13話:押売
特に何もなく、第七セクターの停車駅へと到着した。
近くの工場では、溶接のバチバチとした音と、屋外に漏れてくる閃光。それに混じる蒸気の噴き出す音。
光と熱と、エネルギー圧縮液が蒸気へ変わる匂いが混ざり合って、うん、いい気分だ。
平穏な旅程だった。
うん。あんなもんはイベントですらない。平穏だ、平穏。そういうことにしておこう。
もう記憶も朧げだ。筋肉の記憶しかない。
うーん。いいなあ、筋肉。羨ましいなぁー。
なんか、どれだけ食べても、余計なところにしか肉がつかねぇんだよな。
もう少し体重が欲しい。ギアに乗ってても、体重不足で血が足りてない時がある。
ギア乗りは“血の気が多い”ってのが、比喩じゃなくて性能そのものに関わってるからな。
コアフィールドは慣性や重力を多少軽減してくれても、“脳”はごまかせない。血が足りねぇと反応が鈍る。貧血になると、視界がブレる。
それらが一瞬の判断ミスに繋がり、死まで直結する。
あー、体重が欲しいタッパが欲しい体格が欲しい――!
もっとガタイ良ければなあ――!
そんなことをぼんやり考えながら、駅の構内を歩いていた。
気が抜けてぼけーっとしてたが、ちゃっちゃと親方のところに顔を出さなきゃならない。
何か、乗れる機体を探さなきゃならんのだ。
セクター内を巡回する、中型車輪式人的資源輸送特化型ライトフレーム、要するにバスに乗って移動する。
第七セクターは雑多な工業地区であり、要塞街における生産の中枢を担っている。
鉄鋼、機械部品、薬品、化学製品、製糸、製紙──多種多様な物資の生産を一手に引き受けるこの場所は、都市の心臓部とも呼ばれる。
各種工場が立ち並び、空には排気蒸気と低くうなる振動音が常に満ちている。
通勤者も多く、第六セクターから流れてくる労働者で混みあう時間帯も珍しくない。
街には実に多様な種族が居る。
物作りに長けた者、器用な指先を持つ者、優れた頭脳を持つ者、あるいはただ狂ったように好奇心を抑えきれない者たち。
ここでは、指さえ動けば仕事がある。
そのため、経済的に弱い者も多く集まってくる。いわゆる下層民と呼ばれる存在だ。
だからこの地では、多少暴れてもお咎めがない。
治安維持の手が回らない、というより、誰も本気で守ろうとは思っていない。それがこのセクターの現実だ。
圧縮シャードの水蒸気を排出しながら、バスはのろのろと動き出す。
ガタガタと揺れる足元。整備が行き届いていない舗装。
たまに響く爆発音。ん。どこかの工房がまたやんちゃしたな。
戦場の匂いは、ない。なら大丈夫か。
要塞街の建物は、ちょっとやそっとの爆発では崩れない。見た目がボロ屋でも、ギアが上に乗れる程度の強度はある。ハズだ。多分。
所々には、それなりに質の良さそうな科学者たちのよく分からん警備がされているビルディングも見えるし、何作ってるのかさっぱり分からん化学薬品工場なんかも点在している。
まあ、いろいろだ。
汚れた排水川のそばや、ゴミ廃棄施設のあたりには、スクラップが住んでいる。
うん。スクラップが住んでいる。
あれは油虫型だな。
やたらと足が速く、でかく、気持ち悪いが、勝手にゴミを漁ってはどこかに運んでくれる“益獣タイプ”のスクラップだ。排水川にも何か住んでるらしいが、ちょっと良く知らん。
要塞街には意図的に穴が開けられている場所があって、第七セクターでは廃棄物処理場に接続されている。
不思議なことに、スクラップは“知的生命体が出すゴミ”にだけ妙な執着を示すタイプが居て、ゴミを回収してはどこかへ消えていく奴らが居る。
本当に意味がわからないが、これが“スクラップは狂ってる”って言われる理由の一つだな。
なおゴミ捨て場は危険地帯であり、スクラップと殴り合う可能性があるから、簡易戦闘用ライトフレームでの作業が義務付けられている。高級取りだ。ここから傭兵に転向するやつも多い。
さて。そろそろ着くな。
親方のガレージは、第七セクターの奥の方だ。
親方は手先が器用な職人が多いドワーフという種族である。ドワーフは、背丈がゴブリンより少し大きい程度だが、まるで丸太のようにがっしりとした体格をしている。身体は鋼のように固く、熱にも毒にも強い強烈な肉体をしている。いいよなぁ。
ただし、種族全体が大酒飲みの酔っ払いで頑固で意地っ張りで話を聞かない。話を本当に聞かない。
コテツを先行させたし、連絡もしているが、ちゃんと聞いてんのかな。
親方も、かなり“やんちゃ”な部類に入るしなぁ。
*
「おう!カラス!お前のシャード、ワシ自慢のジェネレータに突っ込んで使わせて貰ってんぞ!いやぁ動くやつが一昨日爆発してよぉ!」
なにやってんだぁ親方ぁ!
