【導く二つの廻る螺旋】4
白い空間。
白い服。白装束。
白磁の肌。白髪。
真白に染まる世界。
唯一白以外の色は薄紅色の頬・唇。
苺のような赤い瞳。
部屋の柱の焦げ茶色。
うろ覚えだけど…………確か其れだけだったと思う。
わたしはそんな世界の中でずっと生きていた。
わたしに宿るのは過去や未来を視ることが出来る上、人間以外のモノも視える特殊な力。
だからこそ、【本当ならば】自分の持つ力で気付かなければならなかった。
いや……もしかしたら目を背けたかったのしれない。
夢だと思い込んでいたかったのかもしれない。
今となっては何故『彼のときにわたしはああしなかったのだろう』という後悔ばかりが募るばかりで…………
『わたしが直接関わったわけではなかったけれど』
そう…………誰に聞かれたわけではないのに、言い訳ばかりが浮かぶ。
大切な――――絶対護らなきゃいけないものを。
かけがえのない存在だったのに。
壊してはいけなかったのに。
わたしの――――【わたしという存在】のせいで。
唯一無二の【大切な存在】は。
音もなく散り落ちる雪のように――――儚く…………消えていったんだ。
第四章〜現在【いま】を灌ぐ雪の雫〜
七月某日。朝の氷月家。
氷月杏
此の家(マンションやアパートの様な集合住宅を、家と例えて良いのかはよく分からないけど説明が面倒な事になるのでこう例える)には現在彼しか住人は居ない。
親が勝手に決めたマンションの一室は、購入者の意見を取り入れているからか、この部屋はシンプルな造りになっている。
正直、高層(と呼ぶには少し低め)マンションの十六階に、自称高所恐怖症の彼が住むには多大な問題がある…………が、何故か自宅の高さは平気らしい。
そんな彼は自室で――――時々悪夢に魘されながらも、ぐっすり眠っていた。
「寒い……」
さっきから足元と首筋から、外が冷えている事を感じる。
微睡みの世界から引き上げられる様に、意識が少しずつ起こされていく。
枕元の携帯電話を手繰り寄せ、時間を確認すると…………起床時間には一時間程早かった。
『もう少し惰眠を貪ろう…………』と僕はタオルケットと掛け布団を引き寄せ、身体を抱き締めるように――――まるで胎児の様に身体を丸め…………違和感に気付いた。
『? …………寒い?』
部屋中に冷気が満ちている感覚。
冷気が内部に入り、身体が冷える感覚に堪えながらベットから身体を起こし…………身体を震わす。
思わず『はぁ……』っと吐き出した息が……まるで湯気の様に白く見えた――――って、え?
「ちょっ、えっ!?」
絶対有り得ない筈の違和感によって半分微睡んでいた意識が覚醒した。
何かがおかしい。
だって今は七月で…………季節は夏の筈だ。
息が白く見える。
異常な程の寒気。
「…………まさか冷房が壊れて……?」
寒いのは、もしかして冷暖房の設定温度が低くなっているからか、壊れたのかもしれない。
タオルケットと掛け布団被り布団のお化けみたいな状態で、冷えに堪えながら僕はベットから降り――――扉の横にある冷暖房のパネルで設定温度を確認する……ん?
