2話:観察
ギア──知的生命体が搭乗するために設計された、二足の巨人兵器。
遥か太古から使われてきたこの兵器の呼び方は傭兵の間でもバラバラで、アームズ、ギア、AGといった略称がある。俺はギア派、タコ野郎はAGと呼んでいる。
地響きを響かせながら戦場を歩くそれは、まるで意思を持った鋼鉄の巨人のようだ。
無骨な骨格に補修跡や弾痕が縫い付けられ、戦場で破損を繰り返した痕跡が各部に刻まれている。
武装は肩・腕・腰など、規格化されたハードポイントに自由に取り付け可能で、搭乗者の癖や性格、戦術に応じて千差万別のスタイルが生まれる。
似た型でも乗り手が変われば、その顔色すら変わる──ギアとは、そういう機体だ。
ギアは標準仕様では二足二手の人型をしている。
頭部には主要なセンサー群やレーダー関連装置。
背面にはジェネレータからエネルギーを変換し推力にするシャードブースター。
脚部、肩部など各箇所に回避や攻撃のための急制動を行うためのバーニアスラスター。
そして内部にコックピットとシャードジェネレータを保有しており、人が搭乗することでその全身を動かしている。
ギアは圧倒的なパワーを持つ。
格闘戦だけでもスクラップに致命傷を与えられるほどの破壊力を備えており、多種多様な武装を用いることでスクラップの大群とも渡り合える力を持つ。
その力の源となるのが、シャードクリスタル──
それを動力源として搭載されたシャードジェネレータと、そのエネルギーを経由させる赤色のシャード循環液が、あの鉄塊を軽々と動かすだけの出力を生み出している。
自立機動も未だ確立されておらず、なぜ人が乗る構造になっているのかさえ分かっていない。
そもそも構造物としてなぜ不合理な人型なのか、その理由はもう誰にも分からない。
考えるだけ無駄だ。俺たちは学者でも哲学者でもない。
傭兵にとってはどうでもいい話だ。
俺たちが考えるべきは、“どう動くか”ではなく、“どれだけ稼げるか”だ。
不合理だろうがなんだろうが、スクラップどもを残骸に変える力がある。
それをクレジットに換えられるなら──それで、上等な兵器だ。
残骸は資源になり、資源は街を回す。
街は傭兵にクレジットを払う。
それで食って、寝て、今日を生き延びて、また出撃する。
戦う理由なんて、それでいい。それだけで、いい。
*
破壊したスクラップの残骸は、後方からついてくるカーゴキャリアの回収班が拾っていくだろう。
タコ野郎が焼きつぶしたものが使えるか微妙ではあるが、一応識別用のペイントを塗っておく。
ここの傭兵なら見間違えることはないだろう。
ちょろまかされる可能性はゼロじゃないが、タコ野郎を相手にする奴はいない。
あいつにマークされたら最後、陰湿に、執拗に、そして合法的に潰される。
そんな愚かな行動をするやつはもう居ない。
その事実を知る傭兵たちは、誰も手は出さない。傭兵なりの平和協定というものだ。
俺たちは、先行偵察の役割を兼任する前衛部隊である。
雇い主は要塞街となり、今回の調査は突然落下したジャンクタワーの中身を探る任務だった。
現状、要塞街の防衛用を除いたギアは出払っているか、参加を渋っており、三機しか動かせない。
更に、そのうち一機は立場の問題でカーゴキャリアの護衛に回っていた。
実質残り二機──俺とタコ野郎だけで先行するしかなかった。
遭遇戦を終え、手頃な岩場でテントを張る。食事と休息の時間だ。
相変わらずタコ野郎は、行軍中の食事に手を抜くつもりがないらしい。
わざわざ大きめの鉄板を用意し”たこ焼き”を作ってくれた。
これは主星から伝わるとされる伝統的な料理であり、刻んだ乾燥鎧陸海老と、なにかの卵、葉物野菜と小麦粉を混ぜて鉄板で焼き、ソースを塗りたくった料理のことだ。
本来ならば、ソースを絡めて焼いた蒸し麺を追加するらしいが、今回は用意出来ないと嘆いていた。
タコ野郎の”たこ焼き”は絶品だった。パサついた携帯食を想定していた身体に、ソースの暴力的な味わいが染み渡る。