おま、お前ぇ!ちょっと待てぇ!竜まで狩って手に入れた最高級シャードだぞ!?
「ンだよお堅ぇないいだろワシの元に持ってきたって事は自由に使っていいってことだろオーケー自由にやらせて貰ってるぜ助かるわありがとよカラス!」
一気に捲し立てた親方はその髭面で満面の笑みを浮かべもう用はないと言わんばかりに踵を返した。
いや待てこのクソジジイ!
「ンだようるせぇな。気にすんなよワシの理論は完璧だ大丈夫安心しろ想定が正しければ爆発する確率は30パーセントくらいしかねぇ!おらぁ!スイッチオン!」
スイッチオンじゃねぇ!ふざけんなぁぁぁぁ!
爆発はしなかった。よかった。ほんとうによかった。
*
暴走した親方の腹をぶん殴ってから冷静に話を始めた。
「めちゃくちゃ痛てぇ」
俺の腕力は小型スクラップなら倒せるからな。
加減してくれてありがとう、って感謝してもいいぞ。
「馬鹿力め。ンで? 第七セクターに襲撃が来るだって?なんで?」
なんでってお前、聞いてないのか?
「何がだよ。ワシはこのあたりずっと工房に籠ってたんだ。いやぁ革新的な機体を組み上げててよぉ!傑作だぜ!どう考えてもエネルギーが足りないが世界がワシに追いついてない証拠だ!遅すぎる!」
機体があるのか!なら話は早いな。ちょっとそれ貸してくれ。
「は?嫌だが?」
あ゛ァ゛?
「なんでお前さんに可愛いワシの最高傑作を渡さにゃならん。恥を知れ恥を。というか【オンボロ】使えよ。昨日からコテツの奴が籠って解体整備してたぜ」
【オンボロ】に問題があるんだって。ジェネレータもフレームもイカれてて使い物にならねぇんだよ。
「ふーん」
ふーん。ってお前。興味無さすぎて腹立ってきたわ。
第七セクターで襲撃があるんだからむしろ当事者だろうよ。これから戦場になるかもしれねぇんだぞ。少しは顔色変えろよ。
「滅べこんなセクター」
おっ、反乱分子かな?酔っ払いか?騎士団呼んだほうがよろしくて?
「ンだ、貴族でも死んだんか?なら清々すンなぁ!今日は祭りだ宴だ飲み会だ!おいカラス!酒を浴びるくらい飲むぞガハハハハ!」
うおこいつ昼間から酒飲みだしたぞ。
なんだろう。今日の親方はキレッキレでまったく役に立たないな。放置してコテツと相談するしか無いか。
*
「親方はあれで真面目に考えてますからねー。あ、カラスさん。そこに居るならなら手、貸してください」
別ガレージにて、コテツが【オンボロ】から取り外したジェネレータを整備しながら、俺も見ずに言った。
雑な扱いだなおい。しょうがねぇなぁ。で、なにすれば良い?
