最終章〜【日常リターンズ】と言っておくけど、やっぱり世界は理不尽だと思う。By氷月杏〜
何もない静かな一時。
そんな当たり前の事が平和だということを今まで忘れていたのかもしれない。
普通の生活。
普通の出来事。
朝のニュースでやっていた事件などの起きる確率は殆んど無い。
異質なものなどこの世には存在しないのだから……
そんな事を思いつつ、日々の生活を少しだけ退屈に思っていた――――とか数ヵ月前までは考えていたけど、
『結局は日常が一番幸せなんだよなぁ』
そんなことを考えつつ、僕は瞳を開けた。
眩い光が差し込む部屋。
ぽかぽかと暖かいベッドの上。
久々にぐっすり寝れたらしく、気分は爽快だ。
そして、身体を動かし起き上がる。
七月に入ろうとしている月曜日の朝。
来週には期末テストが待っている。
梅雨晴れしたようで今日は見事な快晴だ。
「さて……と」
僕は思考を一時中断してベットから降り、んーっと身体を伸ばす。
「………ん……」
……あ、起こしちゃったか。悪いことしたな。
僕は隣で寝ていた綾兎に掛け布団を掛け直し、着替えることにする。
綾兎はぬくぬくと僕の掛け布団にくるまり、天使の寝顔という表情で寝て…………え?
「……杏の体温、すっごく暖かいですぅ…………みゅ〜……すぅすぅ……」
……意味深な綾兎の発言に固まる僕。
「杏……そんなとこ…………んっ」
「……おい」
三日前に起きたこと・そして昨日起きたことを頭の中で高速再生させてから、綾兎に手を出してないことを確認…………いや、大丈夫のはず。無意識に何もしていない…………はず。
綾兎から視線を反らし、いつぞやにアリスにしたように、背を向けて着替え始める。
室内を綾兎の吐息と僕の脱衣時の衣擦れ音が響き渡る…………なんでだろう。
なにもしてないのに申し訳ない気持ちになる。
ネクタイを結び、ベストを羽織る。布ベストだから動きやすいし見た目も上品に見えるから助かる。
水城先生の計らいか、閑崎さんに刺されて破けた代わりの物が自宅に届いた。
隣で寝ていた綾兎は…………僕の傷を完全に修復するために、付きっきりで居てくれたらしい。
「………うにゅ……」
「……ははっ」
ある程度支度が整い、鞄の中に必要な教材を入れて部屋を出ることにする。
綾兎にはもう少し休んでもらって、手作りの朝食をご馳走しよう。
メニューを考えながら台所に向かう。
…………ま、昨日もご馳走したんだけどね。
綾兎の部屋で意識を無くした僕は、二日後に目覚めた。
やはり失血死寸前だったそうな。
次からは気を付けます。
もう痛い思いはしたくないし。
八つ切りの食パンを取りだし、スクランブルエッグとハムとレタスを挟んだサンドイッチを作る。
昨夜のご馳走の生野菜を刻んであっさりとしたスープを作り、甘さ控えめのオレンジジュースとヨーグルトに缶詰の黄桃の身を乗せたものを付ける。
お弁当は作らないで、購買でパンを買うことにしよう。
鞄を取りに行くついでに綾兎を起こし、制服に着替えさせてから台所に連れていく。
朝食の七割方は綾兎が食べてくれた。流石『糖分の妖精』の称号を受け取っただけのことはある。
洗い物をシンクに置いてある桶の中に入れて浸け置きし、僕達は家を出た。
♪
よく考えてみると、綾兎と登校するのは初めてだ。
電車に乗って、三駅先で降りる。
降りてから何時もの通学路を歩いている間、僕達は今後についての話をした。
僕が倒れてから、水城先生の相方にあたる神城先生の自宅に連れていかれ、溢れた血液を浄化して体内に戻してくれたらしい…………相変わらず凄い技術だ。
神城先生にはお礼を言わなければいけないな。
で、残りの小さい傷等を綾兎が治してくれた。
只、胸元(丁度鎖骨の真ん中くらい)に十字架に翼をつけたような痣が出来ていた。
綾兎達にも似たような痣があるらしいので気にしないことにしよう。
着替えや水泳の時に指摘されたらどうするかと綾兎に聞いたら、「一般の人間には視えないから安心してください」と言われた。
確実に一般の人間から道を踏み外していることに関しては、ちゃんと考える必要があるな。
閑崎観柚さんは水城先生と神城先生に連れられ、【光の世界】を保っている【正マスター】さんに会って、神城先生の元で【闇の住民・見習い】として、修行をすることになった。
