【導く二つの廻る螺旋】6
そろそろ、けじめを付けなければならない。
本心を隠しながら、今まで何も知らずに生きていた自分を恨みたくなる。
ソコに何があるなんて薄々感づいて居た筈なのに。
目を背けていた事実。
知らないフリをしてわたしは逃げていた。
わたしに代わって貴方が傷付いていたなんて、知りたくなかった。
そんなもの、気付きたくなかった。
認めたくなかったんだ。
ずっと堪えてたのは、わたしだけだと思ってたから。
あんな酷い目にあった貴方がわたしの前に現れた時は――――正直息が詰まった。
今度はわたしが酷い目に陥る番。
それが当然の報いだろう。
本能的にそれらを感じ取った。
死んだ筈のわたし達が神の気紛れに選ばれ、世界の為に死に残った(一度死んでるから生き残ったじゃ意味が合わない)。
立場は相変わらず対でも会おうとすれば会える距離。
なのにずっと拒絶していた――――けれど、貴方はわたしの傍に居たいと言ってくれた。
たまに会うと表面上ではニコニコして、子犬のように振る舞っているけれど、何時わたしの喉元を噛み千切るか機会を伺っているのか目に付いた。
其れはわたしの恐怖心が創り出した被害妄想。
分かってるのに否定する事は出来なくて――――貴方に対しての態度は酷くなってしまった。
貴方はずっとわたしを許さないだろう。
貴方が身に受けた酷い事の内容まではわたしは知らない。
貴方はわたしに話さないから知る事が出来ない。
それらをわたしは聞かない。聞くのが怖い。
わたしが貴方が体験した事を実感したらどうなるのだろう…………?
…………
………………………
多分、わたしはわたしで無くなってしまう。きっとそう。
自分が壊れる想像を否定するようにかぶりを振る。
そんなの怖いっ。嫌だ。嫌だっ!!
痛いのも苦しいのも辛いのも嫌なんだ。
そんなもの知りたくない。
向き合わなければいけないのに…………貴方が体験した事を考えると恐怖心で一杯になる。
身体がガクガク震えた。
ギュッと瞳を閉じ、自分自身を抱き締める。
わたし自身もずっと孤独を味わってきたから。
貴方と違う白の世界で。
純粋なままでいなければならなかった。
黒き悪を滅ぼしていかなければならない立場。
だからこそ本当なら貴方を彼の場所から救い出すのはわたしの役目だったんだよね。
【大丈夫。大丈夫だから】
『あ……』
脳裏に響く魔法の言葉。
【貴方が傍に居てくれたからわたしは立ち直れたのよ。だから貴方が不安な時はわたしが支えるわ。わたしにとって貴方は大事な存在だもの――――】
思い出す記憶の欠片。
そう、彼女の優しい言葉にわたしは救われたんだ。
貴方にとってもしかして彼は、彼女の様に大事に思える存在だったのかもしれない。
今頃気付いたって貴方は怒るかもしれない。
話をしたい。
今まであった事全部。
お互いの深い傷を抉る事になってしまうかも知れないけれど。
もう、誤解を生んで傷付き合うのは嫌だから…………
――――ね、貴方はどうして耐えられたの?
わたしの前でどうして笑顔で居られるの?
わたしも貴方も、ずっとあの場所から逃げて自由になりたかった。
幸せになりたかった。
誰も傷付かず、ほのぼのとした微睡みの世界で生きられたら良いと願っていたんだ。
外の世界を知りたかった。
…………
……………………
けれど、其の願いは叶う事は無かったね。
死んでからも世界に捕われたわたし達は、側に居られるようになっても、共感しつつすれ違っている。
『手を繋いで共に歩く事が出来るだけあの頃よりはマシなんだ』と思い込んで、無理矢理納得するしかないのは…………凄く切ないよね。
手を繋ぐ・互いを抱き締める。
貴方は恥ずかしがっていたけれど、わたしは生きてる間は感じられなかった温もりを体感し、愛しい気持ちに満たされる事で、お互いの存在を確めたかったんだ。
其の行為は忘れかけた記憶を思い出させた。
わたしに刻まれた、罪の烙印を――――
わたしが貴方に過去にした事。
それは仕方無いで済むことではない。
例え、貴方が憶えていても忘れていても、わたしの罪は消える事は無いのだから。
だって、あの時貴方を殺したのは。
冷たい床の上で……………貴方の真っ黒な髪が、汚れた服が、雪のような肌が血で真っ赤に染まるまでズタズタに無惨に斬り裂かれた。
壊れかけた貴方に手を掛け、息の根を絶ったのは――――
♪
ザザッ
ザザザザザ――――ッ
暗い。光のない世界。
何時から此処に居たんだろう…………?