ふと窓側の、カーテンの隙間から射し込む光が何時もよりも明るく――――眩しく感じた。
思考に幾つもの疑問を浮かべながら、冷暖房のパネルで設定温度を確認する。
僕の家は住んでる場所が高い(位置・家賃的に)からか、冷暖房が完備になっている。
よくオフィスや学校等の公共施設で使われている――――所謂業務用の物だ(…………もしかしたら家庭用かも)
其れとは別に床暖房も完備なので、室内で過ごすには不便を感じた事はない。
空気洗浄機も有るし…………ファンヒーターやストーブとは無縁だよなぁ…………納戸に冷暖房が壊れた時用に買ってあるけれど、出した事は殆んど無いし…………
まぁ、コンセント差すよりは楽だとはいえど――――一々設定パネルの所まで行かなきゃならないけれど。
「ん……と。特に問題はなさそうだな」
スイッチを操作すると普通に電源は入る。
ドライ機能なども表示はちゃんと出るし。
そういえば昨夜は久々に涼しい夜だったので、冷暖房のスイッチは入れなかったんだっけ。
スイッチを入れた序でに一緒に表示された室内温度を見て…………僕は固まった。
「現在温度『二℃』ってどういうこと??」
取り敢えず設定温度を二十℃にして、床暖も入れる。
こっちも普通にスイッチが入った。
ブォン
機械が作動した音が響く。
そうそう電化製品って、もう少し無音にならないのかな……作動音って何か好きになれないんだよね。
此の音に違和感を感じたら故障だって気付くんだろうけれど…………少しは改良の余地があると思うんだ。
理系は興味ないから僕はよく分からないし、理系の道に進むわけではないけれど、現代科学が進歩しているんだから…………ね。
現代っ子って少しでも不便を感じてしまうよね。
『贅沢ばっかり言いやがって』とかいうツッコミは敢えてスルーする。
逆に、車のエンジンの起動音は以前の方が良かった。
静かだから近所迷惑になったり騒音で訴えられる心配は無いんだけど、歩行者が背後から来た車に気付かない事が多いし。
誰かと話していたり音楽を聴いてたりすると全然分からないし。
普段から歩道がある所はほぼ安心して歩けるけど、大通りで目の前でスピードを落としきらないまま路上駐車しようとする車を見たりすると…………油断はできない。
ガードレールが付いてるからって車が突っ込んできたら怪我するし、誘拐なんかに使われたら絶対気付かないよ…………
「さて…………と」
取り敢えずエンジン起動音については置いといて……
暖房は付けて暫くは寒いけれど、少しはマシか。
「――――で、何となく何で寒いかは予測はつくんだけど…………」
状況を推理小説に出てくる探偵の様に、脳内で解析・纏めてみる。
…………
……………………
……………………zzz…………すぅ…………ん……はっ!?
え、えーと……うん
ど、どう考えても嫌な予感しかしない(寝てた事はスルー)
そもそも此の時期に其れは有り得ない(寝てた事は忘れることにした。一応言い訳――――ごほん、て、訂正しておく。何でかは検索しないでっ。本能的なモノでしないと落ち着かないし、べ、別に恥ずかしいからではなくて……ないんだからねっ!! ……なんか語尾がツンデレになった。スルー)
だけど――――
ぶっちゃけ四月頃から、とある人物達によって非日常な異常現象に、散々捲き込まれてきたんだ。
見た目が美少女な同性に唇を奪われ、異世界人への肉体変換をされ(此の件に関しては、僕が代理をしていた人物が現れた為無効化したけど)、羽毛入りの枕を破かれ、巨大な槍に貫かれ其れの影響か僕に眠っていた力が目覚めて、【夜の支配者】の次期当主になって【足蹴の貴公子】が再来…………嗚呼、色々ありすぎて何がなんだか…………
普通の日常が恋しいくらいに、心も変わっていってる今としては…………目の前の現実を受け入れるのは容易い。
『……よし』
此れ迄考えるにあたる時間が何れくらい掛かったかはスルーして、恐る恐るカーテンを開き…………窓を明け――――
「…………はぁ」
一面の見事な雪景色に僕は絶句し…………溜め息を付いた。
『やっぱり未だ寝惚けてる?』
雪景色を眺めながら、自分の頬を引っ張る…………うぅ、痛い。
夢じゃないし、窓から入り込む風が滅茶苦茶冷たい。
ガラッ カチャッ
窓を閉めて鍵をかけ、視線を逸らすように室内へと向ける。
現在の季節。七月。
其れも中旬になるというのに。
暦上、夏だというのに。
異常気象と言える域を超した状況に――――呆れを通り越して、諦めを感じた。
取り敢えず今することは。
「…………えーと、何処に仕舞ったんだっけ……」
衣替えでクローゼットの奥に仕舞い込んだ冬服とコートを探し出すことだった。
♪
ガタンゴトン ガタタンッ
通学時の電車の中で角の席を死守し、背もたれと端の壁に身体を預けながら考える。
冬服。マフラー。コート。雪用の靴。
久しぶりに袖を通したからか、身体が服に擦れて何だかムズムズする。
クリーニングに出したブラウスのパリッと糊が効いてる辺りは着心地が良いのだけど――――何か落ち着かない。
こう、引き締まる感はあるんだけど……サラリーマンみたいにビジネス関係の仕事をしているわけではないし、学生なんだから少しはだらけたい――――校則に違反しない程度で。
異常気象が収まったらまたクリーニングに出さないとなぁ…………ん?
