第七章~過去の記憶、そして(前編)~
♪
駄目だ……まだ僕は死にたくない……
死ねない……死ぬわけにはいけない
二年前の彼の時と同じ様に、僕は心の底から普段信用しきってはいない神様らしき人物(あれって人なのか?)に強く願った
だけど自分の意思と裏腹に瞼は徐々に閉じていって……
同時に闇に飲みこまれていく感覚が身体を襲う
そんな中、意識の彼方で微かに鈴の音が聞こえた気がした…………
キィン
え……
『……め……ねっ』
…………?
なんだろう……声?
『……本当はね、こんなことしたくないんだよ?』
……じゃあ、やらなくて良いんじゃないの?
『だけど観柚はきょーくんを殺さなきゃいけないの』
……何で僕なんだろう?
『だって観柚は――』
突然聞こえた悲しげな少女の声
頭の中に響き渡っていく
言葉を返しても上手く噛み合わない……どうして――
『……嗚呼……そういうことか』
ひょっとしたら此れは閑崎さんの想いなのかもしれない……
『ごめんね……本当にごめんね……』
閑崎さんの声が謝罪に変わる
謝らなくて良いんだよ
ずっと気が付かなくてごめんね……
彼女を苦しめていたのが何なのかは分からない
だけど、誰かが傍に居て楽になるのなら助けてあげたいと思う
……此の状況じゃ、もう無理だろうけど……
僕はいつぞやに投げ掛けた想いを……届かない言葉をもう一度投げ掛けた…………
意識は……僕の存在は其処で途切れた…………
第七章〜過去の記憶、そして〜
「……う……?」
背中に当たる固い感触に違和感を覚え、僕は目を開けた
意識は未だ微睡んでいて、頭の中がもやもやしてる
「……?」
眠たい瞳を擦りつつ、視界を見渡すと
「……あ……?」
一面の黒
光など一切通さないような漆黒な闇
辺りは暗闇に包まれていた
背中に感じる感覚からして、どうやら少しの間眠っていたらしい……
「此処……何処だよ……」
覚醒してきた頭をフル回転に稼働させ、状況を確認するためにとりあえず身体を起こすと、指先がカツンッと音を立てた
床の様なモノに触れた(というより引っ掻いた?)感覚
……本当に此処……何処?
何処までも続く暗闇の中、僕は立ち上がり、周りを見渡す
『此処は僕の心の中かな……』
ふと、そんなことを思った
こんな場所見た事……いや、前にも此処に来た事があるような気がする
そう……二年前の『彼の後』に……
彼の時は此の中をフラフラと歩いていたら、元に戻れたけど…………今回は無理な気がする
ふと身体を見下ろすと、刺された部分は見事塞がっていた
……うん、現実じゃないからかな?
しかし僕は辺りを見渡していた視線を……止め……直ぐ其の考えに訂正をいれた
「……うわぁ……」
理由は……暗闇の先にお花畑と大きな川があったからだ
しかもご丁寧に『幸せの集い所=天国♪』と書いてある看板がお花畑(確か桃源郷っていうんだよね)に刺さってる
其の周辺はキラキラと輝いていて……神々しいです
うん……つまり僕は生と死の狭間に居るんだね
納得♪ ……って、おい!!
自らに突っ込みを入れながら、取り敢えず状況確認
誰か突っ込み役の人が居て欲しいです……いや別に此方に引きずり込むつもりはないけど……巻き込みたくないし
こほんっ……ええと……現在、閑崎さんに刺されて意識を失い……僕は此処に居る
たぶんあっちに見える彼の川(三途の川?)を渡れば見事『死亡確定』だ
……いや、川を渡らなくてももしかしたら『死亡確定』かも。お花畑から『早く此方においでー』オーラが滲み出てるし
遠くに死んだ祖父が見えるよ……ごめん、未だそっちには行きたくないです
そもそも彼の状況で普通は生きていられるはずないし……ふぅ、失血死か
身体の内側……内蔵部分は熱を持っているのに手足の感覚が無くなり、貧血のせいでノイズが聞こえて……他の音は聞こえなくて……じわじわと身体の先から氷のように冷たくなっていく
刺された部分は痛いのに、叫ぶことすら許されない
そしてゆっくり意識が消えていく…………
あれは僕にとって『地獄』だった
二度とあんな思いはしたくない
……まあ、此処に居れば何も感じなくて済むだろうけど
もう……何も
『……綾兎……大丈夫かなぁ』
僕を守ろうとして閑崎さんの攻撃を受けてしまった綾兎
『光の住民』とはいえど、まともに力を使えない状況だったし……学校の寮内だったから尚更だし……
彼女が僕を狙っていたのなら、綾兎を巻き込んでしまった事になる
綾兎……ごめん
此処からじゃ伝わらないだろうけど、心の中で謝罪を入れる
