【導く二つの廻る螺旋】7
*
どうしたら救えるのだろう――――
身体から流れた沢山の血。
滴で少しずつ赤く染まる大地。
空は徐々に闇に包まれ、光を奪っていく。
悲鳴・恐怖が辺りに拡がっていく……打ち寄せる並みのように徐々に飲み込まれていった。
ズタズタに切り裂かれた自身の身体を見下ろしながら、宙に浮いたわたしは白の少女に手を伸ばした。
僅かに残った魂。
生きたいと願い、わたしを殺した彼女が狂ってしまうのが心配で消える事は出来なかった。
『気付いて、亜梨栖』
言葉を口にする。
気付いてもらえるように、だけど彼女には聞こえてない。
彼女は目の前のモノを殲滅しようとしていた。
『亜梨栖っ!!』
黒主から教えられた対の彼女の名前。
わたしにとって命より大事な光。
だって彼女は知らなかったんだ。この世界の真実を。
自身が生きるために周りが行った事実を。
知るわけないっ。だって誰も教えてくれなかったのだから。
でも、彼女自身も白の世界に囚われていた。
黒の世界で生きてきたわたしみたいに穢れる事は無かったけれど。
わたし達は似て非なる存在。
誰よりも近く・誰よりも対極なのだから。
だからこそ、どちらかが綺麗なら――――片割れは穢い存在になっても仕方無い。
反対の立場に生まれなくて良かった。
彼女をあんな目に遇わせなくて済んだのなら。
わたしで良かったと思う。
だけど――――
『誰かが彼女を傷付け、彼女が誰かの命を奪い取るのは駄目です……これ以上見たくないです…………』
今、目を背けたら間に合わなくなる。
ならいっそのこと。
このまま彼女が自身を壊してまで世界を滅ぼすのなら。
彼女が手を下す前にわたしがなんとかしようと思った。
わたしを・彼女を傷付けた人々を恨んだって、悲劇が繰り返されるだけで、わたし達が死に・贄となって喰われるのなら…………何代目かにまた黒主か真白は生まれるのだから。
黒主と真白が彼等に恨みを持ってしまったら、滅ぼしあって世界が消えてしまう。
其れならいっそのこと――――この土地ごと眠らせてしまおう。
眠らせて、封じて。無に還す。
『…………黒主、お願いします』
わたしの神に願いを込める。
キィンッ フワッ
闇が薄まり白く色づいてゆく。
そして空間に降り始める白の雪。
輝く粒子を前に人々は争いを止め、空を見上げ――――雪に魅せられる。
澄んだ・純白の雪。
フワリと空から落ちる欠片。
暑い外の空気は一気に冷え込み、世界を白く染め上げた。
彼等の身体に雪が触れ、肌に染みていく。
眠り薬を肌から入れられてるのと一緒。
睡魔に抗えなくなったモノから、崩れ落ちるように地面に倒れた。
苦しくない。辛くない。
眠りに落ちた彼等の上に雪が降り積もる。
温もりの熱を徐々に奪っていく雪の冷たさ。
少しずつ命を奪い取って――――
室内に居るモノも。関わっていたモノは寒さで凍死していく。
『ごめんなさい。ごめんなさいっ』
瞳に溜めた涙は流れ、わたしは謝罪の言葉を口にする。
今していることは、謝って済まされることじゃない。
家族を奪い取られ、此の地と共に眠りつく。
狭い部屋に押し込められ、毒ガスを浴びされるのと同じだ。
集団殺人。
本来ちゃんとした形で未来を送れる筈だったわたし達の人生を狂わせた代償。
其れを今払っているのだ。
…………そうしないと後に大きな返しが来る。
彼等の子孫は関係ない。当事者の罪を償わせるだけだ。
命を奪い取るのは辛い。
でも、純白の貴女がこれ以上手を汚さなくて済むのなら…………もう、終わりにしようと思った。
彼女が幸せに生きることが出来るのなら、わたしはどうなっても構わない。
ずっと外に出たいと願っていた。
彼女と手を繋いで色んな場所を巡りたい。
そんな想像をしなければ…………生に執着していないわたしは死んでいた。
――――本当は、分かってたんだよ。
彼女に殺される日が来るのを知っていたから。
視えていたから。
彼女になら殺されてもよかったんだ。
わたしという枷が無い方が自由に生きられる。
彼の場で彼女がわたしを殺さなかったら、彼奴等に彼女を消されていたかもしれない。
わたしは彼女が大事だし、黒主も真白を守りたかった。
だからこそわたし達は――――
……彼女だけは違う。この世界の何処でも生きられる。
外見も髪は染めればなんとかなる。
瞳は髪を伸ばして隠して。色硝子を入れて色を変えて。
自らを偽って生きていくのは辛いかもしれない。
沢山の犠牲の上で生き抜くのは耐えられないかもしれない。
それでも。わたしの我儘であるけれど。
彼女には生きててほしい。
目的を失った彼女に生きる理由を見付けられるように。
彼女を外の世界に連れ出して。
ぽうっと身体が光を帯びる。
天に呼ばれているのでしょうか?