ふと電車の中を見渡すと、半数が僕と似たような格好。
半数は真夏スタイルだった…………寒くないのだろうか。
車内は冷暖房の中間温度(大体二十〜二十三℃位)になってるみたいだから大丈夫……?
そのわりには、窓には雪の結晶がついている。
冷気と社内の温度で結露が出来ているからか、外の景色があまり見えない位曇っていた。
あ、向かいの席に座っている女子高生が窓ガラスに指で何か描いてる。
『一寸恥ずかしいのなら、そんな子供染みた事をしなければいいのに』と思ったけれど、彼女が降りた後に残されたのは可愛らしい【にっこりマーク】で。なんだか微笑ましいなぁ…………
『はぁっ』と息を吐き、目的の駅で降りる。
住宅街に入る数分間を歩いただけで身体が芯から冷えた。
朝の天気予報によると、此の雪は僕が住んでる風見町と神月町にのみ降ったらしい。
十センチ位積もった雪は、冬に降る雪よりも水分が少ないのかふわふわのサラサラだ。
此れがよくにいうパウダースノー。
実は今も少しだけ降り続けている。
まるで空から小さい羽根が降り注いでいるみたいだ。
降雪の勢いが弱まっている為傘は要らない。
通学路の住宅街も見事に真っ白に染まっていた。
国の僅かな場所でのみ降る季節外れの雪。
何処か幻想的で…………まるで物語の世界に入ったようで――――
『そういえば以前睦月に押し付けられたゲームでこんな光景があったなぁ』と思い出す。
此の異常気象も、何時かは歴史の一部に刻まれる。
そして徐々に忘れられて行くのだろう。
今までだってそうだった。
国一番に高い山が最後に噴火したのが何時かなんて知らない人が多いように(実際僕も分からないし)
何時何処で何が起こるか想像が付かないのと同じ様に。
僕達は日々それらを日常として捉え・生きてゆく。
だけど――――
「おっはよ〜♪ 杏」
ガバッ 「わっ」
「天宮さん、急に飛び付くと危ないわよ?」
むぎゅ
「!? も、本宮さんっ。そう言いながら背後から抱きつかないでーっ!!?」
「ちょっ!? ふ、二人とも離れてっ。雪で滑るからっ! 流石に僕でも三人分の身体は支えられないからっ!!」
なんというか……この日常だけは、忘れる事は無さそうだけどね…………ぐぐぐっ、今にも雪に顔面スライディングしそうなんだけど。おい。
「…………仕方無いわね。天宮さん、わたしに犯されたくなかったらキョウから離れなさい」
ばっ
転ばないように尚且勢いよく離れる睦月。
オタの割りには身体能力が高いと思う。
そして本宮桜果――――僕の従姉にあたる彼女が転入してきてから、毎朝の睦月からのハグ攻撃に桜果も加わるようになった。
更に何時の間にか、桜果が睦月を狙っている――――らしい。
僕と離れて暮らしていた間に、潜在能力――――変態が覚醒したみたいだ。
「ううぅ……杏、本宮さんエロいの…………生粋の変態さんだよ……」
僕から離れた後、僕の制服の袖を引っ張りながら涙目になる睦月。
何時も強気な睦月が弱々しい――――何だか守ってあげたくなるのは……よく分からないけど欲に言う【ギャップ萌】ってこの事かもしれない。
しかし睦月だって同性愛を好み、あまつさえ僕に勧めてくる限り、かなりの変態だと思うんだけど…………勿論、彼女を傷付けない為に言わないけど。
乱れた息を整えながら僕は口を開く。