僕の身体だけがほんのりと、光を放っている。
『ああ、彼の時と同じだ』
其れは過去に一度体験しているものだから、不思議には感じなく、抵抗なく受け入れる事が出来た。
落ちる。墜ちる。沈んでいく――――
底無し沼に身体を引きずり込まれるのは、こんな感覚なのだろうか?
身体を包み込む闇のノイズは徐々に大きくなり、一瞬にして波のように僕は飲み込まれた。
何処が上だか分からない。
身体感覚を狂わされる。
もがけばもがく程、引き込まれていく。
浮かぶ事は許されなかった。
ザザザッ
其れに――――この音は、忘れかけた何かを記憶から引きずり出そうとする。
過去を・今を…………全部?
『今、そんな事をしても意味なんて無い筈だけど』
其れよりもさっさと此処から出たい。
出口に連れ出してほしい。
…………其れは未だ受け入れてくれないらしく、変化は訪れない。
する事もなかなか見つからないので考えてみる。
――――そもそも、僕にとって負になる記憶は数少ない。
其れなりの環境で、其れなりに育ったからだと思う。
よーく考えても、綾兎達が言う【闇の災厄】の時位じゃないか?
彼の時は、僕に対しての母さんの態度が酷いものだったけど。
思い出しても取り分け差し支えは無い。
なら、堪えられる筈――――
【駄目だ。其れだけは駄目だ!!】
『え……?』
空間に誰かの声が響く。
誰……?
身体の…………魂の奥で誰かが否定する。
確かにあの時は大変だったし、其れなりには精神的にショックはあったけど。
あの時は…………
キィン 『っ』
身体が一瞬だけ強く光った。
其れ以上の事は知る必要はないと答えるように。
まるで自分の身体が自分自身のモノではないようで気持ち悪くなる。
でも、何で……?
【……こ……るか?】
キィン
鍵が声を受信する。
さっきの声とは違う、落ち着いた(冷めた)声。
ノイズから意識を切り離して、声に集中させた。
【我の声が聴こえるか? 氷月杏。夜の支配者次期当主】
「……誰?」
聞き覚えのある声。だけどなかなか思い出せない。
多分存在自体を僕自身が否定してる。
「えーと……どちら様?」
空間にポツンと居る身で独り言を話しているようで少し恥ずかしい。
ま、他に誰も居ないし感じないし。良いか。
【我を忘れたのか。下僕やらなんやら散々小馬鹿にしてたくせに……貴様の記憶力は皆無なのだな】
「銀髪モブキャラ扱いの怪しいおっさんに言われたくない。役立たずのくせに僕に逆らおうなんて、消える覚悟は出来てる?」
ポキポキと無意識に指を鳴らし出す僕。
殴る準備は整った。
……ああ、苛々する。
思い出した。すっかり出番が無くなってたから忘れていた。
僕を非日常に縛り付けた元凶――――昂月。
全く、目の前に居たら懐に蹴りをぶちこんでやるのに、こういう時実体を持っていない奴は面倒くさい。
さて、適当にあしらっとくか。
【お前、本当に他人には容赦無いよな…………笑顔見せないし。彼奴等に見せてやり――――】
「その前に昂月に、消え去った方がマシだと思えるトラウマを植え付けてやるよ」
勝手に人の心を読むな変人。
全く、僕の立場を一番理解してるのは昂月なんだけど、この人(そもそも人なのか?)を見ていると、将来の自分を見ているようで嫌になる。
人の本質を引きずり出すのが得意なのか、神経を逆撫でたいのかは理解出来ないけど。
だからか、ついついからかいたくなる。
綾兎居ないし。弄る相手居ないとつまらないし。
綾兎綾兎綾兎綾兎――――
【ナンデスカ? キョウ?】
『…………(イラッ)』
【どうだ、似てたか?】
「綾兎の物真似するくらいなら、消えればいいのに」
【其処まで酷かったのかっ!?】
「癒しを塗り替えた相手には裁きを加えるつもりだ」
オッサンが綾兎の物真似する自体おかしい。
そしてかなり精神的ダメージがあるんだけど。
嗚呼、綾兎は僕にとってストレス解消の存在になってたんだな。
知らないうちに何時の間にか綾兎を必要としている。
