畑ジャケット
今日も、いい天気だ。
胸元に実る人参も、太くなって来ている。
その昔、人は、狩猟して、移動生活していた。
その後、農耕に励み、定住生活するようになった。
そして、現代。
交通機関の発達により、定住生活と云えど、人々の移動は頻繁になっている。
定住生活とは名ばかりで、数年単位で住居を変える人も、少なくない。
その為で、あろうか。
流通業やサービス業の繁栄の陰で、農耕と云った作物生産業種は、衰退の一途になっている。
いや、あかんでしょ。
このままやったら、あかんでしょ。
と云うことで、様々な方策が練られる。
移動しながら、農耕する。
農耕しながら、移動する。
正反対ベクトルの生活様式を、統合できるのか?
ぶっちゃけて言うと、反対のもんのええとこ取りをして、生活できんの?
移動する際、『絶対、身に付けているもん』て何?
鞄とか、宝飾品とか、靴とか。
でも、日によってとか天気によってとか、用事によって違ったりするか。
あと ‥ 服。
農耕する際、『絶対に、必要なもん』て何?
水とか、肥料とか、人の手とか。
でも、日によってとか天気によってとかで、水とか肥料は調節せなあかんか。
どっちにしても、人の手はいるけど。
あと ‥ 土とか、水耕栽培の培養ベースとか、そんなもん。
んじゃ、それ、一緒にしてしもたらええやん。
と云うわけで、研究が進められる。
そして、晴れて、一緒になる。
服と、培養ベースが。
服(主にジャケット様のもの)全体に、栽培ベースが施される。
そこに、作物の種が、仕様として植えられる。
作物は品種改良されたもので、ジャケットに合う様に成りは小さく実る。
が、栄養価等は、従来のものに勝るとも劣らない。
現在、市販されているジャケットは、以下のものが主となっている。
人参ジャケット、玉葱ジャケット、じゃが芋ジャケット、大根ジャケット、 ほうれん草ジャケット等である。
今、流行っているのは、ブロッコリージャケットらしい。
ボトムス用の、種が植えられたパンツも、あるにはある。
が、トップスに比べて、日が当たりにくいので、そう種類は無い。
もやしパンツやかいわれ大根パンツ、ホワイトアスパラパンツと云ったところがある。
道ゆく人は例外無く、老若男女問わず、その、種を植え付けられて服 ‥ 生地が畑みたいになってる服 ‥ 畑ジャケットを着ている。
何故か?
法律で、決まっているからだ。
着ないと、罰せられるからだ。
輸入にばかり頼っていて、食料自給率が落ちる一方なので、「国上げて国民上げて、食料自給率向上に励みましょう」と、法律が定められたからだ。
こういう系統の話は、きな臭いし胡散臭いから、反対も多かったが、なんやかんやと法律は制定され施行された。
その日から、国民は全て、畑ジャケットを着なければならないようになる。
おしゃれ、着こなし、色合わせ、個人嗜好等々は埒外に放っといて、畑ジャケットを着なくてはならないようになる。
ボトムスの装着は、個人の自由意思とされた。
が、社会に漂う無言の強制力が、多くの人に、ボトムスを着させる。
畑ジャケットに出来た作物は、基本、自由に処理できる。
曰く、自分で食べてもいいし、売ってもいい。
が、食料自給率を上げる為の政策なので、作物の経済活動化は、厳重に監視される。
曰く、作物の売買は量、金額共に厳しく統制され、市場の規模に上限が課せられる。
上限を超えて市場が拡大すれば、市場は解散。
作物取引は、無期限停止となる。
早い話、ほとんどの人は、自分が食べる為に、作物を栽培するようになる。
自分の好きな作物の、畑ジャケットを着る。
自分の健康を考えて、取らなければいけない作物の、畑ジャケットを着る。
しかして、ある人は、『自分が食べる』という考えを置く。
作物の色合い、出来具合(葉の広がりとか)を考えて、畑ジャケットを着る。
『畑ジャケットで、おしゃれをする』を念頭に、畑ジャケットを着こなす。
