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[動物実験]楽園が現実のものとなれば、動物の未来は明るいものとなるのか。実際に行われた実験の結果を見てみましょう。

作者: 行世長旅

 楽園。それは、快適な暮らしが約束された安寧の地。

 そんな環境を作り出した場合、生物はどのような結末を迎えるのかを観察した実験例が存在する。


 実験名は、ユニバース25。


 マウスを用いて行われた実験は、どのような結末を迎えたのか。



 まず、楽園の条件を挙げていこう。

 生存を脅かすものは主に5つあるとされている。

 住居からの追放、食料不足、悪天候、病気、捕食者、だ。

 そしてこれらを排除すれば、楽園となると仮定した。

 そのためにマウスの住みかは、3000匹以上でも暮らせる多くのエリアと巣穴、無限に与えられる食料と水、病気にならないよう予防する対応、最適な気温が保たれた気象条件、外敵のいない状況。の、生きる上では何不自由が無いはずの状態とした。


 ここでのマウスはどのような社会を形成するのか。

 その観察をするのが、実験の目的だ。



 実験はまず、オスとメスがそれぞれ4匹の、計8匹のマウスが放たれたところから始まった。

 マウスは始めこそ新しい環境に戸惑った様子だったが、徐々に慣れていき住みかに適応していった。


 そして実験開始から104日目、ついに楽園で初めての子供が誕生する。その出生を皮切りに、個体数がどんどん増加していった。

 20が40、40が80、80が160にと、爆発的に子供が生まれていく。

 315日を迎えた頃には、個体数が620ほどにまで増えていた。

 ここまで増えた辺りから、ついに社会が形成され始める。


 社会が形成されたと判断した理由は2つある。

 1、住居は十分な広さがあるのに、特定のエリアに密集している。

 2、食べ物は無限に与えられるとはいえ、同じ場所に集って食べていた。

 これらの食事という共同作業により、群れの概念が生まれたのである。


 そして社会が形成されて、必然的に優劣の差も生まれ始める。

 この頃から、格差社会が発生した。

 十分な広さや無限の食料があるにも関わらず、力関係を意識したグループ分けが起こる。これは外敵の存在などに関係無く必ず発生する自然の摂理なのだと考えられた。


 広いエリアの全ては使用されず、特定の数ヶ所にそれぞれのグループが集って生活をしている。個体数はグループによって多かったり少なかったりと、ばらつきがある。実際、13匹しかいなかったり100匹以上が群れていたりしたとのこと。