薄くなる身体を見ながら、呆然と周りを眺める彼女に想いを寄せながら――――黒主に問い掛ける。
『黒主、もうひとつお願いです。未だわたしを贄にしたいのなら魂を喰らっても構いません!! だから頼みます。力を貸してください。彼女を――――貴方の対の贄が少しでも自由に生きられるように力を貸してくださいっ!!!』
わたしの身体には殆んど力は残っていない。
其れでも構わないのなら。
わたしが・わたしの存在が無に還っても…………彼女が自由に……幸せになれるのなら。
最後のわたしの願いを叶えてください――――
フワリと風に乗って深紅の花弁が世界を舞った。
静まり返る大地に、我を失いかけた彼女に降り注ぐように。
一族で呼ばれる【終焉の緋桜】
わたしにとっての弔いの花が――――
*
〜現実世界〜
「亜梨栖……亜梨栖……」
紅いリボンを握り締めながら。宙を見る。
亜梨栖が居た痕跡を目に焼き付けるように、保健室内で立ち尽くしていた。
「ボクにとって大切な対……」
一陣の風が吹き抜け、ブワッと蘇る大切な記憶。
フラッシュバックと言うのでしょうか…………切り取られていた写真が一枚に直るように……曖昧でいたものが空白に収まった。
「思い出しました…………目を背けていたこと全部」
涙が溢れて止まらない。
「ずっと……あの暗闇で自分に言い聞かせていました。本当の世界はとても綺麗でとても優しいって…………杏に出会って、そうなのだと心の底で思えるようになったのです」
徐々に吐き出していく想い。
辛かったこと・苦しかったこと。
全てに蓋をして封をして、心の端に追いやっていたのです。
浮かび上がらないように、鎖で縛り上げで。
谷底に打ち棄てられた、ボク達の亡骸のように――――記憶そのものを遠ざけた。
「もう……痛みはありませんが、彼等がボクにしたことは酷いものでしたね。虐げ・蔑まれ・無理矢理…………思い出すだけで身体が震えます。身体は……覚えているのですね」
ギュッと自身を抱く。
緋皇家の暗い座敷牢の中で行われていた事実。
片手を鎖に繋がれ歯向かう力を奪われ、感情すら壊されかけた。
掴もうとしていたものさえ忘れてしまった。
光のない世界で唯一の明かり窓から見えた外の世界。
白いその場に彼女が居た。
「でも…………彼の時だけは痛く無かったんです。亜梨栖がボクを殺したとき、痛みは感じませんでした。苦痛を感じないようにしてくださったんですね…………」
彼女とまともに向き合ったのは彼の時が初めてだった。
ボクの意識を失わさせ、麻袋に入れられ彼女の前に差し出された。
【世界を滅ぼす大罪の子】
周りは只単にボクの力を恐れながらボクを穢れ尽くしていくのが耐えられなくなったからだった。
化け物を殺すには化け物しかない。
上はそう考えたのだろう。
――――後に知ったことだけど、彼女は過去に罪のモノを裁いていた。
穢れなきモノが殺すには問題ないと判断したのだ。
何かを殺して返しが来ることを知らず、上はボク達の力を利用した。
ボクは年齢に対して身体が幼かった。
贄の子は一定以上に成長しない。
外見が幼いままの人間が居たら化け物に見えるだろう。
他人と違う力を持っているだけで、辛い思いをする。
苦しめられ続けた十数年間。
彼奴等はずっとボクを汚し尽くすことで、自らの鬱憤を晴らしていた。
「その代償は【死】だなんて知らなかったでしょうね……」
ボク達だって、黒主に教えられなかったら知らなかった。
気付いたときには遅かったのだ。
「亜梨栖…………ごめんなさい」
瞳を伏せる。
ボクの願いのせいで、ボクと共にこの世界に縛らせてしまった。
願いが強すぎて、貴女は死ぬことになった。
其れでも。前よりはずっと自由に生きられるようになった。
手を繋いで歩くことも可能で…………幸せだったんだ。
もしかしたら黒主か真白が彼女を保護したのかもしれない。
だからボクがすがり付いていた杏は眠りに落ち――――彼女は消えた。
黒主も贄の片割れを消すのは躊躇したのだろう。
今まで延ばされていた期日が迫っている。
余計なものを排除すれば、ボクの選択肢を消せますしね。
『黒主も自身を保つことが大事なんですね……かなりの年月の間贄のボクを喰えずお預けされていたのです…………無理もないですね』
フッと、静寂が訪れた。
耳を傾ける。
「…………世界から音が、消えましたね」
季節外れの雪が降ったといえど、殆んどの教師・生徒は登校し、授業を受けている最中。学校の保健室がこんなに静かなわけはない。
外を見る。雪がまた降り始め、深紅の花弁が混じり始めた。
『彼のときと同じ……』
終焉の緋桜。世界を赤く染める欠片。
「眠りに落ちたモノに捧げる弔いの花……払いきれなかった代償を今になって回収し出しましたか…………」
掌に乗った紅いリボンを広げ、刻まれた言葉を口にする。
【I hope you will have a happy life.】
果鈴様に買って貰ったリボンに刺繍した大切な言葉。
「あなたがいつも笑顔でいられますように……幸せでありますように。今見返すと気恥ずかしいですね///」
あははっと笑う。
少しでも繋げたいと思った。未来への道。
彼女に託した小さな願い。
幸せになりたい。
そう願うことはいけないのでしょうか…………?
リボンを杏の手に握らせる。
「ボクの大切なもの。もう無くさないように預かってて下さい」
飛ばないように、右手の甲にギュッと縛りつけ、一緒に彼の鍵を握らせた。
「彼等の力が杏にも影響するのは避けたいですね…………少しだけ力を込めさせて下さい。貴方はボクが護ります」
ポウッ
ギュッと彼の手を通じて、十字架の中心の石に力を込める。
【光の住人】になってから、護りの力を使えるようになった。
治癒能力と共に授かった。攻撃にならない力。
閑崎さんと戦ったときは黒主の力を逆ギレした状態で使っていた。
それでも、ボクが気付くのが遅れたせいで、彼はボクを庇って――――
「…………痛かったですよね。硝子の破片以外にも閑崎さんに刺されたんですよね……ボクの目の前で起こったのに止められなかった」
癒したから傷は残ってないけれど、杏は痛みを覚えているだろう。
もう彼を傷付けない。
彼が、この世界がボクにくれたもの。
かけがえのない日常で、世界の優しさを知った。
「楽しかったです…………亜梨栖と杏。そして桜果さん、睦月さん、水無瀬さん…………皆が居てくれたからそう心の底から思えたのですよ」
リボンに口付けをし、杏の頬にも――――は怒られそうなので止めときましょう。
狼狽える杏を見てみたいですが……其れは叶わなくなりそうです。
コツンと杏の額とボクの額を合わせる。
「まだ眠っているんですね…………ゆっくり休んでください」
杏――――貴方は今どんな夢を見ていますか?
