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18話:静寂

第五セクターへ向かう列車で、示し合わせたかのようにヴァレリアン卿と出会ってしまった。

いや、そもそも列車の席を用意してくれたのもタコ野郎だったし、仕組まれていたと考えるべきだっただろうか。


いいのか領主サマ。今そんな暇ないだろうに。


「カーゴキャリアの売却は要塞街としても大きい取引だ。

 "高貴"な人物の推薦すらないと売買の段取りすらつけられないだろう。

 推薦人としては受け渡しの場に参上しなくてはならないからね。

 なに、カラスくんになら私が喜んで推薦するよ。購入の際は是非一筆書かせてくれ」


朗らかな笑顔で騎士サマは答えた。

今回の移動では貴族用の個室を割り当てられた。

豪華絢爛というほどではないが、そこそこ広い部屋を使用している。使うだけでかなりのクレジットを取られそうな大きさだ。

しかし、騎士サマは護衛も、タコ野郎も同席させず俺と二人きりにさせていた。

別部屋で待機させているのだろう。

不用心と言いたいところだが、騎士サマの柔らかな笑みは信頼によるものか、それとも"舐めて"いるのかはわからない。


ただ、速度を増した列車が荒い振動を車両に伝えつつも、その部屋はひどく静かだった。


「まずは謝罪を、貧乏くじを引かせて悪かったね」


ちょっと、いやかなり本気で申し訳無さそうに騎士サマが切り出した。

役者のような演技力を持つ騎士サマの本意はわからないが、貴族から謝罪を切り出されたのだ。対応を誤れば面倒なことになる。


謝罪を受け入れる。ずっと掌の上だったがな、役に立ったかよ。


「君は最高の仕事をしてくれた。まさか騎士まで参加しているとはね。私としても予想外だった。ひやひやしたよ。

 そこから全てを切り崩すことが出来たが、あそこで逃さず倒せたのは、君の成果だ。完璧な仕事だと私は確信しているよ」


騎士サマは俺を手放しで賞賛した。ちょっとむず痒いな。

最後の最後でタコ野郎に手柄を取られたけどな、と自嘲して返した。

今日の騎士サマの表情は本当に読めない。

俺は悪意の殆どは見抜けるが、この手の意図を隠そうとする会話は本当にダメだ。

絶対に貴族なんかやれないな。ならなくて正解だったらしい。


しかし、もうちょっと報酬貰ってもいいんじゃないか。

撃墜10機の大戦果にしては報酬がショボすぎやしませんかね。

俺じゃなきゃ出来ないし、更に言うと俺じゃなきゃとっくに裏切ってるぞ。


「はは、確かに。ただあの戦いを傭兵間での抗争ということで済ませたかったのでね。

 悪いが報酬という形では支援できそうにない。ここは本当に申し訳なく思っている」


もういいや、表面上の会話で。騙されても悪いことにはならんだろ。

その点で言うと騎士サマはひたすら誠実に、俺のことを慮って扱っている。かなり繊細な気遣いすら感じているので、悪い詐欺師に捕まったやつはこんな感じなのかな、と他人事のように感じてしまった。これで騙されていたら人間不信になってしまいそうだ。


分かってるが、こっちも仕事でやってるんだ。

この報酬なら次の仕事は受けられないぞ。敵側に回っても悪く思うなよ。

そう軽口のように愚痴っていたら、ヴァレリアン卿が切り出した。


「そうだ。不義理をしているのはこちらだ。非公式とはいえ、これだけ活躍してくれた君への報酬がこの程度ではヴァレリアンの名の沽券に関わる。そのため、私としては君が望む情報を、自分の権限で出来る限りで渡したいと考えている」


