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16話:騎士


なんか虚しくなるほど弱かったな。

正直、死地のつもりで来たんだが、圧勝しているこの状況に、逆に困惑している。

戦力差は親方のAGを頭数に入れてなかったから、1機対12〜14機、という戦いにすらならないくらい不利な状況を想定していた。だが、手加減する余裕すらあった。

相手のコアフィールド頼りになるが、コックピットそのものは外したし、たぶん全員生きてるだろ。

街の破壊もお粗末だ。複数箇所に火の手は上がっているが、想定よりかなり抑えめだ。

ヘタをすると化学工場あたりは可燃物もあるし、一面火の海があり得たが、ボヤ程度で住んでいる。

被害が抑えられたのは良いことだが、いったい何がしたかったんだ。


【グラスホッパー】はかなり限界に近づいている。

ここからの機動は怪しくなるだろう。あの【ハードパンチャー】はその点で言えば最低限の仕事をした。かも。

うん。頑張って褒めた。こっちが勝手に不調なだけだからなぁ。


そう考えていたら、シャードブースターの爆音と共に傭兵のギアが駈けてきた。

事前の情報から考えると、親方が相手してるのを除けば最後の一機だろう。


「クソっ!貴様!錆び烏だな!なぜヴァレリアンの味方をする!」


あ?今俺は騎士サマの使いっ走りなんだからしかたねーだろ。この襲撃を主導した奴に言えよ。


ギアが機動しながらライフルによる射撃を敢行した。

むっ、回避が間に合わない。二発、前面装甲に被弾する。循環液が漏れるほどのダメージ。

攻撃力はそれほどでもないと感じるが、【グラスホッパー】の薄い装甲ではこの程度でも大きい被害だ。装甲薄すぎだろ。

まずいな。跳躍して上を取ろう。


最後に残ったギアは、明らかに動きが違った。

と言えども、一般傭兵より上という程度の機動だが、それでも今夜相手にした奴の中では段違いに良好な動きだ。ビルディングを使用して無理に跳躍しようとせず、しかし機動を絶やさず、こちらの攻撃を誘導し回避するという意図が見える。


狙いもそこそこ正確。ビルディングを蹴飛ばしながら機動し、攻撃の回避と共に観察。

カモフラージュされている塗装のお陰で分かりづらかったが、よく見てみれば装備の質からして他の機体とは違う。

ライフルもレーザーブレードも新型だし、ミサイルは連装式だ。

流石に機動中に分析は難しいが、各種パーツもアップグレードしたものを使用しているだろう。頭部に至ってはブレードアンテナ式のものに換装しており、通信能力を強化している。

こいつ、指揮官だな。


「我が領地のものを動員してまで起こした革命が、貴様一人のせいで御破算だ!万死に値するっ!」


あ”?

なんだ、お前。

そういうことかよ。

どうやら敵が弱く、破壊もヌルいのは当然だったらしい。


あいつらは”傭兵ですら”なかったのか。

戦場に出る覚悟が無いやつを、乗せていたのか。

そしてこいつは、傭兵の機体に乗っている、が。



“騎士”だなテメェ。



【グラスホッパー】が青い血を垂らしながら、カメラアイをわずかに鈍く光らせた。

エネルギー残量は僅か。しかも不調は悪化している。

ジェネレータからエネルギーをほぼ取り出せていない。

だが、それでもまだ戦えると、【グラスホッパー】は言っている。

上等だ。付き合うぜ。俺もキレてる。



残りエネルギーを考慮すると、長期戦はもう無理だ。

全火力を叩き込み、さっさと終わらせるしかない。

あのレベルの動きをする機体には強襲は不可能。

しかし遠距離戦で命中精度の維持も難しい。

長期戦だと【グラスホッパー】が確実にバテてしまう。

つまり中距離で、機動しながらの射撃戦しか勝機が無い。


ビルディングから跳躍し、自由落下と共にスナイパーライフル、そしてマルチロックミサイルの誘導弾を発射する。

対多数用の誘導弾は単体対象の連続発射に向く機構ではない。三発同時が関の山だ。

中量二脚の機動は確実であり、ライフル弾を肩部あたりの装甲で防御、誘導弾二発を回避し、残り一発はレーザーブレードで切り払った。

歪んだイオンの残光が月夜の戦場を照らし、敵機を怪しく彩った。


――強い!


騎士は連装式誘導弾をわざわざ単発で発射した。

脆い【グラスホッパー】に誘導弾が命中した場合、ヘタをすると一撃で戦闘不能に陥る可能性がある。絶対に直撃を貰うわけには行かない。

騎士は俺の機体の姿を見て、それを判断したのだろう。一発のみの攻撃でこちらに機動を強制させてきた。

そして回避先にライフルの弾丸を”置き”、確実に命中させてくる。

【グラスホッパー】が、装甲の破砕音と共に揺れる。

クソ、軽量型への対処も熟知してやがる。

ギアの”体力”を削る気だな。

循環液が漏れる。出力と効率を優先した青い血は、負傷箇所の補修が赤い循環液より遥かに遅い。被弾と共にエネルギーが激減していく。

このままでは”出血多量”で動くことすら出来なくなる。動け!