自分の食い扶持より、自分のおしゃれ。
まさに、おしゃれは我慢。
おかげで、多少いびつでもファンキーでも、カラフルでアールヌーボーな世界が、街中に広がる。
作物が実って来るに連れ、畑ジャケットは重くなるのは、必定。
着るにも、億劫になると思うのだが、畑ジャケットを着て出歩く人は減らない。
畑ジャケットを着る為に、体を鍛える。
足腰を、鍛える。
ここでも、まさに、 おしゃれは我慢、そして努力。
ボルジは、撫でる。
胸元の人参を、撫でる。
続いて、膝上の、ホワイトアスパラも撫でる。
出来具合を確認するかのように、赤ちゃんや女性を扱うかのように、優しく撫でる。
この分では、来週にも食べられるかもしれない。
畑ジャケットの作物は、畑ジャケットに使用される栽培ベース+栽培ベースに仕込まれた最新肥料の為、成長が早い。
天候や温度に左右されるとは云え、大体一ヶ月で収穫できる。
ボルジは、今日の目的地、セレクトショップに着く。
ここは、色んなブランドの畑ジャケットを取り扱っている。
半官半民の会社のものから、民間会社のものも。
国内ものだけでなく、海外ものも。
ファッションメーカーブランドものに加えて、スポーツメーカーブランドものも。
なんやったら、機能性のものまである。
『♪ ふんふん』
心の中で鼻歌を唄いながら、ボルジは畑ジャケットを物色する。
店員はロックオンして、ボルジの動きを眼で追う。
ボルジが、ある畑ジャケットの前でしばらく佇む。
すかさず、店員が、ボルジに近付く。
「ご試着、されますか?」
店員は、女性用の畑ジャケットを着ている。
畑ジャケットのシルエットが、丸みを帯びている。
胸元には、人参が生えている。
『俺の着ているのの、女性用最新版か』
ボルジは、思う。
「それ、人気なんですよ」
『いや、自分が気に入ったら、人気有ろうが無かろうが、どうでもええし』
「今ある在庫限りで、次いつ入荷するか、分からないんですよ」
『ホンマに?』
「今セールやってまして、お安くなってます」
『マジで!』
ボルジは、店員の物言いにツッコむ。
でも、アピールポイントを突かれ、その気になる。
「これのMサイズ、あります?」
「はい、ちょっと探して来ます」
店員は、奥に引っ込む。
まんまと誘導され、試着する気満々。
「ありました」
「えと、フィッティングは?」
「こちらです」
店員が指し示す通り、ボルジは、フィッテング・ルームに向かう。
ザーッ
ボルジは、フィッテングで試着を済まし、カーテンを開ける。
スニーカーを履いて、前を向くと、店員が向かって来る。
『待ち受けていた』と言わんばかりに、店員がやって来る。
「どうでした?」
「ちょうど良かったです」
で、ここで一呼吸置いて、
「これ、もらえます」
「はい!」
「はい!」の後、「喜んで!」が付きそうなくらい、店員は、キビキビした声を張る。
「ありがとう御座いました」
店員は、ボルジを店の入り口まで送り、深々と頭を下げる。
ボルジは、店から出しな、店員に向かってピョコンと頭を下げる。
またしても、買ったのは人参だった。
『これで、人参ジャケット三着やろ。
だから、人参ジャケット → じゃが芋ジャケット
→ 人参ジャケット → 玉葱ジャケット
→ 人参ジャケット → ほうれん草ジャケットの、
ローテで行くか』
ちなみに、ボルジの好物は、カレーである。
最近、道行く人の多く(主に女性)が、空豆ジャケットを着ている。
なんでも、今年の春夏の流行は、空豆ジャケットらしい。
ミラノコレクションでも、空豆ジャケットを着たモデルが、ランウェイを闊歩していたらしい。
東京ガールズコレクションでも、空豆ジャケットを着たモデルが何人も登場し、むっちゃ売り上げたらしい。
『空豆か~。
豆ご飯にでも、すんのかな?』
おそらく、一斉に空豆は収穫される。
それをみんな、どうやって食べるのだろう?