どうか無事でありますように……
閑崎さんも……彼の子はもう……只の人間じゃない
たぶん『能力者』だ
綾兎が閑崎さんの力を知らなかったのを考えると、閑崎さんは『住民』ではない
そして……彼の力は『少し違う』
二年前に僕と桜果を襲ったものではない……と思う
閑崎さんが其の力を使わなかっただけかもだけど……
……はぁ……仕方ない、綾兎に話した事を踏まえて、僕ももう一度振り返ってみるか
今までの過去と……そして二年前の出来事を…………
僕はもう一度瞳を閉じて、過去を再生した
♪
「杏っ! 杏っ!!」
ぐったりと床に伏せてる杏の身体をボクは揺さぶる
だけど……全く反応はなく……杏の身体はどんどん衰弱していき、呼吸は虫の息で…………
腹部の傷口からドクドクと漏れる血は止まらなくて…………今の状況じゃもう……っ
「ムダだよあやとくん、きょーくんは死ぬんだから……手を出さないでね?」
「っ」
「それに此処はもう観柚のけっかいの中……だれにもきづかれないできょーくんはしぬんだよぅ……あははっ♪」
笑いを含んだ言葉にカッと怒りを覚え、ボクは閑崎さんを睨み付けた
普段はそんな感情を誰かに向けることはない
でも……杏の事をこんな目に遭わせといて、其の態度は酷いと思う
「閑崎さん、どうして杏をっ!!」
そもそも杏が狙われる理由が分からない
『光の住民』や『闇の住民』がこういう事に巻き込まれるならまだ納得がいく
特殊な力を持っているから恨みや妬みを買うのは仕方ないことだ
『現実世界』でいうお祓いに近いことをしていますし…………世界の調和を保つために仕方がなくやっているんですが
だけど……杏の力は目覚めていない
だから杏がどんな力を持っているか、ボクでも分からないですし……
閑崎さんの力もどういう物だか分からない
『光』でも『闇』でもない特殊な力
彼女は何で……
……稀に僕たちと同じような力を持つ人間が『現実世界』で生まれることがある
其の人たちが亡くなる時に強く『生きたい』と願うと……『現実世界』から『消失』し、『光』か『闇』の『住民』になる
『住民』は其々の世界に十人ずつ居て、『光』の『住民』に対して『闇』の 『住民』が対になるように存在する
ボクの場合はアリスが対で……今はアリスの代わりに杏が対になっている
だから契約といっても(仮)ですし、アリスとは『切れて』いない
カリン様とタクミ様は『観察対象』にしていますが……杏の存在は『不安定』だ
『……ああ、だから杏は狙われたのかもしれないですね…………』
床に伏せてる杏の身体を起こし、抱えた状態で杏を見下ろす
既に意識はなく……死にかけている=まだかろうじて生きている状況
? ……何かがおかしい
普通の『人間』なら、刺された時にショック死してる可能性も高いですのに……
何でまだ生きて……いや、杏に死なれちゃ困るんですが……
ボクは視線を閑崎さんに向け、鋭く睨んだ
「あやとくん、そんなに睨まないでよ……観柚だって好きでこんなことしてる訳じゃ……」
「え……?」
好きでしている訳じゃない?
じゃあ何で彼女は杏を…………
「ほんとうは観柚……だれも……」
閑崎さんはオドオドした態度をとる
其れは何処か挙動不審で……
「私の『観察対象』に手を出しといて、其の態度はないんじゃないのか? なあ……閑崎観柚」
「「っ!?」」
閑崎さんとボクは声のする方に振り向く
其所には――
「やあやあ、何かえらい事になってるなぁ……此の修理費は一体誰が持つんだ? おい」
「水城せんせ……? っ!? 何で……観柚はだれも入れないようにけっかいを張ったのに……」
「あんな密度の結界、直ぐに壊せる。其れよりも……閑崎観柚、自分のした事の重大さが分かっているんだろうな?」
「っ」
カリン様の言葉を聞いた途端に顔を青ざめる閑崎さん
さっきとは態度が全然違う……状況が逆転した?
「其れと綾兎……早く氷月杏の傷を癒せ」
「っ、はいっ」
今、カリン様が閑崎さんの相手をしているのなら……その間に杏の傷を癒せる
「……風よ、水よ……我が力となり彼の者の傷を癒せ。『癒』」
詞を唱え杏の傷口に手をかざし、力を送る
『自然を操る能力』以外にも、ボクは『再生能力』を持っている
其の力を使って杏の傷を治そうとすると、少しずつだが傷は再生を始めた
けど――――思ったよりも出血量が多い
『早く輸血しないと……失血死になるっ』
一度外に出た血液を体内に戻すことは出来るが、衛生上……無理だ
今の状況では血液を浄化出来ないし……そうだっ!!