元々閑崎さんは、『魂を実体化させ人間に見せていた存在』で、突然現れても問題がないように、周りの人々の記憶に閑崎観柚という人物を溶け込ませていた。
其れを周りに居た人々の記憶から抜き取り、本来のそうあるべきだったように閑崎さんの存在した形跡を消した。
閑崎さんは『此のまま観柚が【現実世界】に居ても力にはなれないし…………だったら力を付けて、今度は誰かを守れるようになりたいなぁ』と瞳に涙を浮かべながら言っていた。
綺麗に笑い、水城先生達に連れられて【現実世界】を後にした。
無を有に歪ませたのが、閑崎さんが言っていた『お姉様』で、【闇の世界】と【闇の住民達】を消し去った首謀者だ。
つまり、綾兎や水城先生達にとっては敵になる。
僕にとってもだ。
僕の従姉の桜果を傷つけた相手。
其れが一体どういう相手なのかは分からないが、敵を倒すためには僕の持つ【夜の支配者】の力を強める必要があるだろう。
【現・夜の支配者】の昂月に出した条件の一つにより、夢を通じて昂月に力の使い方を教えてもらうことになっている。
条件の二つ目には、【夜の支配者】について、水城先生と綾兎に詳しく話す事を約束させた。
此のまま行くと【夜の支配者】はどちらに味方として付くのかが分からないと共に、【危険分子】にされてしまう可能性が高い。
伝える方法は、僕を通してになるらしい。
僕が思うに昂月は、綾兎達が言っている【正マスター】のように、世界を保つためにその場から動くことが出来ないのだう。
だからこそ、次に力を継ぐ僕の力を目覚めさせたのだ…………
「杏」
「綾兎?」
不意に隣を歩いていた綾兎が僕の名前を呼ぶ。
足を止めた綾兎は少し考えた後、口を開く。
「杏は桜果さんの事を死んだ事にして考えているみたいですが…………」
「ああ、その事か。綾兎が気にする事じゃないんだけど…………」
「そうなんですが…………、杏」
何かを言おうと迷っていた綾兎が考えを纏め、僕の瞳を見て言った。
「はっきりとは言えないんですが、ボクは桜果さんは死んでいないと思います。水城先生も言っていました」
「……そっか」
苦笑を浮かべる僕。
だけど、綾兎の言葉には優しさという想いが伝わってきた。
僕は――――思うがままの言葉を口にした。
「一寸だけ…………綾兎がそう言うのなら、一寸だけ思ってみようかなぁ。桜果が生きているって。何処かで――――元気に過ごして居るってさ」
「杏……」
安堵の表情を浮かべる綾兎。
「何時か綾兎に会わせてあげたいよ。そして弄られてしまえ♪」
「満面の笑みで居るところ悪いのですが、弄られたくはないですっ。アリスだけでも手一杯だというのに」
綾兎が全力で拒否していた。
…………まあ、桜果はなんというか……睦月とはまた違った18禁キャラなんだよなぁ。
お風呂覗いたりするし。他人にやってないか不安を感じつつ…………僕だけ弄ってる気もする。
水無瀬とは何故か犬猿の仲だし…………僕と水無瀬と桜果だと、桜果が一番上の気がするよ。
そうそう、桜果にも二つ名のような称号が付いていたっけ。
確か――――
「杏、おっはよっ♪」
ガバッ 「わっ」
「にゅふふ〜。はぐぅ♪」
背後からぎゅうぎゅうっと僕を抱きしめてくる睦月に思わず嘆息。
「睦月おはよー」
「天宮さん、おはようです」
「あ、やっぱり綾兎くんと一緒なんだ〜にゅふふ♪」
ニヤニヤと僕達を見る睦月。
何でだろうと考えた途端に思いがけない言葉を呟いた。
「ふふっ、次の主人公は綾兎くんにしよう……杏はそうだなぁ…………鬼畜攻めかな?」
「「却下っ(です)!!」」
二人で却下する。どうして僕が巻き込まれるんだ。
「え〜、良いじゃない。減るもんじゃないし」
「人の心を確実に削り取って、睦月は何をしたいんだっ!!」
「だって私の趣味だし♪ ……あ、そうだ」
会話を途中で中断し、ゴソゴソと鞄の中を漁る睦月。
話をそらされ複雑な心境に至りながら、取り敢えずさっさと学校に向かうことにする。
睦月は僕にがっしりと抱きついた状態で「あれでもないこれでもない……」と鞄の中を漁り続ける。
綾兎が微笑みを浮かべながら…………まるで「ボクはこの方達と他人ですよ?」と言わんばかりに半歩分後ろを歩いてる。
ギロッと睨んだら顔を背けた……さっきまでのゆるゆる〜とした空気を見事ぶち壊した天宮睦月…………これも一種の才能なのだろうか。
「やっと見つかった〜。じゃじゃーん♪」