「そこのセッティング全部任せます。分かりますよね?あと、これ渡しておきます」
振り向いて、俺に仕様書の束を渡した。なんだこれ。
「ヴァレリアン卿から「ギア一機を整備しておいてくれ」って言われたんですよ。なにも見るところが無い、完璧に整備された機体を、ですよ?」
騎士サマから?
「これ、使っていいんじゃないですか?流石にジェネレータは外されてたので、【オンボロ】のものを流用したいと思います。親方が作ってるキワッキワの奴は、まだ出力安定してないんで、やめといた方がいいです」
なんか、キナ臭いな。
「ってことで、パーツ集めより先にジェネレータ直させて貰ってます。なんか急ぎで必要になりそうですからね」
色んな意図が絡んでそうで、嫌な予感しかしねぇな。
まぁ、使える機体があるなら、有難く使わせて貰うか。
事実として、使える足がないことは間違いがないんだ。
「機体名は【グラスホッパー】だそうです。あんまり貴族の使う機体らしくない名称ですね。出処が分からないパーツばかりですが、性能はかなり良いですよ」
ふうん。あとで見せてもらおう。それよりもギアの心臓を直さなきゃな。おい、そのパーツくれ。コラ投げんな。親方の影響強すぎだろ。
*
整備を終えた俺は【グラスホッパー】とやらに会いに行った。それは親方のガレージの片隅で、懸架されたまま、小柄な姿を力無く晒していた。
古い機体だ。よく整備されてはいるが、年代物である雰囲気を感じる。
緑色に塗装された小綺麗な、しかし剥き出しの配管の無骨さと、滑らかな少し丸みを帯びた装甲を配していた。
騎士サマの扱うような重装機とは違い、支援機として作られていたのか、かなりの小型機だ。下手をすると大型機であった【ハルバード】の半分強程度の大きさしかない。
脚部は跳躍力に優れた逆関節構造を採用していた。
瞬時に加速・離脱が可能な“逃げ足”に優れるタイプだ。
装甲も見て分かるレベルで薄く、華奢だ。腕も細長く、ひょろりとしていた。
頭部センサーは筒のようなカメラに似た形状をしており、遠距離戦闘能力を重視しているのが分かる。
全体のシルエットは虫のようにも、バネのようにも見える。
仕様書を読みつつ、【グラスホッパー】の武装や操縦系統、足回りなどを順に確認していく。
【グラスホッパー】の武装はたった二つ。
スナイパーライフルと、小型マルチロックミサイルだけだ。
武装が少ないのには、明確な思想が存在していた。
おそらくこれは、都市空中戦を想定して設計された機体であり、シャードブースターの出力に強く依存しているためだ。
各種武装は、装備しているだけで使用待機状態となりエネルギー供給を受け続け、シャードジェネレータの出力を消費してしまう。
ゴテゴテと武装を盛りすぎると出力が不足し、シャードブースターに回すはずのエネルギーが奪われ、機動力が著しく低下する。
シャードブースターには細かな仕様に違いはあるが、大まかには三種類。標準型、瞬発力重視型、省エネ型だ。 【グラスホッパー】は完全に瞬発力型であり、シャードブースターへの依存度が高い。だから武装を限定し、シャードの出力はすべて“跳躍”に割かれているのだろう。
【オンボロ】の武装も少なかった理由も同じだ。
限定用途でありデメリットが強い代わりに、異様な負荷の軽さを獲得した小型ロケットを除けば、実質的には装備は二種のみ。しかも、ショットガンは実弾兵器でエネルギー負荷は軽微、出力に影響が出るほどでは無い武装だ。
つまり【オンボロ】は、シャード出力のほぼ全てをレーザーチェーンソーと機動力に振った、典型的な近接特化機だったと言える。