「カリン様っ!! タクミ様は!?」
声をかけたとたん、閑崎さんと対峙していたカリン様は、ハッとして……気まずそうな顔を向けた
「! すまない綾兎。彼奴はバックアップに回っているから来れないんだ……」
「え……!?」
タクミ様の持つ再生能力や浄化能力はボクよりも優れている為、タクミ様なら杏を助けられると思っていた
だけど……タクミ様が此方に来れないということは、杏を助けられな――
「あやとくん、きょーくんを助けちゃだめっ!! じゃないと観柚は――っ」
ドンッ
「ごはっ……ぅ……」
「綾兎っ!? ……閑崎っ、もうやめるんだ!!」
気が逸れた隙に閑崎さんの攻撃をまた受けてしまった……かろうじて杏には影響しなかったのでほっとする
其の代わりに咄嗟に杏を庇ったため、背中に攻撃を受け……焼けるような痛みで身体に力を入れる事ができない
「くっ、『守』」
詞を放ち、自身と杏の周りに結界を張り、攻撃を凌ぐ
杏に攻撃出来なかったせいか、閑崎さんはガタガタと身体を震わせ……自身を抱き締めるようにして床に崩れる
顔は恐怖に歪み……何時もの面影はなかった
何に怯えているかは分からない
不意討ちを突いて杏に致命傷を与え……さっきまでボク等を傷付けることに躊躇いもなかったのに…………
「いやだ……観柚……観柚はまだ……死にたくないよぉ……」
閑崎さんの頬を涙が伝った
『まだ死にたくない……』一体どういう事?
閑崎さん……そんなに震え上がるなんて……
「閑崎……お前を其所まで追い詰めたのは誰だ」
「っ」
カリン様の言葉を聞いて、ビクッと身体を震わす閑崎さん
カリン様の視線が鋭くなり、空間に重苦しい圧力が掛かる
そんな二人の様子をボクは眺めつつ杏の傷の再生に励む
何時もは観察・傍観者であるカリン様が前衛に出るのは珍しい事だ
現実世界では自分の教え子にあたる閑崎さんにも容赦しない
自分にとっての敵と見方の区別をつけいてる
『流石だな』と思った
ボクに『杏の傷を癒せ』と言ったということは杏を仲間だと思ってくれている――『今は』
其れを利用して、杏の身の安全を確保する事が今のボクに唯一出来る事だ
『こんな時にアリスが居てくれたら…………』
杏には話していなかったが、『光の住民』と『闇の住民』は二人揃って初めて本来の『力』が出せる
アリス=片割れが居ない今の状態では、ボクは本来の力が出せないのだ
杏は仮契約のままだし……死の縁に居る杏に此れ以上負担をかけたら殺してしまう
其れだけは避けたかった
『結局ボクは一人じゃ何も出来ないんですね……』
以前からカリン様とタクミ様……アリスには良く劣等感を抱いていた
彼の三人と比べると自分の力はあまりにも小さくて……
『強くなりたいのになれない……』
其れはボクに覚悟が足りないせいのだろう
自分が持つ『決断力の甘さ』を捨て、前に進まなきゃいけないのに……
『どうすればいいんだろう……』
杏には偉そうな事を言っておいて、まだ過去を引きずっているのはボクの方ではないのでしょうか…………?