俺は代わりに塔で取った草葉をふんだんに使った茶をご馳走しようと、【オンボロ】の外部エネルギー供給ソケットを接続し、ケトルを温めた。
シャードは直接熱を発せず、”なにか”の波動をキャッチしジェネレータはそれでエネルギーを供給している。だからシャードそのものはかなり冷たい物質であり、ソケットから熱量になるエネルギーを供給しなければならない。
お気に入りの茶葉だぞ。存分に味わってくれ。
タコ野郎は渋い顔をしながら、それでも一滴も残すまいと無言で茶を飲み干した。
英気を養った俺たちは移動を再開した。
タコ野郎のうんざりするほど軽快なマシンガントークをBGMに、さらに一日進軍し──ついに、ジャンクタワーの姿が見えた。
*
天空から落ち地面に突き刺さったそれは、人々に厄災と、生きる糧となる恵みと、傭兵の栄光を与えてくれている。その黒鉄の威容は、塔と呼ばれている。だが俺は、この惑星に打ち込まれた、戦いを齎すだけの楔だと思っている。
ーージャンクタワー。
見上げたところで天辺を見通せないほどに高く、雲を突き抜けて聳え立つそれは、塔のような形状をした巨大な構造物だ。
外壁は金属や鉱石、そしてなぜか植物のような繊維質の何かでびっしりと覆われており、塔の付近は薄く霧が立ち込めていた。全体的な配色は黒い金属の印象が強いが、生物的な緑や白が混ざっている箇所も多い。
視認する人ごとに印象が違い、まるで金属で出来た巨人の死体だとか、福音を齎す輝く槍だとか、様々な表現をされる。タコ野郎はクレジットの塊に見えるらしい。こいつは特殊だろう。
塔の周辺は落下の衝撃で抉れ、広大なクレーターが形成されていた。
本来ならば、さらに広範囲にわたる地形破壊が起きていてもおかしくないという。
この一帯は、乾いた荒野にもかかわらず、塔の周囲だけに冷えた湿気が漂っていた。肌に張り付く冷えた湿気を感じる。
塔が纏う薄い霧が、まるで空気そのものを変質させているかのようだ。
そして塔の根元では、落下から間もないというのに、苔に似た植生がすでに地表を覆いはじめていた。
塔はそのままスクラップどもの活動拠点であり、やつらは周囲に自前の生産設備を展開して簡易要塞と化す。
俺とタコ野郎が周辺を偵察した際、さっきの遭遇戦で現れたのと同型のビーストスクラップが塔の周囲を警戒しているのを確認した。
やつらは簡素ながら生産施設をすでに展開しており、定期的に整備されつつ哨戒行動まで取っている。
「カラスはん。これ相当マトモな頭したジャンクタワーの可能性、高くありまへんか?」
タコ野郎の奇妙でむず痒いイントネーションに辟易しながら、タコ野郎の分析内容には賛同を示した。
通常、スクラップどもは壊れてる。
論理的な行動も合理的な行動も、機械の生命体であるにも関わらずできない。
スクラップは行動をデタラメ──あるいは不可解な基準で動いていることが多いのだ。
思考パターンがデタラメで、戦術も戦略もなきに等しい。
やつらが狂ってるおかげで、こっちはギアで対抗できているわけだ。
だが──ジャンクタワーのコアであるシャードクリスタルが、“壊れたまま動き続けている”ケースもある。
そしてその場合、配下にいるスクラップどもは“思想”を持つ。
今回の塔がまさにそれだ。はぐれと思われていたやつらは、偵察部隊だった可能性が高い。
明確な方針と組織的な配置。つまり、やつらは戦略的思考を維持している。
そうした場合、スクラップどもの危険度は跳ね上がる。
恐れを知らず、身体は金属製。しかも戦術行動が取れる。
そんな連中が知的生命体の街を襲えば──壊滅は避けられない。
──昔の俺がよく知っている。あの地獄をもう一度見るつもりはない。
幸い、落下してからまだ十日。
時間がたっていないこのジャンクタワーは、外部に本格的な生産施設を作る前に俺たちの接近を許してしまっている。