 次いで発生するのは、群れ同士の縄張り争いや、群れ内の権力争いである。

 何不自由無いはずの楽園にも、ついに争いが生まれた。



 格差はオス内とメス内でそれぞれ別のものが形成されている。


 オスは支配するものとそれ以外とに分かれており、さらにそこから5段階に分けられている。階層が上のものほど数が少なく、下のものほど増えていく。


 1番上がAタイプで、支配する側のボス。地位は盤石で好戦的ではなく、守りに徹する保守的なタイプ。

 2番目がBタイプで、支配する側だがここが普通の基準ともなる。Aタイプに比べると地位が不安感なのもあり、好戦的でいつも他のマウスと争っている。


 ここまでは、自然界で当たり前に見られる。

 楽園特有のタイプが生まれたのはここからだ。


 C、D、Eタイプは、上2つの地位争いに負けたものとなる。

 自然界であれば負けたものは群れを離れて別の群れを作り、そこでAやBタイプになろうとする。

 しかしこの楽園は十分な広さはあるものの閉ざされているため、逃げ場が無い。

 敗者が敗者として生きるという、通常では見られないタイプが存在した。


 3番目のCタイプは繁殖に積極的で、メスに限らずオスだろうと子供だろうと求愛行動をおこなった。性格は穏やかで、AやBのマウスから攻撃をされても争わなかった。


 4番目のDタイプも繁殖に積極的だが、Cタイプより執拗に相手を追い回していた。性格はこちらも穏やかなだが、ストーカーのような行動が目立ったという。


 5番目のEタイプは孤立していて、マウス社会に参加しなかった。

 争いはもちろん求愛もあまりせず、食事は他のマウスが寝静まっている間におこなう。社会に無関心で引きこもりのような行動をとっていた。


 地位が高いA、Bのマウスは自分の個室である巣穴を持っていて、地位が低いC、D、Eのマウスは中央のエリアに集中していた。


 そしてメスは、AやBに囲われる上級と、CやDやEに群れる下級とに分かれていた。


 仮にここで下級組のオスとメスを別の楽園に移動すれば、そこで新たな格差社会の形成を行うだろう。

 しかしやはりそこでも下級組は発生するため、移動をしたとしても格差の解消にはならない。

 いくら楽園といえど地上は有限であるため、格差社会の発生は防ぎようが無いのである。



 実験開始から315日が過ぎたが、ここから559日までは停滞期となる。


 これまでは子供が爆発的に誕生していたが、この辺りが増加数が緩やかになった。

 要因は、子育てにある。


 メスの上級階級組は子育てが上手く、巣穴持ちという理由も手伝ってか子供の死亡率を50%に抑えていた。子供の世話をよくしており、気持ちに余裕があるタイプである。


 一方の下級階級組は、子供の死亡率が90%を越えていた。巣穴を持たない下級組のオスの子を産む下級組のメスは、子供の世話が下手だった。

 原因はオスの方にある。下級組のC、Dタイプは繁殖こそ積極的に行うものの、格差社会の敗者であるが故に戦いを行わない。自分のためにも戦わないものが、子供のために戦うなどあるはずがなかった。

 すると仕方なしに、メスが縄張りを守るために戦うはめになる。戦わなければならないため徐々に好戦的になり、ストレスも溜めていく。

 しだいに攻撃性が高くなったメスは、ストレスと合わさって自分の子供にその暴力を向ける。すると子供は殺されるか、早めの巣立ちかを選ばなくなる。早めの巣立ちをしたところで他のマウスに食べられるか、運良く生き延びてもEタイプのことなかれ引きこもりになるばかりであった。


 このように子供の死がどんどん増え始め、実験開始から560日で乳児の出生率と死亡率が同数となる。

 事実上、増加が打ち止めとなる。この時の個体数は2200匹だった。


 

 実験もいよいよ終盤となる。



 実験開始から600日で、乳児死亡率が100%となる。

 920日を迎える頃には、メスのマウスが妊娠すらしなくなった。

 

 妊娠がおこなわれなくなったのは、出産をできる大人がいなくなったためである。

 これまで出産を行ってきた個体は老体となり、新たに出産をしていくはずの若者は大人になれずに死んでいく。

 実験開始から1330日が経った時点で、余命の短い高齢個体しか残っていなかったのである。


 1444日の時点での生存個体は、オス22匹、メス100匹。

 一時期は2200匹以上もいた個体が、留まることを知らずに減り続けている。


 となるとここで、1つの疑問が生まれる。


 個体の増加が止まったり乳児の死亡率が上がったのは、数が多くなりすぎたことによる格差社会の発生が原因とされている。

 つまり数が減った今なら格差もほとんど無く、また繁殖に向けて動き出すのではないだろうか。


 実際、自然界なら個体数が減少するとこれまでなら食料や住みかが無かったものがそれらを得ることができるようになり、V字回復をするように改めて増える場合もある。

 しかしここは楽園。その問題は始めから存在していない。


 数が増えない原因は、繁殖活動にある。


 格差社会があるということは、当然争いも発生する。

 好戦的なBタイプはもちろん、応戦するタイプも争いを行う。

 子供は育たずに死んでいき、オスも争いで傷ついて死んでいく。メスも自分で戦わなくなくてはなり、死んでいく。

 高齢、戦死、乳児が育たないなどの原因が重なり、この時にはもう満足に繁殖活動をできる状態ではなかった。


 もちろんオスとメスがそれぞれ残っているため、繁殖をしようと思えばできたはずである。

 しかし残っているオスは、全員がEタイプの引きこもりだった。


 社会興味を持たず、繁殖意欲も無い。

 ことなかれ主義で生きていたEタイプは、最後まで生き延びたが次世代への命は繋がなかった。



 かくして実験開始から1780日後、最後のオスが死亡した。

 これで楽園には生存者がいなくなり、実験は終了した。

 住みかが十分にあり、食料は無限にあって外敵なども存在しない。そんな恵まれた状況にあっても、マウスは全滅した。


 ここで実験名を思い出してみよう。

 冒頭にもチラと出てきた名前は、ユニバース25。


 そう、25である。

 今回の実験は、25回目だ。


 過去24回の実験でも、マウスはほぼ同じ経過の後に全滅している。

 これは、全滅がただの偶然ではない証拠となる。



 以上を以て実験は終わりを迎えた。

 あくまで、マウスだからこのような結末となったとも言えるが、果たして人間も同じ結末をたどらないとは言えるだろうか。

 増え続ける人口、有限の住みかや食料。たとえ武力で他の生物を圧倒したとしても、人間同士での争いは止められない。

 マウスと同じ結末を迎えるのか。はたまた違った未来を切り開くのか。

 凄まじい勢いで発展をしている人類に待ち受けているのは、「楽園」なのだろうか。

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