【導く二つの廻る螺旋】5
◇記録◇
【黒の破滅の子】
物心が着いたときにはわたしはそう呼ばれていた。
【黒】とはわたしが生まれたときから共に存在し――――将来わたしの身体を贄として喰らうためにわたしを創った創造主・黒主の略称。
黒主は【緋皇家の守り神】
【只のヒト】の…………名前を知らない誰かが話してたことを聞いたことがある。
わたしが生まれた緋皇家には【黒の破滅】をもたらす守り神・黒主と【白の幸福】を司る守り神・真白のどちらかかを宿す子供が生まれることがあるらしい。
何代かに一人生まれる。贄の子。
どちらの神も、一族のモノには害を与えず一人の肉体を贄にする代償に、一族を栄えさせた。
母胎となる母親の遺伝子を狂わせる程の力を持つ創造主。
何故そこまでして存在したいのかは誰も知らない。
創造主は【現実世界】に干渉したいがために存在する。
其れだけのために。
わたしは【只のヒト】では無くなったのだ。
わたしと共に生まれた守り神は――――黒主だった。
黒主を身体に宿すからなのか、わたしの髪は墨のように真っ黒で、瞳は夜を映すように蒼く、外見を見ただけでは性別を判断することは難しかった。
遺伝子を狂わせられた。
【黒の破滅の子】の意味。
わたしは最初【黒主を宿す】という意味での呼び名だと思った。
【破滅】がどういう意味を持つのかなんて知らなかっから。
分からなかったのだから。
だって、わたしの傍には其れを聞ける【誰か】は居なかった。
教えてくれる【誰か】は居なかった。
家族も居ない。
抑居るのかすら分からない。
緋皇家自体、世間から切り離された森の中にあるらしいのだ。
わたしが守り神を宿す人間が居ることなんて、何れくらいのヒトが知っているのだろう。
只、わたしの周りにいる【ヒトたち】の雰囲気から、わたしは【存在を疎まれている・もしくは恐れられている】ことを認識していた。
腫れ物に触るような扱い。
薄暗くて寒い。必要最低限の物しかない場所で一日を過ごす。
寝台から起きて冷めた食事を摂り、身体を清めて身に宿る神に祈る。
温もりなんて分からない――――今だったら『ハッ、くだらないな』と鼻で嘲笑えるような場所。
真っ先に逃げ出している場所。
他のことは何もかも禁じられていた。
【見張られた】日々の中で淡々と生きる。
存在する。
自由など無かった。
だけどわたしは。
【自由】の意味すら知らなかったし、【他のこと】がどういうものなのかすら分からなかったんだ。
離れの暗闇に捕らわれていた。
祀るように幽閉されていた。
最早軟禁状態だった。
わたしは使用人が出入りする鉄格子の扉の先に広がる――――外の世界の存在に気付くことはなかった。
――――そう、彼のときまでは。
第五章〜時計兎と迷いの少女〜
「アヤト…………もう限界だ」
「亜梨栖、駄目ですよ?」
杏が聖桜の正面玄関で意識を失ってから、保健室に運び込まれてかれこれ一時間が経過する。
保健医の神城先生の見立てでは、『急激な冷え込みでの体調不良と、精神的なものでしょう』とのことだった。
精神的なもの……ですか…………
杏にとって、ここ数ヵ月の出来事は波瀾万丈ものな筈。
精神面に影響が出ていてもおかしくはありませんね。
荒い息をさせる杏の辛そうな表情を見るのは…………閑崎さんに刺されたとき以来だ。
確か彼は独り暮らし。
水無瀬さんの家族なら杏のことを看てくださりそうです。
「『キョウが起きるまでは傍に居てあげると良いわ。わたしや水無瀬だと襲いかねないし、睦月ちゃんはわたしが離したくないしっ。あやとくんの方が安全だから。あ、もし杏に襲われる事を気にしているのなら、亜梨栖も付き添えば問題ないわ。…………【此の件】に関しては、貴方達は無関係ではないのだし』ですか。桜果さんは一体何処まで見抜いているんでしょう?」
「『桜果ちゃんと水無瀬よりは【ある意味で】危険な気がするんだけど…………今の所害は無さそうだね。私は杏の為にノートを取ってるよ。水城先生は適当にあしらうよ〜』と笑顔を浮かべ、授業に戻っていった天宮の方がワタシは気になるんだが」
亜梨栖と顔を見合わせ、お互いに難しい顔をしながら首をかしげる。
なんといいますか…………杏の周りには一般人からかけ離れた方々が集まるみたいです。