「……桜果、睦月に何したの。何時も『BL・BL〜♪』って脳内から駄々漏れているのに、今日は違うんだけど」
薔薇と百合が咲き誇る脳内お花畑の住民が、そこそこ普通に見えるんだけど。
「杏の中の私のイメージ酷くないっ!?」
隣で睦月が喚いてる。話が進まなくなるので無視。
「えと……多分、昨日の【天宮睦月の暴走】以降に保健室に連れていった事が原因だと思うんだけど」
「【凉宮ハ○ヒ】っぽいネーミングが杏の口から出るなんて…………って、暴走したの私だけじゃないし、水無瀬もだし!!」
「睦月。五月蝿い」
「む――っ!!」
おぉ、今日はツッコミが冴えてる…………ネーミングセンスについては自分でもぶっちゃけイタイって理解してるのでスルー。
最近ぽけぽけメンバーばっかりで、僕がツッコミに回らざるをえないから、気分転換になって助かるよ。
隣でむくれている睦月を微笑ましげに眺めていると、割り込むように桜果が口を開いた。
「別にキョウが思ってるような事はしてないわ……ただ」
「ただ?」
あえて少しだけ間を開ける桜果。
嫌な予感しかしない。
「自分と天宮さんのシャツの釦を外して天宮さんを抱き締めて一緒に寝たわね。ね、大した事ではない――――」
「「あるよっ!!」」
睦月とハモりながら否定する。
クロロホルムを使って拐った辺りから捲き込まれたくない一心で無視を決め込んでいたけれど、其れはかなり問題があるんじゃ…………嗚呼、何だかえらいことを聞いてしまった。
「年頃の女の子の肌って手触りがいいのよ。天宮さんの胸は美乳だし。抱き心地は最高だし…………ああっ、食べたくなっちゃうわ〜(ぽわん)」
「「…………」」
最早手遅れだった。
指をくわえて恍惚な雰囲気を漂わせている途中まで同じ環境で育ったはずの従姉に背を向ける。
そっか……睦月って美乳なんだ。
隣に並ぶ睦月を見やる。
確かに外見は上クラスの一般女子高生に思える。
『脱いだら凄いんだから』とかいう言葉が似合いそう。
いや、別に脱いだところを見たいわけでは無いけど。
「睦月。変態のおねーさんはほっといて早く行こうか」
「そうだね。本宮さん…………」
睦月が桜果に対して哀れな視線を向けた。よく考えたら睦月が被害者になるのって、僕が知る限りでは初めてな気がする。
「二人とも待ちなさい。わたしを置いていくなんて…………大変な事になるわよ?」
「別に構わないし」
「もう、どうでもいいよ…………」
桜果に振り回されつつある僕達は、あまり関わらないように歩き出した。
ん? なんだ? 後ろからガサゴソ音が――――
「そう…………今、わたしの元には【去年の文化祭でキョウが女装した】写真と【全身がはだけた天宮さん】の写真のデータがあるんだけど…………別にバラ撒いても問題ないわね」
「「っ!?」」
ぴたりと足を止め、振り返る。
何処から仕入れたんだ、其の…………人生において最大の恥!!
「ふふふっ。さぁ…………どうしようかしら?」
ニコリというよりはニヤリという不敵な笑み。
此の変態は、確実に僕達を自分のモノにするつもりだっ!!
「キョウ、『此の変態』って私の事かしら?(にっこり)」
「うっ」
「…………そう、確かにわたしは可愛い子が大好きな変態だけれど、可愛い子を侍らせているキョウに言われたくないわ」
変態認めたっ!?