其れだけ僕が綾兎の事を好きになっていたのだろう。
だからこそ、物真似で彼を侮辱されるのが許せなくて――――憎まれ口を叩く様になった。
彼に何処まで信用されているかは分からないけど。
少しでも僕の存在を受け入れてくれているのなら。
気持ちに答えようと思った。(但し、親友として。台詞だけみると告白同然だけど、その気は無いです)
僕の想いを消し去るように、昂月が挑発してくる。
…………だから、頼むからあまり僕を怒らせないでほしい。
意思に関係なく本音が――――
【ハッ、そんな事出来るならやってみ――――】
「まず、蹴りを脳天と腹部に入れて脳震盪を起こさせつつ内蔵を幾つか破裂させ動けなくして拘束。身体に意識が飛ぶか飛ばないか位の電流を流しつつ去勢して爪先から少しずつスライスして、首に縄をつけた状態で海水を入れた水槽に身体を沈ませ浮き上がってこようとする度に熱湯を頭部に掛けて――――」
【誠に申し訳なく思っています。これ以上話さないで下さい!! 世の中の為にもお願いします!!!】
言ってる途中で昂月が謝ってくる。
ハッと気付き、言葉を止めた。
………あ、なんだろう。やりすぎた気がする。
昂月が存在していられる世界で、土下座してるんじゃないか?
それにしても…………僕の深層心理は歪んでるな……ハハハッ……はぁ。
溜め息が出る。
根っこが腹黒いのはあの環境で育ったのが原因だろう。
只でさえ、奇抜なメンバーに揉まれてるし読んでる本の影響も関係しているとしか思えない。
「………で、何の用なんだ。さっさと話さないと、使用済みの藁人形送り届けるよ?」
【そんなもの送り届けるなっ!! 大体、何でそんなもの持っているんだっ!?】
恐怖を体験しても、まだツッコミする気力があるのか……流石夜の支配者。
「あ――――、またマンションの前に落ちてたんだよ。置いといたままで居るのもなんだか嫌だし……一体誰がやってるんだか」
ゴソゴソとポケットから取り出す。
今朝また拾ったのは良いのだけど、本当にどうしよう。
以前、神社で引き取ってもらったけど、また行くしかないかな…………いざとなったら神城先生に頼むか。
呪詛的なのを扱うの得意らしいし。
本当に、マンションの住人の被害者の方、気付いてたら何とかして下さい。
【お前の周りには変なものが集まるな……姫の子孫といい兎といい……】
「姫? 兎? 何の事」
昂月の呟きにやたら引っ掛かる単語を聞いた。
姫は亜梨栖の事だったけど、兎って綾兎…………?
【あ、いや、此方の話――っ!? 目の前に我が居たら首筋に刃物を突き付けるような殺気は抑えろ】
「ちっ」
【我を弄って気を紛らすのはやめてもらおうか】
「気付いてたのなら今の状況を説明しろ」
さて、そろそろ本題に入ろう。
深呼吸して自身を落ち着かせ、昂月の話を聞く姿勢を整えた。
【あ、ああ……今お前が居る世界は、力を持つものの心の中だ。闇の世界の欠片は無関係だろう。多分住人関係じゃないか?】
…………えーと、一度に色んな情報が入った。一度に言い過ぎだ。
取り敢えず噛み砕いて頭の中で整理する。
此処は誰かの心の世界。
住人関係で僕を引き入れられるのは、相手が僕の事を知っていないと出来ない筈。
だとしたら限られてくる。
住民達を統一する準マスターの神城先生と水城先生との接点は数少ない。
そもそも彼等は僕を観察・静観している立場。
無理矢理僕を引き込む理由がない。
只ちょっかいを出したかったにしてはやりすぎだからだ。
そうなると新人の閑崎さんも外される。
彼女には前科があるし、未だ力を使うには精神が完全に安定してるとは言い切れない。
だとすると考えられるのは――――
「亜梨栖と綾兎…………?」
【……あまり言いたくないが、二人は因縁に縛られている身。死して尚世界に存在を許されているのは、あまりにも彼等の生前が酷いものだったから…………世界が同情して受け入れたんだ】
「え……」
一瞬思考が停止する。
今、昂月は何て言った?