無論、ボクたちも例外ではないので、詳しくは検索しないようしますが。
天宮さんは直感力(インスピレーション?)があるらしい。多分何となく分かると言う感じだろう。
桜果さんに関しては確実に全て見抜いているんでしょうね。目敏いといいますか。彼女は敵に回したくないですね。
水無瀬さんは…………杏が居ないと、一匹狼から寂しがり屋な犬に変わるみたいです。『杏が……杏がっ』と譫言のように繰り返していました。百八十後半の図体の持ち主がしょんぼりするのは見ていてウザ――――い、いえ、情けなく思えてしまいます。
本当に杏は色んな方々に好かれますね…………ちょっと妬けてしまいます。
寝ている(意識がない)杏の傍にこっそり近付いて、そろーっと頬に人差し指を伸ばし指の腹で押す。
熱があるので皮膚が汗ばんでいますが、むにっという感触と滑らかな指当たりで…………こ、これは癒されます。
リラックス効果があるようです。凄いです。
指の腹で頬に渦巻きを描く。
…………あ、これはマズイですね。
指当たりは良いんですが、杏の顔が険しくなりました。危ない危ない…………
頬をつつくと、「んんっ……?」と反応がありますが、眉間にシワが寄るくらいで表情が崩れない。
睫毛も長いし、整った骨格――――本当に美少年だ。
「…………脱がせるなよ? 怪しい道に踏み込むな」
「ぬ、脱がせたりしませんっ///」
亜梨栖の発言に吃驚し、危うく杏に目潰しをするところでした。気付かれていたら、怒られるだけでは済まなくなりそうでしたっ。
亜梨栖……ボクはそんな破廉恥なことをするように見えていたのですかっ!?
亜梨栖の視線が呆れている。生温い感じが伝わってきます。
ふいっと杏から顔を背ける。うぅ、杏は悪くないのです。
杏の顔で遊ぶのは、杏と二人っきりのときにしましょう。
「『愛玩人間上等』『主従関係の入れ替わり』『受け・攻めなんて関係ない』とオマエらの背後に墨と筆を使って書き殴ってやりたいな。今のオマエらは端から見るとバカップルにしか見えないぞ」
「なっ!?」
呆れた口調の亜梨栖にボクは腹を立てる。
「必要以上にベタベタすると、行動が目立つ」
「女の子を口説いている亜梨栖に力説されたくないです」
「ぐっ」
「むむぅ」
お互いを見つめる。
時折対だからなのか、相容れないところがあって軽い口喧嘩をしてしまう。
以前に比べるとずいぶん対等に話せるようにはなりましたが、思考が違うと意見の合致は難しいようです。
「そうだ、もしかしたら殴ったら起きないか? どれ、一発試して」「駄目なのですっ!!」
亜梨栖が拳を強く握り締めたので、ボクは慌てて止める。
きょ、杏にこれ以上怪我をさせるのは駄目なのです。
全く、彼女は変に短気といいますか…………ぶっきらぼうで意地っ張りの性格は、なんとかならないものでしょうか?
「なんだか今オマエから不穏な気配を感じたんだが…………違うよな?(ニッコリ)」
長く一緒に居る相手に性格が似ることがあるらしいですが、ええと……似なくていい変なところばかり似るのですね。
本元が本元なだけに、亜梨栖だと怖さに迫力が欠けます。
「あはっ、貴女も大分桜果さんに毒されてきましたね。ふぅ」
「氷月杏の溜め息癖が付いたオマエに言われたくない」
「あ、やっぱり癖になっていましたか?」
あははと苦笑する。
心に溜まるモヤモヤを吐き出すのには溜め息が楽なのですが。
僕も妙な所は杏に似てきましたね。
…………もし、生まれたのが杏と同じ年だったら、近くに住んでいたら……………別な出会いがあったのでしょうか。
幼いころから一緒に遊んだり、出来たのでしょうか。
モワーン
空想する僕を見た亜梨栖が眉間にシワを寄せ、そして重々しく口を開く。
「やはりコイツは消しとくべきじゃないのか?」
「っ!? 杏は違います。ボクたちに害は与えません」
亜梨栖の口から紬がれる言葉は物騒で、ボクの意思を揺らがせた。
杏を消す意味はない。
なのに亜梨栖は杏を消そうとしている。
杏が居なくなることを望んでいる。
そうでなければこんなにも――――憎らしげに杏を眺めるはずはない。
なんで…………
ふと桜果さんの言葉を思い出す。
彼女には『杏の傍に居てあげて』と言われたけれど、然り気無く【亜梨栖の魔の手から、ボクが杏を護ること】を見越していたんじゃないだろうか。