幸せな夢だと良いです…………ボクの過去は話さない方が良さそうですね。
知って欲しいのは山々ですが、此れ以上貴方に辛い思いをさせたくない。
ボクと関わって、貴方の人生は変わったのだから。
全てが終わってから、目覚めてください。
後をよろしく頼みます、杏。
スッと額を離し、杏から離れる。
雑念を振り払い決意を決めた。
彼等の幸せを祈ってボクは行きます。
クルッと扉へ向かい、歩き始める。
大丈夫。大丈夫です。
もう――――これだけ幸せを貰ったのだから。
もう、十分です。
カチャッと扉に手を掛け、開ける。
「さよならです……杏」
呟きが彼に聞こえたかは分からない。
あの時起きたことをもう繰り返さない為に――――
「バイバイ……っ……ですっ」
*
「ワタシのせいで、ワタシがっ ワタシがっ!!」
「亜梨栖、ちょっと落ち着いてっ!!」
ギリギリと自身の腕に力を込め、爪を食い込ませる。
ジワリと血が滲み始め、慌てて彼女の身体を取り押さえた。
「離せっ!! 抑どうしてお前がいるっ!?」
「亜梨栖っ!!」
自身を傷つけるほど追い詰められている彼女を放っておける筈ない。
落ち着かせないと、更に自傷を行うだろう。
「アレは今起きたんじゃないっ。僕自身が気にくわないのは分かるから、冷静になろう」
「……っ」
亜梨栖の抵抗は徐々に弱まり、膝から崩れるように床に座り込む。
僕と彼女に付いていた返り血は何時の間にか消えていた。
瞳と同じ色のタイ付きの半袖ブラウスに濃灰のショートパンツ。黒タイツに編み上げのシューズ。
初めて出会った時は、白の凝ったワンピースだったから、新鮮なイメージだ。
綾兎の服装と対になるであろう其れは、彼女によく似合っていた。
白髪をポニーテールにし、腰に長剣を差している。
綾兎は杖だった。外見は綾兎の方が和風だけど、本人に合った武器を使用するのだろう。
シンッと静まり返る彼女に微笑みながら問い掛ける。
「……落ち着いた?」
「う……ひっく……うぅ……ぁ……」
「うっ」
まずい……衝動は落ち着いたけれど、涙は止まらないみたいだ。
ハンカチハンカチっと…………ん?
ずっと握りしめていた欠片。蒼のリボン。
そういえばこのリボン。彼女は知ってるのだろうか?
「亜梨栖、これ」
「ひっく……え?」
ポケットから取り出したハンカチと共に蒼いリボンを渡す。
渡した瞬間、一瞬彼女が顔を歪めた。辛かった事を思い出したのかもしれない。
「綾兎……すまない……」
涙ぐみながら彼に対して謝罪の言葉を口にする。
声の主が呼んだ対って彼女の事だったのか?
「……コレはいらない」
ベシッと僕の手ごとハンカチを叩き落とす。
痛いんですけど、おい。
ハンカチをスルーし、泣き続ける彼女。
彼女を見つめながら、彼女の心境を想像する。
…………忘れていられればどんなに良かっただろう。
真実を知って気が狂いそうになるのなら。
知らなかった方が幸せだった?
けれど其れでは前に進めなくて。
知って。始めて。未来を考えることができて。
世界はこんなにも綺麗で。残酷で。
過去に起きた事を改変出来なくて。
だけど、未来は自分で変える事が出来る。
ぎゅっ 「っ!? 触るなっ」
握ろうとした手を振りほどかれる。
其れでも何度も彼女の手を握る。
何度も。何度も。
…………もし、過去を変える事が出来るのなら。
僕は桜果との関係をやり直したい。
あの事件から今度こそ彼女を護りきって―――――
けれど、あの事件があったからこそ。
綾兎に・亜梨栖に出逢えたんだ。
「…………懲りないなオマエも」
「うん、僕もそう思う」
ギュッと手を握り返された。
「忘れていられれば……と何度も思った。オマエ達と一緒に過ごすようになって……ちゃんと向き合わなければと思っていたんだ」
顔をあげる彼女。
瞳は潤んでいるけど、決意に満ちていた。
「オマエを呼んだということは、今回はワタシ達では抑えきれないのかもしれない。なら……オマエには話す必要があるな。ワタシ達の過去を――――」
「辛かったら話さなくても良いよ? 無理しないで良い」
「もう……ワタシ達では抱えきれないんだ。だから聞いてもらいたい……良いか?」
「……うん」
辛そうで。拒絶したら壊れてしまいそうな彼女の頼みを断れる程、僕は狂っていない。
吐き出して。少しでも楽になれるのなら。
知って。少しでも彼女等の役に立てるのなら。
一歩ずつ踏み込むよ。
「昔々あるところに若者の男女が居たんだ――――」
『まさかの昔話っ!?』
二人はどちらも貴族の生まれで少しばかりだが神力を宿していた。
其れは自然の気が視える位の小さなもので、普通に生きていくには支障が無かったんだ。
お互いに同じ様な力を宿していたからか、二人は惹かれあった。
どちらも家が決めた伴侶が居る中、密かに会いに行っていた程で。
お互いの伴侶達は薄々気が付いていて、二人を離そうとしたんだ。
ある日猟の催しがあった時に、彼女の伴侶は彼女の想い人を殺そうとした。
催しで間違えて矢が刺さってしまったとなれば事故で済まされる。
ありふれた矢を使えば、誰が矢を射ったのかさえ分からないだろ?
出来るだけ計画が進むように、彼女を使って山の開けた所に呼び出させて。
彼女は想い人に猟の間に逢えると信じ、嬉々して想い人にその場を教えた。
彼女はその場に向かい想い人を待ってる間――――二匹の兎に出逢った。
白と黒の兎。
この土地を納める神の仮の姿。
力の持つ彼女は、只の兎ではないことに気が付いた。
茂みに隠れていた二匹は衰弱していて力を欲していた。
彼女は澄んだ神力を宿していた。
其れをほんの少しだけ分けて欲しいと二匹は願った。
その代わり此の聖地に自由に出入りする許可を与えると言った。
純粋な心を持つモノなら自由に出入り出来る土地なのに、嘘をつかなければならない程二匹は弱っていた。
此のまま消えてしまうのなら、彼女に何か渡そうとした。
渡せるものは、此の場所しかなかった。
彼女は直ぐに察した。
そして暫く考えた後、一つの条件を付けた。
【わたしに嘘をつかないで】と。
「そして生気を分け与えたんだ。彼女は」
生気を分け与えた彼女は二匹と話していたらしい。
少しだけ分けるとしても、生気を取られれば暫く大人しく身体を休めるしかない。
その間、二匹は彼女に想いを寄せるようになった。
【ヒトを初めて信じられたんだ】と後に聞いた。
やがて、待ち人は来て――――