ボルジは思って、嫌なことを思い出す。
それは、ここ数年の定例行事みたいになっている。
ここ数年、作物の不法投棄が、相次いでいる。
決まった傾向が、ある。
流行りの畑ジャケットからできる作物が、不法投棄されている。
三年前は、グリーンピース。
二年前は、芹。
去年は、セロリ。
多分、喰い切れ無くて、みんな隠れて捨てるのだろう。
なんと、皮肉な。
食料自給率を上げる為の畑ジャケットが、ファッションの流行に飲み込まれている。
飲み込まれ、服飾経済の一環となっている。
その為、剰余作物が大量に発生し、それが投棄されている。
まさに、食料自給率と作物投棄の矛盾。
この分では、今年は、空豆が不法投棄されることだろう。
新聞、テレビ、その他諸々は、毎年記事で取り上げるが、実効性の無い恒例行事と化しているような気がする。
政府は一向に、改善策を打たない。
本音は、経済活動第一で、食料自給率とか二の次なのかもしれない。
まあ、ぶっちゃけて言うと、「金が儲かりゃ、それでいい」ってことか。
その傾向は、出ている。
テレビの番組やコーナーで、空豆特集が組まれることが、増えている。
雑誌の記事も、空豆フィーチャーが増えている。
Webレシピも、空豆使用のものが、増えつつある。
食品界始め料理関連業界は、先手を打って、空豆余り現象に臨んでいるらしい。
『空豆 ‥ ね ‥ 』
ボルジは、空豆の畑ジャケットを持っていない。
シーズンが過ぎ、流行が過ぎると、空豆の畑ジャケットは値崩れを起こすに違いない。
『その頃を狙って、空豆の一着くらい、買っといてもええかもしれんな』
ボルジは、衣服を定価で、ほぼ買ったことが無い。
思考形態が必然と、『何%OFF』感覚になっている。
『畑ジャケットとは云え、『食いもんのOFF狙う』って、なんなんやろな。
あ、でも、「消費期限切れ」とか「賞味期限切れ」とかギリギリで、
値段の落ちている食いもん買う感覚か。
そう言うたら、納得するな。
なんや最近、お歳暮とかお中元のギフト解体セールもようあるから、
そんなもんやろな』
空豆そのものも、空豆ジャケットも、数ヶ月の内に、安くなることは確実。
ボルジは、『Webで、レシピを確認しよう』と考える。
『やっぱ、豆ご飯かー。
あと、カレーに空豆入れてみたらどやろ?』
いや、それは、口に入れたら、同じやと思うぞ。
ボルジは、帰り道に、眼を止める。
マンションのベランダに、眼を止める。
そこは、マンモスマンション。
総戸数にして、百を下らない人々が暮らしている。
何棟かあるマンション棟のベランダは、全て、南を向いている。
ボルジが行く道に面して、向いている。
「うわっ」
眼を止めたボルジは、思わず呟く。
幾十あるほとんどのベランダが、畑ジャケットを干している。
こちらに向かって、干している。
畑ジャケットの色は、様々。
畑ジャケットに成る実も、様々。
実が成っていない畑ジャケットも、ある。
それは、ベランダ一つが、一つのタイルの様。
様々な色のタイルが、ある。
模様のあるタイルが、ある。
色だけで、模様の無いタイルもある。
ボルジの眼に映るのは、カオス。
色と模様が氾濫する、混沌。
が、階層ごとに整然さを備えた、なんとも秩序だった混沌。
「綺麗やなー」
ボルジは続けて、思わず呟く。
どうも、洗濯して干しているだけでは、無さそうだ。
大体、畑ジャケットは、実を収穫してから洗濯して干される。
そもそも、実が成っているのに干されているのは、おかしい。
ボルジは、そのうち気付く。
幾つものベランダを見続け、気付く。
ベランダのパートが、分かれている。
例えば、こうだ。
或るベランダの左半分は、実が成っている畑ジャケットを干している。
右半分は、実が成っていない畑ジャケットを干している。
或るベランダは、その逆。
左が実無しで、右が実有り。
そして、総じて、実が成っている畑ジャケットの方が、汚れ気味。
『そうか、そうなんや』
ボルジは、その先まで気付く。
ベランダ半分の畑ジャケットは、実を収穫する為に干されている。
つまり、ベランダ(軒先)の家庭菜園。
畑ジャケット、家庭菜園化。
従来の家庭菜園より、手間も費用も掛からす、収穫可能。
収穫量こそ多くないが、今まで以上の栄養価が期待できる。
