第五章~彼のとき其のとき僕達は(後編)~
杏がアリスによって遅刻になった一方――
「杏……一体どうしたのでしょう?」
ホームルームで出席を取り終え、一時間目を過ごしたボクたちは休み時間中朝と同様に杏の席を囲っていた
『来ない来ない来ない来ない……うぅぅ』
ボクが此の私立聖桜高校にやって来てから杏が学校に来ないのは初めてだったため、不安が胸に広がる
其れは睦月さんと水無瀬さんも同様らしく、杏の不在に違和感を感じているみたいでした
「水無瀬、隣に住んでるんだから何か知らないの? 杏って一人暮らしだから、もしかして体調崩して寝込んでいるかもしれないし……」
「そうだなぁ。ちっと結依さんに聞いてみるか」
やる気の無さそうに机にぐにーっとして身体を預けている睦月さんの言葉を聞いて、水無瀬さんは制服のポケットからシンプルな黒い携帯電話を取りだし、画面を開いた
この学校の校則では休み時間と放課後は携帯電話の使用は可能らしい……ボクも上の人に申請して買って貰おうか検討中です
水無瀬さんの会話を聞いて『結依さんって誰?』という考えが頭に浮かんでいたら、小声で睦月さんが「水無瀬のお母さんだよ」と教えてくれました
親を名前で呼ぶなんて、一体どういう家庭なのでしょうか……
水無瀬さん家の家庭の事情です
水無瀬さんは短縮機能を利用して自宅に電話をかけた
そして、結依さんを呼び出す
「もしもし結依さん? 俺だけど……」
『あらあら夜ちゃん。こんな時間にどうしたの? お母さんが恋しくなったのかしら?』
「んな訳ないから……杏、まだ家に居るのか? 学校来てなくてさ」
親子とは思えない会話にちょっと吃驚する
因みに結依さんの声が分かるのは、水無瀬さんが通話のスピーカー機能を利用したからです……便利です!
其れと夜ちゃんって水無瀬さんの事みたいです……十夜だから『夜』の字を取って『夜ちゃん』
せめてちゃんと名前で読んであげましょうよ……結依さん
そう会ったことのない人に、ちょっと言ってやりたかった
携帯電話のスピーカーから会話の続きが聞こえる
『杏ちゃんだったら……あ、今ベランダに居るわね。何してるのかしら?』
「なんで杏はベランダに居るんだよ?」
本当にどうしてベランダなんかに……今日は暖かいから日向ぼっこでもするのでしょうか……
そんなことをしているなら早く学校に来れば良いのに……謎です
『さあ……今日はお天気が良いし、洗濯物でも干すんじゃない――――
「わー、凄いなぁ…………って、もう二度と来るなぁぁぁぁぁっ!!」
…………杏ちゃん、一人で空に向かって叫んでいるんだけど……熱でもあるのかしら?』
不意に結依さんの声が途切れ、代わりに――馴染み深い杏の叫び声が響き渡る
「「「!?(クラスメイト一同)」」」
……教室で電話していたため(+通話のスピーカー機能使用)、教室中に杏の謎の叫び声が響いた
その為クラスメイト一同が杏の叫び声に驚き、ボクたちの方に視線が集まる
……注目を浴びるのは苦手です……
「結依さん、杏に一体何が――」
一番近くで聞いていた水無瀬さんは「耳痛え」と呟きながら理由を聞く
『さあ……うんよしっ!! お母さん今から杏ちゃんの様子見てくる――っ!! じゃっ♪』
「凄く楽しそうに電話を切るな――っ!!」
結依さんの言葉に携帯電話に向かって水無瀬さんは怒鳴っていました
……どうやら理由は聞けなかったみたいです
そして、会話から結依さんという方は「楽しむこと」を生き甲斐にしていることが判明されました
杏……一体何があったのでしょう……何か変です!