やはり詐欺師だな。仕方がない。今はその甘言に浸かってやる。

思考を削がれた哀れなカモである俺は、騎士サマの言葉を待っていた。好きにしてくれ。

気を抜いて構えていた俺を、突如真剣な眼差しで見つめてきたヴァレリアン卿が言葉を放った。

その思いがけない一言が、容易く俺の鼓膜を貫いた。



「君は、──を探しているのだろう?」



なぜ、それを。

ヴァレリアン卿の声が空気を震わした。

その時、まるで何かの運命が解けたように、列車が交差した。

向かう道が違う列車が紡ぎ出した轟音が、孤独な部屋に静寂をもたらした。





第五セクターは要塞街の商業の中心点であり、同時に外交の拠点でもある。

カーゴキャリアを受け入れることが出来る上位セクターは、防衛の拠点である第三セクター、鉱物資源の採掘地である第二セクター。そしてこの商業拠点である第五セクターしか存在しない。


そのため、政務の中心地である第四セクターより、外交のための”貴族街”を有している第五セクターのほうが、貴族や上級市民の数が多いとされている。

そのため、この商業セクターの中央通りを歩くのであれば、最低限の身嗜みをしなければ、住民全員からの蔑視を浴び続けるという不快な洗礼を受け続けることとなる。

正直、一番来たくなかったセクターだ。


だが、上流階級が集うとはいえ種族が限定されているわけもなし。ゴブリンのデカ耳なども平然と出入りしていると聞く。


洒落者であるデカ耳は下町の話し方をしていても、上流階級との縁も独自に持っていると言っていた。だからやつの情報は上から下までの階級から揃えられるのだ。

今はシャード売却のために良い取引先を探していると聞いていた。上手くやってくれよ。

さて、商業セクターは客層が違うため、上流階級相手の店が多く、値段は高いが食事や酒の質は良い。ちょっとクレジットを多めに持ち出し、俺はそこを歩くことにした。


俺はふらふらとデカ耳オススメの店に入り時間を潰すことにした。わーい。お酒だー。


列車による移動後、一時的に解散した俺は時間を持て余していた。

というより騎士サマの予定に合わせたせいなのか、かなり時間が空いている。

タコ野郎も俺を放置してどこかへ行きやがった。

まぁ、俺としてもヴァレリアン卿との会話の衝撃を解くために、時間と酒が欲しい。

10日間もギア弄ってたときの疲労と比べ、その何倍も疲れたような気がする。


デカ耳オススメのお店は中々洒落た雰囲気だった。

上品さの中に、多少の意図的な"粗野さ"をブレンドした大人の男!といった店だった。

第三セクターにあってもおかしくないが、荒くれどもがバカ笑いする下品な店とは別モンだな。

意気揚々と俺は入店し、早速おすすめの美酒を注文した。



なに?子供に酒は売れない?



ア”ァ”?成人してらぁ!こちとら10年近くギアに乗ってるんだぞ!?

そんな勘違いされたことねぇぞ!?


と、言い放ちつつ、今の服装を冷静に見つめ直した。

あー、そうですね。


ふりふりのピッチリ男装服でしたねぇ。

アニメイションに出ている少女用のコスプレ衣装。うん、誤解されるなこれは。



あー、証明にならんかもしれんが、傭兵許可証で行ける?ダメ?ダメか?

そうだね。うん、君は正しい。職務熱心だ。迷惑をかけた。うん。



うわーん!



俺は子供みたいに、わめいた。





俺の機嫌は複雑怪奇であった。

まずデカ耳!お前!店選び最高!酒飲めて無いけど!

お店!マジで美味かった!でも高かった!酒飲めてないけど!

タコ野郎!放置しやがって!酒飲めてないんだぞ!

騎士サマ!こっちの感情ぐちゃぐちゃにしやがって!酒飲めてないんだぞこっちは!


お酒飲みたーい!


崇高な使命に取り憑かれた俺は、商業セクターの表通りから外れ、裏道の方へと移動していく。

俺は疲れているんだ。もう少し遵法精神の薄い店は無いか。

そうしてブラブラと歩いていたら、流石の商業セクターであっても、付けてくる奴が現れた。

わぁ、街のチンピラだ。第三や第七セクターより上品だなぁ。

貴族のガキどもかな?弱そう!