しかも、クリーン、お手軽。
個人的嗜好どころか、法律的にも保証されている。
政府も自治体も、多分、お墨付き。
『考えたもんやなー。
いや、ええ手や。
景観もええし』
ボルジは、マンションを通り過ぎる。
それから家に着くまで、幾つかのマンションを見掛ける。
注意して見ると、ほぼ全てのマンションが、カラフルなアールヌーボー化している。
いつの間にか、畑ジャケット家庭菜園化、急速浸透。
それからしばらくして、畑ジャケットの売り上げが、頭打ちになる。
ほとんどの人に数着、畑ジャケットが行き渡り、畑ジャケットが今までの様に、売れなくなる。
ファッション情報、流行強制等で人々を刺激し購買意欲を喚起するぐらいしか、手は無くなる。
元々、趣味嗜好より、実用性・機能性を重視した衣服なので、自然の流れとも云える。
それに伴い、道行く人々の服装も、一定のものに落ち着きつつある。
黒地・白地がほとんどになり、型やシルエットも似た様なものが多くなる。
畑ジャケットからできる作物も、定番の物が多くなる。
人参、じゃが芋、玉葱、ごぼう等。
数時間観察してみても、数種類の作物しか見当たらない。
一方、マンション、一戸建て問わず、ベランダの多様化は進む。
色とりどり、模様とりどり。
カラフル、アールヌーボー。
作物とりどり。
根菜、葉物、その他諸々。
ベランダの三分の一くらいを占拠して、畑ジャケットが干されている。
収穫用として。
生活の糧として。
ある意味、「畑ジャケットの役割分担が、進んだ」、と言える。
よそ行き用・お出かけ用の畑ジャケットと、収穫用の畑ジャケット。
よそ行き用は、無難な色、形で。
収穫用は、カラフルで、いろんな作物で。
まさに、外幽霊の内弁慶。
多くの人の気質を、表わしている。
ボルジは、あいも変わらず、人参ジャケットにホワイトアスパラガス・パンツ。
専ら、それ以外の野菜は、購入している。
大規模な畑ジャケット屋内工場が次々とできている為、野菜の価格が安値安定している。
屋内なので気候に左右されず、工場仕様の為、極力、自動化・省力化が図られている。
人間の労働力有りきの農業のイメージからは、程遠い。
食材や食品が工業製品化とは、イメージが何やら気持ち悪い。
が、良く考えてみれば、既に昭和初期からそんな感じになっていたので、『何をを今さら』という気もする。
そんなこんなで、実のところ、育てるより買う方が安い、金も手間もかからない。
でも、畑ジャケット家庭菜園は、増えこそすれ減らない。
今も昔も、家庭菜園は大流行りだ。
そんだけ、金も暇も使いたい人が多い、んだろう。
余裕の有る人が、多いこって。
ボルジは、畑ジャケット家庭菜園を、通り過ぎる。
赤、青、黄、緑、ピンク、白、黒、紫、紺、朱、茶、オレンジ、藤、紅、狐、藍、グレー、鼠、栗、草、柿、小麦 ‥ 。
ボルジは、マンションに並ぶカラフルな、畑ジャケット家庭菜園を通り過ぎる。
その夜、友人から、メールが入る。
一言、
[今後、移動民生活に入るんで、よろしく。]
、とだけある。
ボルジは見当が付かず、友人に電話を入れる。
[もしもし]
[はい]
[俺や、ボルジや]
[なんや、どうした?]
[メール、見たで」
[ほな、そういうことで、よろしく]
[いやいや、あれだけじゃ、全然分からん]
[分からんか?]
[分からへん]
[ボルジでも、分からんか]
友人は、ちょっと考え込むように沈黙する。
思い付いたかのように、口を走らせる。
[最近流行ってる、畑ジャケットの使い方、知ってるか?]
[ベランダに出して、家庭菜園化するやつか?]
[違う。
もう一つの方]
[もう一つの方?
知らん]
[畑ジャケットを、テントというか、
モンゴルの移動民のゲル(パオ)というか、そういうもんに仕込むねん]
[テントとかゲルの、屋根というか外壁というか、そういうもんの生地に、
入れ込むんか?]
[そう。
それを携帯して、移動生活する、と云うやつ]
[聞いたことないな ‥ あー、どっかで、うっすらと耳にしてるかも。
でも、ちゃんとした記憶は無い]
[食いもんを育てながら移動生活すると云う、
狩猟や放牧を前提としない移動生活。
まあ、携帯の畑を活用した生活、ってことやな]
[それで、食い扶持全部、賄えんのかいな?]