亜梨栖と綾兎の生前が酷いものだった?
そんな筈ない。だって彼の二人はあんなにもお互いを思いやり、幸せにみえたのに…………?
それは間違いだ。昂月は一体何を――――
【氷月杏、目に見えるものだけが真実じゃない。誰だって暗い過去を持っている】
…………言われなくたって分かってる。
閑崎さんの件で十分に理解した。
日常を突然壊され死に至り、家族も後を追って亡くなったのに一人取り残され、孤独を味わい歪んでいった。
絶望と憎しみに囚われた彼女に希望をちらつかせ、世界を崩壊に陥れようとしたモノも居る。
過去に綾兎が言っていた。
死にたくないと強く願ったモノが住人として世界に囚われる。
特に対は――――と。
綾兎と亜梨栖が囚われたのは事故か何かに捲き込まれて亡くなったと思っていた。
だから二人が生前に辛い日々を過ごしていたなんて信じたくなかった。
違う、そうじゃない。
疑問には思っていた。
だけど真実を受け入れるのを拒絶したんだ。
知って今の関係を壊したくなかったんだ…………
きっと…………本当は誰であろうが僕は、他人の・そして僕自身の心の底迄は知りたくないんだ。
知ってしまったらもう…………以前のように戻れなくなるから。其れを知ってるから。
そう、僕自身あれ以来桜果との関係が完全に昔と同じ様に戻れなくなったから。
お互いに心の壁を無意識に創り出している。
どことなくギスギスしていて、歪な関係。
其れを何とかしようと、話してて・接している中でも無意識に傷付く時はあるのだ。
相手を傷つけないように振る舞っていて…………一番周りを捲き込んで・大切なモノを壊してしまう。
最悪のパターン。
僕は今までに何れくらい無意識に傷付けていたのだろう。
もしかしたら今やっているのは、僕の罪の意識なのか……?
治そうとして・治したくても、治せないモノ。
一度砕けたガラス玉を、ヒビ無く修復するのは難しい様に…………元には戻らない。
「…………」
どうしたらいいんだろう?
【…………馬鹿馬鹿しい】
「はい?」
今、何か酷い事を言われた。
【知るのが怖いのは分かる。けど、知ったからって壊れる関係か? 只でさえ、お互いに必要以上に踏み入れてるじゃないか。土足でずかずか入り込んでて今更なんだ?】
…………
……………………そっか。
昂月の目から見てもそう見えるんだ。
僕は彼を壊したくなかった……?
違う、彼の悲しむ顔を見たくなかったんだ。
亜梨栖と再会してからの綾兎は素敵な笑顔を浮かべるようになったから。
綾兎の傍に居るだけで、元気を貰える・癒される。
僕自身は綾兎に何かしてあげられているだろうか?