「「?」」
折り畳まれた紙を取りだし、瞬時に僕達に向き直る睦月。
勢いに押され、僕達は立ち止まる。
「――って、これ何?」
「開けば分かるよ〜、にゅふふふふ♪」
がさごそと紙を開く。
僕の後ろからひょこっと除く綾兎…………どうやら中に書かれていることが気になるらしい。
…………睦月の謎の笑みに不気味というか……恐怖を感じる。
ピンっと伸ばした紙の一番上に書かれた言葉に目が行った。
「…………書籍人気ランキング?」
「マーカー引いたところ読んで♪」
「? ええと…………」
言われるままに桃色の蛍光マーカーが引いてある部分を読んでみる。
マーカーは表の上の方に引かれて――――
「……一位・著作天宮睦月『僕たちの想いは――』…………っておいっ!!」
「なに? ……あ、そうだ。明日祝賀パーティーがあるから学校休むから。ノート宜しく♪」
「そうなんだ。おめでとうございます。ノート了解しました――――じゃなくてっ、何であのBLが一位なのっ!?」
「私が書いたから」
得意気に胸を張る睦月。
軽く読ませてもらっただけなので詳しくは覚えてないが、BLを書いたのは今回が初めてらしい。
内容も…………まあ、キスやデート位だったから大したことないらしい。
だけど、初めて書いたジャンルで一位を取るとは…………流石だと思った。
だけど、確かこの話のキャラクターモデルは確か…………僕と水無瀬だ。
これは確実に……マズイ。
「あ、あはは……です」
睦月に小説を読まされた綾兎は、『御愁傷様』とばかりに苦笑した。
僕は……『何時か睦月の担当さんと飲みに行ったらトコトン愚痴りあうぞ』と心に決める。
こうなったらもう…………諦めるしかないな。
「今度皆でご飯食べに行こ〜。私が奢ってあげる♪ あ、綾兎くんは程々が条件だけど」
「「!!」」
にこりと笑みを浮かべる睦月が珍しく大人に見えた。
…………ま、モデル料だと考えるか。
食べに行ったついでにゲームセンターのクレーンゲームで欲しがってた初音○クのフィギュアでもとってやろう。
話しているうちに僕達は学校に着き、下駄箱で上履きに履き替える。
履き替える直前に睦月が鞄から紙袋を取り出していた。
「紙袋…………何に使うの?」
「こういう結果が周りに広まってる日には、手紙が入っていたりするのよね〜♪」
ニヤリと含み笑いしながらカパッと自分の下駄箱の扉を開ける。
一人分の下駄箱は結構大きくて、運動靴と上履き……後、冬になった場合のブーツを入れるスペースがある。
冬季女子限定の使用方法なので、それ以外の時は折り畳み傘を入れるスペースになる。
『手紙などを入れるときは雨天時以外はブーツのスペースに入れるように』と昔の生徒会長さんが決めたらしく、人気がある生徒はそのスペースに手紙や差し入れを入れられるらしい。
前にも話した通り、天宮睦月という存在は周りから好かれやすい人材なので、時折何かしらが入っていたりする。
ガチャッ
「……あれ、珍しい。手紙三枚と手作りクッキーだけだ」
「…………珍しいね」
下駄箱に手作りクッキーを入れるのは衛生的にどうかと思うけど。
「これじゃ、紙袋使わないかぁ……」
手紙と手作りクッキーを鞄に入れ、持ってきた紙袋を下駄箱に押し込む睦月。
「二人とも、早く行きましょう?」
僕達が話している間に靴を履き替えたらしい。
「ま、夕方には増えているかもしれないし」
「かもね」
ちょっと拗ね気味の睦月に苦笑しつつ、僕も下駄箱の扉を開き上履きを――――
ドサァァァァッ
「「「…………は(え)?」」」
下駄箱の容量には合わないであろう量の手紙が流れてきた。
紙の洪水と言わんばかりに溢れた手紙を慌ててかき集める。
「…………杏……、紙袋使う?」
下駄箱にしまい込んだ紙袋を差し出す睦月。
目以外笑ってないのですが(汗)
「あ、ありがとう睦月」
紙袋を広げ、手紙を中に入れる。
「と、取り敢えず教室に向かいましょう。手紙は教室で読みましょう?」
困惑した表情の綾兎がその場を仕切り、僕達は教室に向かうことになった。
…………両手で抱えるほどに膨れ上がっていた紙袋を持った僕が注目を浴びていた事実は…………抹消できないものかな…………
♪
「「「おはよー(です)」」」
ガラッと教室の扉を開け、三人同時に挨拶する。
「あ、おはよー……水無瀬ー、相方が登場したぞ」
「?」