『ボクは最低です……』
もしかしたら、ボクは彼の時から前に進めていないのかもしれない
其れに力を使うということは、誰かを傷付ける恐れがある
人一倍其れを知ってるからこそ……強くなりたくても何処かで怯えていたのだ
そんな事を考えている間に傷の治療はあらかた終わったらしく、殆んど塞がっていた
此れなら傷跡も残らなくて済むかもしれない
小さい傷を癒しつついると、杏の額から汗が滲み出ているのに気付いた
痛みを堪えたまま意識を失ったのだから結構無理をしたのだろう
血の飛沫が頬を濡らしていたので汗と共に拭いてやろうと、辺りを見渡す
ちょうど、結界の内部の空間に襲撃されたときに吹っ飛ばされたのであろう杏の通学鞄を発見し、血などか手に付いてないか確認してから勝手に中を開く
ポケットの中にハンカチが入っていなかったので、もしかしたら鞄の中にあるのかもしれない
そう思った
二人の接戦(で合っているのかは分からない)を見つつ、結果を保ちながら鞄の中を探ると指先が布の感触を捉える
『ビンゴっ!!』と思いつつ其れを引き抜くとアイロンがかけてあり綺麗に折り畳まれているハンカチを取り出す
流石杏……そういう所は貴重面なんですね
チャリッ
「?」
畳まれたハンカチを手にした時に不自然な重さを感じたら、ハンカチの間からネックレスのチェーンが垂れ下がっていた
『杏ってアクセサリーとか着けましたっけ?』と考えながらハンカチを開くと、中からアンティーク調な十字架の付いたネックレスが出てきた
古めかしい銀の十字架に細かい飾り彫りがされていて、真ん中に丸い半透明の石が付いている……見慣れないネックレス
チェーンは長めで腕に巻き付けられる位ある
『……もしかして、杏ってキリスト教の家系?』
宗教上なら持っててもおかしくないですよね♪
雪代綾兎・杏の事について資料の中に書いてあった所をちゃんと読んでなかった
氷月杏・宗教は一応仏教
キリスト教ではありません
『折角だし、握らせときましょう』
傷は殆んど塞がっているも、何時死ぬか分からない状態に変わりない
握らせといて損はないだろうと思い、杏の右手に其れを握らせた
瞬間――
キィン 「っ!?」
金属がぶつかるような音と共に、十字架は突然光を放った
キラキラとした蒼白い光に辺りは包まれ――――パリンッと音を立てて…………結界が崩れ落ちる
其れを見たカリン様と閑崎さんが硬直した
「綾兎……今一体何をしたっ!?」
「あやとくんっ」
閑崎さんがボクに攻撃を向ける
しかし攻撃はボクにぶつかる直前にリンッと澄んだ鈴の音と共に……消滅した
まるで傍に在るモノを守ろうとするように…………
「……杏…………?」
恐る恐る杏を見る
まだ意識は戻ってなくて失血死寸前のはず……
「まさか……氷月杏は彼の……」
「カリン様……?」
驚いた表情で告げたカリン様
杏は……『何』?
誰もがそう思ったであろう其の時
「駄目……っ、いやぁ……もう時間がないのぉっ(>_<;) きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
ビクンッと閑崎さんの身体が動いた途端――――一面の闇が彼女の身体から放出され…………ボクと杏、カリン様は闇に飲み込まれた
抵抗する間もなく闇は増幅し…………
僕たちは『現実世界』から消えた
♪
「キョウ、此方此方っ♪」
「待ってよ桜果!!」
住宅街からちょっと離れた緑溢れる広場
芝生よりも草花(悪く言うと雑草)の繁殖の方が旺盛な為、広場というより草野原と行った方が良いかもしれない
其の場所を駆け回る二人と……一人
「杏、桜果っ!! 俺を置いてくなーっ!!」
「「嫌だ(よ)♪」」
背後から待ってくれと言わんばかりに叫ぶ十夜(※水無瀬の名前)に僕達はお互いに顔を見合せ……ニヤリと含み笑いをした後、満面の表情で言葉を返してやった
更に先へ先へと走る僕達
「ちょっ、待って、置いてかないで――っ!! ハッ、まさか俺だけハブりなのかっ!? お願いだから待ってくれ――っ いや、待ってください!!!」
「「えーっ」」
僕達はピタリと足を止め、顔をしかめる
「なに其の反応っ!?」
「「はぁ(ふぅ)……」」
「だから何で其処で溜め息!? あ……追い……付いた」
僕達に追い付き、ゼイゼイと息を吐く十夜
十――いや過去の記憶の様子だから水無瀬でも良いや。何か面倒くさい
回想再開
「息切れするなんて意外に体力ないよね」
「ランドセルを三つも持たされて走れば誰だってなるわっ!!」
僕が水無瀬の体力の無さを指摘すると、水無瀬は否定的な声を上げた
だって其れは――
「じゃんけんで負けた水無瀬が悪い」
「俺のせいなのかっ!?」
身振り素振りがいちいち大袈裟な水無瀬を横目で見る
……そもそも負けた人がランドセルを持つというゲームを持ち掛けたのは水無瀬の方じゃないか
「十夜……わたしのランドセルに傷付けてないでしょうね?」
桜果……其の意見には僕も同感だけど、其れなら――――
「心配だったら持たせるなっ」
怒りが限界に達したらしく、思いっきり怒鳴られた
持たせた理由……僕がじゃんけんで勝ったからということもあるけど…………其れ以前に
「「え? だって重いじゃん(じゃない)」」
「こういう時は物凄く息がピッタリなんだなっ!!」
うん、全くだ
こういう時に桜果と双子だなと感じるんだ
流石水無瀬……分かってるじゃないか
「さてそろそろ帰ろうか……水無瀬、ランドセル返して?」
「『返して?』言うんだったら預けなきゃ良いだろ」
水無瀬のお母さん(結依さん)にこんな所を見られたら、何て言われるか分からない
だからいい加減返してもらおうと思ったんだけど……ゲームの言い出しっぺの奴に言われると頭に来るんだよね。うん
「水無瀬……(ニコッ)」
「作り笑いに不気味なプレッシャーをかけるなっ……ほらよ」
「わーい」
放り投げられたランドセルを両手でキャッチする
「ありがたみのない声で返事すんなっ」
「だって水無瀬だし」
「何其の態度!?」
ガーンとショックを受ける水無瀬……気味の悪いハイテンションが鬱陶しいな
ランドセルを投げられて喜ぶ奴等居るのだろうか?
