだが、何も無い。
優秀なスタッフ達がテキパキと食事を用意してくれた。
まずは温かいスープを貰って身体を整える。今回は人数が多いため鍋のようなもので全員一気に調理していた。主食である小麦のパンを中心としてバランスの良い食事を取らせてもらっている。ハレー以外は。
足がビチビチと動くロブリャを、大口を開けてそのままバリバリと食いちぎり咀嚼している。生っすか。
この二日で分かったことだが、ハレーは陸海老が大好きらしい。
もしかするとタコ野郎の友人関係ってメシだけで釣られているのではないか?と言えるくらい美味しそうに食べている。仏頂面かつ感情が読めないリザードマンだが、俺ですら感情が読める。本当に食事が好きらしい。
だが、殻ごとバリボリと食べるその姿は野性味を通り越し猟奇的な感覚を覚える。
インパクトが強いリザードマンの食事を観察していて、自分の食事を忘れていた。だが、小さいロブリャの生肉を噛み千切り、ふと食事を止めたハレーが呟く。
「静かだ」
その食事時のハレーの発言は、俺への警戒を促した。
寡黙な傾向があるハレーが、わざわざそのような事実を口にしたというのが気持ち悪い。その声には警戒というよりも、何かを見透かしたような響きがあった。
俺はその言葉を聞いて、騎士サマの部下が用意してくれた食事をさっさと摂取し、濡れタオルで身体を拭ったあと、さっさと寝ることにした。
いつ、何が起きてもおかしくない。常に万全の状態を維持しておかなければ後悔する気がする。
睡眠時間を稼いでおく。はあ、やっぱり来たくなかったな。
*
何はともあれ、【ガトリングクラブ】に慣れておかなければ、お話にならない。
機体慣熟のため、移動中の合間時間に【ガトリングクラブ】の操作をさせてもらっていた。
なにせ親方から奪ってすぐに出撃したから、そこら辺を把握する時間がなかったんだよな。
【グラスホッパー】の時も機体慣熟をしていなかったが、あれはセッティングがキツいだけで、操縦系そのものは素直な機体だ。
だが、【ガトリングクラブ】は普通のギアと違う構造をした甲殻類を模した機体であるため、操作に慣れておかなければ、ヘタをすると歩くこともままならないだろう。
そのため"いつもの"は一旦やめておいて、自分の手足だけで操作してみることにした。
親方は別に手が複数あるわけじゃないが普通に操作していたし、まぁ使えるだろう。
武装関連は素直に使えそうだ。両肩のオートキャノン、いや親方風に言うとガトリングカノンか。まぁどっちでもいい。これは【キャタピラ脚】でも利用した強力な武器だ。
あのときのような不調は無いだろうから、弾切れ以外は心配する必要はなさそうだ。
それと手の代わりに装備されているのは、盾かハンマーのようなバカでかい鋏か。
なんだか親方謹製のメモ書きがコックピットに貼り付けてあるな。多彩な機能が書いてある。これは使い勝手が良さそうだ。
武装関係は理解した。よし、じゃあ実際に動かして感覚を掴んでみよう。まずは前進。
のろ。のろ。
よた。よた。
遅っ!
なんだこの”前進”の遅さは。あのときの機敏な動きはどうした!?
のそ。 のそ。
後退は更に遅い!なんだこれ!どういう設計をしてるんだ親方は!
明らかな重装型の機体設計をしているのは外見だけで分かるが、俺は戦闘中に親方がこの機体を動かすのを見ている。誘導弾の発射を確認してから回避が間に合うほどの機敏な動きをしていたのは揺るぎない事実だ。
しかしこの機体には”理由があって”シャードブースターすらついていない、歪な設計をしている。ブースターが無いのだから、それを利用した加速ではない。
どんな動きをしていたのだったか、確か――
ガシャガシャガシャガシャ──!
意味が分からない!なんだこの圧倒的な”横移動”の速さは!