クラスメイトの一人が僕達を――――特に僕を見て水無瀬に声をかけた。
「杏ー、後そっちに居るであろう天宮と雪代――――、ちょっと来い」
今日は何故かクラスメイトの殆んどが、僕の幼なじみの――――水無瀬の机を囲っている。
だから水無瀬から僕達は見えないらしい。
僕達はクラスメイトに間を開けてもらいながら、水無瀬の所に向かう。
水無瀬に向かい合う位置に行き――――
「おは……どうしたの一体」
「はよ……お前もか」
水無瀬の机の上には大量の手紙。
量は僕が抱えてるのと同じくらいだった。
水無瀬と共に額を押さえて嘆息。
ニヤニヤする睦月と苦笑気味の綾兎の視線が痛かった。
「もしかして……おい杏、お前の手紙一枚寄越せ」
「え? ええと……はい」
ガサッと紙袋の中から適当にチョイスしたすみれ色の便箋を取り、水無瀬に渡す。
僕の手から無造作に奪い取った封筒を破き勝手に開く。
「…………やっぱりな」
「何が?」
文面を軽く目で追い、呆れたように僕に手紙を押し付ける水無瀬。
「読んでみろ杏。この件は確実に天宮が原因だ」
はぁ……と嘆息する水無瀬の行動に疑問符を浮かべつつ、手紙を読んでみる。
手紙にはこう書かれていた。
『水無瀬さんとお幸せに♪ きゃっ///』
「うわぁ…………」
思わずドン引きする僕。
今日は授業に出ないで帰りたくなった。
だけど、期末テストを前にして帰るのはちょっと……ね。
こういうときに自分の性格を恨みます。
「俺の手紙と大差ないな。天宮、資料がわりに持って帰れ」
「えー、何で私が……あ、でも、手紙でそう書かれているってことは…………周りも望んでいるんじゃないかな? にゅふふ♪」
睦月の含み笑いがなんとなくウザい。
「天宮…………少しは反省しろよ」
「そうですよ…………杏が水無瀬さんと付き合うわけないじゃないですかっ」
「うぐっ」
「? どうしたの水無瀬?」
思わず水無瀬が漏らした言葉に綾兎が追い討ちをかける。
綾兎の言葉を聞いて、ほんの一瞬だけ水無瀬が傷ついたような表情をしたのは…………スルーしよう。
水無瀬とはただの幼馴染みで、別に付き合ったりはしていないんだし……べ、別に水無瀬が誰を好きになったって気にしないんだからねっ。
……ん? 今言った内容……なんかツンデレっぽいな。僕のキャラとして軸がぶれてた気がするので心の奥に封印する事にする。
「取り敢えず精神的に多大なダメージを受けそうだけど、自分の席で仕分けしてみるよ」
水無瀬から手紙を返してもらい、自分の机に向かう……といっても水無瀬の席は睦月の反対隣――つまり睦月の隣の席(後ろから二番目の窓側の席)に座っている僕の二つ隣になるわけだ。
で、綾兎の席は僕の後ろだから、自然と何時ものメンバーが集まってしまう。
綾兎以外はくじ引きだったんだけどなぁ…………偶然もあるものだ。
……あ、某次元の魔女さんが言ってたけど、『この世に偶然はない。あるのは必然』なんだっけ。
こういう非日常も僕の人生の中で必然的に起こるものなのかな…………
ふと窓の外を見ると、緑溢れる並木道と登校してくる生徒達が見える。
そのほとんどが夏服を着ているのが、非日常の日々が数ヵ月経ったことを僕に感じさせた。
窓から視線を戻し、鞄の中身を机の中に押し込んでから、紙袋の中身を机の上に乗せる。
そして手紙を一枚ずつ確認して……少しずつ気力が奪われていった…………
内容が軽いものから凄まじいものまで混ざっていて、脳内が歪んだ桃色で染まってしまいそうだ。
「杏…………頑張れです」
「もうやだ……帰りたい」
中身を確認した手紙は紙袋に投げ入れていく。
ざっと五十枚はありそうな手紙が、徐々に机の上から紙袋に移動していく。
「……あれ? そういえば、水無瀬の後ろに机と椅子が置かれているんだけど…………誰の席だったっけ?」
「「っ」」
「?」
水無瀬の後ろに座っていたのは閑崎さんだった。
閑崎さん親友だった睦月の記憶からも消されてしまったのが分かる。
仕方なかった事とはいえ…………なんだかやるせない。
「そ、そういえばボクの隣……睦月さんの後ろにも机が置かれてますね。先週まで無かったと思うんですが」
「あれ? 本当だ……何でだろう……」
「あ、なんか転校生が来るらしいぞ」
綾兎達の会話に、僕と同様に手紙に目を通してた水無瀬が反応する。
確かに先週までは無かった…………あれ?
