1話:落下
真空の無重力を音もなく裂き、重力に引かれた黒鉄の建造物が、大気圏の熱を帯びる。
その威容はまるで槍か、はたまた筒か、もしくは船のようにも見える。
月の静寂から見下ろしたその光景は、まるで針のように細長く、物理法則など知らぬとばかりに惑星ノスへと直角に差し込まれようとしていた。
大気を砕き、雲を割り、そしてそれは地面に着弾した。
その質量が地表に激突し、周囲の地面を砕き舞い上げ、その破片は雲を容易く越えた。
沈み込むその衝撃を、大地は健気にも広大な身体へと広げ、爆風とともに波を産んでいく。
その着陸を観測出来る距離に居た鋼鉄の陸上船団が、襲いかかる砂煙の暴威に耐えるべく、鋼が軋む悲鳴をあげながらも、それでも倒れまいと踏ん張り、留まり続けた。
砂埃が周囲を隠す中、その巨影が徐々に正体を晒しだした。
塔だ。
災厄であり、人々の糧であり、戦場である塔が。
はるか空の向こうからやってきたのだ。
今日もまた。新たな塔がこの世界に舞い降りた。
それが落ちる意味は誰も知らない。
それは遙か太古から振り続けていた。
それを人は日常として受け入れていた。
そして、そこは、俺の生まれ故郷でもあった。
*
俺は【オンボロ】を巡行モードから戦闘モードへと切り替える。
ジェネレータの唸りが一段と高まり、狭い鋼鉄のコックピットの床がかすかに震えた。
轟音。
射出された砲弾が衝撃波を撒き散らし、機体のフレームを揺らした。
火薬の薫りがコックピットを満たし、粉塵がモニター越しの視界を少し滲ませる。
戦いはタコ野郎のグレネードランチャーの先制攻撃から始まった。
まだ俺の視界では捉えていないが、このタイミングならば一方的に叩けるだろう。
乾いた荒野に砲弾が着弾し、岩を砕き炸裂した。巻き上げられた砂埃が視界を白く染める。
岩陰にいた敵影、ビーストタイプのスクラップごと吹き飛ばしながら炎を散らす。
直撃ではないだろうが岩場そのものを抉る威力だ。ビーストならばひとたまりもないだろう。
ビーストスクラップは、四足歩行の獣の姿で、大型の猫科を思わせる体躯をしている。
俺は猫を実際に見たことはないが、主星から持ち込まれた希少な動物で、傭兵どもの描く落書きにやたら出てくる、あの可愛い顔の愛玩動物だ。
確かにシルエットはそれに近いが、こっちはまったく可愛げがない。
その代わり、容赦なく叩きつぶすことに全く躊躇いを感じないことは幸いだ。
グレネードランチャーの一撃を受けたスクラップの群れが、こちらへと牙を剥いてきた。
三体。うち一体は体が炎に包まれ、脚を一本失っている。
残りの二体はいつもの機体とは疾駆する速度が違う。はぐれにしては性能がいい。
接敵まで時間は短い──が、近接型ギアの【オンボロ】なら対応可能だ。
二体程度、捌けない理由はない。
俺は【オンボロ】の右腕に装備しているショットガンで、突っ込んでくるスクラップに牽制射撃を一発ぶち込む。命中した一体が、スピードの代わりに捨てていた安定力の脆弱性を露呈し、派手に転倒した。直ぐに立ち上がるだろうが、その速度を殺したことで一瞬の猶予は稼げた。対処すべきは、もう一体。
左腕甲に装備されたレーザーチェーンソーを起動。
ギャリギャリと唸る音とともに、光の刃が振動し始める。
連続レーザー照射装置を回転させることにより力場が生まれ、刃のように切断できる。らしい。原理は知らん。
そんなことより──“これでバラせる”ということの方が遥かに重要だ。
ビーストスクラップにはその名の通り獣らしい牙と爪のようなものが生えている。