「水無瀬、氷月は大丈夫か?」
「氷月くん、何があったの!?」
クラスメイトの何人かが電話をしていた水無瀬さんに駆け寄り、叫び声の理由を聞いています
凄いです! 杏は此処まで信頼され――
「氷月が壊れたら此のクラスに常識人が居なくなるじゃない(か)っ!!」
「っ!?」
……そういう意味で必要なんですね……杏……何て不憫な……うぅ
目許に溢れた涙をポケットからハンカチを取り出して拭き取るボク
ジーッ
「?」
隣から視線を感じ、振り向く
「……こう見ると、綾兎くんってヒロインみたいなのになぁ……此のゲーム、『杏の攻略者』の……」
「睦月さん、ゲームと現実を一緒にしないで下さい。杏を攻略したら新世界のカミサマになれるわけではないですし……」
横目でボクを見てきた睦月さんが世の中をゲームに例えていました
ボクたちのような『光や闇の住民』から見れば、此の世界は一種のRPGなんですけどね
……其のゲーム内での杏の存在は……
「『女神』か『バグ』……」
杏の存在は、只のヒトから見れば『有りがちな存在』
ボクたちから見れば『異端者』
そうなるのかも知れない
……まあ、杏の能力が何なのか分からないですが、杏は特別な力を持っているかもしれないですね……
普通のヒトは分からないでしょうが、前に杏と二人で悪霊(元はヒトやカミサマだったけれど、廃れていって『闇の欠片』と同化したもの)を祓ったときに感じたんですが……杏ってもしかして闇を引き付ける『引誘体質』の気がするんですよね……
『引誘体質』とは文字通り何らかを引き付ける能力で、稀に此の世に居る存在。其れが『光』だったり『闇』だったり『其れ以外』だったり……
杏の場合は『闇』で……いや、『其れ以外』だとボクはちょっと専門外だからムリなんですけどね
『其れ以外』は『幽霊』やら『怨念』やら『呪術』とかですから……流石にそういうものには出来るだけ関わりたくないです
稀に『其れ以外』のモノを祓える『住民』も居ますが……アリスがそうでした
元々、人間として生きていたときにアリスには変わった力があったから……
ボクはちょっと治癒能力があるくらい……あまり役に立ったことは無いのです
でも、杏の能力はもしかしたらボクの能力よりも大きいかもしれない
そう思うと、少しばかり劣等感を感じるのです
……なんかちょっと落ち込んできました
話を戻します
杏のように『闇』に惹かれる人の逆の性質(体質?)を持つ人は『光』に惹かれます
本来、『光の世界』と『闇の世界』は『此の世(現実世界)』を支えるために存在しますが、二つの世界のバランスがずれると『世界の一部』と呼ばれる欠片が現実世界に溢れてしまいます
『闇の世界』が力が大きいと『闇の世界』の『欠片』が現実世界に零れ、同様に『光の世界』の力が大きくなると『光の世界』の『欠片』が現実世界に……
其々の世界のバランスを保ちながら、住んでいる世界と対になる『欠片』を自分の持つ力と中和して、現実世界に溶け込ませるのがボクたちの御仕事で……
現実世界に収まりきらない『欠片』は元の世界に送ります
今は『闇の世界』が崩壊してしまっているため、仮としている場所に新たな『闇の世界』を創造して、『現実世界』に散らばった『闇の世界の一部』の『欠片』を其所に送っているのです
……最初に杏を襲った『欠片』は大きさが凄かったため『現実世界』に溶け込ませましたが……あれは大変でした
其のあと、不在のアリスの代わりに杏を対の存在(仮)にしたのです……
でも、アリスは『闇の住民』だけど、杏はどちらかというと『光の住民=ボク』に近い気がするんですよね
属性が反対だったら本来『闇の世界の一部=欠片』に狙われるわけはないんですが……どうしてでしょうか
氷月杏という存在は一体……『何』?