「想い人に飛んできた矢が剃れて……衰弱していた二匹に刺さりかけた。其れを彼女は庇って――――死んだんだ。力を与えていなかったら避けられた筈だった…………想い人も矢に貫かれて……助からなかった」
「…………っ」
「彼女のことが好きだった伴侶は、彼女が庇った二匹の兎を――――持っていた剣で斬殺したんだ。そして二匹の兎は――――怒りに狂い、彼の一族を呪った。自分達が欲するときに贄を捧げるように、贄の子に力を与え……彼女と同い年になったら肉体の年齢が止まるように、遺伝子を弄った」
贄だと人目で分かるように外見を彼女に似せ、自身と同じ色素を与えた…………贄の子が他人に殺されないように、一族を苦しめるのも兼ねて……真白の贄に【幸福】を黒主に【破滅】の力を与え――――贄までも苦しめたんだ。
そして一族は贄の儀をずっと繰り返し――――ワタシ達が産まれた。
「贄の双子が産まれたのは、初めてだったんだ。そして――――贄の子で男児が産まれたのも綾兎だけで――――黒主と真白の贄が同時に揃ったことで一族は混乱した。そして【破滅】をもたらす男児の存在を幽閉したんだ」
「幽閉……」
「アイツが幽閉されてどんな目にあったかはワタシは知らない。アイツは教えてくれなかったからな…………それだけ酷い目にあっていたのだろう」
「…………」
酷い目にあっていたのは、死んだ彼の身体を見た時に気付いた。
想像するのが恐ろしくなるほど辛い目に……っ
ずっと、彼は耐え続けていた。
もしかしたら耐えてはいなかったかもしれない。
傷付けられるのが当たり前だったんだ……
「ワタシは産まれてからずっと崇められる立場だった。贄の儀が行われるまでの間、ワタシに宿る力を欲するモノ達に力を使っていた。」
アイツの存在を知らず――――監視されながら生きてきたが、緋皇の敷地内から出られない以外はある意味で自由だった。
用があるとき以外誰もワタシに近寄らず、孤独だったが…………産まれたときからそんな環境で育ったからか、不思議には思わなかった。
思うことすら出来なかった。
力が無くなったら用済みにされる。
純粋に・無垢にと祀られていた。
白の世界しか知らず、其れでも屋敷の外に出たいと願っていた。
我儘かもしれない。飢餓や痛みに苦しむことのない場所で満足出来なかった。
やがてワタシが十五歳になった頃に密かに其れは行われるようになったんだ。
「ヒトを殺すように命じられるようになった」
「!?」
最初は何時ものように願いを叶える中で。
生きている資格がなくなった罪人を滅して欲しい。貴方に殺されるのなら来世で幸せになれるからと。
「国に噂が出回り始めたんだ。贄の儀が行われるまでの間の澄んだ力の持ち主は肉体共々浄化してくれると…………当時は戦争や天災が起きた直後だったから、自ら死にたいと願うものも多かった。噂で知ったモノは屋敷に集まり――――緋皇は金を払ったモノをワタシの力で殺させたんだ」
オマエも綾兎の死に方を見たろ? と寂しげな笑顔で小さく呟かれた言葉は心に刺さる。
力で罪あるモノを殺していった…………八つ裂きにし、時には肉片になるまで切り刻むこともあった。
意識がないモノも居た。『助けてくれ』『死にたくない』と懇願するモノも居た。
だけどワタシは――――自分の居場所を無くし、処分されるのが恐くて――――殺し続けたんだ。
物事を知らなすぎて真白の力を使い、世界を汚していたことに気付くことはなかった。
産まれたときから聞こえていた真白の声もヒトを殺していく毎に聞き取れなくなっていって…………あの日アイツが差し出されるまで【救済】という名の殺しは続いた。
ワタシ達にも両親は居た。母はワタシ達を生むときに亡くなったらしい。贄の子に栄養を取られたと死の直前呟いていたそうだ。母と二匹の兎はお互いに会話が出来たらしい。
父は母を愛していたから、母の栄養を奪い産まれてきたワタシ達を憎んでいた。
会ったときも化け物を見るような視線を送ってきたからな。…………ワタシと綾兎は母に似ていなかった。さっきも言ったが、先祖が殺した女性の姿と瓜二つになるから…………少しでも似ていたら、態度は違うのかもしれなかったが…………
綾兎の存在を知る前に真白から対が居ることを知った。
産まれてすぐ引き離されたこと。
手の届かないところに居るので、今どうして居るかは分からない。
まさか離れの座敷牢に住んでいるとは考えたことすらなかったよ…………
そして、沢山の命を奪ったワタシの前にあの日――――父が麻袋にアイツを入れて現れたんだ。
『父親が息子を殺せと亜梨栖に命じた…………自分の手を汚さずに忌むべき相手を葬ろうとした…………』
『大罪を犯した人間だ。国の許可も降りている。だから早く殺してくれ』……と言われた。
言葉に・態度に違和感があったのに、ワタシは父の命に逆らうことが出来なくて――――真白の力でアイツを……綾兎を八つ裂きにしたんだ。
相反する力を持つから……自身の力で相手の気配を消してしまってた…………
そして……綾兎を、対を殺してしまったことを理解したワタシは、理性を失い――――暴走したんだ。
「…………っ」
『仕方無い、そんな目に遭って…………自我を保てるわけない』
父の身体を貫き、沢山のヒトを惨殺して……世界を崩壊に導いた。
そして、雪が降って皆眠りについたんだ。終焉の緋桜が舞って――――世界が白く・紅く色付いた。
【幸福】の力が動いたんだ。
でも、ワタシは幸せになるわけにいかなかった。
力を制御できた。だけどワタシのせいで沢山のヒトの命を犠牲にしたんだ。人生をやり直せるわけないと思ったワタシは――――自分の剣で首を……大動脈を切り裂いた。
「っ!?」
「もう、疲れていたんだ。生きていくことに堪えられなくて――――真白の意見を無視し、残された側の・喪った側の気持ちは一切考えなくて…………自己満足を最優先させたんだ」
「けど、だからって死ぬ事は無かったんじゃ…………」
言ってから『しまった』と口を塞ぐ。
「じゃあ、オマエなら堪えられたのか? 穢れきった身体で新しく何かを始められる程ワタシは強くない……」
キッと鋭い眼差しで訴える亜梨栖。
其れは僕だってそうだ。
もし、自分のせいで綾兎や亜梨栖、睦月……桜果を殺してしまったら自分自身を傷付けるだろう。
自身を追い詰めるだけ追い詰めて――――っ
だけど、そんな簡単に命を棄てるなんて間違っている。
だって、彼女達は新しい肉体を持って生きているのだから…………
『ん?』
自分の考えに疑問を持つ。何かが引っ掛かる。守り神が贄にしてるのは本当に肉体なの?