わざわざ獣の形を取ることによる利点を思いつけない不合理な構造をしているが、その不合理は存在しており、まさに今俺を食い殺そうと牙を向け襲いかかってきている。
ビーストは直線的に俺を攻撃せず、周囲の地形を用い、跳躍し飛びかかってきた。
その目に装備されている対人レーザーを使われるより、遥かにありがたい行動であり、かつ予想していた行動だ。対処は容易い。
飛びかかってきたスクラップが地形を蹴って浮いた瞬間、【オンボロ】を低く構え、下から潜り込むようにレーザーチェーンソーを叩き込む。
焼ける鉄の臭いと、裂ける装甲の音。薄いビーストの柔い腹部をズタズタに引き裂き、青い循環液を飛び散らせながら、赤熱した残骸へと変貌させた。
「流石やでぇ、カラスはん!」
タコ野郎は、俺が散弾で転ばせたスクラップに、ハンドグレネードを正確に叩き込んでいた。タコ野郎の使う武装の弾速は遅いが、その威力はビーストをバラバラにするほどの爆発力を備えている。
衝撃により、四肢は見事に弾け飛び、ジャンクというより焼け焦げた金属片の山になっていた。
レーダーに残る反応は、手負いの一体だけ。
それも身体の所々に火がついて燃焼しており、更に脚が一本ねじ切れてる。
──機動性を失ったビーストなど、近接機である【オンボロ】の敵ではない。
背面のシャードブースターを吹かして一気に加速。更に脚部の小型ローラーを横に展開し、大地を滑走しながら接近した。肩部のバーニアスラスターで制御し、慣性に身を任せ機体を捻る。
そうして速度と遠心力を乗せてレーザーチェーンソーを、勢いそのままに振り抜いた。
見た目こそ繊細で脆そうな構造をしているが、レーザーチェーンソーはかなり雑に扱ってもそう簡単に壊れることのない頑丈さを誇る。
斥力を帯びてるせいか、叩きつけた瞬間の衝撃もバカにならず、軽いビーストを切り刻みながら弾き飛ばし地面に叩きつけた。
すぐさま追撃のために再接近。倒れ伏せたビーストへレーザーチェーンソーを脚で抑え込みながら押し当て続ける。人間の倍以上の巨体を持つスクラップも、このレーザーの暴力の前では紙同然だ。胴体を文字通り“ぐちゃぐちゃ”に引き裂き、青白い”血液”を吹き上げながら、スクラップはその動きを完全に停止させた。
戦闘終了。機体は無傷、消耗も軽微。遭遇戦を一方的な勝利で終えた。
コックピットに残るのは、熱気と焦げた金属の匂いだけだった。
*
大した話じゃない。けど、あの戦いに至るまでの話をしておく。
退屈な荒野と、やかましいタコと、そして塔の影の話だ。
要塞街から出撃して三日が経ったあたりだ。
ここは周囲を見回しても、果てしない砂岩と崖ばかりの、乾ききった荒野だ。
食用に適さない植物が生えるほかには、生物の気配ひとつない。
この荒野では道中の補給は困難だが、食料と水は【オンボロ】の肩スロットに詰め込めるだけ詰めてある。雨季を過ぎて久しいが、良質な水をまだ維持できており、安く仕入れることができたのは幸いだった。
荒野の赤い空は相変わらず砂埃で薄汚れている。
雲もなく透き通っている空など、最近見た記憶が無い。
今日も月が三つとも浮かんでいた。
ひとつめの月はくすんだ青い姿で宙に佇んでおり、ふたつめの赤い月は天に近く、三つ目の欠け月は沈みかけて地平の風で姿を隠しかけていた。
月の位置から察するに進行方向に間違いはないようだ。
少しだけ観測し、ギアの歩みを進めた。
ジェネレータの低く、細かな振動が狭いコックピットに響き、循環液が流れる鼓動を感じる。
大金をかけたこの【オンボロ】のシャードジェネレータの整備は功を奏し、快調だ。