こちらの武装はスナイパーライフルとマルチロックミサイル。武装の面でも不利だな。

だが、一部の愛好家はスナイパーライフルの真価は接近戦に有りと称している。

扱いこそ極めて難しいが超高速のライフル弾は、近距離においては撃たれた時点で回避不可能な武器に変貌する。

槍のように扱え。と狂人どもは言うが、確かに照準合わせこそ暴れ回るが、使ってみればその弾速は確実な命中を齎す。集中力を削りながら繊細に扱え。さすれば必ず貫ける。


狂気に身を任せろ!


エネルギーをと集中力をゴリゴリと削りながら、ビルディングを足場に真横へ跳躍。

敵機に一撃、また機動。これを繰り返すだけの単調作業。”槍”を避けるのはどれだけ早くとも不可能だ。だからこれを主軸とする。


俺の思考は熱を持って回転し続けていた。


稼働時間を削ってでも、被弾を減らす。

しかし高速機動の中で、更なる正確な射撃を続けろと【グラスホッパー】が要求してきた。このままでは勝てない。やれってか?

最後の最後でワガママな姿を見せたな【グラスホッパー】!やってやろうじゃねえか!


狙うは右腕のライフル。これさえ潰せば、攻撃力は大幅に削れる。

だが左腕も、【グラスホッパー】最大の攻撃力である蹴りを封じるには充分すぎる装備だ。

機動を強制されるミサイルでも構わない、破壊力が高すぎて放置できない。

つまりは、なんでもいい。本体じゃなく、武装を削れれば勝ち筋はある。

が、狙えるとは思えない。無理だ。


理由は単純。

そこまでの精度での狙撃はもはや不可能だからだ。



敵の射撃を回避。機動、足場はどこだ。

着地、射撃。命中。だが防御された。

誘導弾!避けろ、跳躍!残エネルギー、わずか。

距離が甘い。詰められる。レーザーブレード、危ねぇ!

全力機動!反撃。誘導弾、よし命中ッ。

ライフル、被弾。逃げろ、跳躍。

誘導弾、撃ち落とせ!



爆発。



距離が空いた。

息を吐く。やっと呼吸が出来る。


練度は平均的だとは思うが、それでも高速戦闘に平然と着いてくる騎士は、流石としか言いようがない。

ダメージレースでは、装甲と重量の差で完全に敗北している。

【グラスホッパー】は脆い。内装へのダメージも大きく、エネルギーも限界が近い。

このままでは、負ける。


だが、今回の誘導弾の爆発は、敵機の至近距離で発生した。

爆煙の向こう、金属片が弧を描いて落ちていった。

右腕のライフルだ。騎士は迷いなくそれを捨てた。良し!


「なんという武威――なぜ貴様のような強者が、ヴァレリアンのような混ざりものに従う!」


ンだよ、雇われただけだぜ。しかも純血主義者かよダセェな。


「正当な支配者に従うことこそ、民にとって幸福だ!なぜわからん!」


そんなこと言ってもよ。お前さ。


――なんでここにいんの?


騎士なんだろ?戦争に行けよ。

大義名分はどうあれ、外征に出た騎士達の方が、こんなところで火種作ってるお前より、遥かに立派だよ。ヴァレリアン卿なんか塔の攻略に同行したんだぞ。見習えよ。


役目を果たせよクソ貴族。


「貴様ぁぁぁ!愚弄するか!侮辱は許さん!」


エネルギーブレードが閃く。

ははっ。安い挑発に乗ってくれたな。

助かったぜ。こっちは限界なんだ。

即座に跳躍。空気を裂く刃の熱が足元を掠めた。

エネルギー残量。持って数秒か。

もう、次で、動けなくなる。

ビルディングを蹴り、跳ね登る。

【グラスホッパー】ここまで付き合ってくれてありがとうな。

もう被弾は覚悟の上だ。回避は出来ない。

だが、奴のエネルギーブレードは無い。

今使ったばかりだ。再チャージに数秒はかかる。

スナイパーライフルとミサイルをパージ。

衝撃音と共に機体が一気に軽くなる。

行ける。ビルディングの壁を思い切り蹴飛ばした。


――高く、高く跳べ【グラスホッパー】――


欠け月を背に、街の全てを見渡しながら、重力に引かれ落ちていく。

シャードブースターを”下”へと全開。

油圧シリンダーを圧縮。脚が軋み、膝が悲鳴を上げる。

残る全てを注ぎ込んだ、最後の一撃。

迎撃の誘導弾が白い尾を引いた。

速度は殺さない。機体だけを軋むほどに捻りあげる。

装甲を掠めず、腕の内側を弾がすり抜けた。

再加速!互いの進路は交差した。回避などさせない!