……嗚呼……何だかモヤモヤしてきましたよ
「……はぁ」
「? どうしたの綾兎くん。溜め息なんて付いて」
「ちょっとした考え事です」
此の『現実世界』について考えていたとはいえない
「そう? なら良いけど……悩みがあったら何でも相談してね☆」
ニコッと笑う睦月さん
睦月さんって案外良い人――
「そして、小説のネタにさせてね☆」
「……其れだけは結構です」
朝同様に断るボク
下手すれば、睦月さんに世界を壊されてしまう気がします……此の『現実世界』の秘密は一般の人には知られてはいけない
小説で例え『フィクション』だとしても世間に此の事が発表されたら……下手したら
『……睦月さんは消されるかもしれない……』
準マスターのカリン様とタクミ様に……彼の二人ならやりかねない
彼の人たちは自分に利が無いものは蹴り落としていきますから……タクミ様は嫌々やっている気がしますが
「手段は選ばない」とか言って、今まで関係ない人が何人消されたことか……
話は変わりますが『闇の世界』の『住民』であるタクミ様は、『二年前の闇の災厄』で唯一生き残った方だ……
丁度、定期総会で『光の世界』に訪れていたらしい
一時ボクはタクミ様を疑っていたが、タクミ様の能力は光を浄化・転送する以外に『過去の再生』が出来るだけなので、世界を崩すような力はない
元に『二年前の闇の災厄』は杏の従姉妹にあたる『本宮桜果』が原因でした
……でも、『本宮桜果』が犯人だということにボクは納得していない
其の真実を知っているのは『氷月杏』だけだ
…………杏とは一度ちゃんと話してみた方が良いですね
今は『闇の住民』であるアリスの代わりをしてもらっていますが、杏の事はいずれ此方の世界に引き込む必要が出てくるかもしれない
出来れば其れは早急に…………
其れまでは準マスターの二人には動かないでいただきたいです
キーンコーンカーンコーン
心に決意を結んだと同時に授業開始のチャイムが鳴り、皆は席に戻る
ボクは教科書とノートを鞄の中から取り出し、次の授業に挑んだ
…………
…………うっ、ううぅ……
……よりによって数学でした
♪
「はぁ……」
青空の下、閑静な住宅街の中のアスファルトの上をてくてく歩きながら溜め息をついた
アリスが帰った(?)後、僕の叫び声を聞いたらしい結依さんが僕の家に押し掛けてきて結構大変だった
「すみません、寝惚けました」
「あら……気を付けなきゃダメよ?」
最終的にはあっさり解放されたけれど、その代わりに
「夜ちゃんに持ってって、皆で分けて食べてね?」
「はい♪」って朝にでも作ったのであろう手作りマフィンを渡されたし……お陰で二時間目も間に合わないよ……はぁ
紙袋に入った手作りマフィンを手に持ちながら、住宅街から駅に向かう
僕の住んでいる『風見町』という住宅密集地帯は都会に向かう人が多いため、交通機関は結構便利な方だ
電車以外にもバスやタクシーが何種類もあり、電車よりも神月町に向かうバスに乗って高校に行く生徒の方が電車通学の生徒より多いけれど、電車代よりもバス代の方が運賃が高いため普段僕は電車を使用している
今日はバスで行こうかと思ったが、時間帯的に電車が空いている(というかお客が居なくてガラガラ)ので何時も通り電車を使用
……これでも倹約家なんです
母さんに一方的に絶縁されてから数週間後、父さんが電話してきて、『お金は今まで通り』なのが分かって良かったけれど……母さんが一方的に絶縁した理由……最終的には父さんの浮気でした☆
「杏……すまなかった」
「……何か僕が悪いみたいになってるから頭上げてよ……土下座までしなくて良いから」
こないだ休日に連絡もなくいきなりやって来た父さん
