10話:接近
ゴブリンどもは【キャタピラ脚】の周囲を常にグルグルと周りつつ、絶対に正面に出ないように距離を詰めて囲みを狭めてきた。
理性も知性も無く、これらは作戦ですらない。
しかし、奴らは略奪者であり天性の狩人だ。
生命を守るための行動ではなく、俺を行動させずに瞬時に仕留めるための同時攻撃という手法を自然と選択していた。
こちらも決して背後を取られないよう細かく機体を動かす。後退する先は無い、この場に押し止められていた。騎士サマの状況も見えない。そんなことに意識を割く余裕は無い。幸い射撃機は全て【ハルバード】に向かってくれていたらしく、姿は無い。
正面に出なければ、こちらは撃てない。こちらのセッティングなど知るはずもないのに、奴らは感性だけでそれを嗅ぎ取っている。――恐ろしく鋭敏な本能だ。
ぎゃぎゃぎゃと叫ぶ耳障りな声が聞こえる。言語の体を成していない。
何かの合図か、はたまた威嚇か、もしくは理性のない戦声か。
右前の機体が横に飛び跳ねた。違う。
左横に居た機体が【キャタピラ脚】に合わせ位置をずらした。違う。
斜め後ろの機体が、一歩距離を詰めた。
今――!
小鬼型達が一斉に飛び掛ってきた。
だが予想済みだ。
こいつらは【キャタピラ脚】を鈍重な機体と認識していた。その報いを受けてもらう。
右軌道を前転、左軌道を後転。履帯が地面を砕く。
その場を一切動かず履帯だけの力で急激に旋回した。
超信地旋回。
――騎士サマ――流れ弾飛んだらすまん!
これと同時にオートキャノンを全砲門垂れ流す。
正面しか撃てないなら、全方向を順番に正面にすればいいだけの事だ!
モニターに一瞬投影された小鬼型をノーロックで射撃する。
旋回と同時の攻撃であり、いちいち狙いを付けてなどいられない。
一発でもかすらせ、攻撃の勢いを削ぐだけでも充分だ。
しかしタコ野郎のごちゃごちゃしたお気に入りセンサー群は極まって優秀で、瞬間しか映らない影に対しても正確に識別し、その射撃を少しだけでも補正してくれた。
一機目、銃弾を叩き込み弾き飛ばした、次!
二機目、かすり弾で体勢を崩した、次!
三機目、一瞬見えた剥き出しのコックピットが赤く染った。次!
四機目、外した!鈍器による衝撃!旋回で弾き飛ばす!次!
五機目、ロック失敗、完全に取りつかれた!まずい、外せない!次!
六機目、弾切れ!?くそ、撃てない!ならば――そのままオートキャノンでぶん殴る!
冷静になるな!次!対処しろ!
吹き飛んだ六機目を無視しながら旋回を続け、鈍器で殴ってきた四機目を脚部ではじき飛ばし、取り付いた五機目の対処――!
五機目は肩に取り付き、右肩のオートキャノンを無理やり引き剥がそうと【キャタピラ脚】の機体が悲鳴をあげる。旋回を続けても振り切れない。
――ならば!履帯がぎゃりぎゃりと地面を削り、そのまま偶然目の前にいた倒れた四機目を踏み潰しながら五機目を振りほどかんと急速前進する。
しかし右肩のオートキャノンにしがみついた小鬼型は離れず、手元の鈍器でそのまま根元を砕き、武器破壊を許してしまった。
だが、破壊したせいでオートキャノンに抱きついたままだった小鬼型は【キャタピラ脚】から転落し、落ちた衝撃で機関砲の重量に敗北し無様に押しつぶされた。
そのまま慣性に従い機関砲は転がっていったが、軽く脆い機体である小鬼型は砲に潰された衝撃で胴体から脚にかけてぐしゃりと凹み、動くこともままならないらしい。
踏み潰している四機目を確実に葬りさるために、超信地旋回でその場で砕けた岩を巻き込みながら”地ならし”をした。悲鳴の声と共に、履帯で破砕した機体の金属片と赤黒い肉片を地面に埋め込む。
追撃として倒れ伏せた五機目の小鬼型に突撃し圧殺。履帯へと赤黒いペイントを施した。
小休止。
数秒考える時間を獲得した。
後退し、残る小鬼型達と正対する。
確実に倒せたのは三機。他の機体は傷がついていたりしているが健在だ。
オートキャノンは弾切れと判断したが原因は違う気がしてきた。いくら何でも早すぎる。
熱か動作不良の可能性があるな。四機目の打撃が原因?それが連動?考察の暇は無い。
事実上射撃武器を失った【キャタピラ脚】だが、こちらには装甲とサイズ差。そして純粋な重量という利点がある。このまま押しつぶすのが得策か。