【オンボロ】の動きは、ギアの中量級にありがちな、重みと軽快さを同居させる挙動をしている。巡行モードでの上下動の激しい走行も健在だ。
慣れない頃はこの揺れで何度も吐きかけた記憶が脳裏の片隅に残っている。
脚部に装備した展開式ローラーは、瞬間的な機動力を確保する装備のため愛用している。
ただし、耐久性に少し難があり、長距離の移動には向かない。
複雑な地形でも接地しながら移動できるため重宝しているが、戦闘時に削られた状態で使用すると滑る恐れがあるため控えておきたい。
シャードジェネレータに直結された重力管制ユニットも万全で、足回りに過剰な負荷はかかっていない。
この調子なら百の夜を越えても、歩き続けられるだろう。補給さえあればという条件はあるが。
操作系も好調だ。
俺は神経接続が不要なためマニュアル式の操縦系統をしている。
だが今回の整備のお陰で【オンボロ】は操作レバーを握る指先の震えにすら繊細に答えてくれていた。
ボロボロに見える外装とは違い、内装はかなり神経質なセッティングをしており調整は万全だ。工房の野郎共はいい仕事をした。
要塞街から離れて以来、はぐれのスクラップとは遭遇していない。
移動に遅れもなく、好調な旅路を歩んでいる。
後方からは、同僚のタコ野郎が駆る【キャタピラ脚】のゴリゴリとした無限軌道音が聞こえて来ている。
タコ野郎の機体は、風情すら漂う古風な無限軌道式脚部を採用しており、踏破力・防御力・火力、どれも文句なしだ。
ただ、機体名は口にするのも憚られるような下品な名前だ、あの名を呼びたくない俺は勝手に【キャタピラ脚】と呼んでいる。
タコ野郎自身の腕前も確かで、クレジットに対してはがめついが、スクラップ共と戦うには頼りになる。
重装備のギアの複雑な火器管制を器用に捌いているのは、あの8本の触腕のおかげだろう。
タコ野郎はタコだ。正式な個人名も聞いていない。
ただタコとしか呼ばれないから、タコ野郎でいい。
指も無い手でどう操作しているのか皆目検討もつかないが、あの器用な触腕のお陰で精緻な操作を得意としている。
軟体質の身体のせいで、機動戦に向かないというのが本人の弁だが──どうも信じきれない。
あの機械生命体ども――俺たち傭兵はやつらを鉄くずと呼ぶ。
他の地方では別の呼び名を使うらしいが、統一感はない。
それもそのはずで、他地方との交流自体が希薄だ。
ジャンクタワーから落ちてくるやつらが荒野を徘徊しており、移動そのものが常に危険を伴う。
俺たちが住む惑星ノスにスクラップどもがこの星に降り始めてから、とんでもない年月が流れたという。
ざっくり言えば、人が生まれて死ぬのサイクルを十世代を繰り返したほどの時間だ。
その間ずっと、戦いと茶番を繰り返してきた。
太古の昔、主星と呼ばれる名を失った星に見捨てられてから時は流れたが、スクラップの正体はいまだによく分かっていない。
ひとつだけ確かなのは──あいつらは“狂っている”ということだ。
あいつらは、ジャンクタワーと呼ばれる拠点ごと空から降ってくる。
古代では宇宙の侵略兵器だったという説があるが、傭兵の間で語られる神話では、宇宙の英雄たちに“心”を壊されたことで、いまは意味不明な行動しかできなくなったとされている。
──まあ、信じるかどうかは勝手だ。
俺は神話よりも目の前の事実を重視する。
とはいえ、その“心を壊された”連中が、いまなお塔ごと降ってくるという現実は無視できない。
更には、撃破したスクラップが後に残す残骸は資源の塊でもある。
金属部品や機械部品はそのまま再利用でき、生体部品を使っている箇所からは食料として加工することができる素材の塊だ。