着弾の瞬間、脚部の油圧シリンダーを解放。



吹きとばせ!



【グラスホッパー】は爆音と共に全力のインパクトを。

騎士のギアに叩き込んだ。





エネルギーは尽きた。

蹴りに使った脚部も衝撃を吸収できず折れ曲がった。

この状態では立ち上がる事すらままならない。

そして――


「貴様――楽に死ねると思うなよ――レーザーで焼き殺してくれる――!

 はは、ははははは、はははははははは!!」


倒しきれなかった。狂ったように騎士は笑う。

騎士のギアはボロボロの姿で、半身が欠けていた。

もはや立っているのも奇跡のような姿であったが、しかし動いていた。

レーザーブレードを起動させ、全てを焼き尽くす妖光を左腕に帯びて、脚を引き摺りながら近寄ってきた。


力尽きた【グラスホッパー】はなんの反応も示さない。

既に限界を超えており、指先一つすら動かせない。

その青い血は流れ落ち、気絶しているかのようだ。


もう何も出来ない、なにか、なにか無いのか。

このままでは、焼き殺される。何か手は――ー!


その時。

ざざざと通信機にノイズが走る。

呑気な声が俺の耳元に届いた。

俺はその声を知っている。

来ないでくれとすら思っていた。

だが、それは最後のひと押しをする救いの声だった。

俺は通信機を毟り取った。


「友情価格〜必中必殺グレネードランチャーのお届け便!おひとつどうや!?」



――買った!!――



「ま、い、ど、あ、りぃ!」



動けない俺の目の前で、超遠距離からのグレネードランチャーの炸裂榴弾が、騎士が乗るギアを貫き、ぶち抜いた。

残光と共に騎士の妄執ごと、それは全てを吹き飛ばしていった。




戦場に残るのは、降り積もった薬莢と、月光を反射する無数の残骸だけだった。

街から立ち上る煙も細い糸のように緩やかで、乱痴気騒ぎの終わりを告げる狼煙に見えた。


戦いは終わった。

そして、全ての幕引きする時が来た。



―――さぁ、茶番が始まる。



月の光を浴びながら【ハルバード】がその姿を現す。

影がかかり顔は見えない。しかしその姿は悲壮な覚悟を決めたかのように、思い詰めていた。


ありがとうな【グラスホッパー】、これからお前に悪いことをする。少しだけ回復した機体の循環液が一瞬だけ訴えた。

そうか、お前の覚悟。受け取った。なら全力で茶番を遂行する。

ブースター出力を全カット、脚部や腕部のエネルギーも最低限に抑える。動くことすら出来ない状態だ。無駄でしかない。

エネルギーを抑えるだけならば巡航モードにすればいいが、これから起こることを考えたらそんなことは言ってられない。コアフィールドの出力を少しでも稼ぎたい。

幸いというか、循環液との相性が悪かったせいで発生したエネルギー不調だが、ジェネレータはうるさいほどエネルギーをため続けていた。機体各部の循環液には影響しない。これから起こることを考えたら最適とすら言えるだろう。

タコ野郎は見届け人ってことか。

大丈夫?ちゃんと台本を読ませた?

そいつは天性の漫才師だから、クレジット払わなくてもアドリブで余計なこと喋りまくるぞ。


「我が名は騎士ヴァレリアン!街に騒乱をもたらした”賊”に鉄槌を下す!申し開きはあるか!?」


騎士サマは張った声でわざと響かせた。やっぱり役者に向いてるんじゃないか?

そう、これから相手の思惑通りに”暴れ回る傭兵を討伐する”のだ。ただし、討伐相手は俺で、主役は騎士サマになったが。

これが一番丸く収まる。欲望だらけの貴族どもよりも遥かに”マシ”な騎士サマがここを支配するべきだ。これが一番犠牲者が出ない戦いになったと、俺は信じる。

コアフィールドを全開にする。一時的だがコックピット周りだけ騎士級の防御能力を獲得できるだろう。死にはしない。

【ハルバード】のレールランチャーがアクティブになった。何か最後に行っておくか。


あー、良い言い回しが思いつかんな。んーと。


――給料くらいちゃんと払えよクソ貴族――


俺は役者にはなれそうにないな。

電光がビルディングの隙間で輝いた。

俺たちに【ハルバード】のレールランチャーが叩き込まれ、追加のデュアルグレネードでトドメを刺された。

コアフィールドに守られながらも、その衝撃で俺は意識を失った。



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