……居たら其の人は生粋の『ドM』じゃないのか。喜び=悦びで
そんな事を考えつつ、桜果のランドセルを受け取る
桜果に「はい」とランドセルを手渡すと桜果は「ありがとう」と受け取り、何やら考え込む
「……もしかして此れが『ツンデレ理論』かしら?」
「何処でそんな言葉覚えたの!?」
双子の姉から驚くべき言葉が出ました!!
「ふぅ……悪いけど其れはキョウにも言えないわ。秘密秘密♪」
「…………はぁ」
桜果の言葉を聞いて……僕は深い溜め息をついた
普通の日常
彼の中では……小さい時から僕達(水無瀬含む)の中では桜果が一番だったのかもしれない(色々な意味で)
僕と桜果は『双子』として育てられ、生まれた時から水無瀬とは幼なじみだった
幼稚園も同じ、小学校も同じ……水無瀬と僕達が一緒に登下校するのは、住んでいるマンションがちょうど学区の境に在り、小学校の規模が小さくて一学年に二クラス在れば良い方だったから
ま、一番の理由は通学路で同じ学年の生徒は僕達しか居なかったからだけどね
桜果は僕と水無瀬に混ざり、遊んでいた
しかし……其れは低学年の時までだった
流石に何時までも僕や水無瀬と一緒に居るのは、周りにとっても自分にとってもよくないことが分かったからだろう
水無瀬は少年サッカークラブに入った一方……僕は水無瀬と遊ぶ事も少なくなったので一人で居る事が増えた
桜果は友達を家に連れてくるようになり、『キョウは此方に来ないでね?』とか言うようになったし……僕は『仕方ないんだな』と思い、桜果が友達を連れてくる時は町の中心にある図書館に通った
其処では宿題をしたり、本を読んだりしていた
……時々、憂鬱な日々に浸りながら……ね
市内でそれなりに大きな図書館だったわりに、機能性は凄かった
見渡すかぎりに沢山の本があり、別室には勉強用の部屋や休憩室、大きなスクリーンで映画などが見れる構造になっていた
……小学校の後半は図書館で過ごしたようなものだ
学校の図書室では物足りなかったらしい……其の頃から僕は少しズレ始めていた気がする
凡人から違う方向にね
色んな本を読むようになってから暫くしてから……自分で物語を書く事が趣味になっていって……
暇さえあれば小説を書いているノートを取り出して、物語を綴っていた
其の反面、両親が仕事で忙しいこともあり、家事はベテランと言っていいほど出来るようになったし、勉強も上位に居た
なんでだろう……知識を入れることは苦手はないからだろうか
そして、月日は流れ……僕達は小学校を卒業し、中学校に入学した
田舎だということもあり、僕達の周りの中学校は私立しかなくて……男女同じでは無かった
僕と水無瀬は神月学園。桜果は聖桜高校の側にある風見アンジェリカ女学院(中・高一貫のお嬢様学校)に進学した
中学には運良く文芸部があって……僕は今まで書き貯めていた分を編集してから投稿したり……水無瀬はサッカー部の活動に励み……そんな日々を過ごしていた
男子校だったから、顔が中性的で身長の低い僕は何かと絡まれることが増えて、危ない目に合い始めたけど……全て足蹴りで倒したけどね☆
一方、桜果は桜果で小学校の時から続けているフルートを中学でも頑張っていた……はず
お互いに部活等で帰宅時間がまちまちだったので、休みの日以外は満足に話せなくなっていた
中学一年の春、両親に突然告げられた言葉で桜果は僕を拒絶した
自分だけが他人だと知ってしまったから……
桜果と僕は双子ではなく従姉だった
誕生日が同じだったため、双子として育てていたのだと両親が言った事に僕は驚いたのだ
僕は自分が此の家で『他人』だと思っていたのだから…………
母さんは何時も桜果の事ばっかり構っていて、僕は二の次だった
母親にとって息子よりは娘の方が可愛いに違いないし、僕の存在を拒絶する時があったからだ
別に其れは仕方がないことだったから理不尽だなんて思わない
だけど、自分の息子だったらもう少しだけ……僕を……『氷月杏』を見てほしいなと願っていた
でも、桜果が他人だった事で母さんが桜果を構っていた理由が分かった
桜果にとって……其の扱いが一番辛かった事には誰も気付けなかったんだ