俺がちょっと微笑ましく感じてきたところで、通路の前後を塞がれてしまった。

ニヤニヤと笑う貴族のガキども。いいねー手馴れてるじゃないか。

なかなか上品な服着ながらやんちゃしてるねぇ。

ストレス解消に丁度よさそう!俺ケンカで負けたことないんだよね!

凄く気分が良くなってきたぞ!


何故か貴族のガキどもは後ずさって困惑している。

お。どうした?怖気付いたのかな?コワクナイヨ。

満面の笑みで警戒を削ごうとしたら、何故かさらに怯えていた。

おやー?どうしたんだろう。カモだよー、おいでよー、ただの最上級傭兵だよー。


前後は塞がれているため通り抜けるには難しく、されど話しかけたり、襲いかかってもこない。

奇妙な硬直が発生していた。なんで?


どうすっかな。こちらから殴るのは流石に面倒なんだよな。

俺は正当防衛という言葉と法律が大好きなんだ。

でも強引に通り抜けてもなぁ、行き先も別にない。


はぁ、ため息が出てきた。なんか途端に面倒くさくなってきたな。

穏便に事を済ませるか。おいそこどいて──



「何をしている童ども。そこを退け」



低く、カサついた威圧的な声が後方から通路に響いた。


──武人だな。

そう俺は振り向く前に感じた。

振り向いた先に居たのは二足歩行で立つ、硬質な鱗を持つ蜥蜴のような顔を持った種族であった。



リザードマンか。要塞街では珍しい種族だ。



やつらは湿地帯あたりの街を拠点に住んでいる人型種族であるが、乾燥地帯である要塞街には用事がない限り来ることは少ない。だが、戦場があれば何処にでも現れるだろう。


リザードマンは生粋の戦闘種族である。

生身でも小型スクラップなら倒しきれる程の武勇を持ち、それでいてギアを積極的に用いスクラップどもと執拗に戦う種族たちだった。

どの戦場にも現れることから生粋の"傭兵"であり、彼らも狂っていると言われている。

しかし戦闘に狂っているというよりは、"信仰"に狂っている。と俺は思っている。


リザードマンのギアはかなり特徴的なシステムを用いており、正気とは思えないあれを駆使した熟練の乗り手は一騎当千とも呼べるほどの強さを持っている。

今、俺の目の前にあるリザードマンは小柄な方だ。

それでも俺と比較して頭三つ分くらいは大きい背丈をしていた。

さらに身体が太く全身が筋肉で出来ているかのようだった。

前に会った筋肉ダルマとは違い、引き締まった肉体だ。

全身がバネのように柔軟に躍動するであろう、強靭で美しい曲線を描いていた。

いいなー。


眼の前に居るリザードマンは、街のど真ん中であるこの場所ですら完全武装をしていた。

常在戦場とでも言わんばかりの様相をしており、長柄武器を背負い、腰に帯剣。

更に何かしらの武器が隠されているであろう腕の篭手を装備していた。

おいおい、商業セクターに居ていいのかこんな益荒男が。ここが戦場だと勘違いするぜ。


チンピラ達はその異質な空気を感じ取り、壁に張り付いたり、逃げ去っていった。

リザードマンはそれらを微動だにせず、チンピラどもの無様な姿を静かに目で追い、厳かに佇んでいた。


「軟弱。童は逃げんのか?」


ん?俺かい?逃げる理由は無いからね。

あと童じゃないのよ。体躯と顔のせいでたまに言われるけど、成人してるんだぜ。

あー。聞きたいことがあるんだが、いいかな?


「そうか。他種族の年齢は分からん。お主、オレに何かしら用があるのか?」


俺は他の全ての聞きたいことを飲み込みつつ、切実かつ重要な情報を聞き出した。

この情報はありとあらゆる情報より優先順位が高いのだ。仕方がない。うん。



いい酒、飲めるところ知らない?





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