攻略するにもジャンクタワー側の設備が万全でない現状がベストなタイミングだろう。
タコ野郎が後方に連絡を入れる。
【キャタピラ脚】には上等な通信機器が積んであり、今回の連絡役はタコ野郎に任せていた。
アンテナを模した頭部を初めとして、タコ野郎がかき集め、吟味したセンサーがごちゃごちゃと機体に張り付いている。それにより【キャタピラ脚】の索敵・通信能力は極めて優秀であり、俺が知る中でも砲撃機として上位の機体だと感じている。
「答えは、“二機で必ず攻略しろ”やと。あっちも断りきれんかったんやね。報酬は弾む言うてたでぇ?」
予想はしていたが、ため息をつきたくなる返答だった。
──仕方がない。言われたら、やるだけだ。
軽い偵察予定だったものが、強行攻略にミッションが切り替わったらしい。
要塞街としては、万一の被害を避けるためこの塔を速やかに潰したいというわけだろう。
大軍勢に育つ前の初期段階であるのならばリスクは高いが俺とタコ野郎なら、成功の可能性がある──そう判断されたのだ。
正直なところカーゴキャリアの直掩にいる一機にも参加してもらいたい。
しかし立場が悪い上に、カーゴキャリアを動かす説得をもしてくれた。
残念ながら文句は言えない。
周囲の生産施設は小型用で、稼働も不安定。
この状態ならば戦力をだいたい分析できる。
塔内部の守備に回ってるのは、せいぜい有象無象の小型と、中型が数機。大型は一体いるかもしれない、という程度だろう。
「ほなカラスはん。楽しく荒稼ぎしましょか!」
タコ野郎が朗らかに笑って、気合を入れた。
俺も【オンボロ】のデッドウェイトになる肩スロットから、荷運び用のコンテナを一時的に外して軽量化する。
荷運び用コンテナには水と食料の大部分と修理キット、そして弾薬を詰め込んでいる。
【オンボロ】の搭載火器はシンプルな構成の分、タコ野郎の分も運ぶ約束をしていた。
弾数も多く積んである。
ショットガンの弾薬もたっぷりとあり、今回は派手に使うと決めている。
まとめ買いは少しだけ弾薬費を安く済ませられるため多めに仕入れたが、実際は邪魔なくらいに買ってしまったと考えている。だから今回はショットガンを派手に使う予定なのだ。
ショットガンの弾薬を詰め直し機体の装甲部分に予備弾薬を装備し、タコ野郎も消費した炸裂弾の弾薬を補充し、準備を整えた。
【オンボロ】の装備は、動きを止めるショットガン、構造物破壊用小型ロケット、そして切断用のレーザーチェーンソー。俺はスクラップ無力化には、“切断”が適切だと考えており、機動力と近接戦闘能力を重要視している。
特にレーザーチェーンソーは出力次第で切断の鋭利さを調整出来る上に、斥力による弾き飛ばしや、弱めにすることで地面や壁などに引っ掛けることもできる、など武器ひとつで様々な用途がある優れものだ。異様に頑丈なのも好感度が高い。
【オンボロ】と名付けてはいるが、内部のレバーやペダルを初めとした操縦系統や火器管制装置、各種センサー群や外部モニターなどは高性能なもので整えている。
名前は最初からこれで、機体のパーツが変わっても名前を変えずにここまで来ている。
確かに装甲は継ぎ接ぎだらけで、錆が浮いた箇所も多くある。ごちゃごちゃとした鈍重そうな旧式機にしか見えないが、信頼性の高いパーツだけで揃えた優秀な機体だ。
タコ野郎は対照的に、右肩に背負ったグレネードランチャーやハンドグレネード、火炎放射器の“焼き尽くし戦法”を主軸としていた。傭兵達には奇抜な武装の組み合わせを試す文化のようなものがある。
タコ野郎の出す火力は派手な分、コストもかかる。儲けを出しにくいはずだが――趣味だろう。
【キャタピラ脚】はアンテナを模した頭部以外は硬質な重装甲で固め、威圧感すらある無限軌道脚部を採用している。二足歩行脚部に比べて重心が低く安定力が高く、武装と装甲の積載量に優れており、生半可な銃弾ではその装甲圧で弾き返されるだろう。強力な機体だ。
──さて、攻略を開始しよう。




