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短編

知らん間にもう春やんけ。

作者: 黒い白クマ

 桜吹雪の中を歩く。

 別に比喩表現でも何でもなくて、まじで。雨みたく桜の花びらが前から吹き付けてきている。隣を子連れのチャリが駆け抜けて、道に落ちていた花弁が舞い上がった。

 ま、絵面としては綺麗なんすけどね。

 くそ邪魔、と思いながら腕で視界を塞ぐ花弁を払った。

 春じゃん。いつの間にか。なんなら半分葉桜やん。

 なんか最近あんまり外に出ないから、外に出る度に気温が変わってる気がした。

 前前々回あたりの外出は確かダウンコート着てた。程良かったんよ、それで。前々回の時点でもダウン着てた。さすがにダウンは暑いやんなって学んで、前回は薄い上着にした。

 んで、今回よ。上着要らんわ。暑。何?前回の教訓が全然生かされない。気温上昇のテンポに僕の脳が追いつかん。

 のさのさ手を振り回して視界を確保しながら駅に向かう。なーんか歩くの下手になったわ。そしてすぐ疲れる。もう疲れた。5分しか歩いてないのに。

 まーーー日頃動かんからな。なんなら布団の上からも動いとらんのよ。何もやる気にならなくて、YouTubeの三分動画を見切ることすら出来ない。Twitterとpixivを順番に開いて、閉じて、開いてる。布団の上で。そんな毎日。季節とか感じるわきゃねーんだわ。

 用事があるとこうやって外に出る訳だが。用事つったって概ねこれなんだよね。通院。そんくらいしか用事もない。

 えなに?わいが?そよ、実質ニートよ。大学生やけんど、休みだから今。春休み。いいだろ。バイトもサークルもしてないの。親のスネかじって生きてるとこよ。やることなんもねぇの。ウケる。

 かかりつけ医が多いからさ、ま週一回くらいは外出るよ。体がぜつみょーーーに弱いんすわ。内科、皮膚科、耳鼻科、整体。それで今日は歯医者。

「何かありました左手をあげてください。」

「ふぁい。」

 なんで左手って指定してきたんやろか。右あげたら止まってくれないのかな。どーでもいいことを考えながら、結局痛くても手は上げない。いやだって、痛かろうとやってもらわな困ることだしな。……痛えな。

 先生とももう下手すりゃ10年くらいの顔見知り。この人は未だに僕のことをキッズだと思ってるんだよね。話しかけ方が小学生へのそれ。ファーストインプレッションってやつ。

「今日はこれでおしまい。虫歯なりかかってるから、今まで通りこまめにラインしてください。」

「はぁ。」

 よく意味がわからんまま頷く。今LINEって言った?こまめにらいん……らい……こまめに来院して下さいか!もうダメだ、人と話さなすぎて耳までバグってきた。

 定期検診とクリーニングを済ませて、受付のお姉さんと少し雑談をする。

「来る人減ったりしてるんすか。」

「今はそんなに。でも夏頃はさすがに減ってましたねぇ。あぁそう、その時期ね、久々に来院される方に会うじゃない?やっぱりね、若い人はそうでも無いんですけど在宅勤務が増えると皆太るんですね。」

 お腹出てる人増えましたもん、と仰るお姉さんにふへぇ、と気の抜けた返事をした。ワンヒット。シルエットに変化はないけど僕も立派に体力が落ちた人だ。だって通勤電車乗らんでええんやもん。

 通勤電車ってあれ、人権を失うのと引き換えに強靭な体幹をくれるトレーニングなんだよ、知ってた?

「林藤さん今年何年生になるんでしたっけ。」

「三年っす。」

「あぁー、じゃあ今年大変ですね。」

 ツーヒット。やめましょーよ就活の話は。親の金で支払いをしながら、治療費だけで僕将来月いくら必要なんだろって考える。別に好きで体弱いわけじゃねぇんすけどねぇ。

「来月予約どうします?」

 適当に答えようとして、あ、4月やんな、と固まった。

 春じゃん。授業、始まるじゃん。

 1、2、3月は学校がほとんどなかったから普通にいつでも予約入れられたけど。前期の授業選択、まだじゃん。

「電話で、予約します。」

 スリーヒット。なんで4月なんかになるんだよォ。心の中でめそめそしながら、病院の外に出る。

 そいや、フッ素って分かります?歯に塗るヤツ。知らんかったらググッて。アレね、歯を強くすんだけど、塗ったら30分飲み食い禁止なの。だから歯医者でたら、スマホのアラームを30分にセットする。これいつものルーティーン。