頭を地面に付けるように土下座をする父さんに僕は若干引いた……すみません
只今単身赴任中なので、その日は三時間位しか此方には居られなかったけれど……うん、自業自得だよね
そして話を聞いてると、『偶々会社の同僚で困っている母子家庭のお母さんの相談に乗っていた』そうで……父さんが不憫で仕方がなかった
「杏……杏――っ!!!」
「……大変だったね」
抱きついてきた父さんの背中を子供をあやすかようにポンポンと叩いた
彼の時は僕に抱きついてくる父さんを宥めるのが大変だったなぁ
今では良い思い出です
一ヶ月位前に久々に母さんが家に来た理由は、此れが理由だったのか……其れで苛々を誰かにぶつけたくて僕にあたったと……
……自分の立場を恨みたくなりました
母さんもとい理音さんは、僕と外見が凄く似ていて……母さんは自分と僕を重ねて見ていることがある
自分の息子じゃなくて自分の過去として――
だから、桜果を守れなかった僕を拒絶しているんだ
過去に大切な幼馴染み――桜果の母親を救えなかったから……
だから同じように桜果を助けられなかった僕に強くあたり、自分と関係ないように僕を引き離した
父さんの浮気騒動で完全に断ち切ることを決めたのだろう
でも、母さんは僕の事なんか考えたことはない
何時だって僕は桜果のついでだった
今日、朝にアリスに会って思ったこと――
僕はそろそろ綾兎に言わなきゃいけない気がする
そう――二年前の事件の真相を――――
アリスの話を聞いて、神城拓海という人が僕の部屋に来て過去を――とか言っていたけれど
其れには絶対的な誤解がある
だって、彼の事件は――――
ガツッ 「あうっ!?」
そんなことを考えながら歩いていたら、駅の入り口の壁にぶつかりました……痛い
前を向かないで歩くのは結構危険だなぁ
額を擦りながら、隣にある駅の階段を昇り……僕いつの間に駅に着いたんだろう?
……無意識は怖いです
改札口に着いてから、電子カードになっている定期券をタッチして改札口を抜ける
階段を降りて(この駅にはエスカレーターは存在しません)ホームに立つ
階段を降りると同時にやって来た十分に一本あるかどうかの電車に乗り、三駅目の駅に向かった
ガタンッガタタンッ
…………ふわぁっ、暇だぁ
ちょっと眠くなってきたのはアリスに少し睡眠を妨害されたからだろう
十分位で目的地に着くまでの間、ドア付近に立ってドアにもたれ掛かるようにしてウトウトしていたら携帯電話が震えたので、優先席から少し離れた所で携帯電話を開いた
画面を開くと、待受画面の下に『メール受信』の表示が出ていた
恐る恐る送信者の名前を確認
……あ、水無瀬だ
睦月じゃなかったことにちょっとホッとし、メールを開く
「……………………………………………………うわぁ」
見なきゃよかった……後悔
メールにはこう書かれていた(打たれていた?)
受信:水無瀬十夜
件名:何があったんだ?
本文↓
『お前がなかなか学校に来ないから心配で結依さんに電話をしたら、受話器越しにお前の叫び声が聞こえたんだが……一体何やっているんだ?
天宮と雪代が心配してるぞ?』
……はい、すみません
何だかんだで皆に迷惑かけていました……反省
僕はちょっと考えてから返信ボタンを押し、文章を打った
カチカチカチカチ……
『ごめん、寝惚けました。結依さんに手作りマフィンを貰ったのでこれから持っていきます
僕は大丈夫……なので心配しないで授業に挑んでください。そしてお昼ご飯奢ってください。お腹空きました。死にそうです』
送信ボタンを押し、携帯電話を閉じてポケットにしまう
……よし、此れでお昼代が浮く!
其のお金で帰りに新しい枕を買えるぞ――っ!!