だめだ、常識が全然通用しない。両肩のオートキャノンがまともな武装で本当に良かった。
親方は天才だ。
あんな自分勝手でクソみたいな性格なのに、俺が機体の整備を全面的に任せている判断をしたほどに機械弄りの才能が桁外れだ。機体整備だけしかできない俺が見ていても、親方の一瞬の指先の動きに見惚れることがあるほどの技術者だ。
だが、親方には常識が無い。
「知ってる知ってる。でも気にしたことねぇーなぁー!」くらいの常識を雑に扱っている。
操作関連がピーキーな仕様じゃないのはコテツが作ったな。途中で飽きてる気がするぞ。
だが、機体の動作は親方謹製の意味不明な挙動をしている状態だ。
いきなり【ガトリングクラブ】を動かす羽目になっていたら、大混乱に陥っていただろう。
あぶねー。マジで動かしておいて良かった。こいつは相当やんちゃな機体らしい。
【ガトリングクラブ】はなんだか楽しそうに鋏をカチカチと震わせた。
おい、勝手に動くな。操作は素直だが、少し調整が過敏気味かもしれなかった。
*
移動休憩中にハレーに聞き取りと解説をしてもらいながらドラグーンの姿を眺めていた。
輸送キャリアの上に乗っているハレーの深緑の機体は、以前戦ったドラゴンの姿をしていた。
道中何度か観察させて貰っていたが、共闘するのであれば、できる限り相方の機体の性能を把握しておきたい。
ドラゴンをダウンサイジングして、中型のギアと同等程度の大きさにしているそれは騎竜型と呼ばれている。
主にリザードマンはこの形式の機体をしようしている。一部の傭兵にも人気があるが、”特殊”な操縦系統をそのまま使用しているのは聞いたことがない。ほぼリザードマン専用の機種と言えるだろう。
頭部はドラゴンの顔を思わせる鋭い輪郭を持ち、眼窩には双眼のセンサーが鋭く光っている。大きさからして射撃武装を搭載してはないだろうが、口は開閉できるようだ。
脚部は人型ギアよりも太く、鉤爪を備えた足先で路面を掴むように構えている。ただ、ドラゴンに比べ支える重量が少ないためか、少し柔らかい印象がある。
人型と大きく違う点として、長い尾を装備しており、少し前傾姿勢になっている。
全体的なシルエットはなだらかな装甲配置をしており、柔軟性に富んだ機体だ。防御力は高いとは言えないが運動性に秀でている。
特徴的なところで言うと、シャードブースターは、見えない。
【ガトリングクラブ】同様搭載していないらしい。
そして、武装は──なんだろうこれ。
このギア、いやドラグーンだったな。
右腕と左腕のハードポイント、そして両肩に装備がつけられている。
シャード一基構成であるのならば、無理をしていなければこれがフル装備だろう。
両手とも無手。いつでも武器を掴めるようにだろうが、二手とも空けるのは珍しい。
エネルギー配分のためか、それとも戦闘スタイルゆえかは分からない。
ただ両腕のハードポイントの武装を考慮すると、エネルギー配分のためだろう。
右手のハードポイントに盾と、それの内側に槍が5本取り付けられていた。
接続の仕方からして、おそらく射出することができる機構をしているはずだ。
左手のハードポイントには折りたたみ式の物理ブレードを装備している。
展開しない場合は肘側へ刃が取り付けられるため、不意の際には肘鉄の要領で突き刺すことが可能だろう。ただなんだかちょっと不思議な刃の形状だな。何かしらの機構がありそうだ。
そして背中──なんだ?
これが最も意味不明な装備だ。緑色の液体をたっぷり詰め込んだ、増設タンクのようなものが装備されている。
「”竜血槽”。こちらでは循環液タンクと呼ばれるものだな。それを竜の体内に追加するためだけのものだ」
本当に増設タンクかよ。なぜそんなものを装備しているのか意図が分からない。
機体が破損したのなら循環液は流れてしまうが、破損箇所を埋めればいいだけだろうに。
緑色の特色ってなんだったっけな。伝達効率を良くするなら青で、出血を防ぐなら赤だったが、緑色はそこまで見ない色だ。
特別装甲が厚いわけでもなく、エネルギーに関しても、物理装備ばかりである。
つまりこれは過剰に消耗するエネルギーを賄うための装備ではないということだ。
ハレーに装備の意図を聞いてみた。
「我々の戦いでは”血”がなくては始まらぬ。”血”こそ全てだ」
なんだろう。真意が分からない。
技術と言うより、戦闘に対する文化が違いすぎる。
奇妙な機体であったが、ハレーはこれを何も問題だとは思っていないらしい。
少なくとも近接戦を重視した機体。そうとしか判断できないが、間違いでは無いだろう。
「”心臓”は三つある。ぬしらの言葉でいえばジェネレータだったか」
騎士機と同等の構成だと。このサイズでか?