対する【グラスホッパー】は遠距離戦特化機体だ。小柄で軽量級に属するフレーム。薄い装甲の代わりに射撃精度を高めた腕部、跳躍力に優れる逆関節脚部には鉤爪がついており、その脚底は都市構造物への張り付きや、高所からの離脱にも適応した構造だ。
そして遠距離用のセンサーを装備したカメラアイ型の頭部。いっそ振り切った装備をしていると分析できる。
【オンボロ】なら多少の被弾にも耐えたが、【グラスホッパー】ではそれが命取りになりうる。
そんな“脆さ”を、俺はこの機体から確かに感じ取っていた。
*
「カラスの旦那!やべぇ、奴ら本気だ!傭兵団二つ分が動くらしいですぜ!」
ジェネレータの整備を進めていると、“デカ耳”が血相を変えて、息を切らしながら俺の元へ駆け込んできた。
十機越えか。こりゃ、マジで取りに来たんだな。
洒落者のデカ耳が、いつものド派手なジャケットをボロ雑巾みたいにヨレヨレにして駆け込んできた。
あれだけ慌ててるなら、確証の強い情報を掴めたんだな。まずは水でも飲め、落ち着け。
「感謝しますぜ旦那。ふぅ」
一気に水を飲んだデカ耳は、少し呼吸を整えた。
で、どこがやらかしてんだ?
「へぇ、多分、動いてるのは第九セクターのところの貴族だ。動員が強引過ぎて隠し切れてねぇ。第七セクターを支配すれば下位セクターは主導権を握れる。こりゃちょっかいどころじゃねぇ、内戦ですぜ」
カチャカチャと、懸架したジェネレータの下に入り込みながら調整を続けているコテツと、腕を組みながら難しい顔をしている親方に囲まれながら、デカ耳の情報を聞いた。
「こんだけの数を動かすんだ。明日明後日じゃ輸送もままならねぇ、たぶん鉄道のトンネル経由してやつらは来ます」
目標はどこだ。ここの支配をするなら、貴族の”館”でも狙いに行けばいいだろ。なんなら兵士だけでもいい。
ギアを動かすなら破壊活動が目的か?陽動だけに傭兵団二つ分使うのは豪勢だな。
「いや、どうも狙いは“施設”みてぇです。ギアの整備拠点か、それともシャードエネルギー生成施設のどっちかです。どっちにしても、この工業区のど真ん中が危ねぇってことですぜ」
流れは見えたな。傭兵に占拠させて、そのあと意気揚々と騎士共が”討伐”する流れかな。うっわこんなんに駆り出されてるのかよ。ダセェな。
「ならここは本命の一つってことですね。親方、ガレージ潰されちゃいますよ」
整備を続けながら、コテツが親方に言葉を投げかける。
その禿げた頭から蒸気が出そうなほど顔を真っ赤にして、親方はブチ切れていた。
「チクショウ!死んでからも厄介事持ち込みやがってクソ貴族どもが!滅べ第七セクター!」
いや、だから滅ばないようにしなきゃいけないんですよ?おわかり?
で、だ。
俺は傭兵なんだが、誰が金を出してくれんだ?
「出さねぇ。シャードのレンタル代は出してやる。借りるぞ。おいコテツ!お前ら!そっちやったらこっち手伝え!寝れると思うなよ!」
返せよ?まぁ親方がいじってる方はギリギリになるだろうな。あとコテツ使うなよ。最低でもジェネレータは直して繋げなきゃ【グラスホッパー】動かせないぞ?
「旦那。あっしらにも出せません。ご慈悲を、と言いたいところですがそれは不義理だ。頼めねぇ」
デカ耳が悲壮な顔して呟いた。ゴブリンの大半は下層民だ。この第七セクターにも大量に居るゴブリンがクレジットを出し合ってもギア1回動かす額に届かないだろう。
あー。
仕方ねぇな。押し売りするか。
親方。通信端末借りるぞ。えーと、直通ダイヤルを教えて貰ってたな。これか。
直ぐに応答があった。チクショウ待ち構えてたな。
――もしもし、騎士サマ?第七セクター格安で買わない?――