代々の贄の魂を呑み込んでいたのなら、亜梨栖達はとうに消えているはずだ。
其れに、住人になる事を許可しない筈。
だって、彼の水城先生を敵に回したら後々厄介な事になる。
「ねぇ……そもそも贄は必要なのかな?」
「え?」
「だっておかしくない? 先祖が二匹と二匹を助けた女性を殺すまでの間、二匹は贄を必要としていた? してなかったとしたら、償いの為に神力を分けるくらいで事足りる筈だ。命の代償に命を取るのは理解出来る…………殺した相手の人生を・生まれるはずだった存在を消す事になるんだから…………けれどね、そうなら当事者が殺されれば済むんだ。他にも、其れだけで許せないのなら……緋皇一族を抹消すれば良かった筈」
受け入れないのなら消してしまおう。
分かりやすく言うと、自己中な考え方だけど、僕はそう思う。
最善な選択肢を作らないで、代償を求めるだろう。
「言っている内容が物騒すぎるのだが…………けれど、もしそうだとしたらオマエは……ワタシ達の存在理由を粉々にぶっ壊す事になるんだぞ」
そうだとしたら、何で今まで君達は此処に居られたの?
「ならないよ。なる分けない。根本的な問題で………慈悲を与えられたんじゃないかな? 少しでも世界に役立てるように力を与え、生きる事で罪を償わせようとした。結果としては其れで色んな人を追い詰めてしまったけれど。只、仮の肉体を傷付けられ現実で死に絶えた神が、再生する力を欲しさに贄を創った可能性もあるけれど…………自身の色まで与えた存在はとても大切だったんじゃないかと思う」
「…………オマエはそんなにワタシ達の立場を滅茶苦茶にしたいのか?」
抑、立場は壊さないよ。
其れが君達の生き甲斐だったんだから。
「二匹は二人を救ったんだ。やり方は正しかったかは僕には分からない……だけど、住人になって、対の立場でも傍に居られるように彼等は願ったんじゃない?」
「そんなわけないっ!! だってアイツはワタシを避けているじゃないかっ!!」
僕に喰って掛かる亜梨栖。
違う、そうじゃないだろ?
「避けてるのは亜梨栖の方だよ。僕自身は綾兎の事受け入れるつもりだけど、君が手綱を握ってるから綾兎自身の意志がはっきりしてないだろう? 綾兎を傷付けないために、自立させようと突き放してるみたいだけど、其れは避けているというより…………僕には護ってるようにしか見えない」
「それは…………」
一度目は傷付けてしまった。
贄までの猶予さえも奪ってしまった。
だから、今度こそは…………と何度彼女は願ったのだろう。
「確かに傷付けたくないのは分かる。僕だって大切な人を傷付けなくて済むなら、【養うお金・環境さえ整えば好きな相手を力ずくで囲う事も出来る】って、桜果が居なくなってから考えた」
「それはワタシも同感だ。手元に置いておけば、危険にさらすことはないし。自分の好きなようにできる。ワタシだけに感情を出してくれるように…………だけどそんな事をしたら――――」
「うん、間違いなく相手の心を壊してしまうだろう。意志を・自由を奪ってまで相手の側に居たいと思うのは、自己中も度を越えてる」
僕も何度も願った。
彼の時、桜果を硝子から離していれば、彼女は傷付かなくて済んだ。
フルート奏者の夢を諦めずにいられたんだ。
「…………そっか」
「亜梨栖のしている事は間違いではないよ。大切な人を傷付けない為に誰かを・自分を傷付けるのは仕方無い。でも、彼らの人生を狂わせてまでやりたくはないだろ? 狂わせた代償を負いつつ、それを悟られないまま生きていくのは辛い」
「ああ」
「因みに綾兎を僕の側に置きたくないのは分かる。僕の側に居たら傷付くのは目に見えている。【夜の支配者】に【住人】が関わってる時点で、周りの態度は冷たくなったはずだから」
「…………」
黙るって事は肯定なんだ……知らないうちに僕も綾兎の立場を追い詰めていた偽善者だね。
だから、彼が傷付かないように僕は――――
「…………それでもね」
「え」
「綾兎が僕の側に居てくれる限り、僕は全力で綾兎を護るよ」
【護るよ。今度こそ、二人で幸せになる為に】
僕が言い切ると同時に、空間に声が響き渡る。
少し幼げな拙い声。
大事な願い事。
「亜梨栖、君に渡したリボンに力を込めた時に君が降ってきた。それは君の物で合ってたのかな?」
「――――っ」
亜梨栖の頬を一筋の涙が濡らした。
掌に乗せたリボンを広げ、呟く。
「此れはアイツのだ。ワタシは紅いのを持ってる…………『住人』になってから綾兎がくれたんだ。常に自分が側に居れない代わりに……と」
空間に声が響く。
舌足らずな彼の幼い声が、過去を引き寄せた。
『亜梨栖、よかったらで構いません。此れを貰っていただけますか?』
『わあっ 凄く似合ってます!』
『大事にしなくても構いません。亜梨栖にあげたんですから、亜梨栖の好きにして下さい。ボクも…………亜梨栖と会う時に着けますから』
『ほら、お揃いです♪』
『リボンに書かれてる文字? 秘密です。叶えば必要ないものですから…………此れは大切な絆なのです』
「綾兎…………そっか、お前は必死に頑張ってたんだよな……心の溝を埋めるために……」
リボンをギュッと握り、彼女は呟く。
忘れていた記憶を思い出したのは辛いけれど、気持ちを再確認出来たのだろう。
じゃあ、此処からは僕の出番かな?