しかしそうすると、今の後退は悪手だった。
相対距離と履帯の速度からして、小鬼型側に回避の余裕が生まれてしまう。
攻撃成功率が格段に下がり、手酷い反撃を受ける恐れがある状況だ。
主導権を失い、次の攻勢は小鬼型側に委ねられるという歯がゆい状態に移行した。
「一発程こちらに流れてきたぞカラス君!叛意かね!?」
皮肉めいたヴァレリアン卿の余裕のある声が聞こえてきた。
どう見ても、俺より多くの小鬼型が【ハルバード】を囲んでいたが、槍で薙ぎ払い、重散弾銃を連射し射撃機を落とし、接近した小鬼型に対しブースターを吹かせて盾打ち。追撃に纏めてデュアルグレネードをぶちかまし、隙をレールランチャーで潰した。
鬼神の如き活躍を見せている【ハルバード】はあれだけの数でほぼ傷ついていない。
――やっぱり、【ハルバード】だけでいいんじゃないかな。
本日、三回目の感想になる。
これほどの技量の騎士と強力な鎧機が戦争に参加出来ていないとは、要塞街の上層部の判断にきな臭いものを感じるが――
戦場に思考を戻せ。
オートキャノンは攻撃スイッチをいくら押しても反応しない。
しかし調査しているような悠長な時間は無い。
射撃武器を失い格闘戦をする以外に――騎士サマの槍が視界に――
よし、騎士サマを真似るか。
両手の武装をパージし、地面に落とす。
両方とも持っていては邪魔だ。というかこれからの蛮用を考えると流石に勿体ない。
足元にちょうど落ちている、破壊された右肩のオートキャノンを使うべきだ。
小鬼型に破壊された長獲物を拾い、銃身側を両手で保持し、それを棍棒のように構える。
殴り合いだオラァ!こいよ蛮族!それ以上の暴力で殴り倒してやる!
極めて頭が悪い戦闘スタイルだ。
だが、こちとらドラゴンから直接伝授された由緒正しいスマートな攻撃方法だ。
やはり近接武器!【キャタピラ脚】も楽しそうに履帯を鳴らす。わくわくしてきたな。
妙なテンションになりつつゴブリンに突撃した。
オートキャノンは元々ドラゴンの武装であり、その長さも重量も小鬼型を上回る。自分でも冗談みたいなことをしている自覚はあるが、質量攻撃は万物に通づる確実な攻撃方法だ。
こちとら元々近接特化機の【オンボロ】の使い手だぞ。武器を振り抜くタイミングを見誤ることなどはしない。
飛び跳ね襲いかかってきた小鬼型に合わせ、履帯を捻り遠心力と共に物理法則の洗礼を浴びせた。
強力な一撃を浴びた小鬼型は地面を何度か跳ね、岩場に叩きつけられ動かなくなる。
しかし、重量の慣性も相応にあり、【キャタピラ脚】の重量ですら勢いを殺しきることは出来なかった。
この隙を見逃すゴブリンは居ない。穴だらけの傷ついた小鬼型が二機とも血を流しながら飛び掛ってきた。最初の二機か。
オートキャノンフルスイング戦法は初撃に全てを掛けていたため、全く未練なく手放す。
傷が浅い一機が近いので直接ブン殴る。これもドラゴンの腕だ。竜の威容にひれ伏せ!
腹の当たりが裂け、履帯の上で力尽きる。しかし最後の一機が前面に張り付き、センサー群が集中する頭部から肩部にかけて痛打を加えてきた。
衝撃、工具のようなものを何度も振りかぶる小鬼型は厚い装甲を確実に削ってくる。
殴るには小さく、頭上に張り付いた小鬼型は機動では引き剥がせない。
――いや、その位置ならば――
俺はグレネードランチャーを展開した。
マニュアル操作によりグレネードランチャーの砲塔が展開し、その長筒で小鬼型を真上から強烈に殴打した。
盾扱いしてすまん。やはり【キャタピラ脚】といったらグレネードランチャーだな。鈍器としても使えるとはやるじゃないか。見直したぞ。
沈黙した小鬼型を手で引き剥がし、ぶん投げ地面に叩きつける。
――まだ動くか。その狂気が止まることはないようだ。なら、引導を与えてやる。
きゃりきゃりきゃり。
【キャタピラ脚】の履帯が軌道し、ゴブリンと正対する。
銃弾で爆ぜて剥き出しになったコックピットでは、コードに繋がれた白濁した眼のゴブリンが、血まみれのまま狂喜の笑みを浮かべ、痩せこけた手を俺に伸ばしていた。
それを俺は、グレネードランチャーの照準越しに、ただ眺めていた。
レバーを握り、指先を添え、軽く弾く。
あばよ。