「…………唯一傍に居る一匹は隙がないから此方で弄りたくなるのよ。アレに何時の間にか手込めにされるのは癪に触るわ」
「?」
後から付け足すように小さく呟かれた内容は、僕には理解出来なかった。
「何でもない。独り言よ。今は登校中だし、詳しくは教室に行ってからでもするわね――――あら?」
桜果が視線を向けた先、見慣れた彼等が居た。
「亜梨栖〜。待つのです〜」
「ははっ。だらしないぞアヤト」
…………んー、なんというか砂浜の上を『待ってぇ〜、あっははははっ♪』とか言いながら走り回っているバカップルっぽい空気が駄々漏れなんですけど。
「はぁ……はぁ……ゆ、雪道は慣れないのです」
「し、仕方無いな…………ほら、手を貸せ。引いていってやる」
「あ、ありがとうです」
息を切らせた綾兎が、ツンデレの亜梨栖に手を差し出されて受け入れた。
亜梨栖が姉らしく見える…………立場は逆な気がするけどね。
「ははは…………ん? こらお前たち。何なんだその視線は」
「おっはよ〜♪ いや〜なんというか青春だね」
「おはよう。僕も睦月に同感」
二人に声をかける。さっきまでの僕達の状況が状況だけに、二人が微笑ましく見えるんだよ。
「おはよう二人とも…………何かキョウと天宮さんを弄っていたわたしが哀れに見える位のイチャイチャっぷりね。天宮さん、小説の次回作に二人を出してみたら?」
「うん、青春ものを書くときに使わせて貰うよ」
じっとりした視線で二人を見る桜果。
蛇に睨まれた蛙――――変態にターゲットにされた被害者のように、二人がビクッとしたのは見なかった事にする……いや、だって怖いし。
そして然り気無く桜果が睦月に二人を売った。
「……いや、待って……亜梨栖ちゃんを男性化させれば…………亜梨栖ちゃん×綾兎くんのカップリングが…………はっ、なら杏と水無瀬モデルの作品の番外編にすれば…………よし、バッチOKだよっ!!」
睦月の脳内お花畑が咲き乱れた…………睦月、男性化してまで妄想しなくても良いんじゃ…………
「杏、BLは私にとってバイブルなのっ!! 人生を華やかに彩る聖域なんだから!!!」
口から出していないのに、僕の考えた事が分かったらしい。
拳を抱き、口からほんのり涎を滴ながら熱く語る睦月が意外にも格好よく思えてしまった。
語ってる内容がBLで無ければ、尊敬に値するだろう…………残念だ。
抑女の子が口から涎を垂らすのはどうかと思うけど。
「そう…………良かったわね(微笑)」
「ありがとう本宮さん。いや、此れから桜果ちゃんって呼んで良いかな?」
「勿論よ天宮さん。…………わたしも睦月ちゃんって呼ぶわね。お礼は処女提供してくれればいいわ。優しくしてあ・げ・るっ」
「桜果ちゃん、其れだけは嫌だよ」
「あら? もっと激しい方が――――」
「違うの。私はBLのお花畑に住んでるけど、百合の花は望んでないから」
「残念……ね。肌と肌を重ねたらよりお互いが分かると思うのに…………(ちっ、なかなか思うようにはいかないわね……良いわ、機会は幾らでも有るもの……フフッ)」
「桜果ちゃーん…………()内だだ漏れだよ?」
会話の内容がツッコミ所有りすぎるし、睦月がマトモな意見で返してる。
「二人は何をやっているんだ?」
「…………ああ、落とし穴に引き込もうとしている変態おねーさんをBL少女が回避しているんだよ」
「流石です〜杏。凄く分かりやすいです」
そして如何に睦月が桜果に対して哀れに見ているかが分かる。
「はっ、くだらないな。ワタシにはどうでも良いことだ。それよりも…………」
鼻で笑い、ふと視線を違う場所に変える亜梨栖。
クラスメイトの女の子達が登校してきたようだ。
亜梨栖はキリッとした表情で、尚且柔らかく微笑みかけた。
「やあ、おはよう(微笑)」
「「お、おはよう亜梨栖さん」」
亜梨栖の表情を見た途端にクラスメイトの女の子達は顔を紅潮させ、今にもキャーキャー叫びそうな状態。
嗚呼――――亜梨栖の背後にキラキラ輝く星と花が見える気がする。
おにーさん…………いや、おにぃねーさん的な物を感じるよ。
所謂宝塚の男役の感覚。
女子校によくありそうな雰囲気が伝わってくる…………何と無くキラキラと百合の花で周りを彩れば良いんじゃないかと思います。
いや、僕にそんな趣味は無いのだけれど…………うん、あくまでイメージだからね(強調)
其れに…………なんというか一寸どうでもよくなってきた。
「何時から亜梨栖は女の子を口説くようになったのですか。弟として凄く恥ずかしいです」
『ムーッ』と不穏な視線を向ける綾兎。
確かに僕も従姉がレズ(確実にバイ)な為、気持ちはよく分かる。
睦月も脳内お花畑で男同士を絡ませるのが好きだし、…………同性に手を出して何が楽しんだか…………全く、僕の周りの女の子は残念な子達ばかりだ。
せめて綾兎位に純粋になってほしいものだ。
そうだよ、メンバーの女の子達と付き合うのなら、いっそ綾兎と付き合った方が――――
「? どうかしました? 杏」
きょとんとした顔で僕を見る綾兎が愛でたくなるくらい可愛く見えた。
小動物っぽいんだよなぁ〜。名前の通り兎っぽい。
綾兎は僕にとって癒し――――っ!?