隣に居る亜梨栖の苛々が伝わってくる。
机があったら、机を指でカツカツ叩いていただろう。
不機嫌なだけではない――――気配に殺意が混じっているのだ。
痺れを切らした亜梨栖がボクに問い掛けた。
「何故お前は氷月杏にそこまで信用を置ける。そもそも立場が違うだろ?」
「それは分かっています。果鈴様から聞きましたから…………【光と闇の住人】と【夜の支配者】は相容れてはいけない存在なんだ……と」
後半につれ、声が小さくなた。
彼にはもう、隠しごとはしたくなかったから。
閑崎さんの件の後、光と闇の準マスターに当たる果鈴様と拓海様は、【時の狭間の閲覧席】で【夜の支配者】について調べたらしい。
そして、今まで誰も知らなかったことが分かってしまったのだ。
まず、世界は創造主が造り出したものだと想定する。
これを信じ込まない限り、生命の存在を否定することになるからです。
世界は丸い水晶で出来ていると脳内にイメージする。
地球儀で例えると分かりやすいかもしれません。
その表面に十字に線を入れる――――十字の線が交わった所が今、ボクたちが居る【現実世界】
赤道と本初子午線の交わった所だと思い込んでください。
十字の横線から上が光の世界。下が闇の世界です。
北半球が光の世界。南半球が闇の世界。
分かりやすく言うと真ん中をくり貫いた――――バームクーヘンを半分に切ったものが光と闇の世界の形です。
此処まではボクが【光の住民】になってから、果鈴様に聞かされていたこと。
しかし――――過去の手記には違う内容で書かれていた。
水平線の境から上が【昼の世界】
水平線の境から下が【夜の世界】と記されていたのだ。
【光の世界】=【昼の世界】
【闇の世界】=【夜の世界】…………?
【昼の世界】と【夜の世界】の存在と意味を知るために更に別の手記を調べて、過去にあった出来事を知りました。
かつて――――【昼の世界】と【夜の世界】が存在し、二人の支配者が居ました。
創造主の次に力を持ち、【光の支配者】は【陽】の力を・【夜の支配者】は【陰】の力を操ることが出来たのです。
その二人が作り出した人々が、後に【人間】として【現実世界】に住むことになったのです。
だけど――――大きな何かが起きて【昼の世界】は消失し、【夜の世界】は異空間に飛ばされたらしい。
其れを機に思った【人間】の中で特殊な力を持つ人間が後に【光と闇の住民】となり、世界を統べるようになりました。
人間に気付かれないように、ひっそりと其れを担っていたのです。
【光と闇の住民】になるものはボクたちのように神を身に宿していたり、童話に出てくる妖怪の末裔が多いですし、対には――――親族や相反する力を持つもの同士がなります。
ボクの対は――――亜梨栖だけど、数ヵ月は杏が亜梨栖の代行を務めました。
だが――――力を持ちながらも世界の為に動かない【住民】たちに痺れを切らした創造主は、時折【夜の支配者】を生み出し【住民】を上回る力で【住民】に喝を入れたのです。
其れが起こるのは何時でも世界が滅びに近づくときのようです。
今回杏が【夜の支配者】の次期当主に選ばれたのは――――恐らく創造主が彼をボクたちの上に立たせると言う意味で。
【闇の災厄】で生き残った(【光と闇の住民】は一度死んでるので、この言い方は語弊があるかも) 住民たちは、其れが故に彼に一目置いている――――彼次第で世界が滅ぶ可能性が出ているので、彼が役目を放棄しないように静観しています。
杏本人は特に気にしていませんし、閑崎さんの件で話していたときも「まぁ、なんとかなるんじゃない? 今回も住民が協力してくれれば……だけどね」と苦笑いしていました。
変なところが鋭いのは相変わらずなので、杏に少し恐怖を感じたくらいです。
でも、住民たちからすれば彼が危険因子なのは変わらないですし。
『「何があっても絶対氷月杏だけは死なせるな」か…………其れは自分の身を滅ぼすことになっても彼を守れと言う意味なんですよね…………痛いのだけは嫌です…………』
果鈴様から言われた内容が心に突き刺さる。
ボクの表情が曇ったからか、勝ち気な顔でボクに言葉を叩き付ける亜梨栖。
「はっ。分かってるなら、これ以上氷月杏に関わるなっ!!」