桜果に拒絶されてから僕は変わった
少しでも桜果と話すキッカケがほしくて、色んな事を頑張った
まあ、頑張りすぎて熱を出して……桜果に看病してもらって……以前と同様に接することが出来るようになったんだけど…………
誤解も解けて、お互いに目標を見つけ出した頃から両親の仕事は更に忙しくなって交代で家事をするようになった
……桜果の料理は某侍漫画の新八さんのお姉さん並みに酷かったので包丁を持たせるのは禁止だったけど
包丁が手から滑って吹っ飛び壁に突き刺さる……後数センチで僕の首の大動脈に突き刺さるところでした
桜果が泣きながら「キョウ〜、調理実習で赤点取ったわ(泣)」と来たときは学園に潜入して先生共々料理を教えて……止めさせました
先生は「仕方無い、従弟くんの実力で付けときます」とか言って、僕の実力でA評価になった事もあったりする……良いのかそれで
桜果の内申点を上げつつ……僕は何度も襲われかける度に足蹴りで相手を黙らせているせいで、学校から両親の会社に連絡が行き、三者面談になることもしばしば
「正当防衛です」で大体は片付くのには助かっています
月日は更に流れ、中学二年の冬、僕がコンクールに向けての小説執筆を進めている頃……桜果の様子がおかしくなっていった
始めは大した事は無かったんだけど……徐々に溜め息が増えて、笑顔が消えた
流石に気になったので『何かあったの? 相談に乗るから』と告げたら、桜果は僕の顔を見て……鏡で自分の顔を見て溜め息をついた
そして、少しずつ溜め込んでいた言葉を僕に吐き出していく
内容は人間関係の悩みらしくて……其れは僕が常にと言って良いほどの事だった
桜果って外見が儚げな少女って感じだし……性格もちょっときつい言い方の時もあるけど可愛いって思えるし←従姉馬鹿
仕方ない事なのかもしれないんだけどさ
何で僕達って『同性』から告白されるんだろうね。本当に。
告白してきた先輩には桜果も満面の笑みを浮かべて断ったらしいんだけど……以来、学院内で会うと「桜果ちゃーんっ!」って追いかけられ抱き締められるらしい
『高等部では別になるし、先輩も進学に向けてのテストがあるだろうから後少しの我慢だよ?』って言ったら『……そうね。その手が残っていたわ』と言って元気になったけどね
僕もしょっちゅうだもんなぁ…………人生を賭けています
やっと先生が事態を分かってくれたのが唯一の救いです
案の定、僕の感は的中したらしく一月下旬の頃には少し落ち着いたらしい
ほっと胸を撫で下ろし、僕に報告する桜果に笑顔で『良かったね』と言ってぎゅうっと抱き締めたら泣かれてしまいかなり焦ったけどね……女性を急に抱き締めたらいけない事を学びました
そんなこんなで二月に入ろうとした頃、彼の事件は起きた
雪の降る寒い日
文芸部の活動も休みだったため、スーパーで買い物を済ませ早めに帰宅
母さんからメールで『今日は遅くなるから夕飯よろしく』と送られきた……ホワイトシチューが良いらしい
『相変わらず可愛い母さんだ』とか思いながら鍵を開けて家の中に入り、暖房を付けてから台所に向かう
使わない食材を冷蔵庫に押し込んでから、上着とコートを脱いでエプロンを着けて、早速夕食を作り始める
一度ホワイトシチューをルーから作ったら悲惨な事になったので市販のルーを使います
ルーを焦がしてブラウンシチューになったし……何時か再挑戦しよう
具材を炒めてから鍋に入れて煮込み、時々灰汁を掬う
圧力鍋で煮込むので、お肉が柔らかくなる
味が染み込みやすくなるし、その方が美味しくなるんだよなぁ
グツグツ煮込んでる間に器にレタスを千切って、胡瓜の千切りと缶詰めのツナとコーンをのせる
夕食にはまだ早いので、ラップを掛けて冷蔵庫に閉まった
フランスパンにガーリックバターを塗って、パセリを散らしてからオーブンで焼いた
「ふぅ……」
段々料理の幅が広がってきたのは良いんだけど……将来家政夫になれるんじゃないかなぁ
作ってる料理の内容が、男らしくないのが難点かもしれない
家庭科の調理実習で料理を作ると、一瞬で料理が無くなるのも此れが原因なのか?