複数ジェネレータを搭載している機体はかなり貴重である。騎士の機体に搭載されている三基構成ジェネレータは作るだけで五年ほどかかると聞いていた。
カーゴキャリアほど大型ならば離れて配置することで相性問題を事実上無視することができるが、近い場合は”波動”が干渉するとかなんとかで、上手くジェネレータが動いてくれないらしい。
シャードごとの相性を考えると気軽に搭載できるものでもないのだ。だから小型化するのは極めて難しいし、搭載するにしても【ハルバード】のように大型化し、背面も大きくなるはずだ。
中量型の大きさでシャードジェネレータを三機も搭載しているのであれば、このような滑らかな機体の形状をしているわけがない。何か内装を犠牲にしているのだろう。なるほど、シャードブースターが存在しないのはそのためか。
そして装備からして火器管制関連の内装も排除してると思われる。ならいけなくもないか。でも小さいな。
そもそも貴族でもないのに、技術とコストの問題をクリアして三基構成を維持できているのは凄い。
ただ、都市間同盟法の関係で個人が保有し続けても問題ないのか?
「我々にこちらの法は適用されん。都市に居座らなければ問題ないと聞いている。ただ、外界で戦を糧にする同胞らの中でも、心臓を複数持つものはオレ以外にはおらん」
法の外で生きてるのかよ。
大密林の奥地が出身であるリザードマンには、都市同盟法は適用されていないのか。
タコ野郎も問題ないと判断しているのだろう。タコ野郎はグレーゾーンはそこまで踏まない。友人と言うのならばそこの問題はクリア済みだということか。
「この騎竜をオレは”三つ首”と呼んでいる。ぬしらは好きに呼ぶと良い」
三つ首、【トライヘッド】か。
どう見てもハレーが呼ぶその機体の首は、一つしか無い。
外観に違和感を覚える箇所は無い。変形機構などが搭載されているのならばもう少しいびつな形状をしているはずだ。しかしそんなものは無いと言わんばかりな柔軟でスマートな装甲が曲線を描いていた。
不可解だ。わざわざリザードマンがそう呼ぶのであれば、意味があるはずだ。
だが、なぜその名で呼ぶのか、その理由を聞く気にはなれなかった。
【トライヘッド】は静かに戦いの時を待っていた。
輸送中であるためシャードジェネレータは動いておらず、いまは静かに眠っているだけである。
不気味なほどの静けさを持ちながら、荒野の赤い月光に照らされた深緑の機体は、その暗い眼の奥底に見通せない狂気を灯していた。
怖いな。
それが【トライヘッド】の第一印象だった。
*
結論から言うと、襲撃はなかった。
輸送キャリアが走り、砂埃舞う平坦な荒野を急ぎ足で駆ける。
月は三つとも登りきっており、世界は赤く染まっている。今日は砂埃がやけに多い。
目標地点へまもなく到達するため、俺とハレーは機体に乗り込んで機体の心臓を温めていた。
わくわくうずうずと、【ガトリングクラブ】はやんちゃな子供のように忙しなく振動していた。対照的に、【トライヘッド】は乗り手と同じく静かに佇み、戦いまでその激情を鎮めているように見えた。
なんとなくではあるが、これから激戦が繰り広げられるな。そう感じた。
戦場は、何も無い荒野の平地のはずである。
要塞街の周囲は岩場と砂の荒野だらけとはいえ、平坦な地形そのものは少ない。
ゴブリンの軍勢と戦うにあたり、開けた地形を選択するのは至極当然であり、そこにゴブリンたちを誘導し決戦の地とする方針は、何も疑問に思うことはなかった。
だが、そこにあるはずの平地は、なかった。
赤い空へと砂埃が舞い上がり、陰った空気の中に高く黒い影が見える。
事前の話とは違ったでこぼことした地形。まるである一点から放射状に散らばっている、やたら多い砂岩。進めば進むほど違和感を感じていった。
輸送キャリアはここまでしか進むことができない。騎士サマの部下たちと連携を取りつつ、俺とハレーはギアを動かし、先へと進んだ。
そして遠くから見たその影を認識した時に、俺は強く納得した。
ああ、そりゃ。負けるわ。
それは当然の結論であった。
そのような事態が起きてまともに指揮など出来ようはずもないからだ。
どうやら俺は情報だけで謗ったことを、戦いで散った騎士達に謝らなければならないらしい。
それほどまでの光景が俺の眼の中に映し出されていた。
塔だ。
塔がそこにあった。
そして、その塔に。
要塞街から出撃したカーゴキャリアが串刺しにされ、その中腹で宙吊りになっていた。
ストックが切れたので投稿が当分空きます