…………そんなに言われなくてもそんなの分かっています。
傷付くのには慣れていました。
痛いことも苦しいこともボクは平気でした。
痛みも感情も――――何もかも、感じないほどに遠くに追いやって。
自分にも他人にも関心を持たないようにしていました。
だけど――――其れがとても辛いものだと気付かせてくれたのは杏でした。
閑崎さんが襲ってきたときに、杏は逸早く自分の身を守るよりも先にボクに警告しました。
他人のことなんか考えることが出来ないボクは、杏を尊敬しています。
『自分よりも誰か』を常に考えて生きることが何れだけ自分の意思を封じ込めるのかをボクは知っていたから。
彼のようになりたいと思った。
亜梨栖に果鈴様に拓海様に劣等感を抱いているボクがまず始めに目指すのは彼だと認識したのです。
――――だからこそ、亜梨栖が彼に向けている【私情の怒り・妬み】が許せないのでした。
大切な彼女の言葉にさえ、考えを裏返すようになったのです。
ボクは、ずっと気になっていたことを亜梨栖に問い掛ける。
「なら…………じゃあ、亜梨栖はどうなのです? ボクからしてみたら、【闇の災厄】に深く関わっている…………一番疑わしい本宮さんと一緒に居るんじゃないですか? 彼女にベッタリでいる癖に…………杏を悪く言わないでくださいっ!!」
「違っ……ワタシがオウカと一緒に居るのは…………」
其れがどんなに亜梨栖にとって禁句なのは分かっていた。
珍しく狼狽える亜梨栖が…………弱く見えた。
彼女を小さく感じた。
追い詰めている立場がボクなのは珍しい。
彼女の物言いはボクの過去を思い出させる。
「ボクが何を考えているかさえも分からないのに、疑いだけで杏を抹消しようとしないでっ!!」
「っ」
追い討ちをかけるように言葉の弾丸を撃ち込んだ。
言葉は時には刃や弾丸に変わり、相手を傷つける。
一度口にしたら二度と戻すことが出来ない。
だからこそ、使うときは気を付けなければいけないのだ…………と。
幼い頃に誰かに言われたことを思い出す。
誰に言われたのでしたっけ…………?
顔すら思い出せないのに。
亜梨栖の顔が青ざめている中、ボクはそんなことを考えていた。
「こ…………」
「?」
亜梨栖が口を開く。
ゆっくりと…………言葉を紬始めた。
「…………コイツのせいで世界がまた滅んだら、お前はどう責任を取るつもりなんだ?」
嗚呼、やっぱり貴女はボクの一番欲しい言葉を投げ掛けてはくれないのですね。
「責任なんてとりませんよ。抑取る必要がない」
「なっ!?」
亜梨栖、貴女は想像がつかないのですか。
世界を創った創造主が自ら世界を棄てるのなら、ボクたちは滅ぶだけだ。
宇宙までも造り出した相手に歯向かうこと自体が無意味な行動だ。
…………杏自ら人間を襲うようになったのなら、ボクは自分の力を最大限に使ってでも、彼を止める――――もしかしたらボクは何時か彼に手をかけるかもしれない。
「逆に貴女が杏を抹消して、何かが起きたのなら貴女が全ての責任を取るんですか? 流石に無駄な犠牲は出しませんよね?」
皮肉だな、ボクは。
どんな言葉を投げ掛ければ、彼女が傷付くのかは分かるのに。
あの出来事も何もかも―――――全て、彼女が悪いわけではないのに。
「ワタシはワタシのすべきことをする」
凛々しく延べる亜梨栖。
格好よく思えた。だからなのか僕の存在が醜く感じられる。
本当に……貴女は自分の考えを突き進めないと気が済まないんですね…………偽善者。
「じゃ、勝手にすればいいじゃないですか。対なのに……いや、対だからこそ相容れないんですね」
其れは既に分かっていたことだったのです。
産まれた場所・人物は同じだった。
只、そのあとの環境が違うだけで。
周りの態度が・扱われ方が違うだけで。
ここまでも差が出てしまった。
ずっと前から全て気付いていたのです。
近づけていたと思っていた。
対等に並べていると感じていた。
でも、其れは。
ボクが自分自身の存在をこれ以上無くさないための…………マヤカシで。
彼女の根本は昔から変わって居なかった。
凛々しく強く………少し臆病な偽善者。
【真白】は彼女に何を与えたのだろう。
【黒主】はボクの何を奪ったのだろう。
正反対だけど対で。
対だから正反対で…………?