ふむ……一度、男を磨いた方が良いのかもしれな――――
ピンポーン♪
「? 誰だろ……」
この時間だからもしかしたら水無瀬かな?
「はーい、今行きまーす」
コンロの火を消して、元栓を確認してから玄関に向かう
スリッパで駆けるので、パタパタという音がちょっと五月蝿い
ガチャッ
スリッパから靴に履き替えて扉を開けた
「良かった〜、キョウが先に帰ってきてて。家の鍵を部屋に置いたまま学校に行っちゃったから」
「次からは気を付けないとね。ほら、外は寒いから早く中に入りなさいな」
鍵を忘れたため、ドアを開ける事ができなかったらしい……寒いのでさっさと家の中に入れる
傘を玄関に置いて身震いをした桜果に急いで持ってきたタオルを差し出す
雪が溶けて濡れた髪を拭う桜果のコートを預かって、リビングに持っていく
ついでに、自分の上着とコートも脱衣場から持ってきたハンガーに掛けておいた
「桜果、身体冷やしちゃいけないから先にお風呂に入っちゃって?」
「分かったわ」
二人分のコートと上着にファ○リーズを吹き掛けながら促した
ホワイトシチューを煮込んでる間にお風呂の準備をしといて良かった♪
此れで桜果が風邪を引く可能性が少し下がったかな?
「それにしてもいいにおい〜、夕飯は何かしら?」
「ホワイトシチューだよ。母さんの要望だしね」
着替えを持ってきた桜果が訪ねたのに対し、僕はにこやかに答えた
「母さん……なんだか可愛いらしいわね♪」
「全くだ」
嬉しそうに笑う桜果に癒されつつ同意
「じゃあ、先にお湯を頂くわね♪」
『るーるる♪』とオーケストラの曲……確かラウ゛ェルの『水の戯れ』を口ずさみながらお風呂場に向かっていく桜果
……あれってピアノ曲集だったような……まあいいや
桜果がお風呂に入っている間に、回収したスカートにアイロンを掛けてあげて、一緒に部屋干ししておく
ついでに乾燥機に押し込んでいった洗濯物にもアイロンを掛けて畳み、クローゼットに閉まった
ふむ、防虫剤がそろそろ切れるな……明日にでも買いに行くか
台所に戻ってシチューを煮込み、冷蔵庫に入れたサラダを取り出す
お皿やスプーンを並べてホワイトシチューをお皿によそったと同時に桜果が来た
「美味しそうね♪」
「外は冷えたでしょ? だから早めに食べちゃおっか」
「そうね、じゃあ早速」
「「いただきます♪」」
……とまあ、此処までは良かった
其の後に桜果の髪を乾かしてあげてから食器を片付けて、母さんの分にラップを掛けて……父さんは外で食べてくるらしいと連絡が入った
で、僕もお風呂に入った後にある事を思い出したんだ
『そういえば昨日の夜に結依さんから『焼きプリン』を貰ったよな……』
後で桜果と一緒に食べるかと考えながらお風呂を出ると、脱衣場には……何故か桜果が居た
「あはっ、ごめんね」
「――――ッ!?」
頬を染めながらバスタオルを差し出してくる桜果に……硬直した
慌ててバスタオルを奪い取り、身体に巻き付ける
「確か……鍵を掛けたよね?」
「鍵ごときにわたしが縛られると思う?」
「いっそのこと縛られていてくれっ!!……ハッ!?」
ヤバイ……旗から見たら絶対マズイことを口にした
「キョウ……この変態♪」
「っ!?」
…………うん。思い出したくない過去まで引きずり出してしまった
彼の時に桜果が嬉しそうだったのが気にかかります……忘れたい
桜果の事を脱衣場から追い出してから急いで着替えてる
タオルを頭に被った状態で、脱衣場から出てくると、気まずそうな顔をした桜果が立っていた
……いや、此方も凄く気まずいんだけど……
取り敢えず無言で桜果を連行し、リビングのソファーに座らせた
「あの……桜果。さっきは何で……脱衣場に?」
喉の奥からなんとか声を絞りだした
桜果は明後日の方向に視線を向けながら
「キョウ……ごめんね?」
「……何が?」
さっき僕の裸を見てしまった事だろうか?