わーい♪
本来なら綾兎に枕代を請求したかったけれど、アリスに会ったことを黙認しなきゃならないのと綾兎が不憫で可哀想なので自分でお金を出して買うことにした
羽毛入りの枕が一番だと思っているけれど、低反発の枕にも興味がある……どうしようかなぁ
僕の睡眠ライフは枕で決まります
本来なら一般男子高校生はもうちょっと性的な事に興味があるだろうけど……非日常な人生を送っているからなのか
そういう事には全く興味がない
……断言したら悲しくなってきた……
だって睦月といいアリスといい……女らしさが欠けてるというか……睦月は腐女――(以降自主規制)だし、アリスは純粋だけどちょっとズレてるし
双子として育った従姉妹の桜果は女らしくて可憐で純粋だったけど……うん、怖いので触れないでおこう
……ん?
ポケットからメールの返信でも来たのか携帯電話のバイブの振動を感じた
ストラップを引っ張って携帯電話を取りだし、開く
水無瀬からの返信
『……さっさと来い』
……昼御飯の件はスルーされたみたいだ……残念
ガーッ
シュンと自分に耳がついていたら垂れ下がっていただろう状況の中、目的の駅に着きドアが開く
僕は電車から降りて改札に向かう
ふと手にしていた携帯電話の待受画面に表示してある時間を見て僕は固まった
現在時刻十一時二十分
只今三時間目の授業中……もう泣きたいです
帰りたいけど手作りマフィンを届けなくちゃいけないし……うぅ
改札を抜けて駅から出た後、僕はトボトボと商店街を歩き桜並木の続く住宅街に足を運んだ
学校に着くまでもう少し掛かるよ……はぁ
♪
「遅い(よ)(です)っ!!」
「……すみませんでした」
結局、三時間目の休み時間に学校に着いた僕は、水無瀬・睦月・綾兎……そして何故かクラスメイト全員に怒られました
なので教室の中心に正座で座るはめになり、リンチを受けるかの様に僕の周りを生徒全員を取り囲むという異様な光景が広まっていました……
「なんだったのよ、朝の叫び声は?」
代表として睦月が言う
……人と会っていて、其の人が空から帰っていったなど言えるはずはなく……仕方ないので結依さんに言ったことを其のまま口にする
「嫌な夢を見て……多分寝惚けたんだと思います。理由は知りません」
「嘘だっ!!」
「だからひぐ○しネタはやめてって……怖い」
睦月の目が某レ○さんの様になっていて怖いよ……
「クスッ 恐怖に魅せられてる杏くんの顔……ゾクゾクするわぁ」
「誰っ!? 教室内にドSの女王様が居るよ??」
「「…………ニヤニヤ(クラスメイト一同)」」
「ニヤニヤしてないで誰か答えてよ……さっき言ったの本当に誰なんだよ……うぅ」
いろんな意味で恐怖によって精神が犯されてきた……逃げたい
キーンコーンカーンコーン
「ちっ、みんなこれ位にしておこうぜ」
「「……チッ(クラスメイト一同)」」
「舌打ちっ!? ……もう帰りたい」
何で僕はこんな目に会わなければいけないのだろう
今日の遅刻の原因は僕のせいじゃな――半分は自業自得かもしれないな
クラスのみんなが自分の席に戻っていくのを確認し、僕も自分の席に座る
鞄の中の教材を机の中に押し込み、鞄を机の脇に掛ける
……あ
「水無瀬、はい」
「え? ……ああ、メールに書いてあった結依さんの手作りマフィンか。サンキュ」
「うい」
水無瀬に紙袋に入ったマフィンを渡す
水無瀬はメールで察していたらしく、普通に受け取った
そして、紙袋を片手に席に着き、教科書で隠しながらひとつ目を食べ始めた……良いなぁ
「……ふい〜」
ぐったりと机に伏せる僕を見て、呆れたような目線を送ってくる睦月と綾兎
僕は疲れて二人と話す気にはなれず、四時間目の授業は適当に過ごすことにする
……成績に響きが生じかけていることからは敢えて背けることにした