[全部は、無理やろな。
随時、食材を購入せなあかんやろな。
まあ、野菜以外の食材は、元から買わなあかんし]
[ちゅうーたら、「移動生活」言ってても、
完全、世間から離れるわけではないんか?]
[それも、無理やな。
元より、携帯かスマホかタブレット持って行くつもりやし。
ソーラーかなんかの発電機も、持って行くつもりやし]
[ある意味、イメージと違って、最先端やな]
[そやろ]
[文明の利器、駆使しとんなー]
[まあな。
というわけで、明日から移動民生活に入るんで、よろしく]
[連絡取ろ思たら、どうしたらええねん
‥ ああ、メールしたらええんか。
なんや、今までと、あんま変わらんな]
[そやな。
言われてみれば、お前との付き合い方は、そんな変わらんな]
[そんなもんか]
[そんなもん。
ほな、よろしく]
友人は、電話機を切る。
ボルジは、納得行ったような行ってないような、不可思議な気持ちに囚われる。
なんやどっか、腹に落ちん感じもする。
次の朝、他の友人からもメールが、入る。
一言、
[今後、本格的定住民生活に入るんで、よろしく。]
、とだけある。
『何や、本格的定住生活、って?』
ボルジは、疑問に思い、その友人に電話を掛ける。
[もしもし]
[はい]
[俺や、ボルジや]
[なんや、どうした?]
[メール、見たで]
[ほな、そういうことで、よろしく]
[いやいや、分からん分からん。
何や、本格的定住生活って?]
[その名の、通り]
[いや、分からん、って]
[説明、し難いな~]
友人は、考え込むかのように、ちょっと黙る。
そして、おもむろに、口を開く。
[今、なんやかんや言うても、
多くの人が、朝に出勤して夜に帰宅するやろ?]
[そやな]
[言わば、朝と夜に、距離と時間に差はあれど、
民族大移動してるわけやんか?]
[まあ、多少強引ではあるが、そうとも言えるな]
[でも、食い扶持って言うか、そこらへんの手当てが付けば、
金の為に通勤しなくてええようになるわけで、
民族大移動も起こらへんやんか?]
[まあ、そうとも言えるな]
[だから、定住生活]
[はい?]
[畑ジャケット駆使して、生きていけるだけの収穫上げたら、
民族大移動せんでもええように、なるわけやろ?]
[ああ、そうなるか]
[で、PCとかタブレットとかスマホとかその他諸々駆使して、
『畑ジャケット収穫最適地を割り出して、そこに住んで生活しよう』、
ってわけ]
[ああ、そうなるんか]
ボルジは、一応、納得する。
ボルジは、納得して、一点、気付く。
[ちょっと、気付いたことあるんやけど]
[何や?]
[その動きって、ブームとかムーブメントになってんの?]
[『知る人ぞ知る、秘かなブーム』、ってとこやな]
[そのブームに陥っている人々がみんな、
PCとかタブレットとかスマホとかその他諸々駆使して、
畑ジャケット収穫最適地を割り出したら、
その土地とか座標とか被るらへんの?]