「い、いや、何でもないよ(今何考えた僕っ!?)」
はぁっはぁっ…………っ
気が動転して、脳内が危なくなった。
い、息を整えて……と。
「キョウ、発情するなら場所を弁えなさい」
「違うから」
何て事を言い出すんだ、彼女は。
発情はしてないから、言い訳みたいだけど本当に発情はしてないからっ!!
「あら…………現に綾兎くんの事を見てハァハァ欲情してたじゃない。変態」
「杏……」
頼むから澄んだ目で見ないでほしい。何と言うか悼まれないから。
「あやとくん、こう言うときは、『此の変態野郎っ!!』って罵ってあげると悦ぶわよ?」
「そうなのですかっ!?」
「変態おねーさんに言われたくないし、綾兎も信じないの。そして僕から距離を取るな」
「チッ」「ならよかった〜です」
思い通りに行かなくて舌打ちする桜果と、ホッと胸を撫で下ろす綾兎。
「おい、氷月杏。ワタシの大事なアヤトに近付くなっ!!」
ガバッと綾兎に抱き付き、奪い取るように亜梨栖が割り込んできた。
どうやら女の子達にホスト仕様で挨拶するのは済んだようだ。
誰もが分かっている筈だろうけど。
「横取りしなくても、おにぃねーさんの所有物に手を出すつもりはないから」
キッパリ言ってやった。
「おにぃねーさん……亜梨栖おにぃねーさん? 似合ってるけれど長いですね」
「おい、其の言い方は止めろ。は、恥ずかしいじゃないかっ///」
なんだろう……亜梨栖ってツンデレというよりツンテレだと思う。
「大体、クラスの女子にああいう態度を取るのは、その方が扱いやすいからだ」
「酷っ!!」
「――――と、オウカが言ってたのでオウカとは違う【ボーイッシュなお姉さま】みたいな感じで接している。ワタシに似合うだろ?」
「あ、主犯は桜果なんだ。ドヤ顔で言わなくても充分伝わってるよ」
「亜梨栖おにぃねーさん…………(小声で)其のままの方が亜梨栖らしくて良いのに…………」
「? 何か言ったか?」
「いえ、気のせいじゃないですか?(にぱにぱ)」
小悪魔な笑みを浮かべる綾兎。
小声で言った事は、亜梨栖は気付かなくても僕には充分伝わっていた。
綾兎は亜梨栖が今のままで居て欲しいんだと思う。
急に姉の態度が変わったら、誰だって焦るもんね。
「えっ!? そんな…………杏はホモじゃなかったのっ!!?」
「睦月の妄想を現実にしないで下さい」
話に睦月までもが割り込んできた。
ツッコミに疲れたからか頭痛がする。
気候からなのか寒気もするし……雪からの放射冷却が半端無い。
僕はホモじゃないのに、どうして決めつけるのだろう。
「うそ…………水無瀬と良いところまで行ってたのに…………水無瀬の事が『大好きで、凄く大切な存在なんだ…………』ってベッドの中で顔を紅潮させながら耳許で囁いていたじゃないっ!!」
「確かに水無瀬は大切な友人で幼馴染みだけど、愛した記憶はない。そんなの気持ちは抱かないし気持ち悪いじゃないか」
大声でBLを語らないでほしい。傍に居るだけで何だか恥ずかしい。
ガサッと校庭の茂みから音がした。
野良猫か何かが迷い込んできたのかな――――え
「そ、そんな…………杏の馬鹿野郎っ!!」
「何処から現れた、水無瀬」
てか、其処に居たんだ…………
「酷い………です。だからボクに手を出したのですかっ!?」
「僕にキスをせがんだ本人が被害者ぶらないで」
綾兎、何故今になって睦月の居る前で其れを言う。
「えっ、それ私に詳しく聞かせてくれないっ!?」
「睦月…………君は何でもいいの?」