♪
〜放課後〜
「さて、今日は一体どうしたのかなぁ? 杏?」
「朝説明したとおりだよ。昨日携帯電話のアラームを設定し忘れて、尚且嫌な夢を見た……気がする。だから寝惚けて叫んだんだよ」
睦月に問い詰められ、さっきと同様に答える
言葉の後によく覚えてないと付け加えた
「……そっか。なら良いや。私は仕事があるから先に帰るよっ。じゃっ!!」
まだ納得していないみたいだったけれど、にこやかにそう言って教室から去っていく睦月
「気を付けてね。また明日〜」
ブンブンと手を振り、睦月を見送る僕
……睦月に嘘をついた事に罪悪感を感じた
睦月も何時も以上には突っ掛かって来なかったし……なんだか陰謀を感じるよ
でも、この事に睦月達は巻き込みたくないし、アリスとの約束を守りたかったから仕方がないけれど……なんだかなぁ
「さて……と」
クラスには僕と水無瀬、綾兎しかいない
水無瀬は教室の壁に掛けてある時計を見て、「俺は部活に行ってくるからな」と言って睦月の後を追った
「部活頑張ってね」
「おう」
声を掛けると水無瀬は軽く返して足早に出ていった
無理だと思っていた昼食を奢ってくれたのには感謝感謝♪
焼きそばぱんと明太子のフランスパン……美味しかった
お弁当のおかずも分けてくれたし……はんばーぐとミートソーススパゲッティに……アジの干物の組み合わせには唖然としたけどね
さて…………
…………
「杏……」
「綾兎……」
何でだろう……僕と綾兎の間に微妙な距離感を感じる
『…………よしっ』
ここで話をするのもなんだし、綾兎の寮にでも押し掛けるか
思い付いたことを其のまま言葉にした
「綾兎……二人きりで大事な話がしたい……綾兎の部屋に行っちゃ駄目かな?」
「っ!?」
綾兎は僕の言葉を聞いて、何故か顔を真っ赤にした……何で?
「杏……それはその…………はい」
段々顔が赤くなってくる綾兎……熱でもあるのだろうか
「綾兎……顔が赤いけれど大丈夫? もしかして熱でもあるの?」
普通の人間とは違えど、綾兎達『住民』も体調を崩すのかもしれない
体温でも測ろうかと、手を綾兎の額に触れ――
ビクッ 「!?」
……今、凄く拒絶されたような……うぅ
「杏は何で平然として……あうぅ」
「??」
綾兎は一体何を言っているのだろうか……分からない
綾兎は考えを拒絶するように首を振った
「杏は……杏には水無瀬さんが居るじゃないですかっ!!」
「は?」
分からない……綾兎は一体何を――ん?
ふと視線をずらし、睦月の机の中を見る
机からはみ出したらしい、睦月のものであろうライトノベルを取り出す
……あ
表紙を美少年二人を中心として、周りには薔薇の花が描かれており……キラキラしてる
著者:天宮睦月
『僕たちの未来』
ボーイズラブ小説の新作かなと思い、背表紙に書かれているあらすじを見る
…………
…………おい
以前に内容確認をしたBL小説
確か担当さんに『この話は僕の精神を圧迫するので出版は止めてください……』とお願いしたはずなんだが……何で文庫本として此処にあるのだろうか
耽美な文章で煽ってある帯を見ると、今日が発売日だった
ゴソゴソ……パカッ
僕は綾兎をほっときながら携帯電話を取りだし、睦月の担当さんに電話をかける
プルルルルルッ ピッ
「あ、もしもし? 氷月ですが――」
「氷月君!? ごめんなさいっ!! 彼の女が私にクスリを盛って、私がぶっ倒れている最中に其のまま印刷会社に原稿を持ち込んで勝手に出版しやがったの!! ごめんね、本当にごめんねっ!!」
……電話越しに凄い勢いで謝られました
そして話の中の会話で、睦月が担当さんを潰して原稿を投稿したことが発覚
だから最近睦月と連絡とろうとすると、電源が入っていないときが多いのか……納得