他にも行方不明者が出たのだろうか。
…………最近は考えが変になってきたな……人間をやめた訳じゃないけれど、この考えは危ないよね。自重。
「え、でも水無瀬、何で知ってるの?」
「サッカー部の奴等が言ってたんだよ……で、杏。サッカー部に入らないか?」
成る程。そして然り気無く勧誘してきやがった。
しかも、「サッカー部に入らないか」の所で白い歯を輝かせやがった。
実際に見ると、結構気持ち悪いものなんだな…………
「幽霊部員以外にはならないから」
「む……杏が居れば、全国大会も狙えるのに」
部活入ったら、バイト出来ないし…………それ以前に
「その前にレッドカードを出されるよ…………」
「だよなぁ…………」
生温かい視線で僕を見てくる水無瀬。ウザイ。
確か高校の体育ではサッカーはやってないので(高一の時の球技祭はバスケ選んだし)、高校のクラスメイトには殆んど知られてない(同じ中学から来た生徒は水無瀬以外は他のクラスだし)。
だから、僕達の話を聞いて二人がキョトンとしているや…………
と思いながら二人に視線を向ける
「水無瀬が杏に熱い視線を向けてる……にゅっふ〜♪」
「杏はやっぱり…………うぅ」
…………おい。
相変わらずの非常識満載のメンバーを放置し、手紙を広げて読む作業に戻る。
テンションをダダ下げながら読んでいき、封筒も残り一枚になった。
淡い桃色の封筒に、桜の花と葉っぱが書かれている。
……あれ? 何処かで見たことあるような気が…………
ガラッ 「プリーズスタンドアップッ!!」
「「「なっ!?(僕含むクラスメイト一同)」」」
「そして、私を讃えろ。愚民どもめ」
「…………はぁ」
水城先生のよく分からない発言がクラス内に響く。取り敢えず嘆息。
そして、それに反応するクラスメイト一同(僕含む)
でも、流石に慣れてきたのか突っ込みはしないようだ。
「ただ単に、目立ちたいだけだが? 氷月」
「心読まれたっ!?」
流石綾兎の上司。可笑しな人だ。
「氷月のばーか」
「…………」
ムッとした表情で、拗ねたように暴言を吐く水城先生。
頭に来たけど此所は無視しよう。
先生自身も今がホームルーム前の時間だと思い出したらしく、ドア付近から教卓の脇に移動し、胸を強調するように腕を組ながら徐に語り始める。
「とまあ、氷月が突っ込みを入れてくれないのはとても苛つくが、朝のホームルームを始めるぞ」
「……やれやれ」
某SOS団の突っ込み担当みたいな返事をする水無瀬。
僕は封筒の柄を眺めながら、何時何処で同じのを見たのかを考える。
「突然だが、このクラスに二人転校生が来ることになった」
「「「おおーっ(クラスメイト一同)」」」
『転校生』と言う言葉を聞いて、クラス内が騒がしくなる。
最早知っている情報だったので無視。
ま、二人も居るとは思わなかったけど。
「こういう時の杏の態度がツンデレみたいなんだよね。いかにも『そんなの知ってるけど何か?』って感じがツンツンしてて……知らないときはメッチャ喜ぶ」
隣で睦月がブツブツ言っていた。
「ということは、ボクの隣と水無瀬さんの後ろの空いてる席に転校生さん達が…………仲良くなれるでしょうか?」
少し不安気味な表情をする綾兎。
「一般人から多少ずれてればこのクラスでやっていけるよ。綾兎はまあ…………弄られないように注意が必要かもね」
「あぅ……アリス以外に弄られたくないです」
しゅんって落ち込んでいく綾兎。
ああ……見えない耳が見える気がする。
「……あれ? ということは、杏は僕のことを弄っているんですか?」
「……それは秘密」
