少女漫画のキザキャラかよっ!
助手席に座りながら、横目で彼の横顔を見る。
「ごめん、待たせたね。」
運転席でシートベルトを締めながら、すばるさんが声をかける。
「い、いえ!全然!」
慌てて答えると、彼は少し笑ってハンドルを握った。
「ていうか、すばるさんってスポーツカー好きなんですね。」
助手席でシートベルトを締めながら、ふと気になって尋ねてみた。
「こういううるさい車に乗る人って、なんだかヤンチャな人のイメージがあって……。」
少し慌てて手を振りながら付け加える。
「いや、悪気はないんですけど!」
すばるさんは運転席でクスッと笑った。
「まぁ、確かにそういうイメージ持たれることもあるかもね。」
ウインカーを出しながら、穏やかに答える彼の横顔はどこか楽しげだ。
「でも、これ、僕が20歳のときに初めて買った車なんだ。」
「初めて……!」
「そう。18で免許を取って、お年玉の貯金もしてたんだけど、それだけじゃ全然足りなくてさ。バイトも頑張って、ようやく20で買えたんだ。」
――え!?なんかすごく努力家なんですけど!
しかも今日までずっと乗っているんでしょ?一途じゃん……!!!!
「本当に欲しくてね。その頃はスポーツカーに憧れてたから、手に入れた時は夢みたいだったよ。」
そう言いながら、すばるさんが少し照れくさそうに笑う。
「すごい……。そんな風に夢を叶えるなんて、本当に素敵です。」
「そう?ありがとう。」
ふと視線を向けると、彼の手がハンドルを軽く叩いていた。
「でも、この音は確かにうるさいかもね。慣れると気にならないけど……あゆみちゃん、苦手じゃない?」
「い、いえ!全然大丈夫です!」
――って、そんな優しく聞かれたら、ダメだなんて言えるわけないじゃん!
顔が少し熱くなるのを感じながら、必死で視線を窓の外に向ける。
青空と流れる景色の中で、どこか心地よい時間が過ぎていく。
「ちょっと変わった車だけど、僕にとっては大事な思い出が詰まってるんだ。」
そんな彼の言葉に、また胸がキュンと高鳴った。
「あとはね、少しずつパーツも買い足して、今ではこんな感じになったんだ。」
すばるさんがハンドルを軽く回しながら、どこか誇らしげに笑う。
「え、パーツって買い足せるんですね……。なんか、本当に車好きなんだなぁ。」
その言葉に、すばるさんの目が少し輝いた。
「そうなんだ!後で詳しく見せてあげるけど、いろいろ変えたんだよ!かっこいいし、速くなるし!」
――なんか、好きなこと話しだした少年モードじゃん!
ふと気づくと、すばるさんの声が少し弾んでいる。
車の話になると、つい熱が入っちゃうタイプなんだろうな。
――かわいいところあるんだなぁ、先生も!
仕方ない!彼女として聞いてあげましょう!
手のかかる彼氏なんだから!もう!
まったく、どっちが年上かわからないじゃん
心の中でそんな風に思いながら、にこにこと相槌を打つ。
ちらりと車内を見回してみると、鉄棒のようなものが目に入った。
「室内にもこんな鉄棒みたいなの入ってるんですね。これに子どもさんも乗ってるんですよね?なんか檻の中に居る動物みたいですね。」
つい口に出してしまったあと、慌てて言葉を飲み込む。
「あ!変な意味じゃなくて!率直な感想というか、初めて見たからびっくりしたというか」
――まずい!まずいまずいまずい!!
そんな言い方したら、私の子ども嫌いがばれちゃうじゃん!?
それに、そんなつもりで言ったんじゃなくて……!
心の中で大慌てしていると――。
「そのたとえ、たしかにそうだよね。」
すばるさんが大きな声で笑っている!?
「……え?」
彼が声を抑えられない様子で笑い続けるものだから、私の心の動揺はさらに加速する。
「いや、そう言われてみると確かに檻みたいだなーって思ってさ。特に、りおなんか檻の中でも暴れそうだしね。」
――えっ、いいの!?怒られないの!?
すばるさんは笑いながら続ける。
「こういうの、普通はロールバーって言うんだけどね。僕も最初、鉄棒かと思ったし、あの頃のれんも似たようなこと言ってたよ。」
「あ、あの頃って……?」
「初めて子どもたちをこの車に乗せたときさ。れんが『これって、ぼくたち閉じ込められるの?』って聞いてきてね。あのときは、りおが大笑いしてたな。」
すばるさんは、どこか懐かしそうに笑顔を浮かべている。
その様子を見て、胸の中に妙な温かさが広がるのを感じた。
――なんか、この人のそういうところ、すごく好きだな……。
「あゆみちゃんも、檻じゃなくて冒険のワクワク感だと思えば?」
そう言って、彼がこちらを見て微笑む。
「そうなると、君は籠で運ばれるお姫様だね。」
――な、なんか余裕ある!また余裕ある発言してきた!!
顔が一気に熱くなるのを感じながら、必死で視線を外した。
「そ、そんなこと言ってもお姫様なんて柄じゃないですよ!」
慌ててそう言うと、すばるさんは軽く肩をすくめながら、楽しそうに笑った。
「そうかな?僕にはそう見えるけどな。」
――またノックアウト!!
いや、だからなんでそんなこと言えるの!?もう無理!!
さっきから私の心臓、何回高鳴らせば気が済むの!?
いやいやいや、だからなんでそんなセリフをさらっと言えるの!?
――落ち着け!落ち着け!
深呼吸して、自分をなんとか落ち着かせようとする。
――そうだ、別のことを考えよう!
少女漫画に出てくるキザキャラかよっ!
――そう、これだ。こういうツッコミなら冷静になれる!
よし、これで少しは平常心を取り戻した……はず!
隣を見ると、すばるさんは何事もなかったかのように運転を続けている。
――ずるい。なんでそんなに落ち着いていられるの!?
車はゆっくりと駐車場へと滑り込む。
でも、私の中で暴れまわる感情だけは、まだまだ収まりそうにない――。