ボクは亜梨栖に背中を向ける。
今は拒絶したかった。
「アヤト、其れでもワタシは――――っ!?」
亜梨栖がボクを呼ぶ。
ボクは耳を塞いだ。
彼女はボクを見てくれない。
其れはボクが彼女に心の底を見せないから。
だって、ボクの過去を。
ボクの全てを見せてしまったら。
強がりだけど、優しくて弱い彼女は狂ってしまう。
絶対避けたかった。
大切だから。唯一無二の存在だから――――
「『やっ、アヤッ!! 助け――――』」
キィン
『え?』
不意に脳内に彼女の声が聞こえた。
聞こえるのは力を使ったからだとすぐに理解する。
光と闇の住民は、通信手段でテレパシーが使えるから。
伝えるだけなら無理矢理でも・力ずくで伝えればいいのに。
だけど、亜梨栖の声は焦りと恐怖が混じりあっていたた…………流石に違和感があった。
何故今、態々力を使って――――?
『――――え?』
気になって耳から手を離し振り返る。
「亜梨栖…………?」
フッと、気配が無くなった。
さっきまで居た筈のところに――――彼女が居なかった。
何も音はしなかった。
まるで見えない何かが忍び寄り、彼女の存在を飲み込んだようで――――
「や…………嘘……ですよね?」
何処です? もしかしてかくれんぼですか?
亜梨栖?
何処…………?
不安ばかりが胸に広がる。
それとは裏腹に、先刻まで抱いていた亜梨栖への蔑みが消えていた。
「まさか…………ボクが?」
【黒の破滅の子】
過去の名が思考を覆い隠す。
無意識にボクが…………黒主が、亜梨栖を敵だと見なした?
ボクの力のせい……? なのですか?
ハラリと何かが足下に落ちてきて、思考が移り変わる。
風に吹かれて宙を舞っていたのだろう。
細い布切れ。
塵だと思い拾い上げ――――思考が停止する。
紅い…………古びたリボン。
意識が過去を呼び起こす。
光の住民になって直ぐの頃。
現実世界に溢れた闇を刈るために果鈴様と一緒に仕事をした帰り、ふと雑貨屋さんの前で果鈴様が立ち止まってボクを見た。
今は力を使うときだけですが、未だ能力をコントロール出来なかったボクは現実世界でも長髪でいた。
仕事の間に動く度に、髪がバサバサして見苦しいからと結ぶ紐を買うことになったのですが、外見が中性的なためか、黒髪に映えるからと二色のリボンを勧められたのだ。
店員さんは苺のような色合いの紅いリボンと、ボクの瞳と同じ蒼いリボンを見せてくれました。
ボク自身は、髪を結ぶのには慣れていなかったし物に執着がなかったのでどうでもよかったんです。
ですが紅いリボンを見たときに…………ふと、亜梨栖の白髪に似合いそうだなと思ったのです。
果鈴様はボクの心情を察したのか、どちらも購入しました。
更に亜梨栖に会ったときに、渡せるように計らってくださった。
お互いをよく知らないボクたちにとって其れは――――絆を繋いだ時間でした。
このリボンはボクが初めて――――彼女に与えたものだった。
再開した彼女は、桜果さんから貰ったらしい別のリボンを付けていたから。
ボクがあげたリボンは、こんなにもぼろぼろになってしまったから。
もう棄ててしまったのかと思っていた。
『ずっと持っていて下さったんですね…………それなのにボクは――――』
一体何をしていたのだろう。
彼女を責めるつもりなんてなかった。
苦しめるつもりもなかった。
只、終わりのない今を共に歩めるのなら…………其れだけで充分だったのに。
贅沢を覚えてしまった。
我儘になってしまった。
「亜梨栖……っ」
大切な――――絶対護らなきゃいけないものを。
かけがえのない存在だったのに。
受け入れなければならなかったのに。
ボクの――――【雪代綾兎という存在】のせいで。
唯一無二の【大切な存在】は。
「『亜梨栖―――――――っ!!!』」
ボクのせいで無くしてしまった。
ぎゅっと握り締めたリボンの端に紡錘がれたメッセージ。
外国語で小さく…………リボンを買ったお店のサービスで刺繍してもらった。
其れはボクの気持ち。
リボンと共に伝えた、大切な言葉。
今になって思い出す。
彼のとき決めたのに…………誓ったのに。
ボクは彼女を裏切ってしまったのだ――――