ごめん、正直いうとかなり弄ってる。
「杏、一体どういうこと――――」
ガツッ ガツッ「「あたっ」」
不意に額に何かが勢いよく当たった。痛い…………。
カツンッと机の上に落ちたそれは……黒板に使う丸い磁石。
綾兎も同様に攻撃を受けたらしく、恐る恐る二人で前を見る。
「氷月、雪代。私のホームルームを妨害するとはいい度胸だな。おい。」
片手で磁石を弄びながら、額に怒りマークを浮かべた水城先生が告げた。
どうやら話しているうちに声が大きくなっていたようだ。
「そこまではしゃぎたいんだったら、二人には転校生達の面倒を見てもらおうか。お前ら暇そうだし。」
「理不尽だっ(です)!!」
二人して抗議する。
見ず知らずの転校生の面倒を見るなんて面倒くさい。
放課後は仕事があるのに……はぁ。
「私も今日転校生が来るのを知ったんだ。ま、お前らならなんとかなるだろう……まぁ、頑張れや」
最後が投げやりだったのが気になったけど。
「というわけで、おーい、案内役が決まったから入っていいぞー。」
扉を開けて廊下に声をかける水城先生。
「……頑張ろう、綾兎」
「……はいなのです」
小声でやり取りをする。
「お、二人とも何処だ? あ……いたいた。ホームルームもあまり時間がないからさっさと入って自己紹介しろ。…………緊張? そんなの知るか。髪型? ……おー、なかなか似合ってるじゃないか」
……どうやら一人は水城先生の知り合いのようだ。
「じゃ、美少女二人の登場だ」
あ、転校生は二人とも女の子なん――――
「待たせたな、諸君」
「入って早々の一言目がそれってどうなのかしら……」
「「……へ(え)?」」
声の主を見たとたん、僕は固まった。
真っ白なサラサラロングヘアーを黒のリボンでポニーテールに結んだ……気の強そうな……紅い瞳の女の子。
黒板に「緋皇亜梨栖」と書いた少女は……綾兎と瓜二つの顔をした――――というか、行方不明になっていたアリスだった。
さっき水城先生と話してたのはアリスだったようだ。
「よっ、久しぶりだな。綾兎」
「アリス姉さんっ!?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるアリス。
後ろで綾兎が固まっていた。
いや…………それよりも……
その後に続いて入ってきた彼女が問題だった。
ふんわりとした長い髪に白のレースのついた茶色のリボンをつけ、落ち着いた様子がまるでお姫様のよう。
眉目形が僕にそっくりな彼女は、アリス同様に黒板に名前を書く。
水無瀬は気付いたのか、青ざめた表情で「何であいつが…………」呟いたのが遠くに聞こえた。
クラスメイト一同が起きている事態に着いていけず静観している状態で、隣の席の睦月でさえ「え、あの子……あれ?」と瞳を瞬かせていた。
彼女が最後の字を書き、カツンッとチョークを置き、手についた粉を払った。
「じゃあ自己紹介だな、えっとワタシ【緋皇亜梨栖】と――――」
「【本宮桜果】です。宜しくお願いするわ」
にこりと笑みを浮かべる桜果。
そうだ、思い出した。
手元に残っていた封筒。
それは桜果が使っていたものと――同じものだった。
震える手で便箋を抜き出し、開く。
『キョウへ。転校することにしたわ。これから宜しくお願いするわ♪』
「…………嘘だろ……」
「「ということで、弟共々宜しく(な)(ね)っ♪」」
「…………はぁ」
僕は視点を窓の外へ向け、空を眺める。
日常に退屈を覚えていたけれど…………今はあの日常が懐かしいなと思う。
そして、現状を更に上回る――――非日常が。
扉を開けた。
幾重の運命が……繋がった。