 最寄り駅まで戻ったら、12時を回っていた。腹が減ったので、適当なお店に入る。お昼は自分のお金。

 セットを頼んで、注文品が来るのを待ちながらTwitterを開く。タイムラインに「新入生の皆さん」とか「春から何大」とかが並んでるのを見て、へぁ、と気の抜けた声が出た。

 春じゃん。新学期じゃん。やば。

 キラキラしたタイムラインに思わずTwitterを閉じた。そんな時期ですか。ひえぇ。

 先に来たサラダをほぼ食べきってからアラームのことを思い出し、慌ててスマホを取り出す。あと3分。まぁ、うん。誤差。誤差やろ。

 飯食い終わったら、あとはうちに帰るだけ。

 いやまじでさぁ、道の桜がね、綺麗とかそんなんじゃなくて、やっべぇ春だァって、警告にしか見えないのよ。何もしてねーけど、お前の春休み終わりな、みたいな。

 春から3年生だって。僕21歳?うっそぉ。

 てか、ほんとに何もしなかったっけ?春休み、僕何してたんだっけ?それなりに忙しかった気がするし、疲れてるような。

 まー、忙しいという言葉は便利だよな。疲れたという言葉も便利。尺がそれぞれなのが、また。まその実やってることはタイムライン警備な訳で。僕の忙しいis何。

「よっ。」

 肩を叩かれて、びっくりして振り返る。

「あり?兄貴じゃん。バイト終わりか。」

「そ。なぁさっき傘もってる人見たんだけどさ、きょう雨降るっけ。」

 こっち持って、と渡されたのは買い物袋。そういや、朝とーさんに食料品頼まれてたな。

「降らねーんじゃね。毛布が3枚も干されてるもん、ほら。あのベランダと、あれと、あっちも。今日は一日晴れるんだろ。」

 そう、そうなのだ。ポカポカ陽気ってやつ。洗濯日和。いつの間に。なんで不機嫌なの、と隣で兄貴が笑った。

「そいやさー、今日面白い話聞いたんだよ。」

 兄貴の面白い話面白かった試しがないんだが。話半分に何、と相槌を返す。

「143って意味分かる?」

「いちよんさん?知らん。なに、ポケベル?」

「由来は知らんけど。やっぱ知らねーよね?バ先でなんで知らないのみたいなリアクションされたんだよ。」

 143?しばらく考えて、首を振った。分からん。

「答え答え。」

「143でI Love Youって意味らしいぞ。」

「えなんで?」

「文字数。」

 文字数、あー、確かに1,4,3か。やでも待てよ?