やっぱり食いついてきたか、此の変態娘。
「BLは正義♪」
「一気に上機嫌になったね…………残念な脳内記憶抹消していい?」
満面の笑みで言うな。男だったら一発足蹴りを入れてるところだ。
「仕方無いわね…………『こうして、今日も平和にキョウを巡る昼ドラ的な愛憎劇が始まるのでした。めでたしめでたし。』っと」
「いい感じに纏めようとしてるけれど、そんなに僕を弄りたいの桜果」
「そうだけど、何か問題あるかしら?(黒微笑)」
「「「「「…………………………」」」」」
はぁ…………やっと静かになった。
桜果の笑みが怖いけれど、彼女は纏まらないやり取りに決断を決めるのが昔から得意だ。
…………うん、やり方はスッゴク怖いし、収まらなかった場合は地獄を見る事になるからあんまり好きじゃ無いんだけど。
違法紛いの事をされると大変だから…………ね。
其れよりも疲れた。寝たい。机に突っ伏して寝ようかな…………?
「さて、そろそろ下駄箱に行こうかな」
「ちっ」
沈黙を破ったからなのか従姉が舌打ちします。怖いです。
「ほら、水無瀬もへこたれてないで行くよ。流石に行きじゃ部活中止だったんでしょ?」
「お前のせいでへこたれてたんだが…………いや、雪の中で普通にサッカーしたぞ。フィールド変化での練習は大切だしな。寒かったけど」
「…………水無瀬の馬鹿。半袖のユニフォームでやるなんて凍え死ぬよ? ほら、僕のマフラー使っていいから」
其の姿を見ているだけで気分が悪くなる。
寒いけど、校舎内は暖かいから少しなら貸せる。
スポーツ馬鹿の筋肉馬鹿はどうしようもならないのか。
「……悪いな。サンキュ」
ガタガタ震えながらも作り笑いを浮かべる水無瀬。全く、寒いのを我慢しているんなら早く校舎内に入れ。
「死になさい水無瀬」
「なっ!? 変態桜果に言われたく――――」
「殺るわよ?(ニコリ)」
桜果の手には何時の間にか――――最近恐怖対象になったカッターナイフが握られていた。
「何でだよ。意味分からねー」
うん、僕も其のやり取りが理解できない。
「おつむは相変わらず幼児以下なのね…………だから綾兎くんに取られるのよ」
「っ」
二人の会話の意味が理解出来ない。
何故水無瀬は傷ついた顔をするのだろう。
「お二人さん、僕は君達の所有物じゃないから」
「そうですよ。杏はボクのモノなんですから」
「「…………へぇ?」」
あ、何と無く理由が分かった。
僕を綾兎に取られたから二人ともヤキモチを焼いてるんだ。
…………小さな子供じゃないんだから、こんな事で争うなよ。
「氷月杏…………一体どういうことだ」
亜梨栖の声が冷たい。
「はいはーいっ。私、その件について詳しく知りたいよ。そんでもってネタにしたいです」
綾兎の爆弾発言で、亜梨栖から恨みを買った。
睦月は僕と綾兎のBLフラグを追求したいらしい。
もう、自分自身に諦めと哀れさを感じるよ。
さてと、どう締めればいいのか。
…………
………………………ん、よし
「決定。みんな鬱陶しいから放置して教室に行く事にするよ」
「「「「「(待て) (待ちなさい) (ちょっ!? 待ってよー) (待ってください〜) (置いてくな。お前ら)」」」」」
スタスタと歩き始めると、皆して慌てて追いかけてくる。
其の光景が何だか可笑しくて。
季節外れの雪の世界。
そんなの日々の非日常では他愛ないものだ。
「杏〜。待ってくださ――ひゃうっ!?」
「綾兎っ!?」
一番に僕の元へ駆け寄って来たが、足許の雪で転びかける。