ジャンクタワーはやつらの巣であり、同時に傭兵たちにとってはお宝の山だ。
塔そのものも、湿潤な水分と有機物、各種鉱石や金属が含まれており価値が高い。
傭兵は塔を攻略することでそれらを”略奪”し、その恩恵により街が潤っている。
十日ほど前、そのうちのひとつが要塞街近郊に落下したと、移動中のカーゴキャラバンから報告があった。要塞街の星見達の観測では発見できておらず近場に落ちた割には少し発見が遅れることとなった。
それを受けて臨時の傭兵団を──ごく少数ではあるが──編成し、俺とタコ野郎は先行部隊としてお宝探し──もとい偵察任務に就いている、というわけだ。
スクラップどもは個体差が激しい。
小型とされるビーストでさえ、俺たち二足歩行種族より大きいことが多く、大型ともなれば個人携帯火器では到底相手にならない。
スクラップとやり合うには、要塞街の砲台か、俺の【オンボロ】のようなギアが必要になる。
「退屈やな、ま、楽な仕事なのはええことやな! いつもこうならええのにな? なぁ、カラスはん!」
タコ野郎が至近距離通信で雑談を始めてきた。
軟体星人特有の妙なイントネーションと独特の語尾──正直、耳に障る。
その口調は、遥か太古に主星で仲間が小間切れにされ、小麦の塊に包まれて喰われていたという曰くつきだというが――まぁ、嘘だろう。
ちなみに、カラスというのは俺の通称だ。
黒髪と黒目という特徴的な外見のせいで、傭兵仲間から自然とそう呼ばれるようになった。
主星の伝承では“狡賢く獰猛な害鳥”とも、“美しく神聖な霊鳥”ともされる存在だが、傭兵連中の中での意味は、──おそらく前者の方だろう。
どう思われているかは興味もないし、気にもしない。
雑談に付き合う気はない。適当に相槌を返すだけで十分だ。
タコ野郎のほうは、相手の反応など関係なく喋り続けている。
鬱陶しいにも程があるが、古典的ジョークがなければ死ぬ種族らしい
──いや、これもどうせ嘘だ。
だがこれはタコ野郎の趣味だ。黙らせて機嫌を損ね連携の齟齬を生むのは避けたい。
俺はタコ野郎の与太話をBGM代わりにしつつ、周囲の警戒を怠らない。
移動中にスクラップどもの奇襲を許すようでは傭兵失格だからだ。
もちろんタコ野郎も同じく、喋りながらも細かくレーダーの角度を動かし索敵を怠っていない。
歴戦の傭兵だ。見た目や行動に反して実績も充分であり有能なのは間違いない。
そういえば、ギアの操作をしながら警戒しつつ、どうやって喋っているんだ?と前に聞いたときは「喋る口の脳みそと考える脳みそが別になっとるから、自動で喋れるねん」と返された。
──タコ野郎に脳みそが2つあることは、実は信じている。
「ん、カラスはん。ワイのAGレーダー、前方に反応ありやで?。ビーストのはぐれや、数は少数。小型ばっかりや。位置が悪いな。迂回できへん。潰すで~」
相変わらずむず痒いイントネーションと間延びした口調だが、要点はきっちり押さえてくる。
どうやら、タコ野郎のギアに搭載された索敵装置が敵を捉えたらしい。
俺の【オンボロ】は短距離仕様に調整してあるため、索敵精度はタコ野郎のギアに劣る。
あいつの左肩にはAG用の高性能レーダーが積まれており、かなり広範囲の索敵が可能だ。
タコ野郎の報告を受け、俺は【オンボロ】を巡行モードから戦闘モードへと切り替える。
ジェネレータの唸りが一段と高まり、コックピットの床がかすかに震えた。
──調子は、上々だ。
俺が戦闘準備を整えたのを確認したタコ野郎は、既にグレネードランチャーの照準合わせを済ませていた。
そして、先程の戦闘が始まりを告げた。
以前書いた短編を書き直して再投稿です