出来てないのなら、返したい。
其れも、只返すんじゃなくて…………形を変えて。想いを乗せて。
実現させる為には、まず此処から出る必要がある。
意地を張ってないで前に進もう。
知るのは怖い。けど知りたい。
知って彼を支えられるのなら――――
ふわっ ストッ
地面の様な場所に足が着き、身体が落ち着く。
無機質のガラスのような感触がした。
「空間の底に着いたみたい。相変わらず感触が分かるのが違和感あるね」
【そうか。なら力を使えるだろう。本来なら綻びを探して出るのが優先だが、お前自身を受け入れているんだ。見せたいものでもあるんだろう】
「見せたいもの?」
【真実】
「分かった―――っ!?」
【……どうした?】
クラッと意識が揺らぐ。
体調が悪い中無理矢理意識を飛ばされたから酔ったかもしれない。
あまり長くは居られないかも。
全てを知るのが先か、僕が倒れるのが先か――――
『無理矢理でも持たせてやる』
拳をギュッと握り締め、足に力を込めて身体を支える。
僕の考え・意思とは関係無く、空間に色んな景色が見え始めた。
無理矢理書き替えられる世界。
パリンッと黒いガラスを打ち破る様に空間が崩れた。
真白な光の輝きが、辺りに溶け込む。
白の世界。
まるで今朝見た――――雪景色のようだった。
いや、此れはきっと…………
『どちらかの……記憶?』
一面の雪が埋め尽くす白の中に……紅い何かが染めたように広がって……塗り替えられていく。
汚いモノも白く……紅く色付き、花弁が散る様に砕け全てが無に還る。
《白の世界…………白い花》
綾兎の身体を抱き締め受け止めた途端、脳内に声が響いた声。
知っているような…………誰かに似た声。
《血の花がよく似合う…………終焉の世界》
あの言葉は、この映像を指していたのか……
世界の最期を迎えるには相応しい――――残酷だけど目を離せない映像。
現在に比べ少し古びた映像は、この国の過去に似ていた。
《そろそろ限界……? また廻るのか……?》
今朝起きた異常現象。
《紛い物が生きてるから世界は崩れる》
《緋桜【ひおう】が咲く前に、消さなければ》
《赤を埋め尽くす白。ソレは止まることを知らない》
あれは一体何なのだろう。
【過去の欠片か……? 其れにしては随分ぼろぼろだ】
分析するように昂月が言う。
夜の支配者の力なのか、僕の視覚・聴覚とリンクして、景色を見る事が出来るのか…………鏡を使って覗いているんだか分からないけど、非力ながらも理解者が居るのは心強い。
「見覚えのない景色が見える。けど、今朝の雪のように真っ白で儚くて…………今にも消えてしまいそうだ」
其れに見てる中、気になる単語を聞いた。
【緋桜】=【緋皇】?
確か亜梨栖の名字が緋皇。
綾兎と名字が違う事に違和感を覚えたことがある。
緋桜が咲く前に……という事は、緋皇が関係している。若しくは名字の由来が緋桜なのだろうか。
じゃあ、綾兎は?
雪代――――雪の……代わり?
雪…………?
そういえば緋桜は濃いピンクの花色。
緋桜――――赤じゃない。
底に着いてから、空間を漂う花弁。桜の花に似ている。
ひらりと目の前を過る赤い花弁。
掴もうとして儚く消える。
ハッと気付き、一歩踏み込みそうになるのを留めた。
駄目だ。戻れなくなる。
【おい、気を付けないとお前まで囚われるぞ】
「分かってる」
思考を切り替える。
確か閑崎さんの心の世界に囚われた時は、彼女が世界の鍵を持っていた。
彼女自身が願った世界は、強い想いが欠片に宿って創られた。
欠片は本人の記憶の中で強い印象を与えたモノがなる。
彼女の場合は、自分を貫いたカッターナイフだった。
鍵を捜すためにも、この世界に取り込まれた理由も知らなければならない。
そして此処から出る為に、世界の鍵を……どちらかの心を踏みにじって出るしかない…………?
壊す欠片を間違えたら、この世界の持ち主の記憶を砕いてしまう。
この、白の世界を僕が穢れを持ち込んで変えてしまうのか……?