[被る。
ってか、有名なとこでは、既に、陣取り合戦みたいなことになってる]
[あちゃー]
[ま、俺は、そこら辺、避けるけど]
[やな]
[そういうこっちゃな。
というわけで、明日から本格的定住民生活に入るんで、よろしく]
[連絡取ろ思たら、どうしたらええねん
‥ ああ、メールしたらええんか。
なんや、ホンマ、今までと、あんま変わらんな]
[そやな。
言われてみれば、お前との付き合い方は、そんな変わらん]
[そんなもんか]
[そんなもんや。
ほな、よろしく]
ボルジは、電話を切る。
友人が二人、生活を人生を変えようとしているが、付き合い方は、何ら変わらない。
人々の生活様式は、大きく二つに分かれる。
曰く、移動生活型と定住生活型に。
移動生活と云っても、狩猟を目的としていないので、その土地の地元民とのトラブルは、ほとんど無い。
獲物、作物、生活物資等の取り合いが発生しないのだから、それも道理。
移動生活者と地元民は、交流と多少の交易こそすれど、基本的にお互い、自給自足。
いや、かえって、地元民には喜ばれている。
移動民が移動した先は、過疎地が多い。
その時々の作物収穫最適地を、交通網の発達や買い物圏の利便性等、都市の発達的な条件を度外視して選択すると、過疎地が多い。
PCその他諸々に計算させた結果、そういうところになる。
移動民は、そのような過疎地に向かう。
一時とは云え、数ヶ月とは云え、住民人口が増えるのだから、過疎地の地元民にとっては、悪くない。
どんより停滞している空気に、新しい風が入り込んで来るのだから。
しかも、移動前提の住民だから、後腐れが無い。
お役所・役人にとっても、好都合。
一時とは云え、数ヶ月とは云え、住民人口が増える。
この実績は、税の配分、得票率、陳情等に反映できる。
かてて加えて、直接税は難しいかもしれないが、消費税とか間接税は増えるかもしれない。
お役所先導で、地域ぐるみの、移動生活者受け入れが図られる。
定住生活者。
これは、移動生活者のように、一筋縄では行かなかった。
定住生活者は、基本、移動しない。
その土地の住み着けば、その土地を動かない。
なんだったら、少なくとも親子二世代は、『その土地に、居よう』と、思い定めている。
つまり、移動生活者受け入れで問題にならなかった各点が、浮き上がって来ている。
問題になっているのは、
・獲物、作物、生活物資等の取り合い
・風習、習慣の違う地元民との軋轢
・居住地等といった土地争い
・水利を巡る優先順付け
、その他諸々。
しかして、地元のお役所は、容易に口が出せない。
それもそのはず、地元民の旧住民と定住生活者の新住民の人口は、みるみるうちに、逆転する。
それに伴い、入って来る税金は増え、税の配分、得票率、陳情等の実績も上昇する。
過疎地に至っては、過密化に至り、過疎地の地位を脱出する(尤も、都会の近くの過密地が、過疎地に陥ってしまうことはあったが)。
お役所・役人的には、住民人口が増えてくれて、万々歳。
だから、地元民の苦情も、柳に風、右から左。
親身そうな、真剣そうな顔で聞きはするが、それだけ。
何も、対処しない、手を打たない。
よって、地元民と定生活者の溝は、ますます深まる。
現在は、地元民の人口が、かろうじて、定住生活者の人口より上回っているので、地元議会の与党は、地元民派。
しかし、今後、定住生活者が増え、それに伴い、定住生活者の選挙権者が増えれば、与党が野党に転落するのは、火を見るより明らか。
それは、恐れ、とか云ったものでなく、確実な未来。
よって、地元民と定生活者の溝は、ますます深まる。
『畑ジャケットが、「市民の融和と断絶、どっちも招いた」、ってか』
ボルジは、移動生活者と定住生活者の現状を見るにつけ、こう思う。
この国は、人が流動化するのかしないのか、人口が過疎化するのかしないのか、仲がいいのか悪いのか、わけの分からん状態になる。
まさに混沌として、カオス化。
でも、畑ジャケットは、それに伴い売れ続けたと思いきや、さにあらず。
畑ジャケットの、不法投棄現象やタンスの肥やし化が、進んでいる。
高級服メーカーや庶民服メーカー、一般服メーカーのみならす、ファストファッション・メーカーも、畑ジャケットを出していた。
その為、世には、畑ジャケットが、より以上に氾濫する。
しかも、似た様な色、似た様なデザインのものばかり。
人と、来ている畑ジャケットが被ることも、珍しいことでは無くなる。
ファストファッションのものは、品質が良くて、値段も安いので、世に蔓延するのも無理は無い。