咄嗟に手を伸ばし、綾兎の身体を支え――――
キィン
《白の世界…………白い花》
『え』
綾兎の身体を抱き締め受け止めた途端、脳内に声が響いた。
知っているような…………誰かに似た声。
《血の花がよく似合う…………終焉の世界》
『誰……?』
「うぅ、ありがとうございます。杏。きょう…………?」
支えた綾兎が僕の様子に気付いたのか、不思議そうな顔をする。
だけど、僕は彼の瞳の中に映る僕を――――僕の像に被さるように映る誰かから、目が離せなかった。
《そろそろ限界……? また廻るのか……?》
綾兎の瞳に映る誰かが口を開く度に、脳内では声が響き渡る。
其れは反響【エコー】し、段々大きくなっていく。
まるで僕の意識を飲み込む悪夢のように――――
「杏、さっきから黙ってどうしたんですか? 顔色が良くないのです。…………はっ!? も、もしかしてボクを支えるときに身体の何処かを痛めましたっ!?」
流石に反応しないで居たから、心配になったのだろう。
声を掛けられたけれど、反応する気力をごっそり奪われていたからか、他にも原因があるからなのか…………僕はその場から動けなかった。
「…………きょう?」
不安が漂う顔をする綾兎の瞳が揺らぐ。
瞳に映る誰かの表情が歪む。
頬を伝う涙。雫。
瞳に映る人影の――――そんな細かい所なんて普通分かる筈がない。
なのに見える。
口が動く。
《紛い物が生きてるから世界は崩れる》
《緋桜【ひおう】が咲く前に、消さなければ》
『緋桜……緋皇……?』
聞こえた言葉。漢字までもが理解できる。
緋皇は亜梨栖の名字。
双子なのに綾兎とは違う別の姓。
「氷月杏、一体どうしたんだ?」
「緋桜……」
「っ!?」「お前、何故…………っ!?」
「終焉の……白い花」
綾兎に釣られるように僕の元に来た亜梨栖を視界に捉えた途端、言葉が勝手に出てきた。
綾兎達の顔が驚愕を写し出す。
グラッ
あ……れ? なんだろう…………急に視界が歪んで頭がグラグラしてきた。
朝から騒ぎすぎたからかな……? なんか身体も力が入らなくなってきた。
視界が霞む。目が開けられなくなる。
「おい、天宮たち。氷月杏の様子が変だっ!!」
「え、杏。どしたの、顔赤い…………っ!? お、おでこ凄い熱いよっ!!?」
「キョウが体調を崩すなんて…………ちっ、異常気象のせいね」
「舌打ちするなよ…………おーい、杏大丈夫か?」
皆が心配(うち二人程、反応が違う。ドライすぎる。時に水無瀬は桜果のツッコミを優先した。……もしかして、幼馴染みが可笑しくても放置するんじゃ…………)してくれるのに言葉を掛ける――――前に僕は空を見た。
嗚呼…………また降りだすんだ。白の花。
羽のような…………花弁みたいな…………雪。
《赤を埋め尽くす白。ソレは止まることを知らない》
声は段々と大きくなるにつれ、ノイズが混じり合い聞き取れなくなった。
真夏に降る雪。
冷たい其れは、幻想的な白の世界を創り出す。
世界が終われるのなら、雪に埋もれた銀世界が良い。
そんな事を思いながら、僕は――――【瞳の中に映る彼】に目を向ける。
意識が途切れる前に。
何時もは笑顔が素敵な彼と、むっつりのおにぃねーさんが。
二人の表情が色を無くしていたんだ――――
綾兎の中の【黒い長髪の瞳が蒼い綾兎によく似た誰か】は、ポロポロ涙を溢しながら泣いていた。
その涙を拭ってやりたい。
抱き締めてやりたい。
『独りぼっちじゃないよ』と甘い声を掛けて。
傍に居たいと思った。
…………僕の意識が途絶えた。