其れでも……彼の話が世間に流通してしまったことに…………物凄く泣きたい……うぅ
「……そうですか。謝らなくていいですよ……そちらの会社に利益を出せたなら僕はそれで……はい」
声を搾り出しながらなんとか言葉を繋ぐ
今まで担当さんとこんな風にギスギスした電話をしたことがなかったので、お互いにいろんな意味で緊張しているみたいだ
「今度彼の子の収入の一部で一緒に飲もうね!! 私は対応に忙しいから電話切るね。本当にごめ―――」
ブツッ ツー、ツー
不意に途切れる電話
電話が切れる直前に『必殺☆ 蹴散らせ、スタングレネードっ!!』と言う馴染み深い声がしたのは気のせいだろうか
……天宮睦月・恐ろしい子
一体何処から一応環境に優しいであろう兵器を手に入れたのだろう……ネットの裏サイトかな……
世界は広いです
其れはもう……とてつもない位に
僕は携帯電話をしまい、綾兎に向き直る
綾兎は僕と担当さんの会話が聞こえていたらしく、「あ……なる……ほど」とか呟いていた
「綾兎……知ってしまったんだね。僕の秘密を……」
「……う」
ふうっと息を吐く僕
現在、教室にはシリアスな空気が漂っております
「「…………」」
二人の間にまたもや沈黙が生まれる
……まあ、睦月の担当さんと本の出版まで相談できるなんて……普通の高校生からはズレてるしね
「……やっぱりそうなんですね」
「綾兎……?」
やっぱり……呆れられてしまったのだろうか
「……分かりました。ボクも男です。杏がそうならボクはっ」
「綾兎……その、なんというか……」
なんか綾兎の言っていることに疑問符が浮かぶことがあるんだけど……納得してくれてるみたいだし良かった――
「杏はホモだったんですねっ!! でも、そんな杏でも僕は拒絶しませんから!!!」
「……ちょっと、それは違う!!」
「……え?」
綾兎の発言に思わず耳を疑ったけど、直ぐに我に帰り、反論する
綾兎は僕の言葉を聞いて、唇をワナワナさせながら「だって……だって……」と呟く
どうしてそういう風に考えてしまったのだろうと思い、僕はふと手元にあった睦月の文庫本を見る
確かこの小説って……僕と水無瀬がモデルになって……ハッ!?
まさか……
「綾兎……もしかして、睦月にこの小説……読まされた?」
手元にあった睦月の文庫本を綾兎の前に突き出して言う
「ああああ……その……はい、読まされました。だから……その……」
動揺したように明らかな挙動不審な言動をする綾兎
……此れでやっと理解できた
綾兎は小説と現実の僕がごちゃごちゃになっていたんだ
見れば分かると思うけど……僕と水無瀬は只の友達(+幼なじみ)だ
過去・現在、そして未来でも……水無瀬とBLな展開になるなんて事は絶対ないだろう
それだけは断言できる
「綾兎……此れは睦月の妄想が実体化したものだから……実際の人物・団体は一切関係ないんだよ?」
「……そうなんですか? だって二人ともなんだか意志疎通が出来てますし……怪しいじゃないですか」
ああ……だからそういう風に思ったのか
「あのね、僕と水無瀬は『幼馴染みだからなんでも分かっちゃうんだよ法則』で結ばれているんだよ? だから、意志疎通が出来るんだ」
キラキラと僕の背後が輝いているような感覚を感じ、綾兎に言う
「な、成る程……です」
半分は冗談なのに何だかんだで信じている綾兎がいた……純粋すぎるよ……
綾兎にはこのまま純粋で育ってほしいなぁ……アリスみたいにちょっとズレているけど、まだまだ許せる範囲だしね
「誤解も解けたみたいだし、綾兎の部屋に押し掛けるぞ――っ!!」
「あ、はいっ!! ……え?」
なげやり的に話を勝手にまとめる僕
今日はちゃんと綾兎と向き合ってみようと思った
だから此のときは気付けなかった
二年前の彼の事件には、恐るべき事実が隠されていたことに……