小学校に入るまでは一緒にお風呂に入って居た位だからなんともいえない……思春期真っ只中の僕としてはかなり複雑だけど
「いや……覗いた事じゃなくて……」
「覗かれてたの!? しかも反省はないんだ」
「うん♪」
……最近、桜果が意地悪です(泣)
「じゃあ、一体何に対して謝ってるの?」
「うっ、其れは……そのぅ……」
チラッと一瞬だけ、別の方向に視線が向いたのを僕は見逃さなかった
視線の方向。冷蔵庫
……まさか、桜果……
ニコリと営業スマイルを浮かべた状態で桜果を見ると、ビクッと桜果が震え上がった
「ごめんねっ!! 今日の朝、お腹が空いてたから……キョウの分の焼きプリ――――」
ガシャーンッ 「「っ!?」」
不意に……突然、窓ガラスが割れた
風のない状況
なのに、ガラスの欠片は全て僕達に向かって飛んで――――
「桜果っ!!」 「いやぁっ!!」
咄嗟に桜果の上に覆い被さり、欠片から桜果を庇う
ザシュッ 「っ」
腕や足に欠片が突き刺さる感覚
鈍い痛みが身体を蝕んでいき、紅が飛び散った
「キョウッ!!」
「……うぁ」
「大丈夫!? 今誰か呼んでくるからっ!!」
欠片の勢いが収まってから、桜果は僕の下から這い出た
彼女は掠り傷で済んだ
僕の方が酷かった
「直ぐに――っ!?」
一瞬、桜果の表情が歪んだ
そして、次の行動は意外なものだった
ガシッ ギュッ
「……え?」 「桜果っ!?」
桜果は僕の身体にのし掛かり――僕の首に両手を添えて力を入れた
「桜果っ、桜……か」
「違うのキョウ、手が勝手に!!」
勝手に身体が動き、自分では止められないらしく――彼女の表情が辛そうに見えた
「あっ……うぅぅっ……ぃあ……っ」
女の子の力にしては有り得ない力で首を締め上げてくる
まずい……意識がもう……っ
がくりと意識が落ちる感覚
「……ふふっ、此れで邪魔者は消えた。この子はわたしのものだもん♪ だから消えて……氷月杏」
意識の端で、ノイズのような声が聞こえた気がした…………
その後、桜果はガラスの欠片で手首を切られて僕の隣で倒れていたらしい…………
ガラスは割れていなく、刃物すらない状況
そんな中に僕達は倒れていたらしい
『らしい』というのは僕が水無瀬から聞いた内容だからだ
第一発見者が水無瀬だったから…………
『水無瀬には悪い事をしちゃったなぁ』
桜果が見つかったら、二人で謝りに行くか……って
『此処から出ない限り無理か……』
でも、思い出してみて……彼の時僕達は……誰かに狙われていたのかもしれない
其の関係者が多分……閑崎さん
彼の時はよく分からなかったけど、もしかして桜果は『誰かに操られて僕を殺しかけた』んじゃないか?
其の時にも一度僕は此処に来ているし
あっちの桃源郷もあったような……流石に無かったか
アリスに言われた事
『多分、闇は最初からお前自信を取り込む機会を狙っていたんじゃないか?』と言う事が本当だとすると
今回の件は彼の事件の延長戦なのか?
狙われている理由は恐らく…………綾兎に初めて言われた事
確か綾兎はこう言った
『実は貴方が『闇の世界』に居るって事がちょっとイレギュラーでして……困っているんですよね』と…………
僕の存在はイレギュラー
『有り得ない存在』
『闇の世界』……の『一部』
其れを見た……いや『視た』人は闇に魅せられるか死ぬ
僕は闇に魅せられた
だけど、綾兎によって其れは無くなった
『闇の住民』に近い『非なる存在』
僕の存在って一体――何?
『――って、そんなのはどうでもよくて』
取り敢えず、早く此処から出たい
胸騒ぎがする
早く戻らないと大変な事になる気がする
……嗚呼もう
「大きな力が欲しい――っ!!」
誰も傷つけないで、大切な人を守れる――そんな力が
墜ちたモノを救う力が
何も出来ない自分にもどかしさを感じ、叫ぶだけ叫んだ
其れだけが今出来る唯一の事だったから…………
だからね、次の展開には焦ったんだ
何も起きない事に溜め息を付いていたら、脳裏で声がした
『ふぅ……仕方ない。其の願い叶えてしんぜよう』
「何か御告げされたっ!?」
中性的な声の響き……男の人かな
其の声に戸惑った
途端、リンッと澄んだ鈴のような音と共に蒼白い光が溢れ…………驚きの声を出す間もなく……僕を飲み込んだ
うん、……新たなフラグが立ち上がりそうです。(まる)