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君を背負って、僕らの距離はゼロになる

 水族館の入口をくぐった瞬間、ひんやりとした空気と、ほんのり潮の香りが鼻をくすぐる。

 薄暗い館内には青い光が広がり、水槽の中で色とりどりの魚たちが優雅に泳ぐ。


 ――昔、映画で見たおとぎ話の世界みたい。


「わぁ……。」


 自然と声が漏れる。

 目の前に広がる幻想的な景色に、瞬きを忘れてしまう。

 隣を見ると、すばるさんもじっと水槽を見つめていた。


「いいね。こういう静かな場所、僕は好きだな。」


 ――え、なんか大人っぽい……!


 穏やかな表情で水槽を眺めるすばるさんの横顔が目に入る。

 その距離感が少し近くて、私の心臓がまた勝手にドキドキし始めた。


 ――落ち着け。今、脈拍測ると病気ですよって言われるよ?


「すばるさんって、水族館好きなんですね。」


「うん。静かだし、見てるだけで癒されるよね。」


 ――その声も顔も、なんか反則なんですけど!?


 心の中で叫びながら、なんとか冷静を装って次のエリアへ向かった。


 大きな水槽のエリアには、カラフルな熱帯魚やひらひらと泳ぐエイがいた。


「この魚、すごい色だね。あゆみちゃん、名前分かる?」


「えっ!?いや、分からないです!」


 ――先生なのにわざと難しい質問するなんてずるい!!


 少しむっとした顔をしていると、すばるさんがくすっと笑った。


「ごめんごめん。僕も分かんないけどね。」


「えぇーっ!」


 思わず声を上げると、彼はますます楽しそうに笑っている。

 ――悔しいけど、その笑顔に怒る気も失せちゃうじゃん!!


 ペンギンのコーナーでは、小さなペンギンたちが水中を泳ぎ、ヨチヨチと歩いていた。


「かわいい……!」


 無意識に顔が緩む。なんでこんなにもかわいいんだろう。

 すると、隣のすばるさんがふっと笑った。


「ペンギン、好きなんだ?」


「はい!なんか、一生懸命なところがかわいくて……。」


「そっか。」


 すばるさんが少し考え込むようにうなずいたあと、ポツリと呟く。


「じゃあ、次のデートはペンギンがいる場所でも探しておこうかな。」


 ――えっ!?


 一瞬で顔が真っ赤になる。


 ――なに!?なんでそんなことさらっと言えるの!?


「もう、からかわないでください!」


「からかってないよ。本気だよ。」



 そんな会話を重ねてゆっくりと歩きながら、トンネル型の水槽を抜けた。


 直後、突然ふわりと宙に浮いた。


 ――え!?なに!?これ!?


「えっ、ちょっと待ってください!」


 無言で私を背中に乗せ、軽々と持ち上げるすばるさん。

 その動きに不自然さはなく、毎日しているんだろうなぁと感じさせるものだった


「……急にどうしたんですか!?」


 背中越しに問いかけると、すばるさんは楽しそうに笑った。


「実はね、筋トレしてて。こんなに簡単に持ち上げられるんだ。すごいでしょ?」


 ――筋トレ!?いやいや、そんな問題じゃなくて!


「すばるさん!私、歩けますから!」


 必死に訴える私に、彼は落ち着いた声で答えた。


「でも、きっと足痛いんでしょ?ぎこちなくなってたから。」


 ――ぎくっ。


 その一言に、心の中がざわめく。


「だ、大丈夫ですって!なので、降ろしてください!みんな見てますよ…!」


 けれど、すばるさんは無言のままだった。


「それに、このままじゃ……」

 迷惑になっちゃう。せっかくちょっと背伸びしておしゃれして、慣れない靴まで履いてきたのに。お荷物になっちゃう。

 楽しい時間を台無しにしちゃう。



 今にも泣きそうな声だったのかもしれない。

 続く言葉を必死に押し殺した。


 でも、すばるさんは振り返らず、穏やかに言った。


「ちっちゃくおんぶされてる君も、かわいいから。」


 ――えっ……!?


「だから、今はこのままにさせて。」


 その声は静かで優しいけど、なんだかズルいくらいの破壊力を持っていた。


 結局、私は何も言えず、そのまま彼の背中にしがみつくしかなかった――。





 そのまま車まで戻り、運転席に座ったすばるさんがエンジンをかけた瞬間。


「あっ!!」


 同時に声が出た。


「……ぬいぐるみ!!」


 目を見合わせた次の瞬間、すばるさんはすぐに車を降り、ロッカーの方へ全力疾走していった。




 窓越しに彼の背中を見送ると、必死に駆けていく姿が目に入る。

 そのままロッカーで何かをゴソゴソと探し、抱えたまま戻ってきたときには、すでに汗だくだった。


「……取ってきた。」

 肩で息をしながら、誇らしげにぬいぐるみを掲げるすばるさん。


 ――なんかもう……!!


「すばるさん、大丈夫ですか……?」

 心配そうに尋ねる私に、彼はニッと笑って言った。


「うん。この子、忘れられたらさみしいしね!」


 ――ずるい!そんな笑顔、反則だってば!!


 胸の中で何かがまた爆発したけど、私は何も言えずに、ただ彼の隣で微笑むしかなかった――。



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