「亜梨栖、此のメッセージには気付いてた?」
「…………気付いていたが、意味は知らない。英語は壊滅的なんだ」
だったら辞書で調べようよ…………
「【I wanna be happy!】……【私は幸せになりたい】」
「え…………」
本当に清んだ願い。
僕は彼みたいに直球な願いは言えないから、ちょっと羨ましいな。
「こんな純粋な願いは綾兎らしいね。誰もが叶えたいと思う事だけど…………亜梨栖と一緒に居て毎日を楽しく過ごせたなら願いは叶うんじゃないかな」
想像をいかに現実にするか…………それを決めるのは僕でなく彼等だ。
僕の言葉を聞いて亜梨栖は胸に手を当てた。
「…………ワタシは幸せになりたい。綾兎が幸せと思える世界……微睡みのような世界なら、叶うだろうか?」
問い掛けるのは僕ではなくて、自身だよ。
「叶えるのは亜梨栖自身。その為には、この空間から出ないとね」
「そうだな……うん、そうだなっ」
決意に満ちた顔で微笑む彼女。
警戒なく、心の底からの彼女の笑顔に少しだけ癒された……ような気がする。
じゃあ、脱出開始だ。
閑崎さんの時は、空間を創っている核が分かったからなんとかなったけど、今回は――――あ
「亜梨栖、リボン持ってる? 貰った方のやつ」
「あ、あぁ…………一応持ってるが」
僕の問いに対し、身体をまさぐり始める彼女。
えと……裾を出してパタパタチラリズムを起こすのは止めてほしいんだけど……つるぺた体型には自身を見ているみたいだから、性欲湧かないけれど、一般思春期男子の前ではかなり危ないだろう。
此処には僕以外誰も居ないから良いけれど。
「…………あれ?」
「どうしたの?」
「ない、何で…………何処で落としたワタシっ!!」
「大切にしてるものをどうして無くすかな……」
「さっきまではあったんだっ!! もしかして、ここに来るときに落とした……か?」
「此処に来るまでリボンの存在を知らなかった僕に聞かないで」
唖然とした顔で言われても――――ん? 待てよ? 彼方にリボンがあるのならなんとかなるかも。
似た気配の物の所に転移出来れば脱出できる。
只、亜梨栖が創った空間なら未だしも、綾兎が創ったとしたら難しいか――――
違う、よく考えろ。今回の件は二人が関係してるのは明らかだけど、理由がない。
そうなると、創り出したのは……彼等の守り神じゃないのか?
「亜梨栖、聞きたいことがあるんだけど…………真白と僕が話す事は出来る?」
「何処だ、何処だっ!? ん? オマエ何か言ったか?」
ちょっ!? ――――駄目だ、全く話を聞いてない。
落としたって納得してなかったんだね。全く…………
空間の内部を屈みながら探す彼女の後頭部を狙い、
「ていっ」ガツッ 「っ!!?」
手加減無しでチョップを食らわせた。
「何しやがるっ!?」
頭をさすりながら振り向く彼女。少し涙目になっていたけど其れはスルーしよう。
「真白と僕が話をする事は出来るのかって、聞いたんだけど」
「其れだけでこの仕打ちは酷くないかっ!?」
いや、亜梨栖。話を聞いてくれない方が酷いと思う。
「氷月杏。やっぱり酷い奴だ」
亜梨栖には言われたくないんだけど。
もしかして、僕と亜梨栖って、緩衝剤に綾兎を挟まないとかなり相性が悪いんじゃないだろうか?
「…………真白と話すのは難しいと思うぞ?」
「え?」
「彼奴は基本、女が好きだからなっ。男のお前が相手にされるのは皆無じゃないか?」
【…………違う】
「「!?」」
空間に声が響き渡る。
中性的な声。昂月を消した――――あの声。
「【蒼月】」
相手が誰だかは察している。
だけど、昂月を消された身としては、蒼月を構えざるをえない。
鋭いナイフを二本構築する。
「【埋め尽くす闇よ、咲き誇れ緋の華っ!!】」
亜梨栖が空間に手を伸ばし詞を唱える。
瞳が一瞬漆黒になると同時に、赤い光が左手の平から沸き上がり――――長剣の柄が現れた。
「【白雪】」
柄を右手で一気に引き抜き、チャキッと構える。
刃が紅く光り、宝石の様に見えた。
綾兎を殺した時に使用していたものと同じ刀。
彼女は無意識のうちに罪を忘れないように、同じ武器にしたのだろうか…………?
「久しいな、真白」
虚を見つめ、亜梨栖が口にする。
ギュッとナイフを握りしめ、僕も虚に視線を向ける。
【ずっと呼び掛けていたのだよ、ワタシの半身】
「…………忘れたかった。けれど、オマエが彼のとき力を使ってくれたから、今のワタシ達が居るんだ。感謝しているよ。…………その、ずっと忘れていて済まなかった」
【其れは…………仕方無いこと。ワタシ達が力を与えたせいで、オマエ達以外の贄まで苦しめた。糧にしなければならない程、ワタシ達はオマエ等の先祖も沢山手をかけた】
「贄になることが当たり前と定められた奴等に存在意義を与えたと思えば良い」
【だが…………】
「今回の件を含め今までのことはお互いにチャラにしろ。ワタシ達を綾兎の元に返せ」
【その前に伝えなければならないことがある。抑今回暴走したのは…………黒主の力だ】
「っ!? だって、此の世界は――――」
【そうだな、ワタシの世界だな。ワタシの心の幻想世界。黒主の暴走から半身を護るには引き込むしかなかった。ヒヅキキョウも殺される訳にはいかなかったが、半身じゃないものは魂だけを引き込むので手一杯だった】
「【昂月】を押し出してまで僕を呼んだ理由は? どちらかというと、君達にとって僕は対や半身を傷付ける立場の人間だ。守る理由はないだろ?」
【対と半身だけで抑えきれなかった場合には、オマエの力が必要になるからな。それに……】
「それに?」
使えるものならとことん利用しようとする考えは自分を見ているようで一寸嫌になるけれど、共感できる。
だけど、亜梨栖に比べたらずっと話が合いそうだ。
【それに、観察対象としてオマエに興味がある。亜梨栖と黒主が毛嫌いしている理由がどうにも理解できないしな。関わっている人間の中で一番目的に向かって動けるやつだ。嫌いになんかなれるか】
「っ!!? 真白も綾兎もおかしいぞっ!? コイツは綾兎を毒牙にかける変態だぞっ!! それでもいいのか!!!」
【ほう………黒主の対とは意見が合いそうだなっ♪】
「何でそんなに楽しそうなんだっ」
【オマエがこんなに弄りがいがあると思わなかったからな。話がずれたから戻す。こんな風に話すことはもう無いかもしれないからな……話を戻そう。黒主の暴走に関しては、生前の綾兎の体験が原因の一つだろう。散々ヒトに大切な存在を傷付けられていた鬱憤が抑えきれなくなって――――位だったらどうとでもなったんだが…………黒主自身の身体に限界が来ているんだ。緋皇家で【幸福】と言われていた力を使いすぎた。【破滅】の力を持つワタシが暴走した時に力を殆んど使い切った上で綾兎の願いを叶えたのだから】
「一寸待て、【幸福】の力はオマエの力じゃなくて、黒主の力なのか? だって綾兎が行き絶えてから舞った【終焉の緋桜】でワタシが手をかけた魂は眠りについた。あの時、黒主が力を使えた筈は――――」
【綾兎が黒主に願ったんだ。『未だわたしを贄にしたいのなら魂を喰らっても構いません!! だから頼みます。力を貸してください。彼女を――――貴方の対の贄が少しでも自由に生きられるように力を貸してくださいっ!!!』と。そして、オマエもワタシの力を使って暴走したが、殺したのは数十人だろ? その十倍程居た人数を死に引きずり込んだのは…………綾兎が願った結果だ】
「「っ」」
綾兎が願った結果?