少し身震いがした。
僕が怖いのは、この世界から出られない事ではなくて、誰かの心を壊してしまうことなんだ。
では、其れを踏まえて、今回僕は何をすれば――――
シュバッ ぽたたっ
「?」
首筋を掠めるように吹く。一刃の風。
何も無い所から現れた風に驚いた途端、顔に生暖かいものが掛かり、頬を伝った。
指で触れ、液体を拭う。
少し粘っこい、鉄の臭いがする紅い――――
「っ!? なにこれ………血っ!!?」
鎌鼬の様な風で怪我をしたのかと思い、風が掠めた首を触る…………だけど、何処も切れてない。
じゃあ、一体何処から―――――
空間を見上げる。
変化は無い。
只、漂う花弁の数が少しずつ増えていた。
空間に散り行く花。
《終焉の緋桜》
「っ!?」【誰だっ!!】
低い淡々とした声が聞こえた。
ズンッと空気が重くなる。
ビリビリと空間が振動し、肌がざわつく。
強い力の持ち主。直感で感じ取った。
《ヒヅキキョウ。オマエは近付きすぎた》
「近付いた? 何に……」
《世界を壊す前に彼奴等を助けられるのはオマエだけだ。だから呼んだ。オマエだけいればいい。御老体には御退場戴く》
さっきからコイツはなんなんだ。声だけしか聞こえない。空間の創造主。
待てよ、そういうのならこの空間は二人のどちらかが造ったんじゃないんだ。
【く……っ!?】
「昂月っ!?」
苦しそうな呻き声を聞いた。
【氷月杏。決して本心を曲げるな。この空間はお前を傷つけない。お前自身に掛かってる。だから――――】
《騒がしいな》
バシュッ
「えっ、昂月っ!!」
ブツンッとスイッチを切ったような――――繋がりが消えた音がした。
空間に一人で不安でいた所での全く役に立たないけど居ないよりはマシだった相手の通信を遮断されることがこんなにも辛いだなんて。
――――まるで僕が昂月を必要としているようでちょっと胸に響いた(のし掛かってきた)
畜生、やればなんとかなる。大丈夫。
片言だけど、早急に理解した。駄目なら何とかするように相手に押し付けよう。
《……頼む。ワタシの声は殆んど届かない。対は呼んだ。後は――――知るだけだ》
「勝手に呼んで話を進めて何のつもり? 綾兎と亜梨栖の関係者みたいだけど、二人について知りたいのは山々だから構わないけど。二人を傷つける事はしたくない」
《それはさせない。もう間に合わない――――》
「なっ」
声が遠ざかる。
声の持ち主が誰なのか分からず、心の準備が出来ないまま――――
《時間だ》
ブワッと空間の花弁が渦を立て、視界が赤く染まる。
身動きが取れない。
息苦しい。
カッと視界が開けた。
ドサッ 「え」
僕の横から突然空間が開き、塊が雪崩れ込んできた。
思わず目で追う。
薄汚い布切れの大きな包みが隣に倒れ込む。
ハラリと袋が破れ、解れた隙間から、黒の束が散らばった。
袋がビリビリに裂かれ、空間に溶けてゆく。
其れは白い雪となり赤い花弁と共に降り注ぎ――――世界を染め始めた。
青白い腕から見え始めた。
目を逸らせない。身体が動かない。
見てはいけないのに。瞳は追ってゆく。
身体が警告する。此れ以上関わるなと。
でも止める事は出来なかった。
一秒一秒が長く感じられる。
切り刻まれた肢体。
床を染め上げていく血の海…………
花弁の色も段々濃くなり、血の欠片になる。
身体から顔へ――――視線を動かした。
傷だらけで薄汚くなった顔。
幼い面影を残して。
夕闇のような藍の瞳が見開いたまま濁り始め、宙を眺めていた。
痩せ細った身体には無数の傷が皮膚に刻まれていて。
痛々しくて――――
「なに……誰……? 何でこんな……っ!!?」
此れ以上声を出せなかった。
視界から入ってくる情報が処理しきれない。
理解出来ない………身体が受け付けない。
だって、僕を見つめる瞳は・動かない人物は彼に似すぎている。
無意識に彼の名を口にした。
「あや……と……?」
彼の名を声に出して確信する。
身体を綺麗にして髪を短くし、少し肥らせれば見た目はもっと――――
「何で……なに……これ……」
触れようと手を伸ばす。
少しでも助けられるならと、彼に駆け寄った。
見た目だけで、手遅れなのが分かる。
其れでも、なんとかしたかった。
スカッ 「っ」
触れた。
その筈なのに、彼の身体に触れられない。
立体CGに手を伸ばすように、指先が宙を切る。
『こんなに近くに居るのに、助けられない』
触れないんじゃ、何も出来ない。
『其れは違う。触れないのは今起きたことではないからだ』
ドクンッと身体が反応し、脳裏に言葉が浮かぶ。
僕に宿る【夜の支配者】の血が訴える。
そうなるともしかして此れは、彼が――――雪代綾兎が生きていた時の記憶?
じゃあ、彼は殺されたのか――――
何で何で何で何で…………
彼を殺さなきゃいけない理由なんて……あるの?