「その法則で行けばI HATE YOUも143じゃねぇか。」

「おにーちゃんお前のそういうところ大好きだわー。」

 くだらない雑談をしながらあるけば、行きよりはいささか上手く歩けているような気がした。

 マンションの直前で、少年2人とすれ違う。エナメルバックってことはあれだな、運動部。いやそれは偏見か?すれ違いざまに、少年の声が聞こえた。

「じゃあ俺Twitterのアイコン真っ黒にしよっかな、病みアピール。」

 ……なんの会話だよ。何があったんだよ少年。めちゃくちゃ弾んだ声で話す内容じゃなくて笑えてしまう。

「……今の聞こえた?」

「聞こえた。めっちゃ続き気になる。」

「たまにあるよなぁ、ああいう前後の会話めっちゃ聞きたくなるのが聞こえてくるの。」

 マンションに戻って、荷物を下ろす。とんずらしようと思ったがとっ捕まって、食料品を冷蔵庫に詰めるのを分担した。

「兄貴、冷食入らないぞこれ。」

「お前が下手くそなんだよ。」

「うわうま、何?テトリス得意だから?」

「それ関係ある?」

 もう残りお願い、つって部屋引っ込んでベッドにダイブした。ちょっと外出ただけでこのザマよ。疲れた。マジで。

「夕食どっち作る?」

「えぁ、ジャンケンでいい?負けたら今日、勝ったら明日。」

「おけ。」

 兄貴パー、僕グー。対戦ありがとうございました。

「うぇーー嫌だァ。にいちゃん明日ハンバーグね。」

「豪華にすんな勝手に。」

 ゲラゲラ笑いながら兄貴は部屋を出ていった。何作ろ。まいーや、6時になったらで。そのまま諦めて、昼寝の体勢に入る。

 五時半すぎくらいに兄貴に叩き起されて、とりあえず野菜室を覗いた。

「アスパラあるの珍しいな。」

「それ今日買ったやつだからまだ使わんで、ほかのしなってるやつ使えよ。」

「おう。」

「春だからなー、アスパラ安くなってたんだよ。」

 えここでもその話ぃ?思わずため息が出た。ハウス栽培なんだからいーよ旬いつでも、もう季節実感させてこないでくれや。

 春じゃん。そうなのよ。アスパラとかキャベツとか美味いのよね。分かるけどもさ。

 ヘロヘロの長ネギを取り出して、賞味期限昨日の鶏肉を横に並べる。あと死にかけてるものがレタスとトマトだから、そっちは適当に切ってサラダにでもしよう。

 鶏肉と長ネギでしょ、と思いながらスマホで適当なレシピを探す。まぁレシピ通りに作る訳じゃないんだけども。

 野菜切ってると、単純作業で脳が暇になるから色々と考えちまうのよね。

 春よ春、まー今日の桜の綺麗だったこと。あやべ、明日から履修登録開始か。

 もうね、泣けてくる。いやマジで。3年生だって。新学期だって。ひぇえ。もはや何?長ネギ切ってるから出てきた涙なのかこのロデオマシーン状態の精神から来る涙なのか分からんくなっ、まっ、目に染みるなちくしょう。これは長ネギの涙ですわ。

「兄貴、飯出来た。」

「これは?」

「チキンライス、」

「チキンライス。」

「のレシピの材料欄を参照に作られた何か。」

「なんじゃそりゃ。」

 美味けりゃなんでもいーじゃん、つって皿を押し付ける。

「そいや和希履修登録終わったん?」

「やめろその話。まだ始まっとらんわ。」

「3年ともなれば就活考えながらだろ?」

「ほんまやめて兄貴、泣くぞ。わかってんのよ、もうね、日々辛いわ。」

 将来設計ゼロだわこっちは。何せな、兄貴はもう色々決まって余裕ですからね。春から先生。ホントね、夢がある人が羨ましいのなんのって。こいつは中学ん時から教師になりたかったのよ。

 夢を見つけられんのも才能よね。

「あれじゃん、辛くてもほら、1本足せば幸せになるって言うじゃん。」

 兄貴がこっちにスプーンを向けて謎のフォローを入れてきた。スプーンを振り回すな、行儀わりぃ。

「あん?その1本どこから来たんだよ。」

「気合。」

「気合いかぁ。」

 チキンライスモドキ上手いね、とすぐ話を逸らしてしまうんだから腹が立つ。なんも考えてねぇのだ。自分がスムーズに行ったからって、まったく。

「僕かてね、ちゃんと考えてんのよ、色々。答えが出ないだけなの。」

「マジ?のほほんと時間過ごしてそーな面じゃん。」

「あぁん?僕の頭ん中世界で1番面白いからな、なめんなよ。」

 そう、頭の中は天才なのだ。出力気力と、あと最終目標がないだけで。文句をいえば、兄貴がヘラヘラ笑った。

「知ってる。」

 なんじゃそりゃ。

「あったかくなったなー。」

 しみじみと兄貴が窓の外を見ながら言った。この男はまぁたすぐ話を変えるんだから。

「明日から4月だからな。」

「3月は暦上春とはいえ冬感強いからなー。」

 適当に相槌を打てば、兄貴はうんうんと頷いた。

「いやー春ってなんか、わくわくすんね。」

 呑気な兄貴の声に、ふへ、と気の抜けた笑い声が出た。

「……兄貴は年中脳味噌春だろ。」

「え褒めてる?貶してる?」

 春じゃん。

 太陽ぬくいし、桜綺麗だし。

 でもま、嫌がろうとわくわくしようと春は春なんだよな。

「春になっちゃったなぁ。」

 クソ憂鬱な気分の隣に、ワクワクすんね、を並べてみる。打ち消せないけど、しょうがないわなという気持ちにはなれそう。

「やだなぁ、4月。」

 チキンライスモドキの最後の一口を咀嚼しきってからボヤく。耳に届いた自分の声が、思いの外明るくてちょっと笑えた。

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