あの綾兎が、亜梨栖を守る為に…………ヒトの死を願った……?
【黒主が降らせた雪は、ヒトの肌から侵入する毒で…………浴びたモノは次々倒れ、眠りにつくように死に絶えたんだ】
「でも、ワタシには効かなかった!! 正気に戻った時は辺り一面が白く覆われ、血も・火薬の匂いも…………全てが埋まって……ワタシ一人だけ助かったけど、ワタシには受け入れることが出来なくて…………逃げた先で人殺しと言われ続けるのは堪えられなくて……自殺した」
【オマエを知るモノは全てアイツが殺し、後は彼の場所を離れるだけだった。髪を染め、瞳に色硝子をいれて誤魔化せば……金さえあれば生きれた筈だった。只、綾兎もオマエも彼の場所が町からかなり離れた場所にあり、町に行くのには馬で1日掛かるのを知らなかった。力を暴走させた負担が身体に掛かった状態で、徒歩で町に向かうのは…………無理だったんだ】
「じゃあ、綾兎がした事は…………」
【彼は黒主の力を受け取っていたからか、肉体が死して尚暫くあの場に佇んでいた。そこで、全部を知ってしまったんだ。目の前でオマエが自殺し、彼には消えるしか選択肢がなくなっていた。彼は消える直前に思った。『来世では、自分と彼女が自由に生きられればいい』と。…………そして其れは叶えられた。ワタシ達とは違う…………世界の創造主に】
世界の創造主。僕達が生きる現実世界を作り上げたモノ。
昂月や神城先生、水城先生から聞いたことがある。
現実世界を作り上げ、光と闇を均衡に保つ為に【光と闇の住人】を生み出し、監理させているモノ。
【光と闇の住人】の上司。其々の【正マスター】が創造主と連絡を取り合い、世界を保ってきた。
だけど、【闇の災厄】によって【闇の世界】が滅び、【闇の住人】達が殆んど消え…………対の存在も消えてしまい、今では数人で世界を支えている。
綾兎と初めて出逢った時に、彼が口にしていた。
『昔、死ぬ直前にまだ生きたいと願った霊能力者が住民になるみたいです。対の方々は特に……』
異例もあるらしいけれど、彼等は双子で特別な力を持っていた。
だから創造主は【住人】にしたのだろう。
けど…………もし住人にするだけの力があったのなら、彼等を助けられたんじゃないのか?
閑崎さんの時にも感じた違和感。
結果的に彼等は新しく生きる事は出来た。
【創造主によってオマエ達は新しく生きる事になった。………だけどワタシ達はオマエ達の中に封じられ力を引き出されるだけで――――存在を保ち、力を引き出す媒介となるのがやっとだった。亜梨栖の持つ【白雪】と綾兎の持つ【クロスセリア】…………ワタシ達の本体から創られた武器。ワタシ達の身体】
二人の武器(媒介)は、彼らの身体から創られた。
やっぱりおかしい。それだけの力の持ち主なら…………いや、今は創造主について考えるのは止めよう。ただ話が脱線するには収まらない気がする。
壊れかけている神。媒介の武器。
真白は未だ良い。空間に僕達を引きずり込み説明してくれるだけ幾分余裕がある。
問題なのは、黒主の方だ。
【現実世界】の一部の空間を飲み込み雪を降らせたのは彼だろう。
雪は前触れ。世界を死に陥れた後に弔いの花――――終焉の緋桜を降らし始めていたら厄介だ。
僕達が此処に居る以上、【現実世界】には綾兎と先生達しか居ない。
対の亜梨栖の力でなんとか出来るか?
抑先生二人が確実に居るとは限らない。
そんなところに綾兎が黒主と対峙したら…………?
幾ら半身を分け与えた相手だとしても――――傷付けないという保証はないっ!!
サァッ血の気が引く僕。
亜梨栖も僕の表情から感付いたのだろう。
「なぁ……真白。綾兎が黒主を止める為に壊れかけた【クロスセリア】を使ったら…………どうなる……?」
亜梨栖の表情は暗い。
理由は分かる。僕も考えた最悪の展開。
今までの贄達が犠牲になった上で暴走することなくずっと平穏が続いていた。
贄を喰らうこと無く傍で見守ってきた彼等は壊れかけた今、何を思っているのだろう…………?
おもむろに口を開く真白。
【綾兎が力を使い続け…………黒主が完全に壊れていたら飲み込まれるだろう。黒主の意思は無下にされ、自我までも力に飲まれ…………空間ごと綾兎を喰らい尽くす】
「「っ!!」」
そうなったら、綾兎は消える。
対の住人である亜梨栖も消え――――世界のバランスが崩れる。
いや、其れよりももっと――――
「嫌だ…………」
【ヒヅキキョウ?】
小さく呟く僕に二人が問いかける。
少し泣きそうな亜梨栖と悲しげな真白の声。
そして、頭に僕に別れを告げる綾兎の映像がよぎった。
今まで言われたことなどないのに、何故かこれでもう会えなくなるかの様に鮮明に浮かんだ。
『さよならです……杏』
『バイバイ……っ……ですっ』
哀しげな…………もう二度と会う事は無い。
決意に満ちた…………けど不安が隠せない……………なんで別れなきゃいけないんだ。
「綾兎が・二人が居なくなるなんてそんなの嫌だっ!!」
「ヒヅキ…………」
ありのままに叫ぶ僕。
護りたいんだ。助けられないのはもう嫌だっ!!