彼は何をしたの?
一体誰が彼を殺したんだ?
さ迷っていた手が鍵に触れる。
「あ……忘れてた」
制服のポケットから十字架を取り出す。
僕を世界に縛り付ける鎖。
力を使えば、なんとかできる?
分からないけどやるしかない。
瞳を閉じ、無理矢理意識を振り払い精神を集中させ、僕は十字架に両手を翳した。
【大丈夫。なんとかなる】
悲惨な事態を目の前にしてもそう思えてしまう。
キィン
僕の気持ちに答えるように光る鍵。
意識が導くまま口は詞を唱えた。
「闇よ光を支える糧となり、光よ闇を照らす道標となれ――――我、夜の遺伝子を継ぎし契約者・氷月杏の名の元に【絆の鍵】よ。我が想いに答えよっ!」
ドクッと僕の鼓動に合わせて鍵が震え僕の周りの光を吸収する。
其れは一瞬の事で、鍵の中心から蒼白い光が溢れだし、僕を包み込んだ。
ドクンッ 「っ」
心臓が大きく脈打つ。
まるで自身の変化を拒絶するみたいだ………【夜の支配者】という自覚を持つと自分自身が世界から切り離される感覚があって………少し怖くなる。
やがて光の輝きが収まり――――
「解」
導かれるがままに口がその詞を言ったと同時に鍵は姿を変え、細長い剣【夜剣・蒼月】になった。
腰に蒼月を下げ、変身は終わる。
未だ回数は少ないからか、この姿は慣れない。
服装はファンタジーというかRPGっぽい、装飾を取り払った騎士的な服装で、動きやすいけどなんだか恥ずかしい。
金色の十字架が着いた黒紐のチョーカーが、首輪みたいだ。
指でチョーカーを弄る。
基本的に装飾品をあまり着けないので違和感ありまくりだ。
こんな所睦月に見られたら、「ついに杏もコスプレに目覚めたのねっ」と嬉々し、自身のブログに写真を載せるだろう。
去年文化祭でメイド服を着せられ、ネットに流出させられた身としてはなんとしても防がなければ。
桜果は亜梨栖経由で知ってるだろうし、水無瀬に至っては口封じする自信があるからあまり気にしてないけど(むしろ水無瀬と二人きりで居る所を睦月に見られた方が、小説のネタにされそうだ)
其れよりも変わっている間に魔法少女のように服が脱げてないかが気になる…………なぜ変える必要があるんだろう?
一般人には見えないらしいから構わないけど。
今度昂月に聞いてみよう。
思考を切り替え、意識を集中させる。
キィン
『やっぱり此処には僕以外の気配がする』
さっきの創造主だろうか?
其れは儚いけれど…………身近にあったような感覚。
彼の気配に似ていた。
空間の細部を見透すように神経を限界まで研ぎ澄ます。
『……す……て』
「え?」
『痛い……嫌だ……っ』
「誰……?」
微かに小さな声が聞こえる。
初めて此処で僕以外の――――幼い声が世界に響いた。
『黒……助けっ……』
「待って!!」
声に答えようとして問い掛けるが、僕の声は届かない。だから空間に手を伸ばした。
此処での、唯一の手掛かり。
聞こえた声が、【今】発せられたものならなんとか出来るだろう。
だけど――――其れが過去の場合は?
触れられない過去だったら――――
切り離されて一部だけを繰り返してる世界の響きなら、救うのは難しいのではないだろうか。
『あ……』
伸ばした手から意識がそれそうになる。
慌てて留めた。
……正直、冷静に判断している僕自身が怖い。
客観的に物事を捉えることは悪くないけれど、諦めてるのが許さない。
【夜の支配者】の遺伝子がそうさせるのだろうか。
――――違う。其れだけじゃない。
只、僕は守りたいだけなのに。
誰かを助けたいだけなのに。
偽善者ぶっているつもりはないけれど、傍迷惑ではないだろうか。
考え込むうちに、僕の心を察したのか声が聞こえなくなった。
声に伸ばしかけた手が何かを掴む。
さっきまで何も無かった空間に、小さな形が生まれていた。
僅かな感触を頼りに其れを手元に引き寄せた。
唯一触れた細長い其れは………青い布切れ。
『リボン……? 何で……』
色合いは綾兎の瞳と同じ色。ボロボロになっているけれど、色褪せた様子は殆んどない。
何でこんな所に……?