が、その為、畑ジャケットは、作物収穫という実利より、流行という見栄に翻弄される。
同じデザインの、同じ色の畑ジャケットの流行は、1シーズンで過ぎ、流行遅れとなった畑ジャケットは、お役御免となる。
そして、不法投棄行き、タンス行き。
曰く、畑ジャケットのサイクルが早まる。
まだ、充分過ぎる程、着られるのに。
パラッ
ボルジは、新聞を開く。
開いて、二面、三面、二ページいっぱいに広がる写真を、見る。
赤、青、黄、緑、ピンク、白、黒、紫、紺、朱、茶、オレンジ、藤、紅、狐、藍、グレー、鼠、栗、草、柿、小麦 ‥ 。
色彩の溢れる、カラフルな、一見ドットの集まりを、見る。
二面、三面の国際記事ページには、上半分をブチ抜いて、大きな写真が載っている。
一見、色とりどりのドットの集まりに過ぎないが、よく眼をこらして見ると、
ドットの一つ一つが、畑ジャケットであることが分かる。
記事のタイトルには、こうある。
【畑ジャケットの再利用 ‐途上国での取り組み‐】
途上国では、先進諸国で使わなくなった畑ジャケットを、受け入れている。
先進諸国は、勿論無償で、畑ジャケットを送っている。
途上国では、寄付された畑ジャケットを繋ぎ合わせ、簡便な畑として利用している。
このお蔭で、荒れ地や砂地(砂漠)でも、作物が収穫できるようになる。
なんせ、基本、敷いて置くだけで、水遣りなどの、多少の手間しか掛からない。
通常の畑にかかる手間の、何百分の一、と言っていい。
作物が定期的にでき、安定した収穫量も見込めるようになり、途上国の飢饉発生数は減る。
眼に見えてその数は減り、飢餓による死者数も、眼に見えて減る。
勿論、その土地土地に適した作物はあるが、同じ作物を収穫する畑ジャケットでも、色やデザインは異なったりする。
よって、写真のような、あんな風景が、広がったりする。
荒れ地に、砂地に、なんとも殺風景な地に、色に溢れた風景が、広がったりする。
まさに、『一石何鳥やねん』のリサイクル。
ちょっと、先進国が、考え方の向きを変えて、手間を惜しまないだけで。
ちょっと、途上国が、めんどくさがらずに、前向きに考え行動するだけで。
先進国は、無駄が減り、途上国は、上昇する力を得る。
『ここでは、融和とか分裂とかと違って、希望とか光か』
ボルジは、新聞記事を読みながら、思う。
『何とかと鋏と畑ジャケットは使いよう、やな』
こうも、思う。
その実、ボルジは震えている。
寒いのでは、無い。
怖いのでも、無い。
身体的には、外面的には、普段と何ら変わらす、ポーカーフェイス。
振るえているのは、内面。
心、頭、芯、思い。
赤、青、黄、緑、ピンク、白、黒、紫、紺、朱、茶、オレンジ、藤、紅、狐、藍、グレー、鼠、栗、草、柿、小麦 ‥ 。
その写真には、力がある。
赤、青、黄、緑、ピンク、白、黒、紫、紺、朱、茶、オレンジ、藤、紅、狐、藍、グレー、鼠、栗、草、柿、小麦 ‥ 。
その記事にも、力がある。
ボルジは、着なくなった、使わなくなった畑ジャケットを、引っ張り出す。
タンスの奥から、引っ張り出す。
収納の奥から、引っ張り出す。
あるったけ全部、引っ張り出す。
ボルジは、ダンボールを、もらって来る。
宅配便の送付票も、もらって来る。
使わなくなった畑ジャケットを、一枚一枚、畳む。
その畑ジャケットを、隙間ができないように、ダンボールに入れ込む鵜。
一味一枚、丁寧にキチンと、入れ込む。
畑ジャケットを入れ込むと、ガサつかないか確認して、封をする。
底面、上面とも、十字にガムテープを貼って、封をする。
送付票に、ペンを走らす。
新聞の送付先欄を参照しながら、送付票に送付先を、書き込む。
送付票への記入が済んだら、送付票をダンボールの上面に、張り付ける。
軽い。
これなら、いけそうや。
ボルジは、ダンボールを持ち上げ、確信する。
軽くチャッチャと、ボトムだけジーンズに着替え、靴下を履く。
リュックを背負うと、念の為パワーポジションで、ダンボールを持ち上げる。
玄関先に、ダンボールを置く。
スニーカーを、履く。
踵は、潰さない。
スニーカーを履くと、 念の為パワーポジションで、再びダンボールを持ち上げる。
そのまま、ダンボールを左肩に担ぎ、右手でドアを開ける。
外に出て、右手でドアを閉める。
鍵穴に、キーを差し込む。
ガチャガチャ
机には、新聞が開かれたまま、置かれている。
赤、青、黄、緑、ピンク、白、黒、紫、紺、朱、茶、オレンジ、藤、紅、狐、藍、グレー、鼠、栗、草、柿、小麦 ‥ 。
色取り取り広がり、置かれている。
{了}