それ以上に思う。
「確かに僕自身にも【夜の支配者の次期当主】になる可能性はあったけど、勝手に非日常に引きずり込んでおきながら、責任も取らないで勝手に居なくなるのは酷すぎるよっ!!!」
『【本音はソッチかっ!?】』
泣きそうな筈だった亜梨栖の涙は引っ込み、唖然とした様子で僕を見る。
「おいヒヅキキョウ、オマエ…………綾兎にどんな風に責任を取らせるつもりだ……?」
【オマエを捲き込んだのは仕方ない事だったと思うが、【夜の次期当主】になる可能性があったのだし現に覚醒してなっているだろう? 綾兎が関わっていなくても、非日常を送るのは宿命だったのではないか?】
「二人とも冷静なツッコミをありがとう…………亜梨栖は不機嫌になっている理由が分からないけど…………一応言うけど『責任とれ』って変な意味じゃないから。平凡な日常を送れるようにしてもらうって意味だから」
この説得は無理があったかもしれない。
冷静に考えるとかなり変な事を言った気がする。
本音だけどやましい気持ちは無いし、睦月の望むような事には興味ないし(想像すらしたくない)。
「こ、こほん。話を戻すよ?」
「【……………】」
「…………ねえ、頼むから沈黙は止めてくれるかな?」
「【…………】」
「……………(イラッ)」
真白の沈黙の雰囲気と亜梨栖の睨み付けが…………居心地を悪くしてくれる。
「さっきの話を纏めるよ? 黒主が壊れ綾兎が対峙し力を使うまでにこの空間から出て彼等を止める事が僕等がやらなきゃいけない事。これに依存はない上で真白に聞きたいんだけど……」
【なんだ、変態】
「その呼び方は亜梨栖に呼ばれるだけでもキツいので止めて欲しいんだけど。てか、わざと呼んでるでしょ?」
ギロッと声の元を睨む。
【ハハッ、バレたか】
「『バレたか』じゃなくて……はぁ」
「溜め息付いてないでとっとと話せ変態」
「…………亜梨栖?」
口許だけにっこりと笑う。
亜梨栖がビクッと肩を震わせたのを確認し、話を続けた。
「今回、この件は本来なら二人で解決しなきゃならない。止められないのならマスター達を捲き込む位ですむ事のハズだ。だけど、本来なら関わりたくないであろう【夜の支配者】の関係者の僕を引き込んだ辺り…………過去にあった事以外で、何か僕に話すことがあるんじゃない?」
そう…………綾兎の結末を知っていた上でこのタイミング…………真白は何をしようとしているのだろう?
何を僕に望んでいる?
僕の言いたい事を悟った真白は、少し間を置いて語り始めた。
【…………封じて欲しいんだ。黒主とワタシを】
「「え?(なっ!?)」」
【ワタシ達は本来なら土地神だ。だが、緋皇の里は黒主と綾兎が眠らせて消した。本来ならワタシ達も…………一緒に眠る筈なんだ。だが――――】
「…………一緒に眠りにつくとしたら、亜梨栖と綾兎も一緒に………けれど自分達のせいで二人の人生を狂わせてしまった。二人には今度こそ幸せになってほしい…………か」
【そうだ。だが、ワタシ達の力では二人を捲き込み眠りに付かずに済む方法が分からない…………だから【夜の支配者の次期当主】に頼みたいんだ】
言いたい事は分かる。けれど僕にそんな力は――――
「【夜の支配者】の昂月じゃ駄目なの?」
【アヤツはオマエすら利用して自分は楽を使用としている。信用できないから空間から追い出したんだ】
むぅっと不貞腐れるように語る真白。
確かに昂月じゃ…………僕も見下してる(貶してる)し…………
力の使い方は僕より分かるだろうけど…………寧ろ僕はこの件に関しては力不足なんじゃないか?
「氷月杏に任せれば、なんとかなるのか? ワタシも綾兎も…………黒主と真白も消えなくて済む…………?」
その言葉は意識を塗り替えるように亜梨栖に刷り込まれていった…………僕にはそんな力はない。
彼女にとっては僕の力が唯一の希望なのだろうか?
『要するに、いざとなったら責任を押し付けられる相手が欲しいだけなんだろうけど』
二人が言いたい事を悟った僕は、二人の望むがままに動こうと思った。
出来ない事なら抑押し付けたりしない。
だからこれは、僕にしか出来ない事なのかもしれない。
暫く思考を膨らませ、パズルのピースを嵌めていくように欠片を構築していく。
何があっても彼等を助け、尚且円満に過ごせる方法。
僕が、黒主の願いを叶える……………いや、僕だけでは無理だ。
あくまで行うのは彼等で、僕がサポート役になるのが適任なのだろう。
そうなると、黒主と真白の力を封じても、綾兎達と一緒に居られる方法。
うーん、難しい…………
「変態には変態にしか出来ない事がある筈だ。頑張って考え――――」
「…………にぱーっ」
「っ!?」
跳び跳ねる亜梨栖。さっきの脅しくらいじゃ、聞かなかったのかもしれない。
「綾兎と桜果に告げ口してやる」
「!!!」
サァッと顔色が変わる亜梨栖。
ふんっ、とことん怒られて弄られてしまえ。
【綾兎はあまり怒らない気もするがな…………本宮の姫には散々弄られて居たんだ。またあんな目に遇いたいのか?】
「う」
亜梨栖がしゅんっと大人しくなる。
尻尾が垂れるようにブンブン動いていたポニーテールも落ち着いて…………ん?
亜梨栖の髪を結ぶリボン。
何となく目に止まった其れが僕の思考のパーツを一気に埋めた。
カチリと合わさり、構想が完成する。
一つ一つを繋げるのは危ういけれど
もし、思い描いたままに事が進み
僕が彼等を【ある条件】で封じる事が出来るのなら
彼等を引き離さなくて済む!!
「ははっ」
「【?】」
キョトンとする二人。
うん、黙っていたのが突然笑い出したらそんな反応になるよね。
久々にゾクゾクする感覚。
自分の力で何れ位出来るかは分からないけれど。
其れで出来るというのなら、試す価値はある筈だ。
「真白、空間から出して」
【え?】
「氷月杏?」
二人ともまだキョトンとしている。状況が掴めてないんだろう。
「見付けたんだ、皆の願いが叶い、一緒に居られる方法!」
「【!】」
さっきまでの脅しの笑顔とは違う、晴れやかな気持ちで二人に告げる。
「その為には二人にも力は貸してもらうけど、大丈夫だよね?」
「ワタシの大切な奴等を助けられるのなら幾らでも変態に協力するっ!!」
【ワタシも黒主を救えるのなら手を貸すぞ】
「ありがとう…………で、亜梨栖?」
「なんだ変態?」
晴れやかな表情になった亜梨栖の笑顔に一瞬ドキッとする。
けれど、それを上回る感情が僕の中を占めていた。
「そろそろ一発殴っていい?」
満面の笑みで怒りのオーラを出す僕に、亜梨栖は土下座をしながら震えていた。
空間から出て彼等を救う。
僕は人と関わり、自身の気持ちを再確認させられた。
傲慢に自分の力を確信してはいない。
だって期待させて…………断れる程感情は壊れていないから。
僕が探している答えになればいい。
二人が・皆が幸せになれるのなら…………僕は其れだけで良いんだ。