宙を漂っていた其れは声の主の物なのか、其れとも…………
「ん?」
ふと、リボンの端に刺繍で文字が書かれている事に気付いた。
小さく刺繍された文章は所々擦りきれていた。
「えと…………英語?」
見覚えのある単語が目についた。
文章を指でなぞる。
【I wanna be happy】
「私は……幸せになりたい?」
過去に教科書で見た事あったような…………短い単語。
リボンに刺繍するのは大抵メッセージか名前だ。
けどこれは――――誰かの願い。
幸せになる為の、ほんの小さなおまじない。
一体誰の…………?
幸せになりたいと願うのは、自分が不幸の身だったのか其れとも更に幸せを望むのか。
此れを持っていた人は、何に願ったのだろう?
自分自身? 家族? 其れとも神?
願いが叶っているなら構わない。
だけど苦しみの中に捕らわれ、誰かが動いてくれるまで待つしか手がないのなら。自ら動く事が許されないのなら。
「……出来るなら、助けたいな」
僕に其れが出来る力があるなら、救いたい。
リボンをギュッと握り締める。
綾兎…………もしかしてこれは君の願いなの?
綾兎。見えたものが本当に君の過去だとしたら。
君はもしかして、ずっと――――
ざりっ ぴたぴた
「!」
僕の背後から足音が聞こえた。
「綾兎?」
彼を探していた。
彼の不安を少しでも取り除けるのなら。
彼の事を知らなければならない。
「綾――――」
思わず振り返る。
『……え?』
透き通るような髪。
真っ白な少女。
違う。
何で此処に彼女が居るんだ?
綾兎の記憶なら居てもおかしくない。
其れは分かってる。
だって、二人は双子として生まれたのだから、同じ時を過ごしたんだら。
でも、どうして彼女の持つ――――刀が紅く染まってるんだっ!?
滴る血が白を紅く染める。
さっき見せられた白の世界の様に――――
まさか―――――
「何で――――わたしは、殺せと言われた。世界に害を及ぼすものだと言われたから…………だが、彼は【黒主】が選んだわたしの対…………?」
白装束を着込み、赤く濡れた長剣を握り締めたまま立ち尽くす――――白の少女。
【此れはきっと夢だ。僕が今まで読んだ本の内容がごちゃごちゃになって創られた悪夢だっ!!】
そうだったらどんなに良かっただろう。
こんな酷くて悲しい……物語。
「わたしが手を掛けたのは、わたしの半身? …………じゃあ、わたしは唯一無二の半身を言われるままに壊したのか…………お前らの望むがままにわたしは……ワタシはっ!!」
身体を震わせ自らを抱き締める彼女。
震えた手から、ガシャンッと刀が落ちた。
目を見開き、現象を目に焼き付け――――
フラリと立ち上がる。
彼女の瞳は、何時もの輝きはなく――――怒りと憎しみ・絶望を宿していた。
キッと目付きが鋭くなる。
『いけない…………止めないと』
微かに綾兎の声が響いた。
『わたしのせいで…………彼女が壊れる。其れだけは避けなければ』
「許さない…………人は同族を殺してなんとも思わない。力を与えたのが間違いだった。闇は闇に還り、光が遠ざかるのにどうして気付かない。半身を傷つけた代償はまず、お前らから貰うっ!!」
『駄目ですっ!! 亜梨栖――――っ!!』
ブツンッと途切れ、二人が消える。
空間に溶け込み、儚く消える。
僕の目の前で花弁が道を作るように広がり、一人の人物が立ち尽くしていた。
白い髪。赤い瞳。
兎のような彼女――――亜梨栖。
小さな肩を震わせ、映像と同じ様に自らを抱き締めていた。
瞳に溜めた涙を溢れさせ、頬を伝う。
「わ……れてた」
小さく呟く声は掠れ、息をするのがやっとという感じ。
「思い出した…………全部」
「記憶を封じて、罪を忘れ―――ワタシはっ!!」
泣きじゃくる彼女を取り巻くように散る花弁。
真実は。とても残酷なものだった。